596. 親方雑談と マスク作りの午後
「作業していて良いぞ。材料を見てるから」
親方の注文時間が終わり、イーアンが頭を悩ませていると(※お揃いは困る)親方は、壁際に立てかけてある魔物の材料を見つけて、そっちへ行った。
イーアンは、親方が丹念に魔物の皮を調べているのを見て、自分は作業を開始した。親方がいても、黙ってしまうと没頭しかねない性質なので、イーアンは作りながら、昨日の話をすることにした。
「昨日。シャンガマックが腕輪の文の訳を教えて下さいました」
「ほう。何て言ってた」
「この腕輪、それぞれにあった文を繋げて、最後の龍・グィードを、呼び出す内容が書かれていました。冠を見せると、その解釈で合っていたと彼は言いました。冠にもアオファを呼ぶ方法が書いてあるそうです」
「俺が作ったものに?一体どこの言葉で」
「その話もして下さいました。あくまで、彼が思うにという範囲らしいですが。しかし、正しい見解に思います。
まず、あなたの作ったはずの道具に、文が浮かぶことについて。
もしかすると今後、どこかで同じものを見つける可能性はあるだろうと言うのです。それは元々の道具です。あなたはそっくり同じものを作ったから、こちらに聖なる力が宿ったのでは、と彼は言いました」
魔物の材料の側に屈んでいたタンクラッドは、イーアンを振り向いたまま、じっと耳を傾けていた。イーアンは続ける。
「どこの言葉かとした質問には、ドルドレンもそれを訊ねていましたが、シャンガマックが昔、アイエラダハッド近い、北の遺跡で見たものと似ていたそうです。
その遺跡の模様のような文字もまた、同じような象形文字を別に知っていたことで、彼は書き写し、戻ってから解読したことがあったと、言っていました。今回の道具に浮かんだ文字は、先に解読していたそれらと照らし合わせているそうです」
話し終えたイーアンは、ちらっとタンクラッドを見る。親方は自分をじっと見ていた。少し嬉しそうな顔をして。
「精霊の力を操る男、タンクラッド。まさしく」
「お前に言われると照れるな。お前は龍の子だったのに、今や龍だ。龍に誉められるとは」
二人は同じ色の瞳を合わせて、ハハハと、どちらともなく笑った。『私だって知らない間に、龍にまでなっちゃったといった、そんな具合です。人に言われても、ピンとこないままです』イーアンがそう言うと、親方も笑顔で頷いた。
「つい3ヶ月程度前か。お前に会ったのは。だが長く感じるよ。今思えば、お前の性格はどことなくだが、人としては珍しいものだったのかもな。お前のような性格も、龍のような性格も、人間にいそうには、いそうだが」
「いるでしょう。それは。そこまで珍しいと思いません。ちょっと・・・龍的な性質となると、病気扱いされそうですけれど、でも自然体でそうした人もいると思います。私は『頭がおかしい』とか、前の世界でよく言われていましたが。ここでも知らないだけで、言う人はいたかも知れませんね」
アハハハと笑うイーアン。タンクラッドは少し、イーアンに同情する。生き難かっただろうなと思う。理解者に恵まれれば良いが、イーアンの様子から見れば、そうは思えなかった。
「まぁ。今はね。こちらの世界で自分の居場所も知りました。有難いことに、自分が誰なのかも知りました。ここまで分かれば生きていた価値もあります。後は恩返しするだけです」
「恩返しか。自分が龍だったことで、人生は充分と言っていそうに聞こえるが」
「そんなところです。私はここの世界で『生きていて良かったんだ』と教えてもらえたのです。これで充分です。受け取るものは受け取りました。ここから先は、全力で使命を全うするのみ」
グィードも間もなく会えるから頑張ります、そう言って微笑むイーアン。
親方も少し微笑んで『そうか』と答えるだけに留めた。今の言葉で、イーアンは生きることを諦めなかったが、自分の存在自体を疑問に感じる生き方だったと分かった。そう思うと、簡単に何かを言う気になれなかった。タンクラッドは話を変えて、話題を戻す。
「グィードを呼ぶには。どうするんだ」
「はい。あなたと私の腕輪が一つになるでしょう。それをどこで使うかは分からないですが、この腕輪と、錨鐶と綱。これらで、碇を引き抜くことで、グィードは現れるようです」
「場所は?そうしたことは書いていなかったのか」
「これについても、別の方向からお話があります。場所は、私の夢に現れた風景があります。それを一人で考えても分からなかったので、ミレイオに相談しました。すると、ミレイオはそこを知っていたのです」
タンクラッドは立ち上がって、机の側に来て椅子に座る。イーアンを見たまま、続きを待つ。イーアンは作業を続けながら話した。
「いずれ、ミレイオからまた情報を頂けるかも知れませんが。そこは海の向こう。島々の多いどこかだと言われました。テイワグナのヨライデ沿い、もしくは、ヨライデから、船を借りないといけないそうです」
「白い棒で確認した、あの場所か」
頷くイーアンは、マスクの縫い目を確認して糸を引きつつ、『私もそれを思い出して』と呟く。
「ミレイオにその話もしましたところ、場所を正確に確認する必要があると。勿論そうなのですが、なぜその流れになるかと言えば、グィードを登場させる期限と言うべきか。それがあるのです」
「いつまでじゃないと、ダメと」
「そうなのです。それは私の夢に出ました。『海を打ち、扉を開け、迎えに来なさい。探しなさい。次の国が滅びる前に』そう、声が言いました」
親方はお茶を自分で淹れて、イーアンの器にも注いだ。それからお茶を飲んで『次の国が滅びる』と繰り返した。
「次の国がどこか分からないですが、ミレイオはその兆候が現れてから、すぐにグィードのいる場所へ行かないといけないだろうと。だから先に場所を押さえておかないと、迷っている暇はなく」
親方は思う。馬車歌にあった、一つの国に20,000頭の限界の話を。それがもしかして、次の国が滅びる前兆、もしくは手がかりなのか。それをイーアンに言うと、イーアンも思っていたらしいことを答えた。
「そうです。私もドルドレンもそれを気にしました。ドルドレンはもうじき、ハイザンジェルから魔物がいなくなるのでは、と言います。まだはっきりはしません。でも、数が・・・極端に減ったとは聞いています。
魔物が次の国に現れるまで、間があるのか、ないのか。とにかく、次の国の懸念が浮かんできた以上、もうグィードまでの距離も縮める必要があります」
イーアンの手が止まることなく、その顔は心配を含む。親方はその話を聞いて溜め息をついた。
「大急ぎだな。何もかも。一度、出発する全員で、話をしよう。お前たちにも業務があるだろうが、ある日突然となれば、すぐに動かねばならん。身支度も荷物も、時間のある時に整えておくのは普通だ。総長に話しておいた方が良い」
「はい。この前、ミレイオにも言われました。つい数日前です。旅に出るに当たって、いろいろと考えているのかと質問され、私はまだ考えていなくて。とても心配されました」
「しそうだな。ミレイオは。あれも、あっさりしているところは、希薄なくらいあっさりしているが。お前が関わってると、そうも言ってられないんだろう。お前と以前の相手は違うにしても」
イーアンがちょっと親方を見る。親方もその目を見つめて、小さく頷く。『聞いているだろうが。あれの、昔一緒にいた相手だな』そう言って黙った。
「ミレイオは気に入った相手には、とことん世話焼きだ。べったりではないが、心配すると、親かと思うくらいに心配する。愛情深いんだ、あいつは。イーアンは・・・損しやすそうな普段だから、見ていて気になるんだろうな」
「私。損しやすそうに見えるのですか。本人がそう思っていなくても」
「お前はほら。何でも一応、耳を貸したり、手を貸したりするだろうが。それで、自分の時間を削ったりもするし。誰もがやってると思うなよ、そんな面倒なこと。ミレイオはそれが気になるんだ」
イーアンは思う。親方とミレイオは、何のかんの言いながらも、お互いをよく知っている。二人は似ていないようで、どこか似ている。親方もミレイオも、自分を気にしてくれているので、イーアンは、心配させていたのかと(※憐れまれている)ようやく理解した。
「旅は。特にな。気にするだろうな。一度気にし始めると、ミレイオのことだから、ついて来そうだ」
ハハハと笑う親方に、イーアンもちょっと困って笑った。『そうなんです』と言おうかと思ったが、言わないでおいた。まだ決定していない。
タンクラッドはこの後、少し話をしてから、持ち帰る材料を抱えて、10時過ぎに戻って行った。きっと、会って話したから気が済んだのだ。それに材料を見ていた時、しげしげ見ていたので、試したくなったのかも知れない。
とにかく親方も、作ろうと一回思うと、体が勝手に動く人だから、そうなるとお別れするのも、あっさり済む。
イーアンはマスクを作り続けた。実は、親方が見ている間に、一つは、完成一歩手前まで進んでいた。3段階目の工程は仕上げなので、形は出来上がっているに等しい。
「お昼。食べなければ、夕方までに6つ・・・厳しいかなぁ。5つは上がるかな」
やるだけやろう、と決めて、イーアンは集中した。次の製作(※親方注文)が入った以上、時間を詰め込む。『そうです。いつ出かけるのか。私たちは知らないのです』急がねば。イーアンの没頭は加速し、一気に深い深い無意識の中へ入って行った。
そしてドルドレン。昼食のお迎えに来たものの、扉は開いていて、返事がないので『イーアン』と呼びながら開けてすぐ、止まった。愛妻(※未婚)は没頭中と知る。
そーっと閉めて、一度執務室へ戻り、紙に『立ち入り禁止』と書いて工房へ戻った。それを工房の前の椅子の上に置き、ドルドレンは一人で食事へ行った。
「ちらっとしか見なかったが。凄いマスクなのだ。あれ、誰に渡すのか。俺じゃないのが酷く残念でならない」
あのマスクが欲しいのに、とドルドレンは昼食を食べながら呟いていた。一人ぼっちの総長を憐れんで、トゥートリクスが側に来て『俺も一緒に食べて良いですか』と笑顔を向けてきた。総長は、構わないと横の席を差した。
「イーアン。また出かけているんですか」
トゥートリクスは、『ドルドレン・ぼっち昼食』を見かけると、よく移動してきて一緒に食事をする。大体、イーアンが出かけている時の方が多いので、いつものようにそう話しかけると、意外な答え。
「イーアンは工房だ。製作に打ち込んでいて・・・この前もあっただろう?ザッカリアの鎧の時」
「あっ!あれ、凄かったですね。あんなのまた作ってるんですか?」
「いいや、違う。マスクを作っているのだが。数が一つではないので、同じマスクにしても、手数が増えるために、きっと集中しているのだ」
「それって誰のですか?マスクって注文ですか」
「むぅ。誰の為にとは言っていない。そこが問題である。ぬっ。思い出せば、昨日何やらシャンガマックが一つ予約したような。くそぅっ」
もぐもぐしながら総長が眉を寄せて、シャンガマックに苛立っている様子から、どうも総長は受け取れない理由があるのかと見当を付けるトゥートリクス。大きな緑の目をきょろっと向けて『総長は?』と恐る恐る訊いてみる。その瞬間、凍りつくような灰色の瞳が向けられた。
「俺が受け取れるなら、こうはならん。受け取れないから悔しいのだ」
凍りつくような眼差しにビックリしたが。トゥートリクスは慰めることにする。『きっと、総長にはとっておきを作る気なんですよ』元気出して、と励ます(※イイコ)。
「そうであってほしい。俺にはオークロイの鎧工房で作られたマスクがあるから、とイーアンは言う。あれは至高の作品で、使わないなんて勿体ないと。俺だってそう思うが、奥さんが作ったマスクが欲しいではないか」
慰められて、すぐにしゅんとする大きな体の総長に、トゥートリクスは同情する。背中を撫でて『大丈夫ですよ。イーアンはそのくらい分かってると思う』総長大好きだからと言うと、総長は優しい部下を見て『そう思う?』と聞いてきた。
「思わない人いないですよ。いつも一緒にいて、いつも仲良くて。いつも笑ってて。そんなイーアンが、総長に作らないわけないじゃないですか」
トゥートリクスとしては。そこまで総長がねだるマスクを、見てみたくなった。『その、どんなの作ってるんですか』マスクって、普通のマスクですよね・・・と覗き込む。総長、ちょっと悩む。
「話して良いのか分からないのだ。イーアンはほら、『楽しみして~』が好きな人だから。きっと驚かせたいと思う。いつもそうなのだ。凄いものを作っていても・・・途中で見ても何も言われないが、全て終わった時に、どーんと出すのが好きなのだ」
あ、そうなんだ、とトゥートリクス。『そうでしたか。じゃ、終わるのいつなんでしょう』まだかかるのかと思って聞いてみると『上手く行けば今夜じゃないかな』と総長は答えた。
自分も是非見たいことを総長に伝えると、総長は頷いて『そう伝えておく』と約束してくれた。
そしてドルドレンは、一人昼食を優しい部下に労われ、昼休み終了まで、トゥートリクスと話しながら終えた。龍のマスクが頭から離れないドルドレンは、仕事に戻っても、ちょくちょく間違えて、ちょくちょく執務の騎士にいびられていた。




