615. 伴侶は本部へ・イーアンはパンツ作りの午前
支部では。一日の仕事を終えた二人が、夕食後にいつもの如く、明日の予定を確認し合う。
明日、ドルドレンは朝から本部へ向かう。そしてお昼前に戻るつもり。
イーアンは朝8~9時くらいに、ミレイオの家に行く予定だったが、もうちょっとで、縫い物が一段落するため、それが終わってから向かうと話した。
「午後は一緒に、着工の様子を少し見て」
ニコッと笑うイーアンに、ドルドレンもニッコリ笑い返し、その後すぐ溜め息をついた。笑うイーアン。ドルドレンは愛妻を抱き寄せて、そのくるくる髪に顔を埋めて唸る。
「笑い事じゃないぞ。全員でお揃いって、タンクラッドだって、どう言うやら」
「仕方ありません。まさか、シャンガマックの後に、彼らも来るとは思わなかったもの」
「シャンガマックが話したのがいけない。マスクを見たくて来るなら、一人で来れば良いものを」
夕方に工房へ訪れたシャンガマックの用事は、完成したマスクを見るためだった。トゥートリクスが持っているマスクに驚いて、それを聞いたのが一昨日。
昨日はイーアンが留守で会えず、夕食時に、トゥートリクスとフォラヴと3人で、龍のマスクについて話し合う。フォラヴは、トゥートリクスの見せた完成品を見つめ、自分も是非交渉したいと願っていた。
そんなフォラヴは、午後の授業で一緒だったザッカリアに、感動のマスクの話をする。で、ザッカリアはあっさり欲しがる⇒そのまま夕方の工房へ向かい、シャンガマックに続き、フォラヴ、ザッカリアもやって来た次第。
「ぞろぞろとついて来て。呼んでない」
「マスクをご所望でしたのにね。あなたが格好良過ぎてしまったのです。あなたの着物の姿を見たら、誰でも欲しくなるかもしれません」
「だからって。だからって。全員にお揃いにすることないのだっ」
アハハハと笑うイーアンの髪に、ドルドレンは頭を擦り付けて駄々を捏ねる。『俺だけでも良いくらいなのに!タンクラッドが最初で、次がどうにか俺、と思ったら!まさかあいつらまで。ヤダ~!』イヤイヤしている伴侶を撫でて、仕方ない、とイーアンは慰める。
「これもお導き」
お導きじゃないと思うよっ イーアンの言葉に、即否定をするドルドレン。いやだ~と喚いて、このままベッドに入った二人。
ドルドレンは気持ちが晴れるまで、とにかく思いの丈をぶつけて、それからぐっすり眠った(※愛妻気絶)。
朝になり、二人はそれぞれの支度を進める。
腰が痛いとぼやく愛妻(※未婚)を労わるドルドレンは、朝食の盆を持つところから、工房の火を熾してやるまで引き受けて、『今日は腰を大事に(※他人事)』と優しく注意して、龍を呼んで本部へ向かった。
本部へ向かう龍の背で、ドルドレンは今日の予定を再確認する。
「うーむ。魔物の頭数ウンたらの話は、具体的にある記録以外は話す気にならんな。この辺りはどうにか、曖昧に説明して、説得しよう。どうせ、数え歌の話しなんぞしたって、信じる連中ではない。
それで、次はイーアンの用事だな。さすが業務的な愛妻。まさか、旅に出てまで仕事をするとは思わなかった。
国外からの輸送経路と、手続きの方法と、受付窓口を設立しておけとは。とにかく話を出しておいて、詳細は要相談と。あの性格だからな。もう既に、あれこれ細かな部分を決めていそうだ。家計簿なんて付けさせたら、僅かな出費でも何を言われるか分からん。
『あなた、この1ワパン。何に使ったの』とか『あら。それ先週、買ったばかりですよ。在庫を見て』とか。個人契約で、食材や日用消耗品の購入先を決めそうだからな。
きっとそこ以外で、俺が買い物しようものなら『ドルドレン。大量購入じゃないと、割引されない』とかな。『ここで買っては、いつもの店の減額の意味がないだろう』とかな。指摘される恐れがあるぞ」
愛妻は、流れを作るのが好きだ。小さな個人店の固定先を大事にする、個人事業主ならではの感覚。
個人との付き合いで仲良くなった店の割引を、さらに割引させる術を覚えている。それが以前の世界から、この世界でも引き継がれている凄腕よ。さすが、個人経営。1ワパンたりとも無駄にしない、倹約を愛する人種(※自分たち公務機関は、税金だから大雑把に使う)。
「うむ。愛妻に言い訳できない報告にならぬよう、本部でしっかりと話を通さねば。
魔物の王を退治に向かう、国外の道のり。その道のりでさえ、仕事を絡める気満々と来たら、これは俺も、一肌脱がねばならん。
魔物の王を倒すのでさえ、寸前で『発送が間に合わない』などで、ちょっと待ってろ、と言われる可能性もある。魔物の王が、発送の準備を待つと思えないが、それがすんなり運ぶように、国に受け入れ態勢を整えておく必要がある」
うんうん頷きながら、ドルドレンはイーアンの用事は大切だと呟く。それに、個人的には『噂』の件も重要事項なので、あれも片付けてしまいたい。
「どいつが噂を立てたかしらんが。北西の支部で聞かれたら、袋叩きだ。本部だから、平気な面で言えてるだけで。俺の奥さんに『人殺し』とは、とんでもない言いがかりだ。
あの優しいイーアンが、人なんか殺すわけないだろう。怒らせたら、殺す直前まで追い詰めるだろうが(※それは疑わない)。
イーアンは、魔物だから殺すのだ。素手でも無情に殺し・・・うう。怖い。思い出してはいけない。
とにかく。ロゼールでさえ、激怒するような噂なんぞ、速攻、潰すに限る。ロゼールが大暴れなんて、多分、あそこにいるやつらじゃ止められない。それも危険だ。本部が危機に晒される事態は回避!回避、回避」
目の前に王都が見えてきて、本部の塀の内側にある庭に、直に降りられる大きさの龍に感謝しつつ、ドルドレンは本部へ直行した(※歩くと女性に掴まる)。
工房では、イーアンが伴侶パンツを縫い続ける。昨日の夕方は、皆さんが来たので隠した。なので一応、今日は扉に鍵を下ろして(※パンツ手縫い場面を見られないよう)作業する。
鱗パンツを穿く伴侶を想像し、はーはー息切れするたびに、少し休んでは作業を続ける効率の悪さ。
『パンツはあまりにも刺激が強い。伴侶が世界最高峰というのも、些か悩みに変わるとは』嬉しい悩みだけど・・・と呟き、ぽーっとするイーアンはお茶を飲んだ。
ふと。気が付く腰袋の熱。これはあの人。
何でオーリンの珠だけ熱を持つのやら、と首を傾げつつ、休憩序に応答する。
『おはよう。イーアン、どう』
『おはようございます。私は今、作業中です』
『うー・・・まだダメか。ちょっとでも良いんだよ。2時間くらいでも。空き時間ないかな』
『オーリン。行ける時は連絡しますので、どうぞお待ち下さい』
『皆、イーアンを待ってるから。早く会わせたいと思う。こんなこと、イヌァエル・テレンでは前代未聞の出来事だぞ』
『そう仰いますけれど。私は作業が終わったら、訪問に行きますし、それが終われば工事の立会いです。その後は話し合いがあります』
『忙しいのは分かるけれど。空の世界で前代未聞の方が凄くないか?』
イーアンは黙る。オーリン。一人で何か決めやがっただろう、と察する。その気持ちは通じたらしく、
『決まってないって。本当に。そういう話が出ただけで、確定じゃない。誤解するなよ』
『あなた。調子に乗ってしまいませんでしたか』
止まるオーリンは、暫く無音。
結局オーリンは、後で支部に行くと言い始め、自分は午前中は居ないとイーアンが念を押すと、『午後だろ?午後はいるんだろ』と焦るように畳みかけ『午後になったら行く』と言い張り、彼は通信を切った。
黄色い珠を腰袋に戻したイーアンは、頭を支えて溜め息をついた。
「自分で何とかなさい」
私の都合を考慮して頂戴、と首を振ってぼやく。『午後。皆さんとマスクのこともあるから。まぁ、オーリンが居ても問題はないですが』この際だから、イーアンは思う。
「この際・・・そうね。この際です。タンクラッドも呼んで、マスクを渡してから、ちょっと皆で旅の話をしましょう。良い機会かもしれません。オーリンも同行するつもりらしいし」
でもオーリンはどうなるかしらね~ 少し意地悪に言って笑い、イーアンは縫い物を再開。伴侶のパンツはもう少しで縫い上がる。そう思うと、もうメロメロしていられないと気を引き締め、大真面目に没頭して針を動かした。
没頭経過。40分後。イーアンは伴侶鱗パンツを仕上げた。力強い、龍の鱗のパンツ堂々完成である。
「もう一着、替えが欲しい」
両手に持って広げたパンツを眺め、イーアンは満足。着替えは次回ですねと頷き、パンツをそっと、人目に触れない棚にしまった(※イーアン工房秘密の棚)。
それから、タンクラッドの珠を手に取る。タンクラッドを午後に呼べるか、都合を聞こうとすると、珠はすぐに応答した。
『タンクラッド。一昨日は』
『イーアンあのな。ちょっとふざけた。すまない』
クスッと笑って、イーアンは『もう良いです。今日の予定を伺おうと思い、連絡しました』と続ける。
『今日か。そうだな。いつ来ても別に構わんぞ』
そうではなく、支部で午後に皆が集まると教えると、タンクラッドは、その時間に出かけてくれることになった。
『作っているものがあるから、長居は出来ないが。だが、俺からも報告はある。耳に入れておいた方が良いだろう』
そう言って、彼はまた後でと連絡を終えた。イーアンは珠を腰袋に戻し、最後に言われた『耳に入れておいた方が良い報告』を少し考えた。煙のことなのか。船のことなのか。また違うものか。親方が来てから・・・イーアンは立ち上がって、ロゼールから戻ってきた青い布と上着を羽織り、とりあえず出かけることにする。
工房の窓から外に出て、笛を吹いてミンティンを呼び、青い龍に乗ってアードキー地区へ向かった。
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