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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
607/2953

607. ファドゥとフラカラ

 

 イーアンは、タムズ抜きの男龍4人にご挨拶し、また来ますと言って翼を広げた。彼らは、笑って気をつけてと。全員浮いて、何だろうとイーアンが思うと、送ってくれる話になった。



「ファドゥは静かな性格に思えます。驚かせるのも良くありません」


「大丈夫だろう。ルガルバンダもいるし」


 イーアンはこの感覚に気が付く。お祖父ちゃん。そう、エンディミオンだ。暇なのだ。きっと男龍たちは暇。だって、仕事もないし、お金の心配もない。衣食住のうち、衣と食は0。住まいもある。することないのだ。


 そうか~・・・理解が進むと了解するイーアン。皆さんと一緒にいざ、ファドゥのお宅へ。


 自分も飛ぶ練習なので、4枚の翼をぎこちなく動かして飛行する。無意識に任せる方が良いらしく、意識して『今。どんな具合で動いてるのか』と振り向くと停止する。

 停止すると、いそいそビルガメスが近づいて『自分を信じるだけだ』と崇高な響きの言葉をアドバイスに、背中をそっと押してくれる。つまり『考えるな』ということである。顕在意識が無意識の無限を制御している、それを体験する。



 そんなこんなで、男龍のサポートに包まれて、イーアン初飛行。有難いイヌァエル・テレン。ここで馴染んだら、地上で頑張るのに、気持ちが大変と感じそう。飛行のコツだけを覚え、あまり使用しない方が良いのかも知れないと思う。


 イーアンとしては、出来れば、伴侶の為に飛びたい。ミンティンもいない時。頑張って龍気を高める方法を習得していたら、伴侶を抱えて飛ぶことも出来るかもしれない。それは最初から思っていた。


 ドルドレンは飛べない。でも自分は翼を出せる。これが長持ちすれば。そのために、とにかく頑張るしかない。それと安定した飛行。龍気さえあれば、頼りに出来る飛行が可能・・・それは大切な条件に思えた。


 よし。イヌァエル・テレンは練習場だ、と意識した。


 イーアンはぐっと体を固め、思いっきり翼を開くと、もう2枚の翼を出すと想像する。その途端、肩甲骨辺りから、さらに大きく長い、2枚の翼が広がった。イーアンは6枚の翼で思い切り羽ばたく。


 羽ばたいて滑空し、イーアンは6翼の速度に信頼出来る力強さを感じる。男龍が見上げて笑う。彼らもすぐに速度を上げてついて来た。白い6枚の翼には鱗と爪があり、イーアンの体よりもずっと大きく長く、空に影を作った。


「イーアン!お前は翼持ちか。俺の卵孵してくれ」


 誉め言葉からあっさり要求に変わるニヌルタに、イーアンは笑って頷いた。『皆さんの卵を孵せるように努力します』と答える。ビルガメスが勢い良く来て、イーアンの腹側に沿って飛ぶ。


「素晴らしい。喜びで抱き締めたいが、飛ぶ邪魔だな。しかし大したものよ」


「どのくらいの速さで飛ぶのか、知りたいです」


「やってみると良い」


 笑顔で促したビルガメスに、イーアンも笑顔で頷いて、前方に顔を向けた。次に、目一杯、速度を上げて飛ぶと意識する。6枚の翼は一度大きく宙を叩き、突然加速して、小さなイーアンの体をすっ飛ばした。


 嬉しいイーアンは、たまらずに笑い声を響かせる。凄い高揚感、素晴らしい解放感。自分の力が増えていくのを肌で感じる。大空を駆け抜けるミンティンを思う。自分も今、同じように自分の翼だけで飛んでいることに、イーアンは感激の涙を風に散らす。


 横に並んだビルガメスに笑顔を向けると、彼は手を伸ばしてイーアンの濡れた頬に触れた。『俺の小さな女龍よ。自由な龍よ。空はお前のものだ』そう実力を認め、微笑む。


 イーアンがお礼を言おうとすると、次々に男龍が側に並び、皆が笑顔で誉めてくれた。嬉しいのは自分だけではない、とイーアンは知る。角が生えたこの前と同様に、彼らは今、一員と認めて喜んでくれている。同じ龍族が増えたことを歓迎しているのだ。



 その時、大きな龍気が勢いをつけ、近づくのを全員が感じる。遠くに見えた点は一気に近づき、翼を広げたタムズが上を飛んで影を作った。


「ひどいじゃないか。なぜ私を呼ばなかった」


 ハハハハと大声で笑ったタムズは、笑い返した男龍の間をすり抜けて、イーアンの真横に滑り込む。『素晴らしいイーアン!私と一緒だな』そう言って腕を繋いだ。


「私と一緒に飛ぼう。君は6枚の翼だが」


 笑顔がはじけるタムズ。イーアンも嬉しいので『はい』と答えた。タムズに左腕を掴まれて、上昇する。翼が時折触れるが、殆ど羽ばたかない二人の羽のない翼は、空を自由に風を切って角度を変えながら、好きなように飛び続けた。


 タムズは誘導して、翼の角度を変えると、速度が細かく動かせることを教えてくれた。タムズに翼の使い方を教わり、他の男龍に空の方角を教わるイーアン。


 この光景は遠目から見ていた、何頭かの龍と、龍の子たちの視線を集めた。

 男龍が一斉に動くことも特になかったし、そこに、翼が6枚ある、小さな人の姿の女龍がいることも珍しかった。そして印象的だったのは、全員がとても楽しそうに笑い合っていたことだった。



 感動の初飛行の時間は、長かったような短かったような。イーアンと男龍は、龍の子の住まいのある地域へ入る。ルガルバンダが速度を上げて、先にファドゥの元へ行くと飛んだ。そのすぐ後をイーアンは追う。他の男龍も一緒に来て、バルコニーに出てきたファドゥは、目を丸くして笑って向かえた。


「龍が。全員私の家に来るなんて」


 翼のあるイーアンには、さらに驚いて笑い声を立てて両腕を広げた。イーアンも笑顔でその腕の中に降り、しっかり抱き締めた。


「イーアン、翼が」


「はい。イヌァエル・テレンだからです。しまいましょう」


 いや、ダメダメ、とファドゥは慌てて止めて『暫くそのままで』と微笑んだ。男龍はバルコニーの外に浮かび、送り届けたと言って、それぞれイーアンとファドゥに挨拶をして戻った。イーアンは龍の皮を手に、ファドゥの部屋に入る。



「驚いた。その翼は。6枚?史上最高の数と美しさ」


「本当?そうでしたか。タムズのように2枚で飛べるなら、2枚の翼で充分なのでしょうが。私の翼は幅が細くて不安定に思い、最初4枚出したところに、もう2枚追加したのです」


 そんな、翼の追加なんて!ファドゥは嬉しそうに笑って、イーアンをベッドに座らせる。自分も横に座って『今日は来ると思っていなくて』と改めて挨拶をする。笑顔はそのままに、とにかく首を振って、イーアンを抱き寄せては、その顔を見て『素晴らしい。感動した』と何回も言ってくれた。


「今日は、男龍のところに出かけたのだね。その後に来てくれたのか」


「そうです。ビルガメスの時代の話を聞こうと思って来たら、他の方に掴まりました。でも結局は、皆さんと会うことになって」


「聞きたかったことは聞けた?」


「はい。まだ探さないといけませんが、それでも知らないままよりは、ずっと多くの情報を受け取りました」


 銀色の彼はニッコリ笑って、イーアンの額にちょっとキスをしてから、じっと見つめる。『イーアン。フラカラがね。待っている。あなたに会いたくて、我慢し続けている。呼んでも良いだろうか』ファドゥの言葉に驚いて、イーアンは『勿論です』と答えた。


「フラカラ」


 すぐにファドゥが空間に向かって名前を呼ぶと、少しして音が聞こえた。窓の外に赤い龍が来て、ゆっくりとバルコニーに降りた。光を放って人間の形になった龍は、美しい女性となって笑顔を向けた。


「イーアン。話したかった。あれ?翼が」


 フラカラは近寄ってきて、イーアンの背中にある白い翼に目を見開いた。ファドゥは自慢げに、白い翼を撫でて『そうだ。イーアンは自分の翼で飛べる』と頷いた。


 金色の瞳を向けて、フラカラはビックリした顔でイーアンを見つめる。側へ来て、ベッドの横に腰掛け、そっとイーアンを覗き込んだ。イーアンも笑みを浮かべたまま、自分を見つめる美しい人を眺めた。


「今。どのくらいの龍気なの」


「龍気の大きさは私には分からないのです。イヌァエル・テレンは自由ですが、普段は地上にいるためか」


 フラカラは翼をじっくりと、少女のような純粋な眼差しで見つめる。触りたいと言われて、イーアンは立ち上がって背中を向け、フラカラに左半分の3枚の翼を伸ばして見せた。『一番上が、一番長いのです。触って下さい』説明しながら、気になること。


 翼。どんな感じで出てるのか。服を着ている状態で6枚もにょきにょき出ているわけであり・・・落ち着いてみれば、付け根がどうなっているのか、気になって仕方ない。服が引っかかる、引っ張られる感覚はない。

 考えても分からないので、帰ったら一瞬でも翼を出して、伴侶にでも見てもらおうと思った。


「素敵。綺麗な翼。こんなに大きいのね」


 立ち上がったフラカラは、翼の表と裏を見て、細い指でそっと白い翼を撫で、笑顔で翼にキスをした。それからイーアンに向き直って、両手でイーアンの顔を包み、額を合わせる。フラカラは、長い睫を伏せて囁く。


「あなたのようになれれば。私にもイーアンの力が、少しでもあれば」


 親方にも、おでこ合わせをたまーにされるが、相手が滅茶苦茶美人だと、どうやら親方よりも、照れるレベルが違うと知ったイーアン。顔が熱くなるのが分かる。

 うぬぅ。違う扉がまた開きかける(※美しいもの全般に弱いイーアン)・・・フラカラに反応する自分(※危ない)を戒めつつ、平静を保つのに頑張る。


 ちょびっと咳払いして、照れながら意識を取り戻してフラカラに訊ねてみる。『あなたは龍になりたいのですか』彼女の囁きは、もろにそう願っている。イーアンの質問に、フラカラはさっと目を開けて、寂しそうな顔を見せた。


 まあ、これもまた何て綺麗なんでしょう~っ イーアンは、はーはー息切れしたくなるが、真面目に我慢。


「龍になるのは。私の願い。私の目標。でも、変えられない。これ以上、前進しないのよ」


 フラカラはイーアンの横に腰を下ろす。ファドゥは黙って、フラカラの言葉を聞いている。長い髪を耳に掛け、フラカラは窓の外の空を見た。


「圧倒的な、何か違いがあるの。それが分からない。自分では、龍気も操れて動かせるって自信もあるのに」


「フラカラは努力を止めない。龍の子の、男よりも強い。しかし体に限界があるのか」


 ファドゥは、フラカラの悩む思いを言い添えた。

 イーアンは何て答えたら良いやら。何かアドバイスが出来れば違うだろうが、自分もよく分かっていないことを、努力を続ける相手に言うのは失礼である。


 考えて言葉を探すイーアンに、ファドゥは微笑んでその腕を撫でた。


「あなたも。まだ日も浅いから分からないな。何が言えるわけでもないだろう。ただ、フラカラはあなたを見て、何かを学ぶかもしれない。何かを感じ取れると、彼女の前進に役立つと思う。イヌァエル・テレンに来たら、フラカラにも会える時間を作れるだろうか」


 ファドゥはフラカラの力になろうとしているんだな、と分かり、イーアンは頷く。フラカラがイーアンの手に自分の手を重ね、鳶色の瞳を見つめた。イーアンはいけない扉が開きそうで、動悸息切れを必死に堪える。


 こら、やばい。この人はどんぴしゃで私の好みらしい、と知ってしまったことに、新たな悩みを抱えた(※そっちの扉が開く)。ハルテッドの女装も、綺麗だなーと毎度感動していたが。本気で女性状態が登場すると、こんなに人間弱いものか。いや、龍なんだけど。しかしこのままでは、私は両刀になってしまう!(※ならない。龍の子は卵繁栄)


 そんな眉根を寄せるイーアンの心境など、龍の子の二人は気が付くわけもなく、フラカラはイーアンにお願いする。イーアンの表情から、女龍と龍の子の壁があるのかと心配中(※壁なんて取っ払われている)。


「イーアン。どうしたら良いのかしら。一緒に空を飛ぼうにも・・・飛んでもらえるのかしら」


「勿論じゃないですか」


 イーアンは男らしく頷く(※今や『どんな頼みも任せとけ』)。女龍の力強い答えに、フラカラの金色の瞳がきゅーっと大きくなって、見る見るうちに笑顔がはじける。


 うぐぅっ。イーアン、呻き声を漏らす。目の前で笑顔は破壊力が凄まじい。もう倒れそう。今なら死ねる、いや、死ねはしないけど。神様、美人を有難う!


 顔を崩さないよう、どうにか必死に耐えるので精一杯(※崩すと、溶ける&うっかり抱き締めかねない)のイーアンに、フラカラは腕を広げて抱きついて喜んだ。心臓発作を起こす中年。血中酸素の危険を感じ、慌てて意識を取り戻し、頑張って抱擁に耐えた。


 赤くなったり青ざめたり、忙しい表情のイーアンを見て、ファドゥは少し気にかけた(※そんな心配要らない)。本当はフラカラの突然の要望に、イーアンは対応が難しかったのか。無理に引き受けさせてしまったのかもしれない。


「イーアン。私も手伝おう。龍気が必要なら、飛ぶ間は一緒に行くから」


 ファドゥは自分に何が出来るか、分からなかった。でも、イーアンの状況を考えれば、彼女自身も分からないなりに、女龍の力を学んでいる最中なのだ。頼み事をすると分かっていて、フラカラを引き合わせたことに、自分も手伝えることはしようと思った。


「龍になると、疲れる?まだ難しいかしら」


 フラカラは、ファドゥの配慮を聞いて、龍気の安定に気が付いた。イーアンはこの前初めて、イヌァエル・テレンで龍になった。数えるほどしか経験がない。フラカラの心配そうな顔に、イーアンはしっかり首を振る。


「疲れません。難しいかどうかは定かでありませんが、私は疲れないっ(※言い切る)」


「本当に?大丈夫?短い間だけで最初は良いの。龍になったイーアンと一緒に、ちょっとその辺を飛んで戻れたら」


 イーアン、ニッコリ笑って(※かなりご機嫌)『では、行きましょう』と目の前の美人に手を伸ばした(※やらしいおっさん状態)。嬉しいフラカラは頷いてその手を握り、バルコニーへ行く。イーアンは満足。ただただ満足。



「場所を変えます。広い場所・・・あ。もしや」


 イーアンはバルコニーで思いつく。バルコニーはさすがに自分には狭いので、フラカラとファドゥを見上げ(※彼らは身長が高い)自分が龍になったら、来て下さいとお願いした。二人は一緒に行こう、と言ってくれたが、試したいからと断る。


 翼もあるから、落ちることはないだろうとイーアンは思う。そして気持ちを引き締める(※だれてた)。


 バルコニーで6枚の翼を開き、浮かび上がって少し離れた空に上がり、その位置で龍に全身を変えた。ぶわっと白い光が広がり、イーアン龍が空に浮かぶ。

 出来た!良かった、やっぱり・・・イーアンも安心した。イヌァエル・テレンでは、空に一人でいる状態でも、すぐに龍になれると確認。


 最初の時と、次のルガルバンダ邸を破壊した時は、誰かの龍気も受け取っていた気がする。地上と同じように、呼応と共鳴が中心だった。

 でも、翼を出したように、体を変えることが出来ることを、新たにまた知った。イヌァエル・テレンの空気だけでも充分だったのかと、体験を通して理解出来た。


 バルコニーでは、ファドゥとフラカラが感激して手を叩き、自分たちも急いで龍に変わり、すぐ側へ飛んだ。


 3頭の龍は、一緒に空を飛ぶ。道を知るファドゥが先頭を進み、フラカラはイーアン龍の側を離れないで、一生懸命、様子を観察しているようだった。

 イーアン龍から比べると、ファドゥもフラカラも小さいのだが、彼らはとっても綺麗な龍で、ミンティンと飛んでいるような気持ちだった。


 フラカラの顔が少し笑顔に見える。龍の時の表情は、男龍は分かりやすいが、龍の子の場合はどうなのか。でもきっと、彼女は今、嬉しいのではないかと思う。イーアンも微笑んだ。


 自分が、何の役に立てるか分からないけれど。でも飛ぶことや話すことだけでも、フラカラがそこから、自分の為に何かを引っ張れるなら、好きなだけそうしてほしいと()()()に思う。



 こんな具合で、お空の遊泳散歩をしていると、ファドゥが、体の向きを変えて戻ってきて、イーアンの首に頭をこすり付けた。


 イーアンは驚く。吼えるように促している。何にもないのに、吼えるって・・・吼えて良いの~?驚かれるのでは~? 戸惑うイーアンはフラカラも見る。彼女も首をゆらゆら。何やら同意している様子。


 銀色の龍を見ると、うんうん、頷き続ける。吼える場面が学びに影響するのだろうか、と思いつつ、勘違いは困るので、ちょっと口を開けてみれば。2頭の龍は、好奇心一杯の眼差し。


 やっぱり吼えるんだ、とキャッチして、躊躇いつつもイーアンは咆哮を上げた。


 地鳴りのような重低音が轟く振動は、イヌァエル・テレンの空に吸い込まれることなく木霊する。これには、イーアンもビックリ。空が木霊とは。


 銀色の龍は、おおはしゃぎ(※推定年齢:ウン百歳)。びゅんびゅん細かく飛んで、喜びを表す。大興奮中のファドゥとフラカラは、もう一度やって~と首に擦り寄ってきた。2頭の龍に首を擦り付けられ、イーアン、ウケたと知る。そしてアンコールに応える。


 今度はもっと大きく、腹の底から長く吼えた。空が震える。青空が一層青さを増し、空が生きているように輝いた。その変化に目を丸くするイーアン。


 自分でも思うけれど。女龍、と言われる割には。ちっとも女の要素のない声で寂しい。だがウケは、滅法良いと知った。思うに、男らしい力強さはパーフェクト条件なのだ。女だけど。



 喜ぶ2頭の龍は、一生懸命おねだりに入る。もっとやって~ もっと吼えて~ きゃっきゃ、きゃっきゃ、龍が首に擦りつける。もう遊園地で『あれ乗りたい』『もう一回乗る』と、預かった子供にせがまれる、親戚のおばちゃん状態。


 イーアンがはっと気が付けば、他の龍が目の端に見えた。ええっ?慌てて後ろを向くと、自分の声が届いたか。龍が大群で後ろから集まっている。


 ビビるイーアンは、目を丸くしたまま、固まる。これ、どうするのが良いのか。

 銀色の龍が顔まで上がってきて、顔にすりすり。この、この状況で、私はまだ吼えるのか。吼えたら、後ろの龍はどうなるの。イーアンは先が読めないので、行動に躊躇う。


 しかし。結局は吼えることになった。声が枯れるほど軟弱ではないことは助かったが、相当なサービスである。江戸時代で言えば、火事消防の金を鳴らしまくっているような印象。


 最初。イーアン龍が吼えると、ちらほらと、一緒に吼える声が後ろから聴こえていたものが、段々、合唱みたいになり、後半はそれが続いたため、空は大変賑やかな時間だった。



 いい加減。もう良いのではないか、と思うイーアン。一頻(ひとしき)り、咆哮は上げた。ファドゥの『もっとやって~』を止める。『もう帰りますよ』お母さんの気持ちで訴えてみると、銀色の龍は、ちょっと真顔になって頷いた(※はっちゃけ過ぎた自覚はある)。


 そしてイーアンとファドゥとフラカラは、向きを変えてイヌァエル・テレンの出入り口を目指す。空のどこへ来ていたのか分からなかったが、辿り着くまでは案外早かった。


 イーアンは、いつもの一枚岩の棚に降りる時、一度翼だけに変え、それから着地する・・・その方法も覚えた。今日はいろいろと学んだ。

 ふと、ファドゥがまた戻って行った。どうしたかなと思っていると、フラカラが人の姿に変り、『彼はあなたの持ち物を取りに』と教えてくれた。忘れていた、龍の皮。忘れていても良かった気がするが。


「有難う。イーアン、とても楽しかった」


 フラカラは満足げに微笑み、イーアンをそっと抱き締めた。イーアンもいろいろな意味で満足して抱き返す(※ちょっと赤くなってる)。


「何かあなたの役に立てば良いのですが。私にはまだ分からず」


 イーアンがそう言うと、フラカラは首を振り『一緒に。龍で動けることが大事だから。今日はとても大きな贈り物だったと思う』と言ってくれた。


「また。忙しいかもしれないけど、今日みたいに一緒に」


 フラカラがそこまで言うと、ファドゥが戻ってきてイーアンに龍の皮を渡した。イーアンがお礼を言い、ファドゥもイーアンをぎゅっと抱き締めて、今日の感動を伝えた。


「イーアン。私は母と一緒に飛んだことがなかった。本当に嬉しかった。本当に、幸せな時間だった」


 おでこにちゅーっとして、満面の笑みで銀色の彼はそう言った。そう思ってもらえると、イーアンも嬉しい。『また。ご一緒しましょう』そんなことで喜んでくれるなら、と約束した。

 ファドゥはイーアンに、自分の額にも口を付けろと笑顔で言う。それはお約束なので、はいはい、と了解し、ファドゥに屈んでもらって、ちゅーっとした。


 それを見ていたフラカラは、『祝福のようだわ』と真面目な顔で言い、自分にもしてくれと頼んだ。イーアン、あなたは額じゃなくても・・・と一瞬過ぎったが、咳払いして不純を追い払い、笑顔で引き受ける。


 屈んだフラカラの白い額に、ドキドキしながらちゅーっとして(※クラクラする)出来るだけ無害な、ロゼール・スマイルを贈る。龍の子の美人は、乙女のように照れていた(※またこれでイーアンが萌える)。



 こんな楽しい充実した時間も終えて。イーアンは帰路に着く。二人にお礼を言い、また近いうちにと約束して、一枚岩を出た。腰袋の中では、熱を持つ黄色い珠が光っていた。

お読み頂き有難うございます。

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