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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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60. 消えた僧院 ディアンタ

 

 大岩に戻ると、全員これから簡易昼食という話だったので、ドルドレンたちも昼食を摂る。


 イーアンがブレズを受け取る時、ロゼールが『イーアンのこの前の挟んだやつが食べたい』と言ったため、イーアンが二つ返事で了解し、イーアンは3人分の加工ブレズ(※サンドイッチ)を作り始めた。

 ドルドレンが一瞬、面白くなさそうな顔をしたが、イーアンが『皆、頑張って協力して下さったんだから』と笑うと、駄々を捏ねずに(嫌々)承諾した。


 馬車に配給を取りに来た他の騎士が、イーアンがブレズに肉を挟んでいるのを知り、自分も自分も、と言い始めた。一人を受け入れると他の一人が来るので、気がつけば結局イーアンは全員分の加工ブレズを作った。


 北西の支部部隊は馬車の周りに集まり、昼食の加工ブレズを食べながら、午前中の魔物退治の話に花を咲かせた。


 最初、ドルドレン的にはイーアンと二人で食事をしたかったし、上手くすれば「あーん行為」だ、と目論んでいたので残念極まりなかった。だがよく考えれば、遠征に出た全員が一つ場所で笑い合って食事をすること自体、これまで無かったことなので、この状況の展開には感謝なのだな、と嬉しく思えた。



 フォラヴがイーアンを抱いて滝つぼへ落下した場面については、大岩から見ていた6人が言うには『もうダメかと思った』と声を揃えるくらいに恐ろしい光景だったそうだ。ドルドレンもそれは同感だった。イーアンが帰らぬ人になるなんて想像したくもなかったが、滝に飛んだ姿には恐怖で凍りついた。


 当のフォラヴは『大袈裟です』と笑っていて、イーアンも『怖くなかったといえば嘘になるけれど、彼が守ってくれたので不思議と安心していた』と笑顔で話している。

 ――畜生、フォラヴ。美味しいところ取りやがって。あれは自分がやるべきだった。とドルドレンは心の中で口惜しがった。俺だってあれくらい出来る、と・・・言っても遅いのだが。



「ところでそろそろ、イーアンの設定がどんな仕組みだったのかを話してもらえませんか」



 フォラヴが水を一口飲んでイーアンを見た。他の者もそれについて聞きたがった。イーアンはギアッチを見て『あなたにはどのくらい見当がついていますか』と質問した。ギアッチは嬉しそうに微笑んだ。


「私がこれから言うことに間違いがあったら、あとで付け加えてください」


 そう前置きしてから、ギアッチが捉えた『イーアンの作戦』を話し始めた。


「まずあなたは、魔物のいる範囲を確認し閉じ込めました。逃がさないように堰を作ってね。

 それから滝つぼ付近に塩を撒きました。その塩が、魔物の体の組織を細かいところから変化させると知っていたからです。

 しかしそれだけでは、きっと魔物を倒すには足りないと考えていたのでしょうか。あなたは流れを一時的に止めた生簀(いけす)の中に、塩を一気に混ぜる方法を考えていた。


 そして、これは憶測ですが・・・もしかして、いや。あなたならそれをやるのか。


 あの倒木の決壊の勢いにさらに勢いをつける()()をした、ということは・・・こんな話は聞いたこともありません・・・あなたは確か『異なる圧力をぶつけて影響を与える』目的だったと思うのですが、あの爆発状態は圧力を極端に変えるための方法だったのでしょうか。

 その圧力の効果は、当然、生簀全体を対象に望んで施したでしょう。それで・・・・・ 」


 ギアッチが黙ってイーアンを見る。イーアンは先を続けてほしそうに、柔らかい眼差しでギアッチを見ていた。ギアッチがイーアンの顔を見て、惑うように頭を振り、『そんな』と呟いた。


「イーアン。まさかあなたは、逆流して行き交う波を出す川まで引き起こしたのですか」


 何も言わずにイーアンが笑顔を深める。ギアッチは『信じられない』と声が出て、額に手を当てて目を丸くした。


「何て人だ。それで堰を作る時に水底を空けろ、と言ったのか。圧力を最大限に高めるために」


 ギアッチの驚き呆れた顔に、その場の全員が顔を見合わせ、イーアンを見た。


「この人は、幾つもの現象を計画して繋げたんだ。それも、魔物の体の構造を踏まえた上で、2つの異なる効果的な方法を同時に仕組んだ。相手を全滅させる気で」


「でも私の方法が、本当に上手く行くなんて最初から言い切れないのです。相手は初めて会う方たち(まもの)だし。ですが、挑戦した内容が失敗したら、別の方法を次は出すので、勝てる確率が上がるだけだと私は思っています。だからとにかく挑戦する必要があるのです」


一度言葉を切って、イーアンは騎士たちを見渡した。


「それに、いつだって皆さんが力を使ってくれるから出来たことです。イオライもですけれど、実際、私は何もしていないと思いませんか」


イーアンはちょっとすまなそうに苦笑した。



 実のところ、ドルドレンは即行、抱き締めたかった。

 だが我慢。それを部下の前では出来ない。いや、良いんだけれど多分イーアンが嫌がる。嫌がることはないのに、嫌がる。イーアンに嫌われては本末転倒だから、ここは我慢。後で二人になったらにする。


 何だか分からないが、イーアンが一生懸命考えたことが、赤の他人(部下ギアッチ)によって『素晴らしい』評価を得たのだ。


 実に抱き締めて喜びたい。そのままキスしても良い。良いんじゃないか、と思う。そのままさらに続いて進んでも良い。はずだ。賛否はあるだろうが、それくらいの高揚感を自分が感じていることを、ドルドレンはたまらなく嬉しく思った。



 ギアッチの称賛は効果絶大だった。

 イーアン一人の説明だとなかなか理解できない部分が、誰かの解説で賄われると途端に耳に入る。それをその場で聞いていた ――北西の支部と、近くにいた北の支部の数名―― は、殊更すごいことをしていたように感じていた。

 それに称賛されている相手は、ついさっき北の支部部隊長チェスの売り言葉に、制裁を加えた人物だ。

 チェスを諭し、釘を刺した。『勘違いしないで。あなたのためじゃないの』。


 この一言は重く、女性には絶対に言われたくない言葉の一つだというのに、彼女は冷徹にそれを突き刺した。『バカでイヤ』くらいの勢いで。


 そこまで思っていないイーアンはただ、持ち上げられて恥ずかしそうに、行き場をなくして笑っていたが、ドルドレンはとにかく爛々と目を光らせ願望実現を狙い、他の者はそれぞれが改めて、一緒にいる女性の真相を思わずにはいられなかった。



 遅い昼食が終わった後。


 午後から明日一日は、魔物の様子を見ることが任務に変わったため、一同は新しくテントを張る場所の準備に取り掛かることにした。念のために今日までの場所は移動し、もう少し川から離れた場所にテントを張ることで意見がまとまった。


 テント場を作るため、何本かの木を倒して場所を拓いた。最初にテントを張った地点よりも高さがあるところを選び、それほど生い茂ってはいない場所を選んだので、テント7つと焚き火の空間はすぐに得られた。元気になりつつあるとはいえ、まだ負傷者は包帯もしていて薬も使う状態なので、すぐにテントは張られて負傷者は中で休息することになった。



 テントを張っている間、ドルドレンはチェスとこの遠征から戻った後の、本部への報告内容を話し合うということで立ち話をしていた。

 イーアンは、ドルドレンから見える場所に腰を下ろし、魔物の止め(とどめ)を差す方法を考えていた。木切れの枝で地面に絵と字を描きながら、頭の中にあるあれこれを組み立ててはやり直し、それを繰り返していた。


 ふと、後ろに人の気配を感じて急いで振り向くと、シャンガマックが立っていた。シャンガマックはその漆黒の瞳で、イーアンの地面に描いている図と文字を見つめていた。



「シャンガマックさ・・・」 「さん、は要らない」


 シャンガマックは地面から視線を動かさないまま、顎に手を当てて考えている様子で、イーアンの『さん付け』を断る。イーアンは黙って、彼が何に関心を持っているのかを不思議に思っていた。


「あの。これはあの魔物の別の対策で」 「うん。そうかなと思って」


 返事はくれるが、話が続かないので困る。イーアンは描き続けるのもどうか、と手を止めてシャンガマックの言葉を待った。


「シャンガマック」 「何」


「何か気になるのでしょうか」 「そうだな。見たことのない文字だ」


 イーアンの中で『しまった』と警鐘が鳴った。この人は、この世界にある言葉に通じている、と言っていた。日本語で書いてある地面の文字は、間違いなく違和感がある。イーアンは対処と言い訳を考えた。即興でも良いから、それっぽい何かを。だがそれは無駄だった。


「なぁ、イーアン」 「はい」


「俺はこの文字を知らない。古今東西」 「そうですか」


()()()()()普通の文字なんだな」


 イーアンは答えなかった。ごくっと唾を飲んだが、どう説明してもシャンガマックの次の質問に詰まることは分かっていた。イーアンが答えずに悩んでいると、シャンガマックが畳み掛ける。


「イーアン。君はどこでこの文字を使えるようになったんだ」


「シャンガマック。それを聞くのですか」


 イーアンは観念して開き直った。そんなつもりはないけれど表情が苦しそうになったのか、見上げたシャンガマックの目がちょっと開いて同情的になった。



「どうしたのですか。イーアンの書いた文字なら、ディアンタの僧院にも似たようなのがあるでしょう」


 鈴のような軽い声が響いた。二人が声の方を向くとフォラヴがいた。

 シャンガマックは『どこにあるって?』と驚いていた。イーアンに至っては、本当に?と信じられない気持ちだった。



「おや。世界の文字を知るとか言っているのに。シャンガマックがディアンタを知らないとは」


 可笑しそうにフォラヴが笑顔を作る。シャンガマックが少し眉根を寄せて『どこなんだ』と押す。フォラヴが微笑みながらすっと腕を伸ばし、優雅な指で対岸を指し示した。


「ディアンタの僧院ですよ。そこにあるでしょう。イーアン、行きたいですか?」


 その展開に頭がついていかず、イーアンは黙って指の向けられた対岸の岸壁を見た。フォラヴは自分を助けてくれているのか。それとも本当にその僧院に、日本語が?日本語限定?あるの?という気持ちで半信半疑だった。


 対岸に目を凝らせば、川よりも20~30mほど上にいくつかの穴みたいなものが並列していた。残念なことにイーアンの視力では遠くはよく見えない。『あれが僧院・・・』とイーアンが呟くと、フォラヴがイーアンの肩に手を置いて『私となら行けますよ』と爽やかに言う。


 シャンガマックが振り返り、自分は行けないのか?と目で訴えるが、フォラヴは『あなたは自力で行って下さい』と笑顔を崩さないであっさり断った。そしてイーアンの瞳を覗きこんで訊ねる。


「行きたい?」


 この人は本当に妖精なのかもしれない、とイーアンは思った。不思議だが、何でも知っているような気がした。日本語らしきものがあるのなら、それを見たら読めるのでは、と思うと、イーアンは見たくて仕方なくなった。


「どうやって行くのですか。ドルドレンは一緒ですか」


「可哀相だけれど、イーアン。私は一人を運ぶことしか出来ないのです」


 イーアンはドルドレンが怒るだろうな、と思って首を横に振った。『行きたいけれど止めておきます』とフォラヴに答えた。するとドルドレンがチェスとの話を終えて戻ってきた。

 白金の髪をかき上げたフォラヴは、ドルドレンに向き直って微笑んだ。


「総長。聞こえていましたね。いかがしましょう。夕方前に戻ります」


 苦虫を噛み潰した顔をしながら、ドルドレンは頭を掻いた。そして溜息を大袈裟についてから、イーアンを見る。


「イーアン。行きたいのか」


 答えにくい・・・と思いつつ、黙りこくるイーアン。フォラヴはドルドレンに囁いた。『・・・・・』


「仕方がない。フォラヴ。イーアンを連れて僧院へ行け。そして1時間後には帰るように。必要以外で触るな。口説くな。イーアンを詮索するな」


 渋い顔をしているままだが、ドルドレンが了承したことにイーアンは驚いた。『良いのですか』と言うと『1時間だけだ。容器を持っていくと良い』とドルドレンは答えた。



 イーアンは嬉しくなって、ドルドレンにお礼をたくさん伝えた。

 何で容器を持っていくのかは分からなかったが、とりあえず持っていける容器は包んで運ぶことにした。



「行きましょうか」


 フォラヴがイーアンに微笑んだ。






お読み頂きありがとうございます。

ちょっと自然現象の話も入りました。お詳しい方、学ばれた方もお読み頂いている場合があると思います。いろいろと疑問を持つ方もいらっしゃると思いますが、どうぞ「これは異世界」と、微妙に流してやって下さいますと、大変有難く思います。

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