604. 男龍に旅話の質問1 ~同行者の件・昔話
朝方。イーアンは早めに朝食を食べて出発した。伴侶に見送られて、真上へ上昇する龍。
「オーリンと、どこで待ち合わせとは話していなかったような」
ちょっと気になるイーアン。一緒に行こうと言われたので、もしかして地上から一緒だったかなと思う。とりあえず、オーリン連絡珠を握ってみると、数秒後に応答がある。
『どこ?』
『支部から一直線に急上昇です』
『一緒じゃないじゃん』
『まだイヌァエル・テレンではありません。少々お待ち下さい』
ミンティンに停止をお願いし、雲を越えた辺りの上空で停まる。『停止しました。あなたはどこなのです』イーアンの問いにオーリンは、そのままそこで待つように答えて通信を切った。
「寒いですねぇ。ロゼールに青い布を渡したのを、忘れていました。龍の皮でも、これは少し寒い」
ミンティン寒くないの?と訊くイーアンに、青い龍は無反応。『龍そのものは、全く温度が関係ないのかしら』素晴らしい、と頭を振った。
このまま。5分ほど待っていると、ガルホブラフが見えた。オーリンはちょっと手を振って『待った?』の一言を爽やかな笑顔で言い放つ。デートではありません、と心の中で言ってから、イーアンはちゃんと首を振って『あなたは早く来た』と伝えた。
「家からは出てたんだけど。迎えに行こうかなって思ってさ。そしたら、もう出てたんだね」
オーリン。45歳。親御さんは彼を見て『老けている』と思っただろうが、地上では老けているどころか、若々しい中年男性です、とイーアンは進言したくなる。頭の中も若々しい、と添えるべきであるとさえ思う。
それでは一緒に、と二人は空を目指す。
むかーし。イーアンは、タトゥーを入れた若かりし頃。ベースのアメリカ人の彫師に『天って何?』と訊かれたことを思い出す。
彫師は『空と天の意味の違いが分からない』と言っていた。漢字は大人気だったので、イーアンは『空は全部で、天はとても上だ』と教えた。『Is [Te-n] the high sky? High Sky?』腕を上に向けて聞き返した彼に、イーアンはそうだと頷いたが。
このイヌァエル・テレンを知ったら、きっとその彫師は腰を抜かすなと笑った。本当に、ハイ・スカイに場所たる存在があるなんて。誰が思うだろう。昨晩のドルドレンの言葉、気持ち、思い・・・それを知ったイーアンは、本当に美しきイヌァエル・テレンを、たくさんの地上の人に伝えたかった。
「今日。どこに用事なのか、訊いても良いか」
オーリンが並んで訊く。イーアンは男龍とファドゥに会うと教える。『それぞれに質問があります』それだけ言って、返事の様子を見る。オーリンは少しイーアンを見つめて『時間、ないの』と重ねて訊く。
「ないと思います。訊くことを聞いたら、早く戻ってタンクラッドの進捗状況を伺う予定です」
「忙しいな。タンクラッドの場合は、何か無理やりっぽいけど。龍の民の町行かないかなって思って」
イーアンはそれについては、今後も繰り返される気がして、最初に断ろうと決めていた。
「申し訳ないのですが。私は龍の民の町に歓迎される感じがありません。率直に言うと、居心地が良くありません。何でお前がいるんだ、と視線で感じるのです。私は行ける気がしない」
「そんなこと言うなよ。俺だって同じだろ?そりゃ、イーアンの方が・・・龍気もあるだろうから、その、分かるけど」
「オーリン。ごめんなさい。私は嫌われると知っていて、近づく理由のない場所には向かいません」
オーリンは躊躇う。そして困った表情で前を向いた。何も言えなくて、言葉を探しているようだった。イーアンは可哀相なことを言ったような気もしたが、自分の正直な気持ちを伝えなければいけないと感じていた。
そして無言のまま、二人はイヌァエル・テレンに入り、イーアンは少しゆっくりになってオーリンに『それではね。帰りにまた』とだけ、声を掛けた。オーリンも唇をちょっと噛んでいたが、静かに頷き、俯いて溜め息をつくと、反対方向へ飛んだ。
イーアンは最初に男龍のいる場所へ向かう。『ビルガメスの場所へ』とミンティンに言うと、この前と同じ空路を進んだ。
「ミンティン。私は意地悪なのでしょうか。オーリンが辛いと分かっているのに。でも私は、彼の行きたい町に嫌われている気がして。行けないのです。同じ龍の関わりで、同じ空に生きるのに。私は、どうしたら良いのかしら」
呟くイーアン。いつもどおり、ミンティンに勝手に打ち明ける気持ちのまま。
「ビルガメスに聞きなさい」
一度だけ聞いたことのある低い、低い声。イーアンはミンティンの頭を見つめる。ミンティンはほんの少しだけ顔を向けて、ちょっと笑みを浮かべた。イーアンは頷き『有難う。ミンティン』と微笑んだ。
イーアンは思う。ミンティンは、本当に本当に、心の優しい崇高な存在だと。とても自分が困っている時、声を聞かせてくれる。励まして、ヒントを与えてくれる。
ミンティンの背鰭にしがみ付いて、イーアンはその後、何も話さないまま空を飛んだ。
暫くすると。イーアンは感じる。そしてそれより早く、ミンティンが減速。以前もそうだったので、イーアンはその場で覚悟する。
前方に二つの影が見えた。『あら。二人でしょうか』イーアンは遠目が利かないので、目を細めたままみていると、見えてきた姿に意外。
「んまぁ。ニヌルタとシムですか。これはまた」
そう呟いてから数秒後、大きな男龍たちは笑顔でイーアンとミンティンの側に停まる。
「どうした。久しぶりだな」 「角、良いな。俺たちと同じだ」
笑顔の二人にイーアンも笑ってご挨拶。『私が思います。どうされましたか』笑顔で察知した理由を訊ねる。二人の男龍は顔を見合わせて笑った。
「どうした?俺たちにそれを訊くのか。お前を先取りに来た」
ぬはぁっ!!イーアン、素に返る。マジかよっ、と思いながら、やばいぞ、ビルガメスから遠くなると慌てる(※動転中)。前もルガルバンダで困ったのに、今度違う人たちだよ~・・・イーアン、言い訳を考える。ミンティンは諦めモード。
「あの、あのう。私はビルガメスに」
「知ってるよ。いつもビルガメスだろう。でも彼じゃなくても、俺たちに訊けば良い。ズィーリーの時代の話なら、俺たちは知っている。タムズだけが子供だったな」
「ええっと。そうなのですか。その、あの。でもどうでしょうね。訊きたい内容が、かなり限定されていまして」
「俺の家で話そう。良いな、シム」
構わんよとシムが答えたので、ニヌルタはシムと一緒に、ミンティンを両脇から挟んで誘導する。唇を噛みながら失態に悔やむイーアン。
どうにかして、ビルガメスと先に連絡を取れないものか(※固定先大事)。これではビルガメス相手ではない分、気も遣うし、知りたい事への時間も、無駄か果報か、それさえ賭けではないか。時は金なり!大事なのよ~ イーアン、心の中で叫ぶ。
この前のルガルバンダと違って、残念ながらビルガメスは現れなかった。というのも、あっさり近距離でニヌルタの住まいへ到着した。
「ミンティン。帰っていいぞ。寝てろ」
ニヌルタに言われて、ミンティンはちらっとイーアンを見たものの(※同情)すーっと空に飛んで行った。諦めたイーアン。仕方なし、ニヌルタの家にお邪魔する。両脇に男龍。FBIに腕を持たれた宇宙人の写真を思い出す(※賛否両論写真)。正しく、今。自分がその宇宙人である。
家は同じ。皆同じような作りで、神殿的な柱と屋根と床。ほぼそれのみである。そして何やら部屋らしき区切りの中、ベッドや椅子が置かれている。寒くないから出来る構造。
「そこに座れ。イーアン、腹は減っているのか」
長椅子に座るように促されたイーアン。『腹は減っているか』そこだけは敏感に反応する。振り向いて『え。腹が減っているか。それを私にお訊ねになりまして、どうされるのです』ぬか喜びは期待しない(※44年の人生経験上、怪しいことはすぐに信用しない)ので、確認を求めると。
「腹が減っていれば。何か用意する。お前は食べるだろ?龍の子と一緒で」
ニヌルタの言葉に、イーアンは考える。これは。タマタマ汁膜のことか。イーアンが黙っていると、ニヌルタとシムは顔を見合わせて『何、食べるんだろうな』と話していた。分かっていないらしい雰囲気。
「奪う地といわれる、中間の地に生きています。いろいろと頂きます」
イーアンが言うと、シムは大きく頷いて『それは知っている。他の命の体を食べるな』と言った。イーアンはその一言に、罪深さを感じる。すみません、ごめんなさい。
「そうか、それはここでは出せないな。次はファドゥにでも話して、何か食べ物をもらうか(※タマタマ汁膜セット:略して『TSMセット』)」
ニヌルタはシムにそう言って、二人は納得し合っている様子。イーアンも漏れなく納得して頷いた。男龍は=食べない。決定である。オーリンに教えてあげよう、と思う。
そして次回は、TSMセットを、男龍の家でも食べるのかと覚悟した。若い頃、BLTバーガーセットは、好きで良く食べたが。中年になると、体に良いTSMセットに変わるとは思いもしなかった。BLTバーガーを懐かしく思うイーアン。
彼らは、長椅子の側に落ち着き、見た目は大変にリラックス(※全裸で石の床に寝そべる)状態で「ほら。話せ」と言ってきた。展開が早い。イーアンは、その変わり方にちょっと笑って、では・・・と話し始めた。
「ふむ。地下の。サブパメントゥの者が、お前を支えるかもしれないと。ズィーリーの時は、コルステインだけだったような気がするが。旅も一緒に動く仲間は少なかったよなぁ?」
シムの言葉に、ニヌルタも考えて『そうだったと思う。俺は見ていない。お前も見ていない。だが、ルガルバンダがそう言っていた。ルガルバンダを呼ぶか』と言い始めた。
知らないんじゃないですかーっ! イーアンは言葉に出来ないまま、目を引ん剥いて、目の前の男龍を見つめる。知ってるって言ってたけどーーーっっ!!全然、気にもしてない面影だろう、それ、と分かる。
結論。ルガルバンダが来た。呼ばれたものの、イーアンがいると知っていたようで、若干ご機嫌。
「俺に用か。イーアン」
微笑み眩しいルガルバンダに、イーアンは有難く頷くが、この場にミレイオ(※ルガルバンダ愛好者)を同伴出来たらと心から思った。
「お呼びするとは思いませんでした。申し訳ない」
「何となく。迷惑そうに聞こえる」
眉を寄せるルガルバンダに、イーアンは目を瞑って見ないようにし、ゆっくり首を振った。『私の訊きたいことの為に、一々、誰かを引っ張り出すのはいけません(※遠回しに断っている)』そう思うだけ、とちっちゃく呟く。
「何だ。そんなこと気にするな。毎日来たって良いんだ。いっそ、住めば良い」
「発想が極端です。住むわけに行かないので、通っているのです。
さて、私は幾つかの質問がありました。彼らに話してみましたら、ルガルバンダならご存知と。そうしたことで、お呼び立てしました。それでは伺います」
「前置きが長い」
「はい。ではざっくり。ミレイオ・・・あなたがこの前見た、サブパメントゥの者が、旅に同行することが良いのかどうか。最初の質問です」
「サブパメントゥ?お前たちの旅に?勝手について来るのか」
「あの方は心配性なのです」
「そんなの勝手にさせれば良いだろう。特に迷惑がかからないなら」
イーアンは固まる。そうなの?そんなものなの?そんな、テキトーで良いのかしら。
だって、精霊が違う世界から私を呼んだり、来てみれば魔物で世界が破滅しそうだったり、伝説も過去一度どころか、今回3回目クライマックス!みたいなノリで。旅の仲間も名前が剣に浮き出ちゃうとか、すごく緻密で繊細な運命の糸・・・の印象なのに。
固まるイーアンの脳内でも読んだのか。ルガルバンダは少し笑う。
「お前たちの旅路に、絶対的に不可欠な力。それがお前たちの旅の仲間だ。彼らもまた、交代で入れ替わることもある。
お前たちの旅を邪魔する、遠回りに動かす、そんな相手でもなければ、ただの同行者だろう。ミレイオと言ったか。その者がお前たちの補助になるなら、付いて来させれば良い」
ここでニヌルタが質問。『ズィーリーはどうだった。仲間以外の誰か、一緒にいたか』シムも知りたそうにみている。
「ズィーリーか。彼女の時は・・・彼女自身が、あまり前に出ない性格だったからか。人付き合いも少なかっただろうし、仲間はいたにしても。どうだったかな。人数は多くなかったような」
見て来い、と友達に言われて、ルガルバンダは目を薄く開いた。そのまま暫く過去を探り、少しして目を開いた。
「いないな、恐らく。旅の仲間も途中、二手に分かれたくらいだから。あの性格じゃ、去るものは追わない。彼女はいつも仲良くしていた、旅の仲間とずっと一緒だったくらいだな」
「人間の友達が多かっただろう。そんな話は覚えてる」
「シムは見たことがないと思うが。ズィーリーは、この世界に連れて来られてから、少しの間、町の食べ物屋で働いていた。近場の僧院にも仕出しに出ていた。だからその町では、友達が多かった。大人しいし優しいから」
そう言ってちらっとイーアンを見て、ニヤッと笑う。目の据わるイーアン。咳払いして、男龍の会話を引き取る。
「ふむ。そうでしたか。彼女もまた、お仕事をされて。そして、丁寧な人付き合いだったのですね。しかし、旅仲間が二分割とは。大変でいらしたのですね」
「あれだ、あれ。ギデオンのせいだ。あいつが馬車一台持って行ったから、他の女と一緒にいられる仲間も乗せて。そのせいで二分割せざるを得ない時期があった。あいつさえ居なければ(※勇者不在希望)」
悩むイーアン。ギデオン・・・・・
――あんた。何をしたの。世界の危機に浮気して、おまけに馬車まで持ってちゃう。それも、仲間付き。旅が遅れる原因が、勇者その人の素行とは。こんな武勇伝も在るのか。
ひたすらズィーリーに同情するイーアンは、彼女の忍耐に、時代を超えて賛辞を送る。よく耐えられた、よく頑張られた!あなたは本当に、実は彼女こそ、真の勇者のような気がするっ(※大正解)!!
彼女の、無類の責任感と心の強さがなければ。決して、伝説は残らなかった気さえする。もしギデオンが行方不明(※女と逃げるとか)でも、絶対にズィーリーは投げ出さなかっただろう。
遥か昔に生きた見知らぬズィーリーに、イーアンは熱い尊敬を持った(※私、耐えられない=ギデオンに制裁を与える可能性アリ)。
「はぁぁぁぁ・・・ズィーリー。あなたは何て頼もしい。何て素晴らしく人間の出来た人だったのか。人格者とは彼女の為にあるような言葉です。いえ、英雄でも良い」
首を振って、どうやらズィーリーの話に感銘を受けたらしい、イーアンの様子に、ルガルバンダも大きく頷いて同感する。『だろ?そうなるだろう?』なるんだよ、普通、と呟いていた。ニヌルタたちも何も言わなかったが、うんうん頷いていた。
お読み頂き有難うございます。




