602. 工房めぐり~ イオライセオダ剣工房・一日のまとめ
「タンクラッドから逃げる為に、龍に乗りましたが。歩いた方が良いです。近いので」
「ホントですね。目と鼻の先じゃないですか。俺だけ降りますか?」
「そうして下さい。私はミンティンと一緒にここにいます。この仔、大きいので降りられませんので」
ロゼールもダビがいると思うと、緊張せずに済むので笑顔で頷いた。そして空から『ダビ』と一声、表にいる人影に叫ぶ。一人が上を見て『え!ロゼールか』と答えた。
「はい、俺です。降りて良いですか」
「その大きいの、イーアンですよね?イーアンダメです」
笑いながらロゼールは一人、お皿ちゃんで裏庭に降りた。イーアンは仏頂面。『分かってるわよ。降りられないくらい』何よ、ダメって。マブダチ(※古表現)の仲だったじゃないのと、ぼやいて待つ。
ロゼールはお皿ちゃんで、すーっと降りて、ダビに満面の笑みを向けた。『すごい!ホント職人だ』ロゼールの言葉に、ダビも嬉しそうに頷いた。
「少しずつ。私も仕事覚えてるんだけど。ロゼールはどうしたんですか。イーアンと一緒で」
「俺が今度から営業回りなんですよ。イーアンもやること増えるし、俺はお皿ちゃんがあるから動けるんで。だから今日は、各工房に挨拶でした」
「あ、そうなんだ。ちょっと待ってて。親父さんとセルメさんを呼ぶ」
ダビはさっき中へ入ったばかりの彼らを呼んで、少し時間をもらった。『いいよ。何だ、お前の友達か』親父さんが出てきてロゼールを見る。『あれ?お前、北西の騎士だろ』そうだよな、と確認。
「はい。ロゼール・リビジェスカヤです。イーアンの工房の営業担当になりました。それでご挨拶です」
「へぇ。イーアン、偉くなったもんだな。部下が出来たのか」
「違くて、です。イーアンは忙しいと、たまに倒れちゃうんで。身動き出来るようになった俺が、手伝えるからって」
ダビは親父さんたちに空を指差す。一頭の大きな龍の影が見え、誰かが手を振っていた。手を振り返して『お前は降りてくるなよ!庭が壊れるっ』そう叫んだ。イーアン二度目の仏頂面。『ここにいるのに』親父さんまで・・・分かっています、と叫び返しておいた。
ロゼールたちの会話が一通り終了し、さよならの挨拶が交わされるのを聞き、イーアンは下を覗く。ロゼールがダビを抱き寄せて、挨拶を済ませて上がってきた。『お待たせしました。帰りましょう』嬉しそうなそばかすの笑顔を向け、若い騎士はダビたちに手を振った。イーアンも手を振って、二人は北西支部へ向かった。
空の帰り道で、ロゼールは今日一日の感想を話してくれた。
「思っていたよりも、皆、気さくでした。知ってる人って、ジョズリンさんくらいでしたけど。ミレイオは会えなかったし」
「職人となると、硬い印象があるかもしれませんね。そうした方もいらっしゃると思うのですが、私がお世話になりました職人の方々は、皆さん、今ロゼールが言ったように気さくで、優しい方ばかりです」
「うん。そう思う。オーリンはあんまり職人って感じしませんでしたが。自由な雰囲気だからかな」
「当たってると思います。だけどオーリンは凄腕ですよ。技術も知識も」
笑うイーアンを、ロゼールは笑顔で見つめる。少しその顔を眺めて、ロゼールは口を開いた。
「イーアンが。これまでに作ってきた人間関係。何だか分かる気がしました。俺はものづくり無縁ですけど、人付き合いとかは多かったんです。支部にいても。
イーアンは誠実だったんだな、って思うんです。だから皆、信用して俺も迎えてくれたんだろうって」
「誉めて下さって有難う。誠実に対応しようと努力しました。至ったかどうかの判断は、相手のことなので分かりませんが。
でも信用が一番大切です。築き上げるのに時間がかかりますが、崩すのは一度の失礼で充分です。その一度を起こさないように、とにかく守るのです。
皆さんは、私の努力をどうご覧になっていたのか、私に知る由ありませんが・・・彼らもまた、私の成長を長い目で見守って下さる方たちばかりだったのは、事実です」
イーアンの言葉に、ロゼールは頷いた。この人の作ってきた大切な和を。自分も大事にしようと決める。
「俺がどこまで役に立てるか分かんないですが、でも頑張ります」
「ロゼールは。タンクラッドも言いましたが、人に好かれやすいと思います。あなたはずっと大丈夫です」
イーアンは思う。オーリンだけではなく、タンクラッドも一緒に旅に出る。タンクラッドの方が確実なので、出発までに、もう少しロゼールの回りやすい状況を整えておかねばいけない。それは委託先の工房の仕事の確保でもある。
やることが多いなと思うが、見落とさないように、見過ごさないように、気をつけて早く進めるのみ。
この後、いつもの仕事の内容、これから各支部へも回す武器防具の話に変わり、夕方より早い時間、イーアンたちは北西支部に戻った。
戻ってきてから執務室へ行き、受け取った書類を渡して報告を済ませる。ドルドレンは満足そうにロゼールの話を聞き、大きく頷いて『お疲れ様』と労った。イーアンを見て、イーアンにも微笑んで『有難う』を伝える。
「来週は厨房なんで、再来週にまた出ます。あと、ルシャー・ブラタのオークロイさんに、近日中にもう一度、来るように言われました」
「そう。分かった。じゃ、それはお前の良い日を書いておけ。こっちで外回り勤務にしておくから」
あっさり総長に了解をされ、ロゼールは戸惑ったものの。イーアンも普通に頷いているので、こういうものなのかと理解する。『ええっと。その、また調整して報告します』ロゼールがそう言うと、総長も後ろの執務の騎士たちも了解した。
もう一つ、地図の確認の話になり、これもドルドレンが地図を一枚ロゼールに渡し、支部の位置をぽっちゃりさんが印付けてくれて、各工房の位置もある程度、街道を参考に目安を教えてくれた。次回はこれで一つずつ、回ってみることにした。
そして業務終了。夕方前でロゼールは落ち着かないので、午後の二部も後半頃なのに、裏庭に行った。イーアンは工房へ戻り、今日のことで気が付いたことを書き留める。
「やはりね。材料の調達をしなければいけません。そうしませんと、折角のロゼールの営業も難しいです。材料が消えたら、職人たちが困るのは確実ですし、彼に事情を聞きましょうから、ロゼールも困ってしまう」
悩むイーアン。よその国で倒した魔物を送る、その方法。『課題1・・・自分たちの旅の支度』もさることながら、仕事があるのだ。これは『課題2』である。
「ズィーリーはどうしていたのでしょう~ 彼女は、騎士修道会ではないギデオン(※勤まるわけがない)に出会っていると思うけれど。さすがに男龍たちは、彼らの私生活は知らないだろうし。ウン百年前と現在では事情も違うから、何も参考に出来ないのかしら~」
仕事のことでも、頭が一杯。委託して、国の機構が出来て、国の名物にしようと目論む計画もあって。
「投げるわけに行かないのです。国外から私が輸出しないといけません。旅をしながら働くのか、私は(※働く龍)」
うう、誰か手伝って、と思うものの。この辺は、機構の関係者と要相談事項。いざ旅開始となれば、輸送については、先に手配してもらう必要もありそう。
魔物材料発送までは、こっちがしないとどうにもならないが、問題は輸送である。陸路と航路のみの、この世界。それも馬と船。時間もかかるし、何より不安定である。襲われたとか、盗まれたとか(※魔物なんて誰も盗みゃしない)転覆したとか、届かない理由が幾らも出てくる。
「ぐぬぅ。貨物列車もトラック輸送も貨物タンカーもない。まして、空なんて飛んではくれないのです。飛ぶのは私たちくらい。地方へ行ったら、発送手続きだって、スムースに運ぶかどうか・・・・・
そうです。ちょみちょみ少量で発送なんて、お土産じゃあるまいし。きっと、機構のお金や間口を相手にする以上『コンテナ一個分から』とか言われるでしょう・・・コンテナあるのかしら?
コンテナサイズなんて、デカイ魔物でもなきゃ埋まりません。ぬぅぅ~ どうすれば良いのか」
やっぱり馬車か?馬車じゃないと、倒した魔物も発送場所まで運べない。でもそのために、馬車一台って・・・馬車が増えると大変なのだ。いざ馬車を置いて行かないといけない場面に出たら、それまで積んでいた荷を全て、何かしら対処しなければならなくなる。
ペンを片手に、もう片手で頭をわしゃわしゃして、悩み続けるイーアン。答えは出ないものの、とにかく相談する内容だけでも、細かくいろいろ書き出す夕方になった。
ロゼールは午後の二部に出て、少し体を動かした。ロゼールが営業に回ったことを、仲間は聞いていたので、どんな場所だったのかと行き先の話も聞かれた。
話していると、ロゼールは様々な気持ちをお浚いすることになった。本部の話まで来て、ちょっと気分が悪くなる。トゥートリクスが来て、ロゼールの表情の変化から、彼を引っ張って皆から離した。
「何か嫌なことがあったんだね」
「本部ね。多分こう思うの、俺だけじゃない。でも、うん。良いんだ、何でもない」
「俺が聞けるなら聞くよ。ロゼールが怒るなんて、あんまりないから気になるよ」
トゥートリクスが演習の動きを続けたまま、ロゼールに話しかける。ロゼールも目を合わせないまま、少し溜め息をつき、トゥートリクスの手合わせ相手になりながら、言葉少なく話した。
「え?そんな噂が出たの。誰って分かってるのかな」
「分からないかもね。イリヤもそれを言わなかった。もしかしたら、もう止めたのかも知れないし。言ったヤツは勿論、腹立つけれど・・・あの人が、そんなこと言われなきゃいけない理由がないから、それがもう」
ロゼールの相手をしながら、トゥートリクスも静かに頷く。『俺が聞いても、怒ったと思う』周囲に聞こえないように、小さく返事をした。オレンジ色の髪を両手で荒くかき上げて、ロゼールは首を振った。
「でも。嫌なことはそれだけ。後は・・・それ以外は全部、良い時間だったよ」
「これからはロゼールが、イーアンの代わりに職人たちを回るんだね。本部なんか、あんまり行かないから気にしない方が良いよ」
そうだね、とロゼールも諦めたように微笑んだ。友達に笑顔が戻ったので、トゥートリクスも微笑み返す。『笑ってた方が。嫌なこともあるから無理言えないけど、笑ってる方がロゼールは良いよ』そう言うと、ロゼールもニコッと笑って、うんと頷く。
「有難う。そう、今日ね。マブスパールの町へ行ったよ。総長のお祖父さんに会ってさ・・・・・ 」
驚いて目を丸くするトゥートリクスに、ロゼールは総長祖父の話や、美味しかった屋台の料理の話をした。話し出すと、営業回り中で面白いと思ったことが、どんどん思い出されて、ここからはずっと。友達の笑う顔と一緒に、自分も笑いながら今日の出来事を話し続けた。
お読み頂き有難うございます。




