612. 毎夜の報告時間
支部に戻った二人は、少し遅くなったものの、いつものように風呂と夕食を済ませ、部屋へ戻って一日の報告をし合う。
最初はドルドレンから。『魔物が出ない』ドルドレンの静かな一言。イーアンは何も言わない。咳払いしたドルドレンは、愛妻(※未婚)に『ヤバイな』と気持ちを伝える。
「これはさすがに。今朝、本部からも『この話を詳しく、会議でウンたらかんたら』と手紙が来た。放っておきたかったが、執務のやつらが返事を出せと言うので、今日書いた」
「本部へ向かうのですか」
「近いうちに。今日手紙を出して、早馬なら、明日中には読むだろう。多分、サグマン(←ぽっちゃりさん)のことだから、早馬で出したはずだ。そうするとだな、一番早くて明後日には本部」
「何てお話されるの」
「決まってないよ。俺だって確かなことなど分からないのに」
そうよねぇとイーアン。そうだよ~とドルドレン。『俺に訊けば何かあると思ってる。そんなわけないだろうって思うが』本部は分かってない、と伴侶は困っている。
「俺は、家の工事を見ないといけないのだ。明後日の昼過ぎから着工なのに」
「んまー。それは重要。こういう時って重なるものですね」
「そうなのだ。なぜ、今なのだ、と思う。イーアンにも見せたいが、それは無理も言えないから、俺だけでも」
イーアンは、自分は明後日の用事が決まっているわけではないから、午後に居られるようにすると答えた。ドルドレンは喜んで、一緒に着工を見ることに決まる。
「本部は午前で切り上げる。俺は、あの噂やロゼールの話もあるから、イーアンは来なくて良い。俺だけで」
「分かりました。何かありましたら、連絡下さい。珠を見ているようにします」
ドルドレンはニコッと笑い、イーアンを抱き寄せてちゅーっとキスしてから『家なのだ。二人の家』と嬉しそうに呟いた。イーアンも嬉しいので、伴侶をぎゅ―っと抱き締めて『本当に有難うございます。家が建ったら、私、毎日、家を大事にします』と気持ちを伝えた。
「家を大事にするって、どうするの」
「お掃除したり、飾ったり。庭をきれいにしたり・・・普通のことですけれど、日々、家で過ごす時間を充実させるのです。料理をしたり、物を作ったりは毎日でしょ?それに、あなたの服を縫ったり、絵を描いたり。もう、いろいろ。おうちと一緒にいる時間を増やして、おうちを育てるのです」
ふうん、ドルドレンは意外そうに愛妻を見つめる。家を育てる、って感覚はなかった。そんな意識もあるんだなと思い、イーアンに微笑む。
『イーアンが大事にしたら、家も喜ぶ』そう言うと、イーアンは頭をこすり付けてきた。嬉しがる愛妻に笑うドルドレンは、イーアンの角をちょっと摘まんで『俺も家を大事に育てる』と約束した。
「では、イーアンの報告の番だな」
はい、と答えて、今日一日の流れと、ざっくりのあらすじを話す。イーアンの報告に、ここ毎日、ドルドレンは書記が欲しい。『もう、覚えておけない自信がある』ドルドレンは弱音。笑う愛妻は、『私も忘れそうです』と答える。
「大まかに分ければそうでもないですが、内容が。見落としたら、後々、後悔しそうな貴重な情報も入っていることがあるので、迂闊に忘れられません」
「本当だな。イーアンはよく覚えているよ。俺は忘れがちだ」
「私は執務の仕事していませんもの。これ一本だから、せめて覚えないと。でも自分としては、頭の中に欲しくない情報として、今はオーリンがあります」
二人は笑って、オーリンは落ち着かないねと頷いた。
「もうね。ちょっと私を、そっとしておいてほしいです。彼のことは気持ちも分かるし、同情もしますが、旅に大きく関わる話ではないような気がして。
旅に出る準備をどんどん進める今、それこそさっきの本部の話ではないですが、『なぜ今なの』と訊きたくなります」
「そうだな。イーアンしか一緒に行けないから、それでだろうが。一緒に町へ行って、近所の人に紹介とは。浮かれると一斉に浮かれそうな民だし、ノリが良いのも考えものかな」
困ったように微笑むドルドレンに、イーアンも額に手を置いて、苦笑い。『良い機会なのかもしれないですけれど。他にすることもありますので、今じゃなくてもと、思うのが正直な気持ち』と話した。
それからイーアンは、そうだ、と思い出して、翼を見てほしいとお願いする。『翼』ドルドレンは頷いて、イーアンの前に立つ。
「大きいの。この部屋で足りるかしら。出る時は勢い良く出ますから」
「ぬ。部屋が壊れてはまずいぞ。少し広い場所へ移動だな。イーアン、寝巻きだから上着を着なさい」
イーアンは上着を羽織って、ドルドレンと一緒に広間へ行った。『他の者が見ても良いか』と訊かれ、龍の姿も見てるから大丈夫ではと、イーアンは答える。
「そりゃそうだな。今更、翼が出ようが何を出されようが、気にしないか」
ドルドレンも納得。広間は人が少なくなっていて、もう10人程度しかいなかった。厨房担当は片づけに追われている。
「はい。では見て下さい。行きますよ」
ドルドレン、わくわくしちゃう。イーアンはニッコリ笑って、近くに人が居ないことを確認する。そのすぐ後、背中が一瞬白く光ったかと思うと、どんっと6枚の翼が真後ろに突き出た。広間にいた騎士がわぁわぁ言う。
「うわっ 凄い!迫力が違うな」
ビックリしたドルドレンは灰色の瞳を輝かせ、白い翼を見て興奮気味。イーアンの翼がゆっくり広がって、上下左右の位置に収まると、その翼開長は10mほどあると分かった。
「何て大きな翼なんだ。この前は4枚だったのに」
「安定の為に2枚増やしたのです。これのね。付け根を見て頂けますか。どうなっているのでしょう」
どれどれ、ドルドレンは側へ行って、イーアンの小さな背中を見る。『光ってるよ』何てことのない、驚きも含まない言葉に、イーアンはちょっと黙る。『え。それだけ』伴侶にもう少し説明を求める。
「だって。光っているのだ。根元だろう?服があるけれど、翼は光の根元から出てるから、服は関係ないんでないの。これ」
「そうなの。光っているだけ。光から翼が出ているような具合でしょうか」
他の騎士たちも寄ってきて、イーアンの背中を見たいと言うので、ドルドレンはこの際だから、皆に見せる。『イーアンが、付け根はどうなっていると訊くのだ』教えてやれ、と言う総長。
「イーアン、背中全体が光っています」
「翼の根元は細いですね。翼自体は大きくて長いけれど」
「この光の中までは分からないかな。どうなってるのか」
皆さん、口々に感想を教えてくれたので、イーアンは何となく雰囲気を掴んだ。皆さんにお礼を言って、翼を畳む。『しまっちゃうの』『出しとけば』勿体ながってくれる皆さんの、惜しむ声に感謝しつつ、イーアンは翼を消した。疲れはそれほどなかったが、分かっていない恐れもあるので、早めにしまう。
「これを出していると、彼女は疲れるのだ」
総長の言葉に、騎士の皆さんは頷いて『良いもの見た』と笑顔で去って行った。イーアンはドルドレンにもお礼を良い、二人は寝室へ戻る。戻るまでの間、ドルドレンは翼の神々しさを絶賛してくれた。
イーアン的には。実は6翼は、以前の世界の、かの有名な悪魔を思い出すので、微妙な心境ではある。だが、4枚では安定が足りず、早く飛べなかったし、6に抵抗があるからといって、8枚はやり過ぎのような気がして。結論6枚の翼である。
私は悪魔か、と思いつつも、この世界では誰もそれを知らないことなので、白い6枚の翼で今後も通すことにした。
そして部屋に入って、話の続き。
「ミレイオはありなのだな。良かったと言えば、良かったのか。俺はまた、ミレイオに叱られることが、旅でもあるのかとその懸念もあるが。
しかし、ズィーリーの時は人数も少ないと・・・いや、それは俺の先祖がいけないのだが。うう、思い出すと厳しい」
話が止まるほど苦しむ伴侶を慰め、イーアンは無理に話さない方が良い、と教えた。そして話を引き取る。
「今回はまた、いろいろと違うでしょう。ミレイオが同行者になるということは、同じ条件で、今後も・・・同じように誰かが加わる場合ことも想定できます。多くはないでしょうけれど、それもまた運命かも」
「そう。そうだな。うむ、それでこの話は終えよう。脳が破裂しそうだ。そしてルガルバンダの。ああ、もう、無理だ。俺は夜、やらしいことが出来ないかも」
「やらしいことはさておき。無理はされないで下さい。
ルガルバンダは、お手伝いさんの龍の民が不甲斐ないから、それで見ていられず、手伝いに来たような話を、ビルガメスに最初に聞いていましたが。
実際は、お手伝いさんどころか、勇者も加えて、やばかったという。それは・・・知ったら、大体の人は人情で助けるかもですね。普通の行動のような気がします」
ぐふぅ・・・・・ 呻くドルドレンは机に突っ伏す(※先祖の罪への代行反省による)。イーアンは背中を撫でて『あなたじゃないですから』と言い聞かせる。
「その助けから。ルガルバンダは『心配から、一気に恋愛に突入』という感じです。彼女の戦い方、性格、同情、助けたい気持ち。これらがズィーリーへの愛へ変わり。好きになると早そうな方だし。
それはともかく、今回現れた私を、彼女の生まれ変わりと信じ込んで、今度こそ守ろうと決めた結果、攫う行為に繋がりました。
善意によるものでしたが、そう捉えていなかった私は、その話を聞いて反省しました。知らぬこととはいえ、家も壊して大ッ嫌いで、暫く応対したので」
「でもそれは。イーアンは悪くないのだ。被害者だ。ルガルバンダはもう少し、イーアンの状態を見てからでも良かった」
それはタンクラッドも言っていた、とイーアンは伝える。『そこの部分だけは、親方もルガルバンダが、下調べすればと』そう言うと、伴侶も頷いて同意を示す。
「そう思う。ただ・・・そこまで急いだ、その想いの強さも分からないでもないな(※原因が原因)」
「彼はタンクラッドに、贈り物をしました。それがあの龍の皮で、着物を作れと。これをルガルバンダにも言われました。理由は、私を見張るための力が増すからだそうです。タンクラッドの受けた祝福は、実は、龍を見つける目だったそうで、それを聞いた時には、さすがに引きました」
眉を寄せる愛妻に、ドルドレンも何も言葉が出なかった。少しして『本当にそんな能力を授けたのか』と言うと、愛妻は頷いた。
ルガルバンダは、よほど信用していない(※俺のこと)と分かる。それも寂しく悲しいドルドレン。
「ルガルバンダにも言われ、タンクラッドにも注文されていますから、一応作りますけれど。でも私は、少しは余るでしょうから、同じ皮でひっそり・・・あなたにも下着を作ろうと思います。後で、下着貸して下さい」
照れながらも、力強く腕を伸ばす愛妻に、ドルドレンはその腕を引っ張り、ちょっと笑って抱き寄せた。『貸す』と答えて、キスをしてから『鱗の下着か』と言うと、イーアンも困って赤くなっていた(※見たい)。
「タンクラッドはルガルバンダに同情して、尚且つ、見守るなんて健気な愛の表現だとか、良いヤツだとか。彼の味方につきました。今後も、それは続きそうです。
それはさておき、ビルガメスは、あなたのことを信頼して下さっています。あなたを祝福したし、真面目だと言います。こうして分かっている人もいるので、安心して下さい」
「そうか。そうだね。ビルガメスは俺の味方。彼がいてくれて良かった。どんな祝福か、分からないにしても、信頼を受けているだけでも泣けてくる」
ドルドレンは、ふと思い出したようで、『シュウマイ美味しかった』と関係ないことで微笑んだ。イーアンはお礼を言って『今度支部でも作る』と約束する。
「残り物。余り物。イーアンはそう言って、渡したんだな」
「実際、そうでした。彼の食材を使って少し食べるように言われ、私が自分の食事を作るのが目的でした。多めには作りましたけれど」
ニッコリ笑う黒髪の美丈夫。『優しいイーアン。大樹が枯れないように、時々水をやると良い』そう言うと、ドルドレンは愛妻の頬を撫でた。フフッと笑うイーアンも『ちょっと水がないと、枯れる速度が早そうで』と答える。
美味しいってことだよ、とドルドレンは笑い、イーアンも苦笑いで頷いた。優しいと誉めてもらったイーアンは、伴侶の方がずっと優しいと思った。
一通り、一日の話を済ませた二人は、そろそろ寝ようかとベッドに座る。今回、一番の主たる『船の話』は、煙のお陰で思いがけず見ることが出来、話もその時に済んだので、これはそのままに。
「明日は。どうするの。作るのか」
「そうします。明後日は、午前中にミレイオの家に行こうと思うので、明日は製作予定です」
と、ここで。イーアンは、オーリンに連絡していなかったことを思い出し、ちょっとだけ自室へ行って、連絡を取った。
応答はすぐにあり、彼は、一緒に空へ行く日を決めたがった。イーアンは数日は動けないと教える。それを聞いて少し粘っていたオーリンだったが、どうにもならないと諦めたようで、次の連絡待ちを約束して終わった。
イーアンとドルドレンは、日々の情報の多さを一度、記録しようと決めた。
先祖の話を思い出すたび、頭が痛いドルドレンは、今夜は大人しく眠りにつく。イーアンはそんな伴侶を抱き寄せて、『あなたは誠実で信頼しています』と何度も言い、よしよし撫でながら眠った。
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