614. 親方、お祖父ちゃんに確認
マブスパールの朝に、大剣を背負う男が歩く。その姿は異様なくらい迫力があり、店もまだ開かない通りに、僅かに表へ出ている人々は、その気配で振り返った。
早起きした親方。ジジイに朝一番で質問の答えを聞き出し、とっとと戻って、仕事をしようと決めてきた。疑問を持ちながら仕事をすると手元に良くないので、疑問による犠牲は、仕事にではなく、ジジイに及ぶ。
タンクラッドは、エンディミオンのテントの近くまで来て立ち止まる。白い布をかけたまま、放置されている机。さすがに泥棒呼ばわりは困るので、触れることはせず、辺りを見回した。
テントの前で待つことにして、タンクラッドはテント横の壁に寄りかかった。ぼけーっとしていると、一人の女が側に来て声をかける。『お兄さん。どこの人?』タンクラッドは女の匂いが嫌で、相手を見ずに『放っておけ』と呟いた。
女は、タンクラッドの組んだ両腕に手を置き『誰か待ってるの?』ともう一度訊ねてきた。タンクラッドは女の顔を見ないようにして、顎だけ少し動かし、真横のテント示してから腕を振って、女の手を落とす。
「冷たいわね。こっち見たって良いじゃない」
無視。臭い。香水の匂いが臭過ぎる。朝の空気を濁す不愉快な臭いに、タンクラッドはうんざりする。女の手がもう一度、自分の腕にかかったので、『触るな』とそっちを見て注意した。
女は赤毛で、年齢的には40代くらい。体の線が出るような服を着ていて、驚いたように見上げている。『わ、すごいカッコイイ』しっかり化粧のされた顔が驚き、赤い唇がぱかっと開く。タンクラッドは嫌になって、嫌味ったらしく溜め息を吐き、女を置いてエンディミオンの家に歩いた。
「ちょっと。ちょっと、お兄さん。そっち、人の家よ。誰か待ってるんでしょ」
煩い。声も煩い。近づけば臭いは鼻を突くわ、喋れば声も耳障り。相手にしたら、時間が無駄になる人間だ。
イーアンと大違いだ、何にも関心の対象がない女もいるんだな、と(※タンクラッドはそういう相手の方が多い人)ぼやきながら、エンディミオンの家に大股で直行した。
「ねぇ。そこ、ちょっと聞いてる?そこ、エンディミオン」
女の声が大きく、朝の空気に響いたか。タンクラッドが玄関の前に立つより早く、扉が開いた。『ヨシュレか?』エンディミオンは嬉しそうに笑顔で開けたが、目の前の大きな男に魂消た。
「うひゃ。なん、なんっ。何で、お前が朝っぱらから。おい、今の。あ、ヨシュレ!何だ?まさかお前、ヨシュレに」
「それ以上言うと死ぬぞ。俺がこの女に用があるとでも思うか。俺はお前に用なんだ」
背中の剣の柄をさっと掴んだタンクラッドに、お祖父ちゃんの目がかっぴろげられて『やめろ。よせよせ』慌てて両手を前に出して止める。後ろに付いて来ていた女も、ビックリして『やめてよ、エンディミオンに何するの』と叫んだ。
もう。親方はうんざり中のウンザリ。柄を握る手を放し、据わった目で後ろをちょっと見てから、エンディミオンに『こいつを追っ払え』と命じた。
お祖父ちゃんは嫌々、可愛い女友達(※夜の)に軽~く事情を話して帰らせた。ヨシュレと呼ばれた女は、大人しく帰らず、暫くエンディミオンを気にかけていたが(※実際は親方)仕方ないと判断したか戻って行った。
そして、お祖父ちゃんはこの後。親方の拘束に遭う。
親方は、聞きたいことを質問し続け、はぐらかすエンディミオンを脅しては、細部に納得するまで喋らせる。
お祖父ちゃんはヘロヘロ。ふらつきながら台所へ行き、お茶を淹れて流し台に貼り付くように背中を屈めた。
「お前さぁ。もうちょっと、そのね。老人を労わるとか、そういうのないのかよ」
「ジジイ。労わられるのは、俺じゃ嫌だろう。俺の役目は、あんたを役立ててやることだ」
「このおっさん。もう、毎回イヤなんだけど~」
「嫌なのはお互い様だ。我慢しろ。俺に文句言うな。そんなことより今、あんたが喋った内容で全てか?遺跡から回収した神具は」
「そうだよ。俺が持ってるのは、後2つくらい。神具自体はホントは売らないから、さっきも話したけど、大方は俺の息子の馬車にあるだろうよ。で、あいつらがどこに居るかは、本当に知らないんだって。予想出来るのは道順くらい。それだって、何かあったら変わるし、信じてないみたいだけど、決まってないんだ。
絵なんて、そんな大した絵は付いてないよ。お前が買った香炉だって、龍と船の絵くらいだったろ?あんな感じのしかないよ」
「だとしても、情報にはなるかもしれんだろうが。マブスパールには、あんたの持ち物以外、神具はないんだな?本当だな?」
ホントっ!! お祖父ちゃんはイライラしながら、この繰り返しにケリをつける。
「疑り深過ぎるぞ、お前。ない、って言ってるんだから、ないのっ!俺の神具だって、もうやらねぇぞ。最近、モノの売れが悪いから、人目を引こうと思って、一つ出したのを・・・よりによって、お前がその日に、目をつけて買っちゃったから。まぁ、一個くらい良いかってだけで。結構な金額で助かったけど」
「見せろ。残りの2つ」
嫌だよ~ ごねるエンディミオン。親方は剣を抜いた。抜きかけではなく、ざっと抜き払う。目が怒っている。凍りつくエンディミオンは、後ずさりながら、自宅が血の海になる光景の想像に怯えた。
「分かった、分かった。持ってくるから、しまえ。そんな物騒なもん、出すな」
あー、もう朝からサイアクとこぼしながら、お祖父ちゃんは中二階へ上がり、すぐに戻ってきて、タンクラッドの前に行く。『剣、しまえ』まだ剣を持っている男を睨むと、大きな剣はすんなり鞘に戻された。
エンディミオンの手には、金属の容器と、小さな鐘があった。『これだよ。聖油入れと聖鐘な』大事に扱えと手渡された、二つの金属製品を受け取り、親方は隅々まで調べる。
「他には。神具には他の種類があるだろ」
「俺のところはそれだけ。後は、お前の買った香炉だろ。それと香入れと・・・後、何だ? えーっと、燭台と、聖杯、聖布とか。そんなもんだろ。
あ、イーアンが肩に掛けてる青い布も、あれそうだぞ。あれは別の宗教みたいだけど、多分、聖布だ。じゃなきゃ、あれだけ手の込んだ作りなわけない」
「布?布も残るのか?崩壊しそうだが」
「布って言ったって。別に何百年前の布じゃないだろ。遺跡にあるったってよ、都度、時代時代で作ってたんだろうから。そのくらい分かれよ。こっちは、遺跡に放置されて、残ってるやつを引き取ってくるわけで」
お祖父ちゃんをじろっと見てから、親方は聖油入れの蓋を開け『中は?使ってないのか』と質問する。
「使うよ。一昨日に油切れたから、それはそのままだけど」
「信心深そうに見えんが。そうか、使用されているのか」
「一々、嫌味だな。当たり前のこと訊くなよ。道具なんだから、そりゃ使うだろ。お前も香炉、買ったんだから、飾りじゃなくてちゃんと使えよな」
エンディミオンの言葉に親方は、ちらっとその顔を見る。お祖父ちゃん、ムスッとして『使えよ。煤は拭いて』と念を押した。
「香炉、使おうと思ったぞ。だが何を燃して良いのか、そこまで知らん。だからそのままだな」
「もー。そんなことくらい、誰でも知ってるだろうが。お前は神を恐れない気がするが、そういうの、ちゃんとしないとダメなんだぞ。孫の所に、香樹脂くらいあるだろうから、分けてもらえ」
分かった、とテキトーに答え、親方は鐘を振る。小さな澄んだ高い音が鳴り、音はすぐ、空間に消えた。
「遊びで振るんじゃないの。きちっと、気持ち込めて振るんだよ。もう良いか?返せ」
お祖父ちゃんに取り上げられ、神具は再び中二階に連れ戻される。親方の見た、神具二種類。それらの絵は、特に印象的なものではなかったが、記憶に留めておく。それより。親方は気になっていた。
エンディミオンは、香炉を使っていた・・・・・ しかし、煙の効果が彼には現れなかった。それは何故なのか。知らないままだったから、売り場に出したんだろうとは思うが。まさか、使っていたとは――
戻ってきたお祖父ちゃんは、ちょっと嫌味を思いついたらしく、ニヤッと笑って親方の向かいに腰掛けた。
「船。気にしてるんだな。この前、お皿ちゃんが見つかったから、それでだろ?船も捜せないかって、手がかりを集めてるわけか。お皿ちゃんはどうやら、ロゼのものになったらしいしな」
「何であんたがロゼールを知ってるんだ」
「んん?あいつ、ロゼールって言うのか。ロゼ、までしか聞こえなかったけど。あ、そう。じゃ今度、ロゼールって呼んでみるか。可愛い顔の坊主だよな。イーアンとこの前、町に来て、昼食済ませて戻って行ったよ」
「イーアンとロゼール。ああ、営業か。ここで食事とはイーアンらしい」
「そうだな。イーアンは馬車の家族なんだ。って、話し逸らしたな。どうなんだよ、船なんか見つけ出す気かよ」
親方はどこまで話そうかな~・・・と、上を見上げて顔を掻く。お祖父ちゃんは勘違いしたらしく、親方が図星なんだと思い込む。
「船とはね。旅に使うつもりなんだな?でも、見つかったって、使える代物かどうか。船を求めるってことは、馬車がないのか。そうだろ」
「馬車か。そうだな、馬車の手配もしないといけないかもな」
フフン、と笑うお祖父ちゃん。『馬車乗りは、孫にでも頼むんだな。この国で、居住用の馬車を作るのは、俺たち馬車の家族だけだ』そう言うと、またお茶を淹れに台所へ行く(※ジジイにお茶は必需品)。
「馬車にしとけ。船捜してる間に、旅、始まっちまうぞ。どこにあるかも分からないもんに期待して、無駄に時間を使うな」
「無駄な時間は作らない人生だ。あんたとの会話も、俺の貴重な時間を、惜しむギリギリで使っている」
「お前、本当にムカつくよ。ホント、大ッ嫌いなんだけど」
「まぁ良い。教えろ。馬車のことだな。馬車は使いにくそうだが、一応、押さえないとならなさそうだし。ドルドレンに聞けば良いのか」
「全くよー・・・よく、こんなおっさんで世界が守れるもんだよ(※あなたの先祖でも守れた)。ええっとな、怒るなって。お前も悪いんだぞ。馬車は、孫がとっくに思いついてるだろうよ。話が出ないとすりゃ、思うに息子に会いたくないからだ」
不愉快そうなエンディミオンの言葉に、タンクラッドも眉間にシワを寄せる。『息子。総長の親』過ぎるのはギデオン。目の前にいるヤツもギデオンに見える・・・・・
「そう。デラキソスだ。あいつに言わないと。別に、馬車の家族の持ち物もらうわけじゃないから、使ってない馬車のある所に、案内してもらうだろうね」
「この町には?ないのか」
「ああ?馬車?ないよ。荷馬車と、現役終わった馬車くらいしかない。祭壇とか、居住用の道具、積んでる馬車は、町には置かない。言ったろ?道具は使う為にあるんだよ。馬車も道具なの・・・って、お前だって剣作るんだから、そんくらい分かりそうなもんだ」
「よく分かった。そうか。じゃ、今日はここまでだ。邪魔したな」
親方はこれ以上は情報がなさそうだと判断し、すっと立ち上がる。いつものようにさっさと玄関へ行き、扉を開けたところで、エンディミオンに上着を掴まれた。振り向くと、銀色の目が睨んでいる。
「その、用済みって感じ。失礼極まりないんだぞ。ちょっとは礼でも言えよ」
「あんたの人生で、その年まで使いようのなかった知恵を、俺が生かしてやってる。俺に礼を言え」
「このヤロ~・・・お前って、ホントに可愛くねぇ」
可愛くても気持ち悪いだろ、と吐き捨てて、親方は玄関先で笛を吹いた。
その音色に、エンディミオンはハッとする。『まさか』お祖父ちゃんの目の前に、あっという間に燻し黄金色の威風堂々した龍が降り立つ。
タンクラッドは颯爽と龍の背中に乗り『行くぞ、イオライセオダだ』と龍に告げた。エラそうな龍は、つーんな感じで、ばさーっと翼を地面に降ろしたかと思うと、一気に浮上した。
「お前!おい、お前も龍に乗るのか?この前、そう言って」
「じゃあな。また来てやる。せいぜい感謝しろ」
はーっはっはっはっはっ・・・・・ 親方は高笑いを響かせ、龍と共に午前の青空へ消える。渋い黄金色の龍は、無駄に長い尻尾を振り、大振りに見せ付けるようにして(※飛び方が派手)北西へ飛んだ。
「あいつ。龍までエラそう。乗り手がエラそうだからか、龍まで何だか、無駄にエラそうな気がする」
舌打ちするお祖父ちゃん。悔しいったらない。俺が教えた数え歌から、本当に龍を呼ぶ笛を作ったとは。それも自分専用ときたもんだ。
エンディミオンは、自分の知恵があっさり奪われていくような喪失感に、腹立たしくて仕方なかった。そしてまさか、自分の持っていた神具もまた、自分以外の人間に、途方もないドラマを見せているとは、露ほども思わなかった。
お読み頂き有難うございます。




