599. 工房めぐりの日 ~昼・オーリン・お祖父ちゃん
東の山が見えてきた頃。ロゼールは感動で一杯。
「俺。援護遠征でも、こんな山の方まで来なかったから。感動ですよ。景色がきれいですね」
「これから、しょっちゅうかもしれません。あ。でも、どうかな」
ロゼールの嬉しそうな言葉に、笑顔で答えたイーアン。ハッとするオーリンとの会話を思い出した。彼は旅についてくるかもしれない。そうしたら、東の用、どうするんだろう。
考えるイーアンに、ロゼールはちょっと待ってから『何かあったんですか』と訊ねた。イーアンは首を振って、まだ確認していないことがあると答えた。
「行ってから。訊いてみましょう。ちょっとオーリンはいろいろあるので」
苦笑いするイーアンに、ロゼールも頷く。東の山の中に降りて、ミンティンに眠って待ってもらう。ロゼールはお皿ちゃんを小脇に周囲をきょろきょろと見渡した。
「ここ。山の中ですよね。ここだけ伐採されてるのか、木がないってだけで」
「こっちですよ。オーリンはこの山で、弓の原材料の木を調達します」
「俺、さっきもサンジェイさんのところで思ったんですけど。ちょっと、勉強した方が良いですよね」
「皆さんが少しずつ、ご自分の分野のことをお話下さいます。それを頭に残しておけば、自然と覚えると思いますよ」
イーアンは『無理しないで』と微笑む。ロゼールも肩をすくめて『覚えられる限度はあると思うけど』と苦笑いした。
獣道を通り抜けると、そこには一軒の丸太の家がある。『あれが』『そうです。オーリンの家で、工房です』イーアンはロゼールと一緒に、扉の前に立って戸を叩く。
「誰だ?」
「イーアンです。今日は紹介の」
「おはよう、連絡しようと思ってたんだよ」
笑顔で扉を開けたオーリンは、イーアンと一緒にいる若い騎士を見て止まる。『彼は』イーアンを見て訊ねた。
「彼の紹介で工房を巡る日です。彼は営業を担当してくれる、ロゼールです」
「ロゼール・リビジェスカヤです。あの、覚えてないと思いますけど、西のカングート戦で俺もいました」
あ、そうなんだ、とオーリンも頷いて、二人を中へ通す。『片付けてないけど、その辺に座ってくれ』そう言っていつものようにお茶の用意に行った。
イーアンは、丸太を転がしてその上に座り(※以前は伴侶がこうして座った)ロゼールに椅子を勧める。ロゼールは椅子にそっと座って、室内をちらーっと見た。
「ここは。家・・・なんですね。弓がどさっとあるのかと思いました」
「工房は奥なのです。オーリンだけではなく、ミレイオもタンクラッドもそうです。店を構えておらず、また個人向けや請負仕事が多い職人は、人を通す場所が家のように見えます。実際に、彼らの工房へ案内されると、驚きますよ」
「量がすごいとかですか」
「量は、その時によるかもです。作っては卸しますので、溜めていない場合がほとんどです。ただ、工具とか工房の中が。圧巻ですよ。私はいつもそう思います」
それは知らないと感激が難しそう~ ロゼールは困って笑った。イーアンが頷いたところで、オーリンが来てお茶を置いた。
「何だっけ。ロゼ?」
「ロゼ。でも良いですよ。ロゼールです」
「そうか。ロゼールね。営業ってことは、お使いか。俺の用事とか、仲間の」
仲間?若い騎士はきょとんとして聞き返した。イーアンは説明。オーリンに限っては、彼が主軸だけれど、量産体制は彼の友達が行っていると話す。
「じゃ。俺は、オーリンの友達の人たちにも、ご挨拶に行った方が良いのかな」
「あー・・・そうか。俺が留守だと困るもんな。どうなの、イーアン。友達って言っても、俺以外はいつも一箇所にいないよ。会いに行っても、彼らは家にいない」
イーアン悩む。これまではオーリンだけが相手だったから良いものの。お仲間には、自分も会っていないのだ。それを考えていると、弓職人はちょっと顔を擦って『まぁ。良いよ、言っとくから』と一言。
「どうお伝えになるのです。ロゼールを見ていないと、判別付きませんでしょう」
「んー。でも、誰か一人に会ってもさ。それもあんまり意味ないから。全員動く時って限られてるんだよ。今日はナシね」
「あまり答えになっていません。どうお伝えになるの」
イーアンに詰められて、考えてないオーリンは眉を寄せる。『何か食う?』話を逸らしてみる。イーアンは一瞬釣られかけるが、上司なので釣られるわけに行かない。きちっと姿勢を正して『嬉しいですが、遠慮します』と答える。
「だってな。いきなり来て、営業紹介って言われても。こっちも何も準備ないから『宜しくね』くらいだろ、普通。仲間内には言っておくから。俺も頼もうと思ってたし」
「何を頼むのです。何か私たちに御用が」
「違うって。ほら、あれ。俺も行くから、その後のな。弓とか矢とかの話は、仲間にしなきゃダメなわけだ。それだよ」
ああ~・・・イーアン理解する。やはり彼は旅に同行する気。気紛れさんだから、実現するかどうかはギリギリまで様子を見るとしても、方向性は『同行希望』と知る。
話を聞き続けるロゼールは、よく分からない。横のイーアンをちょんと突いて『俺はどうします』と自分の仕事先を確認。
「そうねぇ。ちょっとこの人、怪しいので。ここはまた、置いておきましょう」
「何だよ、怪しいって」
オーリンが笑ってイーアンの肩を叩く。イーアンも笑って『あなたは適当なんですもの』と返した。
「ロゼールが困ります。紹介に来たからには、彼が安心して伺える状態を作る必要がありますのに、あなたはご自分の都合で、すぐふらふらするから」
「ふらふらしてないよ。ちょっと用事が遠いとかさ、君と一緒に動くとかだろ。ロゼールが困らないようにはしておくよ。それで良いだろ?」
「早くして下さいよ。彼がまた訪れるのは再来週です。あと7日以内にちゃんと整えて、早目にご連絡下さい」
イーアンは厳しいよ、と弓職人は笑って、イーアンの頭をぽんぽんする。イーアンは、角に当たるからやめろと注意しつつも笑う。
そんな二人の大人を見て、ロゼールは何となく。西の援護遠征で見た時の状態を思い出した。
「仲が。良いですよね。兄弟みたい」
え? 二人で振り向く。ロゼールはちょっと笑って『見た目は似てないけど、兄弟みたいじゃないですか』そう見える、と頷いた。そばかすの微笑みにオーリンもニッコリして『そうか?そう見える?』と嬉しそう。
オーリンは、イーアンの肩をちょいっと組んで『兄弟だってよ』と笑いかけた。イーアンもハハッと笑って、腕を持ち上げて抜ける。『私も前、そう言ったでしょ』答えながら、オーリンの腕を戻した。
「冷たいよっ 兄弟ならもっと」
「兄弟みたい、ってロゼールは言ったのです。肩組まなくても兄弟に見えますよ」
ロゼールも可笑しくて笑う。イーアンは、いつもこんなふうに、職人たちと付き合ってきたんだなと分かる。
ロゼールは、彼女が男と女の中間くらいな印象。女の人なんだけど、年上だからなのか、男の人みたいな落ち着きを感じている。それで、姉のようにも思えた。
ハイザンジェルの人間に限らないと思うが、男同士は仲良くなると、肩や背中を叩いたり、挨拶に少し腕を回したりする(※ミレイオは違う気がするが)。オーリンといるイーアンは、男同士の挨拶をされている気がした。
「ではね。埒も明きませんため、私たちは行きます。オーリンお邪魔しました。お茶をご馳走様」
「一々、棘っぽいな。生理かよ。いいよ、また連絡するから。ロゼール、再来週だな」
生理じゃないわよっ 顔は笑っているが怒鳴るイーアンに、オーリンはケラケラ笑って、一緒に龍の場所まで歩く。
『ロゼールの前で、何てことを言うのですか』失礼なと、きーきー怒るイーアン。『だって、生理ってまだあるんだろ?』平気で訊いてくる弓職人に、ロゼールも少し恥ずかしくなって、早足で先を進んだ。
後ろでイーアンが、ぎゃーぎゃー怒っている内容を聞かないようにして、そそくさ青い龍のもとへ向かう。
「起きて。行くよ、イーアンが機嫌悪いんだ」
眠る龍の顔の近くでロゼールが話しかけると、青い龍は気だるそうに瞼を開けて、煩い方向を見た。獣道からイーアンとオーリンが出てきて、オーリンは笑い続けているが、イーアンがむしゃくしゃした顔をしていた。
「暫く、私から連絡しませんのでね。勝手に空でもどこでも行ってらして下さい」
「連絡するよ。今夜とか。一緒にまた空行こうな」
話を聞けっ!!龍によじ登りかけたイーアンが怒る。弓職人は可笑しくて仕方ないようで、イーアンをひょいっとイノシシのように肩に担いでから、青い龍の背に乗っておろした。『よじ登るの、笑っちゃうからさ』そう言って自分は下りた。
「人を獲物の動物のように抱えて!やめろって言ったでしょ!」
「じゃあな。ロゼール。後は頼んだよ」
むきーっ 無視されてきーきー怒り続けるイーアンを宥め、ロゼールはお皿ちゃんで浮かぶ。ミンティンも目が据わっている状態で浮上。
ロゼールの足元のお皿ちゃんを見て、オーリンは少し驚いたように目を開いた。『お前が乗ってるのって』呟くオーリンに、ロゼールはニコッと笑う。『お皿ちゃんです』そう答えた。
「また来ます。ありがとうございました」
空から怒りの愚痴が降ってくるのを聞きながら、オーリンは手を振って見送る。『ちょっとからかい過ぎた』アハハ、と笑って弓職人は家に戻った。
「イーアン。次はどこですか」
南の方角へ向かう空の上、ぶすーっとしたイーアンに訊ねるロゼール。イーアンは髪をかき上げて『本部です。全くあの男は』とまだ文句を言っていた。
「オーリンは、冗談が好きなんですね」
「さっきみたいな話題は、あなたの前で言うことではありません。私に恥をかかせて面白がるなんて失礼です」
ああいうところ、どうにかならないのかしら・・・ぶつぶつ言うイーアンに、ロゼールは側へ行って慰めた。
「イーアンは話しやすいんですよ。ちょっとくらい怒ったって、本気で怒ってないって、きっと思うから。誰にでも言えるわけじゃないと思います、だから」
「気を遣わせてごめんなさい。オーリンは悪いヤツではないですが、浮き沈みの激しいところと、ああした冗談尽くしとあるので、手に余る時があります。私が言ってはいけないでしょうけど」
「彼は変った性格ですが、面白い人です。顔つきが鋭いから、あの顔で笑わなかったら、俺は怖く思います。そういう意味では、オーリンが冗談好きで良かったです」
ロゼールが一生懸命、気を遣ってくれるので、イーアンも機嫌を直して微笑む。『申し訳ない。あなたの前で私まで』気をつけねば、と呟いた。
「さて。次は本部です。ちょっと傾向が異なりますので、私もどうなるやらと思いますが。でも少し挨拶して、すぐに出ましょうね」
「はい。俺も本部なんて久しく行ってないです。覚えてもらってるのか」
この前ねと、機構の話をしたイーアン。機構専属の任務を受けた4名の騎士のことを伝えた。ロゼールは暫く話を考えてから『一人は。俺も知ってるかも』と言う。
「バルナバ・デルカ、体が細くて、茶色っぽい髪の毛の。ですよね?」
「えーっと。誰が誰、とお名前を覚えていませんが、様子だけですとその方、いらっしゃいました」
「うん。そいつ知ってます。俺が本部に出かけた時、そいつと会ったことあるんです」
そうなんだ~ そうなんですよ~ 本部はあまり居心地良くない、とそれは会話中に何度も出てきた言葉なので、二人は『本部は挨拶したらすぐ出よう』と決めた。
ふと、下に見えるのは『あら。マブスパール』イーアンは龍の背から、おもちゃの町のような色のマブスパールを眺める。
「イーアン。あの町、行ったことありますか」
「はい。あそこに、ドルドレンのお祖父さんが住んでいらっしゃるのです」
「え?総長のお祖父さん?」
見てみたい、と朗らかな笑顔を向けたロゼールに、静かに首を振るイーアン。『行って良いとは限りません。お食事は美味しい町ですが』豆知識を沿え、お祖父さんマッチングを避けた。するとロゼール、食事が美味しいことに引っかかる。
「美味しいんですか?料理。食べたことあるんですか?」
「食材を買って戻ったこともあります。ドルドレンや、ベルやハルテッドの料理の食材があります」
行きたい、行きたい!ロゼールは、おねだりに入る。『行きましょう、イーアン。俺、ちょっとお金あります。どこかで食事するだろうなって思って』もうお昼でしょ?とロゼールは必死に頼む。
料理が好きなロゼールの社会勉強に付き合う・・・上司だから。それは良いのだけど。
イーアンも、お昼代は持ってきていた。王都で、ヘイズが教えてくれた食事処に行こうかと思っていたが、考えてみれば角もあるし、隠すもの持ってないし。王都は差別がありそうかと思うと、どこで食べようか考えてはいた。
「そうですね。マブスパールなら、私の頭を見ても、何も言われませんでしょう」
お昼よりは少し早いかな、と思う時間。でもロゼールは男性だし、きっと緊張でお腹も空いている。二人はマブスパールに寄ることにした。
町の外に龍を降ろし、一旦空に帰す。それから二人はネズミの壁をぐるっと回って中へ入り、人の賑わう大通りを歩いた。
「お昼近くなってるからかな。良い匂い、すごくします」
「そうです。ここは本当、毎回思うけれど。毎回、美味しいのです」
困っちゃう、とイーアンは笑う。屋台もたくさん出ているし、ロゼールは笑顔が止まらない。『もう、全部買いたくなる』どうしよう~ 嬉しく悩む若い騎士は、屋台の料理を眺めながら、イーアンの袖を引っ張る。
「これ、これ。食べたことあります?何だろう」
「ふむ。これですか・・・いいえ。ないかも。ベルが前、作っていたような」
買うことにして、ロゼールは一皿お願いした。屋台のおばちゃんはロゼールを見てニコッと笑い、少し多めにつけてくれた。がっちり固めたチーズの層に、野菜で煮込んだ豆のペーストが入っている。間に燻製の肉と別ニンニク(※辛くて味の濃いやつ)が挟まっていた。
「イーアン。半分食べて。すごく美味しいです」
「有難うございます。あら、困るわよ。美味しいから、もう一つ買いたくなる」
安いですよ、10ワパンもしないって。んまー、良心的! お兄ちゃん連れのおばちゃんは、屋台の前で、美味い美味い言いながら、せっせと味わった。『うん。これ、支部で作るぞ』ロゼール意気込む。
ロゼールは、この最初の一皿で勢いが付き、並んでいる屋台から、次々に一皿ずつ買って試食を続ける(※店屋に入る気ない)。
素晴らしい料理人根性。結構な量を食べているだろうに、ロゼールはきちんと全て完食する。イーアンにも分けてくれるが、イーアンも別の料理を買うので、二人で買いっ放し状態。
そんな『屋台で昼食の旅』を続けていると、イーアンは肩を叩かれた。口に魚を詰め込んでいるまま、振り向くと。一瞬、咽た。
「ぐあはっ!ぐはっ、おへっ」
ゲホゲホ咳込むイーアンに、ロゼールがビックリして振り返る。『イーアン、大丈夫ですか』背中を叩こうとすると、ハッと後ろの人に気がついた。ロゼールもぽかんとする。
「そ。総長」
「んん?総長って言ったか?ってことは、お前、うちの孫の部下か」
魚が鼻から出るかと思ったイーアンは、涙目で口を押さえたまま、首を振ってロゼールを逃がそうとする。『早く、早く逃げて』咳き込みながら、ロゼールの肩を押すが、若い騎士は仰天しているのでイーアンの言葉も分からず、自分を見下ろす人を見つめた。
「おい、イーアン。お前、俺からこの坊主を逃がそうってのか。何を思われてるんだか。俺は女じゃなきゃ手なんか出さないって。でも可愛い顔してるな」
やめてーーーっ ロゼールに手を出さないでーっ!! この子はまともなのよーーーっ
慌てるイーアンはロゼールの外套を引っ張って、自分の後ろに隠した。そしてお祖父ちゃんに向き直る。咳払いして、ニヤニヤしているお祖父ちゃんに、まずはご挨拶。
「失礼しました。食事中でしたので、驚きに負けて咽ました。この前は有難うございました。それでは」
「早い。早いだろ。ちょっと寄ってけよ。さっき、そこの屋台のヤツがさ。角の生えた女がいるっていうから、お前かなと思ったんだよ。お前くらいだけどな」
ハハハと笑うエンディミオン。目の据わるイーアン。角、隠さなきゃ。ロゼールは困ったまま、おばちゃんイーアンの背中に隠れて、総長そっくりの年配男性を見つめ続けた。
お読み頂き有難うございます。




