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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
613/2952

613. 龍の皮で衣類製作

 

 翌朝。イーアンはかなり早起きした。明治の職人さんくらいの早起きっぷりで、一気に没頭製作に意気込む。



 朝3時半。可哀相と思うものの、ぐっすり眠る伴侶を起こし、ものすごく寝惚け眼の伴侶に『自分は今日、着物やあなたの下着を集中して作るから、一日籠もる』と伝え(※ドルドレン、ふわふわしながら頷く)ちゅーっとキスしてから、着替えて工房へ行った。


「起こしたくありませんでした。せめて書置きくらい、書けるようにしませんと」


 文字大事、とイーアンは工房に火を熾しながら、自分を戒める。しかし、伴侶は書いても心配するから、起こして良かったのか。その辺は相談だな~ 早朝から動く方法を考えるイーアン。


 そして、火も熾し、お茶用の水も火に掛けたので、いざ製作。立ち入り禁止札を扉に下げて、イーアンは、親方の着物と伴侶の隠れパンツ作りに、まだ日も上がらない夜明けから燃えた。



 *****



 場所は変わって、イオライセオダ。


 タンクラッドも、目が覚めていた。気になるのは香炉の存在。ジジイの店に、他にまだあるのか、どうか。使用された金属は、普通の金属にしか見えない以上、煙の見せた謎の正体は、人知を超えた何かなのだろうと見当を付けているものの。


 寝付けないで、まだ暗い中に目を開けてからは、そのまま考え事を続けた。


「ジジイのことだ。あんな謎めいたものを知っていたら、売るはずがない。ってことは、あのジジイは知らないまま、あれを販売して・・・くそっ。これまで、その価値も分からない者の手に、渡っていたわけか」


 ここまで呟いて、自分もその一人だったかと一瞬止まる。イーアンが『使おう』と言わなかったら、自分は香炉で焚く気にならなかった。

『道具は使う為にある、だな。本当だ』習慣にない品だから、そのまま彫刻にだけ意識が向いていた。


 タンクラッドは起きて、工房の炉に入った炭を熾す。採石のような、長い留守でもないと消さない炭は、すぐに熱が上がる。

 香炉をちょっと見て、台所で茶を淹れる(ついで)に、茶葉を一握り持って戻る。香炉の中に炭と茶葉を入れて、タンクラッドは煙が立ち上るのを見つめて待った。



 香炉の煙は、昨日のようにゆっくりとたゆたって天井を覆い、暫くするとその煙の中に形が現れる。じっと見ていると、形は船になり、それは上に向かって進むように動いている。


 繰り返す同じ場面。もしかすると、何度焚いても同じものを映すのだろうか。船から人が降り、迎えに出た女龍は姿を変えて、人になる。


「イーアン」


 ぼそっと呟き、女龍の微笑を見つめる。ニッコリ笑った笑顔は、イーアンそのもの。憂いも含みもなく、本当にニッコリ、とだけ笑う顔。何でも許されるようなあの笑顔に、何度、目を留めただろう。


「こりゃ。()()()()も同じ趣味だとしたら、やられたな」


 ふふんと笑って、工房の椅子に仰け反り、天井の映像を一人観賞するタンクラッド。


 勇者らしき人物は。顔つきの違いもあるのか、軽薄そうに見えなくもない。しかし、悪いヤツじゃないから、()()()()も殺さないでいたのか・・・いや。この後、天を追い出されたわけだから、地上でそれを知ったら、剣で一振り、殺したかもしれないな。そんなことを冗談に思って、顔に笑みを浮かべる。


「始祖の龍は、誰と一緒だったのかな。ズィーリーはギデオンと連れ添ったようだが。彼女は生涯、一人だったのか」


 勇者の奥に立つ、当時の自分と思しき男は、ずっと始祖の龍の顔を見ながら、静かに笑みを浮かべている。始祖の龍は勇者と談笑している様子なのに、男は何も言わずに見つめるだけ。


「いじらしいにも程があるだろ。好きなら、好きって言わなきゃダメだろうが」


 見ていてイライラしてくる親方。もっと責めなきゃっ!もしかしたらそれで、運命が変わったかもしれないのに。とはいえ、当時の俺は、そこまで彼女を好きだったわけじゃないのか。それとも、諦めていたのか。真実は分からない。


「これ・・・3回も続けるのか。俺が諦めたら、3回目。アホらしい!何で俺まで、諦める運命なんだ」


 一人、ぶーぶー文句を言いながら、タンクラッドはお茶のお代わりを取りに行って戻る。それから昨日見た、最後の場面、海に飲まれる船の場面まで見た。


 続きはあるのか。今日もここでまた、煙は消えた。昨日よりは、少し多めに入れた茶葉だったが、香炉の容量限界なのか、燃え尽きる定量のようだった。


「続きが見れたらな。また違う情報を得られるだろう」


 タンクラッドは、少しずつ、空気に紛れていく煙を眺めて、今日の行動を決めた。



 *****



 夕方。イーアンは、親方の着物を殆ど縫い終えた。肩幅や身丈は伴侶と似るため、伴侶の服から参考に作った。

 どっちみち、上着扱いの上、厚さもある皮の着物なので、基本一枚仕立て。つまり、縫う部分は少ない。下手に縫いこむと厚さが危険である。鱗もあるし。


 イーアンの着物の縫い方は、和裁をよく知らないから、これは全て真似である。他の国の着物に似た衣服を何度か羊の革で作ったことがあるので、それを龍の皮に応用している。帯はベルトで済むため、着物に思いを馳せた外国暮らし(※正確には異世界暮らし)の日本人が作っている感覚だった。


 手甲と脚絆は、親方サイズが分からないので、親方を採寸する必要があるため、手付かず。そして、肝心要のあれ。『ドルドレンのパンツ』うん、と頷くイーアン。



 この世界のパンツは、ボクサースタイルと知って、安心したことがあった。いつかドルドレンに、お手製下着を作れるかもと、その時も思ったのだ。

 最初の頃(※伴侶といちゃ初め)パンツの形状を見つめて、伴侶が恥ずかしがった。それは全員その形か、と尋ねると、伴侶は『恐らく』と赤くなって、頷いてくれたのを思い出す。


「良い思い出なのです。あんな頃もありました(※半年も前じゃない)。ドルドレンは照れると可愛いです」


 今や、伴侶はパンツどころか、全裸で歩き回ることもあるくらいに、自然体になってしまった(※自由のびのび)。パンツ一枚で照れていた時期は、思えば短かった。


 そう。話を戻すが、股間フィットスタイルは、イーアンとしては縫いにくい。きっと技術がいるであろうと想像がつく。

 あれは思うに、人間工学の先取り、立体採寸・・・いやいや、伴侶の股間立体採寸は、採寸中に何か起こる危険もある(※違う方向へ向かう)。こうした様々な事情により、ボクサースタイルは助かった。


「鱗パンツの切り出しは完了しました。後は、夕食抜きで集中してパンツを縫うだけ」


 これが今日の一番の目的(※親方の着物はやっつけ仕事)だったイーアンは、巻き返しや重ね部分の鱗が、伴侶の皮膚を傷つけないように、細心の注意を払って取り除き、丁寧に丁寧、縫い続けた。


『ドルドレンは・・・アレが立派ですから。鱗もがっちり、硬そうなところじゃないといけません』大真面目な顔で呟きながら、イーアンは股間の中心を守る部分に、逞しい鱗のある部位を選んで縫い付ける。


 これだけ硬けりゃ、ちょっと立っても大丈夫だろう、とか。糸は頑丈じゃないと、立った勢いで切れたら大変、とか(※どんな勢い)。魔物の筋繊維を細く細く縒って、これならドルドレンの股間を守れる、とか。

 縫う手を休めず、延々、伴侶への思いを呟き落とす、イーアンの夕暮れの工房。



 そんなイーアンを。様子を見に来ていたドルドレンは、扉の隙間から見つめていた。眉を寄せて、頬を染めながら、愛妻の独り言(※独り言がでかい)を聞き、恥ずかしいような嬉しいような気持ちで佇んだ。


 見える位置、机の上にどさっと置かれた服がある。

 あれがタンクラッドのキモノか・・・ドルドレンはそれを羨ましく思った。愛妻は独り言を言いながら、自分の下着を縫っているから、それも有難いのだけど。


「俺も。イーアンと同じキモノがあればな」


 そっと呟くドルドレン。イーアンの耳には届かない。が、伴侶の小さな想いを乗せた声に、イーアンの角が反応(※伴侶好き)。さっと頭を上げたイーアンは、扉の隙間を見つけて笑顔を浮かべた。


「ドルドレン」


「イーアン。ごめんね。作業中だったのに」


 まさか気が付くと思わず、とドルドレンが言うと、イーアンは縫い物を置いて、中へ入ってと促した。それからお茶を淹れて『もう夕方ですね』と。


「夕方だとは気が付いていたのか」


「はい。先ほどこっちの・・・着物が出来たので。それでその時に」


 タンクラッドの着物を見つめる伴侶に、イーアンはすまなそうに微笑んで、着物を畳もうとする。その手をちょっと掴んで、ドルドレンはイーアンを見た。『見ていたい』とお願いすると、イーアンは頷く。


「その。良かったら、俺が羽織ってみても良い?」


 それは勿論、問題ないです、とイーアンは笑顔で了承。同じくらいの寸法だから、丁度、様子が見れると言いながら、着物を持って伴侶の背中に回る。


「タンクラッドが見たら怒りそうだ」


「寸法合わせです。怒られても。いざ着てみて、おかしな所を見つけるより、この時点で分かる方がずっと良いでしょう」


 そうだね、とドルドレンも嬉しそうに腕を伸ばす。イーアンは親方の着物を伴侶に着せて、ベルトを一本渡した。ベルトを締めた伴侶の背中。惚れ惚れするなぁとイーアンは嬉しくなった。それから前へ回り込もうとして、ドルドレンも振り返る。


「うわぁ」


 イーアン、感動の一声を上げる。『素敵・・・・・ 何て素敵なの』伴侶の顔から爪先まで、ゆっくり見て、またその顔を見上げ、イーアンはくらっとした。『眩暈がしそうな格好良さ』額に手を当てる。


 ハハハと笑って、ドルドレンは愛妻を支え、その額にキスをした。『似合う?』ニッコリ笑ったドルドレンに、イーアンは今日もまた、今なら死んでも良い、と思えた(※前日はフラカラ相手)。いや、死ぬわけに行かないんだけど。


「大変にお似合いです。もう、どうしよう。親方に渡さないといけないのですが。う~・・・・・」


「俺にも作れないだろうか。俺は鎧があるけれど、普段ずっと鎧ではないから。ビルガメスにお願いして、龍の皮を」


 そうしましょう!イーアンは胸を拳でドンと叩く。『ビルガメスに相談です。こうなったら、旅の道連れの希望者全員に、龍の皮の着物も考えどころですよ』と。何か違う路線の言葉を言う。


「皆じゃなくても良いような。地下の者は嫌がりそうだし。フォラヴやシャンガマックも個性がある(※ってことにしておく)」


「だけど、どうでしょう。あなたもお揃いにしたら、タンクラッドの攻撃を受けそうで。紛らわすために、目標物を分散する方法です」


 そう言われると、そうかなぁと思うドルドレン。

 確かに。あのタンクラッドが、自分だけだと優越感に浸っている時、俺も着ているとなれば、まず間違いなく俺に文句を言うかもしれない。クロークがそうだった。要らないと言った割りに、俺が着ていたら嫌そうだった。


「うーん。でも全員っていうのもね。何となく微妙。マスクもあるのだ」


「そうか~・・・そうですねぇ。マスクもありますね。あなたを攻撃されては大変、と思ったのですが。でもそうですね。ドルドレンの言うことの方が正しい気がします。あなた用の龍の皮だけ、とりあえず手に入れましょう」


 愛妻の微笑みに、ドルドレンは安心する。ザッカリアあたりは欲しがるだろうが、フォラヴやシャンガマックまでお揃いは、気持ちが複雑である。


「俺は今。タンクラッドの注文品を着ているわけだが。それでもイーアンと同じ服を着ている、この時間がたまらなく嬉しい。一緒だ」


「はい。一緒です。とても、こんなに良く似合うなんて。是非あなたにも作らなければ」



 二人は見つめ合って、そーっと腕を伸ばして抱き寄せようとした。瞬間、扉が開いてシャンガマックが現れた。少し赤くなる褐色の騎士。きっと抱き合う直前ではと、判断したようで、目が泳いで困っている。

 ドルドレンはじっと部下を見て、『用があったのか』と冷えた声でぼやいた。イーアンは笑って、シャンガマックを中へ通して、お茶を淹れる。


 中へ入ったシャンガマックは、総長の着ている服から目を離せず、じーっと子犬のような黒い瞳で見つめてから、自分に困惑する眼差しを投げる総長に、勇気を持って伝えた。


「俺も欲しいです」


 やっぱりな~ 部下の一声に、ドルドレンが嫌そうに返した。イーアンは笑っていた。

お読み頂き有難うございます。

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