601. 工房めぐり~ 午後・鎧工房・アーエイカッダ剣工房
南へ着くまでの間。ロゼールは、気持ちを落ち着かせるのに必死だった。
イオライの遠征で、イーアンが初めて加わった時。班が違ったから、それほど知らないままだった。後から、彼女の知恵であの魔物を倒したと聞いた時、何でそんなこと知ってるんだと思った。
次の北の援護遠征で、ツィーレインの谷の奥へ行った時。彼女はブレズを切って肉を挟み、総長に食べさせた。皆で羨ましく笑った。そして谷の、正体も見えない魔物を、まるで自然を操るように倒してしまった。
倒した後の昼食に、彼女と遠征の昼食を作ったのが楽しかった。
俺は知らないが、シャンガマックが大怪我して、医務室に入ったのを見舞った時。シャンガマックは泣いていた。身動きの取れない自分を、炎から守ってくれたイーアンの話をしていた。炎を背に、彼女の髪の毛が焼ける臭いがして、自分を覆う彼女の汗でびっしょりになったと。それでもイーアンは、助けが来るまでシャンガマックを守り続けた。
イオライ・カパスだって、イーアンは龍と一緒に戦ったと言われてるけど。皆を避難させて、一人で龍の背で雹に打たれた。戻ってきたイーアンは、ぱっと見、死んだと驚くくらいの怪我をしていた。
その後だって、南へ行った用の流れで魔物退治しているし、イオライセオダでもたった一人で龍と一緒に町を守った。その後だって、その後だって。イオライのこの前の遠征なんか、凄まじいケガだった。西の援護遠征だって病み上がりで来た。龍と一緒だから、他の人よりも頑張ってた。
そんな人に。やっかみだか、妬みだか知らないが、いい様にでっち上げて、酷い噂を流すなんて。
ロゼールの怒りは、どうにもならない。あんまりだと思っては、はらわたが煮えくり返った。
横で見ているイーアンは、心配になる。謝るのも違うんだろうけれど、自分のことで怒らせているので、謝りたい気持ちが生まれる。どうしたらロゼールの怒りが治まるのか。それが分からなくて、垂れ目をさらに垂れさせて見つめた。
そうこうしているうちに着いた、オークロイ親子の鎧工房ルシャー・ブラタ。裏庭に青い龍を降ろし、ロゼールも降りた。イーアンはそっとロゼールを見て『大丈夫ですか』と訊ねた。若い騎士は、いつもの朗らかな印象に似合わない、苦い顔つきのまま、うん、と頷いた。
「彼らは。お父さんの方は特に、最初にお話すると厳しい雰囲気があります。でもそれは、彼らがしっかりとした意識で、古代の鎧作りを守っているからです。彼らは、煌びやかなものよりも、命を守るための作りを重視します。騎士の命のためです」
「はい。分かりました。そのつもりでお付き合いさせてもらいます」
若い騎士の言葉にイーアンは微笑み、ロゼールの腕を少し撫でて『あなたには。感謝しています』と伝えた。それから扉を叩き、オークロイに呼びかける。扉はすぐに開き、眼光鋭い老職人が出てきた。
「おう。イーアン。この前、総長と剣職人が来たぞ。今度は誰だ」
ちょっと笑ったオークロイの髭の顔に、ロゼールは仕事の意識を戻し、笑顔を作って挨拶した。『俺は騎士修道会のロゼール・リビジェスカヤです。イーアンの工房の営業を任され、挨拶に来ました』そこまで言うと、ロゼールの気持ちは少し標準に戻る。
オークロイはじっと若い騎士を見て『そうか。俺はラウフ・オークロイ。まあ、中へ入れよ』短く挨拶し、二人を通してから、椅子に座る前のロゼールと握手をした。
ガニエールが出てきて、彼も握手を交わして挨拶をする。イーアンは彼らがどれほどの腕なのか、どれほど素晴らしい技術を持つのかを、ロゼールに話した。
感動しながら話すイーアンの顔を見ながら、ロゼールはそれを聞いて微笑んだ。彼女は本当にこうした仕事が好きなんだ、と分かる。知ってるけれど、改めて感じた。
「あんまり俺たちを誉めるとよ。お兄ちゃんが買いかぶるから。やめてくれよ」
苦笑いするオークロイに、イーアンは首を振る。『買いかぶりません。彼もまた感動するのです』と答えた。
イーアンの話で、鎧だけは、量産する委託先との繋がりがなく、この工房で完結すると知る。親子で作っていることと、時々、知人にも手伝いが頼めることが理由らしかった。ちょっと、弓のオーリンと似ている気がした。
「ロゼール。お前が来るようになるのか。イーアンがどっかに行っちまうみたいだな」
オークロイの言葉に、イーアンは目を伏せる。ロゼールは首を傾げて『そうじゃないですよ、忙しくてたまに彼女は倒れるんです』と笑った。イーアンも顔を上げないまま微笑む。
「そうか。そうだった。こいつは女なのに戦いに行くから。大人しく工房にいれば良いのに。ロゼールが手伝ったら、ちょっとはイーアンも大人しく作れるのかな」
「そうなれるように、俺も頑張ります」
「うん。そうだな。お前、その盾?盾だよな?それ、武器もないのに盾だけか」
オークロイの視線がロゼールの盾に移り、ロゼールは自分の動きを言葉少なく説明した。そのために盾だけ、と話すと親子は目を見合わせて『鎧がないなんて、貴重な男だ』と笑った。
「怖くないのか」
「慣れました。怖いけど。俺は動くしか出来ないから」
「マスクも?マスクも使わないのかい」
ガニエールの質問に、ロゼールは頷く。イーアンは彼らの会話に挟むことはせず、黙って聞いていた。親子は、変わった立ち位置のロゼールに、何やら同じようなことを考えた様子で、また近いうちに来い、と言っていた。
「俺。来週は厨房担当で来れないんです。再来週でも良いですか」
「今週は動けるんだろ?後、数日だけど、総長に話して。時間もらって、ちょっと来いよ」
意外な展開に、ロゼールは少し驚いているものの了解した。オークロイ親子はニコッと笑って、二人を送り出す。手を振って、イーアンとロゼールは空へ浮上し、次の場所へ向かった。
「さっきの。何だったのかな」
ロゼールは、親子の目的をイーアンに訊く。イーアンも分からないと答える。『あの短い間で、彼らが何を思ったのか』何でしょうねと呟いた。
「もしですけど。俺に鎧を作ろうとしてくれてたら、俺は断らないといけないです」
「そうね。それは、そうして良いと思います。彼らは親切ですから、その可能性もあるのです」
動きを見せてみたら?とイーアンは提案。ロゼールも頷いて、次回に彼らの工房へ行ったら、そうしてみることにした。
イーアンは、横を飛ぶロゼールの気持ちが、元に戻った様子に安心する。余計なことを訊かず、このままミレイオの家に行こうと決める。ミレイオの家で、もしもまたロゼールの思いが何かしら苛立ちを持つとしても、相手があの人なら上手く解決してくれると思った。
「イーアン。ミレイオの家ってアードキー地区と聞いてますが。西の支部から北に下りる、崖に向かう道ですか」
「どうなのかしら。私、道は知らないのです。でもそうですね、戻ったら地図を見て確認しましょう。
私の場合は、無責任にもミンティンが場所を知っていてくれるので、この仔にお任せで、あちこち行っています。お皿ちゃんの場合は、ロゼールが方向を理解しないとならないですものね」
「そうなんですよ。さっきも思ったんですけど。支部からだと、どっちかなって。直に、用のある工房に向かうこと、きっと多いじゃないですか。俺が方向、理解出来てないと辿り着けない気がする」
支部に帰ったら調べましょう、ということで。見えてきたミレイオの家。ここで思い出す、イーアン。
「まずい。ミレイオは」
「え。何ですか?何かあるんですか」
イーアンは、ミレイオが多分、製作中であることを伝える。『あの方も集中して作業をするので』邪魔できないとロゼールに話した。ロゼールと二人、空の上で停まって相談。
「じゃ。グジュラ防具工房で受け取った手紙。どうしよう。書置き添えて、郵便箱に入れましょうか」
「そうですね。日付と、用件を書いて。見てもらえるか分かりませんが、見たとしても製作中のミレイオが、サンジェイさんのご用件に、すぐに応じるか定かではありません。
ミレイオの工房は地下なので、誰かが来ても大声で呼ばれなければ・・・作業に熱中していると聞こえないかも」
ロゼールとイーアンは一度地上に降りて、持ってきたペンとインクで手紙を用意する。グジュラ防具工房から受け取った手紙と一緒に、蝋引きの紙で包んで、玄関へ持って行った。
「どこに郵便箱あるんだろう」
「扉に挟むという手もあります。ここは殆ど他人が来ないそうなので、取られはしないと、ミレイオも話していました。隙間にそーっと。汚れないように挟むとか」
「本当は郵便箱が良いですよね・・・あ、これ。イーアンどうです?郵便箱っぽい」
若い騎士が見つけたのは、玄関の扉の横に置かれた、大きな楽器だった。楽器の形を残しているが、弦はなく、なぜか響板に、金具で取り付けた蓋が付いている。横を見ると、横にはもう少し大きめの扉的な蓋がある。簡易鍵がかかっているので、これがそうかも、と二人は見当をつけた。
「気が付いてくれると良いけどな」
「後3日もしたら。私はミレイオに用事がありますので、ここへ来ます。その時に話します」
ロゼールは、蝋引き紙に包んだ封筒と書置きを、そっと楽器の郵便箱(※だと思う)に入れた。そして次なる工房、アーエイカッダ剣工房・親方の家へ向かった。
「イーアンの親方。あの人、すごいカッコイイですよね。顔も信じられないくらいカッコイイですけど、服装とか、雰囲気とか。声とか喋り方とか、目つきとか、態度とか歩き方とか、仕事とか」
全部じゃないの、と笑うイーアン。信者みたいになってると言うと、ロゼールも笑って『信者かもね。だってカッコイイですよ』と同意した。
「なんか。騎士と違う格好良さっていうか。単独じゃないですか、職人って。
家族工房もあるけど、その人の腕一本って印象なので。ジョズリンさんは、一匹狼そのものですよ。『タンクラッドさん』って、名前で呼んだほうが良いのかな」
「呼びはどっちでも良いでしょうね。彼はあまり気にしないかも」
「イーアン、あの人とくっ付けば良いのに。総長は子供だから」
「子。子供。ドルドレンは、珍しいくらいに大人な人ですよ。ちっとも子供ではありません。あの方こそ、上に立つ人という印象です」
そうかなぁとロゼールは微笑みながら(※上司に厳しいロゼ)前方に見える、イオライセオダに顔を向ける。『絶対、俺・・・ジョズリンさんの方が似合ってると思いますよ。年近いし。二人とも職人だし』いい感じですって、と言われ、イーアンは咳込む。
「親方みたいなこと言わないで下さい。ドルドレンあっての私の人生です。年齢とか職業とか、そんなことではないのです」
カッコ良いのは認めているので、それは言わなかったが。しかし、格好良さでもドルドレンの方が、ずっと好きなイーアン。ドルドレンは最高峰なのです、とロゼールにきちんと教えた。若い騎士は往なす(※『まーいいですけど』)。
ミレイオの家からだと、5分もかからずに到着する親方工房。裏庭に降りた龍とお皿ちゃんに、気配でもしたのか、裏庭の扉が開いた。『お?ロゼールか』タンクラッドはニコッと笑う。
ロゼール、ちらっとイーアンを見てニヤッと笑う。『ほら』と、ちょっと顎で親方を示した。イーアンは目を閉じて静かに何度も頷いて『そうね、そうですね』軽く流す。嬉しそうなロゼールは、親方に近寄ってご挨拶をする。
「営業の担当になりました。ロゼール・リビジェスカヤです。宜しくお願いします」
「そうか。お皿ちゃんがあれば、お前はどこでも行けるしな。お前なら、どこへ行っても好かれそうだから、丁度良いじゃないか」
誉められて嬉しいロゼール。えへっと笑う。子供みたいなロゼールの笑顔に、親方は頭をナデナデしてあげる(※身長差結構ある)。親方愛情表現の一つ、ナデナデ。撫でられてロゼールは少し赤くなった。
「中へ入れ。サージの工房は行ったのか?まだか」
ロゼールとイーアンを中へ通し、親方は台所へお茶を淹れに行く。イーアンが『代わります』と、親方の前に先回りすると、ロゼールも座った椅子から、ちょっと腰を浮かせた。『皆で淹れなくて良いんだぞ』二人の様子に、可笑しそうに笑う親方が言う。
「あの、多分、俺。ちょっとは料理とか出来るんで。時間ある時とか、台所使わせてもらえたら役に立てるかなって」
あれ・・・? 親方はちらっとイーアンを見た。イーアンも、ちょいっと親方を見る。『お前。この前』親方の言葉に、イーアンもゆっくり頷く。ロゼールは、二人の視線のやり取りを見て、変なことを言ったかと固まる。
「ロゼール。料理って・・・個人相手に出来ないと、そうした決まりがありますか?」
「え?あるかもだけど、そんな厳密じゃないですよ。俺、だってたまに、休日に近隣地域で作ります。おばあちゃんとか、子供多い家とか、手伝いに行くんですけど。喜んでくれるじゃないですか」
イーアンの問いに、屈託なく答える若い騎士。イーアンも親方も少し考える。ロゼールは首を傾げた。
「イーアンも。職人さんに食事作って持ってったり・・・って、ジョズリンさんか。後、王様にもお菓子作るじゃないですか。あれ、別にヘンじゃないですよ。
ヘイズなんかも、近所の農家さんに合わせて休日取って、解体した家畜の料理とかやるんで。毎日じゃないから良いと思うけど」
「そ。そうなのか?それは頻度はどのくらいなんだ」
タンクラッドは、ロゼールに正確さを求める。ロゼールは不思議そうに『別に。毎日じゃないなら。って、毎日はムリですよね、俺たちも仕事があるから。休みの日や、連休、それと出先とか』普通にそのくらいと言う。
親方。複雑そうな表情でがっちり固まった。その親方の脳内の動きが分かるイーアンは、いそいそお茶を淹れに行き、そそくさと戻ってロゼールを椅子に座らせる。タンクラッドは固まったまま。
「どうしたんですか?変なこと言いました?」
小声で心配そうにロゼールが訊ねる。イーアンは首を小さく振り『言っていません。恐らく今、彼は自分の中で最善を考えています。今話しかけてはいけません』とやはり小声で答えた。
きっと親方の中で。
①総長の話と違うじゃないか⇒
②頼み込みに行ったのは何だったんだ⇒
③イーアンだけが『立ち位置未定』だと~?⇒
④他の騎士もよそで料理を振舞ってる現実、それも休日OK&毎日じゃなきゃOK⇒
⑤ってことは、たまにじゃなくたって、俺に作っても良いってことだろ?(※完了)
となっている予想(※大当。今、4段階目)。
しかし。ドルドレンの言いたかったことは、そうではないとイーアンは思う。
伴侶は心が広い。だから、厨房で仕事をする料理上手な彼らが、そうして動いているのを、見守っているような。範囲内なら知らないフリしてあげるね~・・・と。伴侶の性格上、そういった具合のような気がする(※当)。
私の話を聞いても、総長の立場から言わなければいけないことを伝えたのみで、実際には大きく行動に移して、遮ることをしなかった人だ。ロゼールたちのお世話した人々からお礼でも言われてしまったら、優しいドルドレンが、規則で縛れるわけがない。
イーアンがそう思いながらお茶を飲んでいると、我に返ったタンクラッドは、ずかずかとイーアンに寄ってきて、その肩を掴んだ。ほら来たわよ、とイーアンは向かい合う。親方の顔が怖い。ロゼールびっくり。
「イーアン、俺がこの前」
「存じております。胸中お察しいたします。ご説明の必要が全くありません」
「お前ってやつは。見抜いたか。じゃあ」
「ですからね。ご説明必要ありませんでしょう。でも、これはこれ。それはそれ。『たまになら』とドルドレンが言った以上、『たまに』が良いと思います」
「イーアンッ」
親方は頬を摘まもうとして、摘まみ先を角に代えた。小さな角を摘まみ、ぴっと持ち上げる。イーアン、目が据わる。
「ロゼールがいる場で話すことではありません。私たちは今日、営業担当の紹介で来たのです」
「ジョズリンさん。イーアンの角を摘ままないであげて下さい。痛いかもしれないです」
深い森のような色の瞳で、イーアンに同情する若い騎士に言われ、タンクラッドは渋々、手を放す。『これ、先っぽなら痛くないんだぞ』とちっちゃい声で教えておいた。イーアンは無視してお茶を飲む。
「む。仕方ない。今夜にでも連絡するからな。逃げるなよ」
「はい。受けて立ちます」
決闘のような言葉に、ロゼールはちょっと怯える。しかし、イーアンと剣職人はこんな感じの付き合いなのかなと思う。二人とも『いつもこう』みたいに見える。
咳払いしたイーアンは、親方にロゼールの担当内容を伝えた。黙って聞く親方。頷きながら、話が終わるまで待ち、ロゼールに顔を向けた。
「時々だが。俺は採石に出かける。そうすると3日から1週間、石の量が手に入るまで戻らない。そういう時は、表にある木箱に、用件を書いた紙を入れておいてくれ。見るから」
「分かりました。何時だったら来ても良いですか」
「時間は、その時その時で違うんだ。工程で手が放せない時もある。そうするとここに居ても出ない。俺が出れば、それはそれといった感じだ」
ロゼールは細かいことを幾つか質問し、タンクラッドから的確な答えが戻ると了解した。『今度から宜しくお願いします』お別れの挨拶をして、若い騎士は立ち上がった。イーアンも立ち上がる。
「タンクラッド、それではまた」
「イーアンは業務的だ。もうちょっと何かないのか。マスクどうした。出来たのか」
出来た、と頷いて、今夜連絡の時に話すと伝えると、イーアンはロゼールと一緒に外へ、さーっと出る。そしてミンティンを呼び、親方がムスッとしているのを見ない振りして、何か言われる前にさっさと空へ浮上した。
「夜だぞ。いいな」
親方の命令を食らい、イーアンは大振りに、見えるように頷いて『お邪魔しました』と手を振った。
それから急いでロゼールに向き直って『すぐそこです。ダビのお世話になる剣工房の裏庭へ行きます』と指差した。
ダビのいる工房!ロゼールも、イーアンの指差したほうを見る。そこにはタンクラッドの家よりも間取りの大きな工房があり、通りと反対側の敷地で作業している人の姿があった。




