595. 龍のマスクと親方の防具依頼
イーアンとドルドレンはその夜。専ら、荷物と路銀の話で終えた。眠る前まで『荷物何とかしたい』『路銀確保の術を持ちたい』を続けた。結局、どちらも良い解決策は浮かばなかったので、夢にまで悩みを見た。
ドルドレンは馬車育ちなので、どうしても馬車がほしいところ。馬車さえあれば、どうにかなる。それは身を以って知っている事実のため、馬車の通れない道や船に乗るなどの展開さえなければ、馬車を求める部分から動けなかった。
イーアンも馬車のことは賛成。荷物については、やはり持っていける方が、長い旅だし、楽には違いない。で、イーアンはもう一つ『地獄の沙汰も金次第』なる、路銀に意識が行く。
イーアンは『お金を稼ぎながら動く』という現実を体験して知っているので、旅をしてお金が無くなったら働く。羊の世話でも給仕でも、雇ってくれる場である程度働けば、路銀は作れると思っているが。
しかし働くと、その間の身動きが取れないため、今回はこれに悩む。
その話をしたら、伴侶に『それなら馬車の家族と同じ』と言われた。馬車に工具を積んで、着いた先で修理したり、物を作って販売する方が、イーアンの性に合ってるでしょと言われると。そうですね・・・となる。
『馬車の家族は皆そうなのだ。自分たちの手に、何かしら稼ぐ術がある。何かを作るなり、芸を見せるなり、演奏を聴かせるなりして、停留地で金を得るのだ。だからやはり馬車が最適だ』
ドルドレン、馬車一押しなので、イーアンもそうかなと思い始める。馬車さえあれば、寝床も荷物も路銀も確保可能。これを繰り返して、寝る時間になり、二人は眠ってまでなお、夢に見たのだった。
翌日。イーアンは工房でマスク製作。朝から籠もって、せっせと作るのみ。最近はギアッチの授業も消えたので(※支部にいない日が多くなり、お互い諦めた)職人業に准じる。
ドルドレンは5日目の報告書類に目を通し、執務の騎士たちと『もしや、これは本当に』のひそひそ話をしていた。ただ、この話は各支部でも同様にされているだろうこともあり、総長のお話待ちなのではないの、と執務の騎士たちは考えていた。
「総長が宣言したら、終わりってなりそうですよね」
「俺が宣言。無理だろう。俺だって知らないもの」
「だけど、これ皆気にしますよ。魔物の報告がどの支部からも皆無で、5日目を迎えています。本部でも行ってきたら」
「お前、気軽に言うけれど。行ったところで『ほら宣言しろ』って言われたらどうするのだ。確認も出来ないで宣言した後、魔物が出てきたら無責任発言も良いトコロだ。解任されかねん」
良いんじゃないの~ ぽっちゃりさんは他人事。『一瞬、解任されたって。魔物が出るならまた、総長にされますよ』一番責任押し付けられる職務だし、誰もやりたがらない、と言われた。
「もしだぞ。もし、これでハイザンジェルに魔物が出なくなったら。同時に別の国で出始めたら。俺は多分、そっちへ助けに行くぞ」
「え。そう言えば。イーアンもそんなこと話していましたが。総長もですか。総長が行って大丈夫なんですか」
「この前、王が来ただろう。あの時、王は他国に魔物が出始めたら、援助の協力をしたいと話していた。機構が関わっているのもあるが、その流れで、俺も駆り出される可能性はある」
「うわ~・・・意外に大きめな話だったんだ。それは総長も『行け』ってなりそうですね。強いだけだったら、総長はかなり強いから」
何だ、その言い方は!ドルドレンが叱ると、ぽっちゃりさんたちは眉を寄せて『戦うだけなら、この人使えるけれど』と、その他の業務への心配を口にし始めた。
嫌な方へ話が流れた様子なので、ドルドレンはそこで話を止める。それから、山積みの書類に無言で判を突き、無言で署名を続けた。
工房でマスクを作るイーアンは、思ったよりも作業が早く終わりそうなので勢いづく。『上手く行けば今日中に全部上がるかもしれません』元の形から少し変わったから・・・そう呟いて、6つのマスクの3段階目に入った。
ふと、腰袋が気になり、イーアンは手を止める。しかし見たくない。出来れば作業を続けたい。でも何か気になる。うーん・・・誰かの連絡だったら作業が出来なくなるし、と思うと、自分の気持ちはこのまま続けたい。
「でも。緊急かもしれません。確認しましょう」
小さく溜め息をついて、3段階目序盤の手を休め、腰袋を見てげんなりする。『親方』ぼそっと呟いて、タンクラッドの珠を出した。
『イーアン。昨日連絡しなかっただろう。夜はお前たちの・・・うっ。思うと脳が壊れそうだ。ぬぐぅっ。だから夜は待ったんだぞ。朝になったら連絡しろ』
『タンクラッド。私は作業中です』
『連絡なんて1分2分だ。長くたって5分もない。そんな時間も惜しいのか』
『惜しい時もありますでしょう。手が放せないとか』
『あのなぁ。一昨日だってなかっただろう。連絡は毎日しろ、って言ったはずだ(※上から)』
『タンクラッドはお仕事中ではないのですか』
『話を逸らすな。請負仕事は今月入ってないんだ。何か仕事を振れ(※命令)』
『無茶言わないで下さい。あれば伺っています。あ。そうだ、あれ使いますか。この前、お見せしていませんでしたから、暇なら来て下さい。お渡しする材料がありますので』
『暇とは何だ!お前のその言い方は、刺々しいぞ』
煩い親方に、イーアンは目を閉じて頷きながら『いらして下さい。私は今日、工房から動けませんので』とお願いして、さっさと珠を置いた(※強制的に通信終了)。
「親方は請負の仕事が、きっと面白みがなくなってきたのです。魔物製の剣作りの方が楽しそうでした。顔の輝き方が違う。
謎解きになると、もっと・・・あら。そうだった。うっかりしていました。昨日のシャンガマックの情報を、彼にも教えねば」
そうだ、そうだ、とイーアンは思い出す。そして作業を再開して『没頭すると、ついね』と作業以外が頭に入らないことを、気持ち、反省。
イーアンが没頭し始めて5分後(※親方通信を切ってから20分後)。空をかっ飛ぶ親方の気配を察知。『角があると、レーダーみたいです』落ち着きません、と眉を寄せ、作業を止めてお湯を沸かし、イーアンは扉を開ける。ちょっと廊下を見ると、丁度裏庭口の通路から、こちらへ曲がった親方の影を見つけた。
「彼は背が高いから。影で誰だか分かる」
ドルドレンより大きいのかしらね。首を捻って、扉をちょっと開けたまま、首だけ出してじーっと見ていると、『イーアン。迎えに来ても良いじゃないか』親方に怒鳴られた。
別に、こっちに向かって歩いている人に、迎えに行かなくても・・・・・ イーアンは咳払いして頷き『お越し頂いて有難うございます』と挨拶した。
「おはようございます。材料はそこに用意しました。お使いになるだけお持ち下さい」
「おはよう。冷たいぞ。何だ、その言い方は。さっきもすぐに連絡を切って。早く帰れ、みたいに聞こえる」
そんなこと思っていませんよ・・・『ちょっと思うけど』と脳裏に掠めるものの、イーアンはお茶を淹れる。マスクの続き。早く続き~
そんなイーアンの視線注がれる作りかけのマスクに、入ってきたタンクラッドも目を留める。一つ手にして、『これは。マスクか』目の前にそれを寄せ、じっくりと眺める。
「こんなマスク、見たことないな。まるで龍の顔を切り取ったようだ」
「もう少しなのです。今日使えば、6つ全部仕上がります」
「それで俺に冷たい理由が分かった。お前は俺より、作業だな(※頷かれるの見たくないから無視)。これ。騎士たちのために作っているのか?これを注文した騎士が」
「いいえ。作ってみようと思って破損マスク相手に製作しているだけです。状態の良いものを選んだため、寸法が違いますけれど。誰かは使えると思いまして」
ふぅん、と親方は椅子に腰掛け、マスクをくるくる回して作りを眺める。『この。裏にあるのは何だ』防具はよく知らない、と伝えて裏の部品を指差す。
「それは稼動します。あのですね。マスクをお使いにならないと分からないと思うのですが、これ、こうしまして。頭にね、固定して。こう・・・で、上に持ち上げたり、下げて顔にかけるのです。
そしてこっちの部品ですが。これがちょっと工夫しまして」
イーアンは自分のマスクを見せる。『お前のマスクもまた凄いな』親方は笑う。『どんな職人に作らせた、もう芸術品だぞ』頭を振って力量を誉めた。
「これはオークロイ親子の息子さん、ガニエールの作品です。彼はマスクを非常に精巧に作ります。採寸されたわけではないのですが、ぴったり。私の骨格に合わせて作って下さいました」
それでね、とイーアンは続ける。自分の作っているマスクを、ガニエール作のマスクの上に被せた。
「お。二重か。こんな使い方もあるのか」
「いいえ。本当はマスクは一つです。ですがこれ、私はともかく。ドルドレンが昨日、製作中のマスクを見て、気に入りました。そして自分に一つくれと言うのです。でも、彼の顔の形に破損マスクが合いません。それで」
タンクラッドは理解した。『それでか。元のマスクの上から掛ける形に部品を組んだと』マスクの裏を見て頷く親方に、イーアンも頷き返す。
「彼のために、ガニエールが作ったのがこれ。素晴らしいでしょう?これを使わないのも勿体なくて、私は悩みました。ですので、二重で使えるようにと思いました。
二重で心配だったのは、固定が甘いと動くこと、それと視界の範囲が狭まることです。
龍の顔は目の孔が大きく、角度が脇へ流れるため、人の顔のマスク上から使っても、視界が遮られないと分かり、これは安心しました。
固定は、やはりしっかり出来ないと危ないので、この引っ掛け部分を、上部・左右とベルトに作って、内側にはめ込む形を取ったら解決しました。
この形だと、直に一つだけで使うことも、重ねて使うことも出来ますね」
へぇ~・・・・・ 親方感心。弟子を見てニコッと笑って『お前は大した腕だな』と誉めた。イーアン、えへっと笑う。
「と。こうしたことですので、一つはドルドレンへ。一つはシャンガマックへ。残りの4つは、マスクの寸法も違うので、他の方です」
親方はマスクを並べて、自分の形に近そうなものを選び、それを顔に当てた。イーアンはびっくり。心臓が撃ち抜かれかねない格好良さに、慌てて椅子にしがみ付いた(※腰抜かしかけた)。
「た。たい、大変にお似合いです」
「そうか。結構、窮屈じゃないもんだな。もっとこう、当たって痛いとか、蒸れたりありそうな印象だが。人の顔と形が違うからかな」
親方の鼻も高いが、ドルドレンの一族の骨格とは違うので、親方はマスクに違和感がなさそうだった。真ん前から見ると、龍の顔と角がある。横から見ると、親方のすっきりした顎の線が、唇間際から下に見える。
イーアンは感動する。イケメンはマスクをしていても、イケメンと分かるのだ。素晴らしい骨格。製作者冥利に尽きるなと、うんうん頷きながら観賞。
「イーアン。俺はこれを買っても良い。どうだ」
「え。買う。親方が使うのですか」
「旅に出るだろ。目印になるだろう、これ。お前も龍だし」
「目印。目印用ですか」
悪くないだろ、と親方は、マスクをしたままイーアンを見る。美術品のような親方の様子に、イーアンは呆気なく折れた(※『良いと思います』の返事)。
「おい。じゃ、俺たち5人でどうだ。お前はナシにしても。龍本人にこれがあっても、微妙だろうし」
「はい?」
「だから。総長とバニザットだろ?貰い手が決まってるのは。俺もこれは使えるだろ。そうしたら、フォラヴとザッカリアに残りの2つを渡せば」
「あら。そう。そうですか。そういう使い方も。はて、では最後の一つはいかがしましょうね」
「それはまぁ。誰かにでも回して」
んまー。行き先も親方が決定しちゃったわよ。どうしましょうね・・・イーアンは目を瞬かせて、じっと親方を見る。そして机に置かれた5つのマスクを見る。標準寸法はあと1つ。小振りな寸法が残り2つ。
「イーアン。お前、他に何かこうしたもの。今後作るか」
いきなり話しかけられて、イーアンはさっと顔を上げる。マスクを取った親方は、マスクを机に戻した。
「いえ、特に。今は計画していないのです。年初めに計画したことは幾つもあるのですが、何やら最近、旅の準備を考えることが多く、優先事項を片付ける為に動いていて」
「俺の何か。作れ」
タンクラッドはマスクを撫でて微笑む。『俺の、装備だな。俺の防具か』何かあるだろ、と言う。イーアンは止まる。何かあるだろって。何かあるでしょうが、それは一体何でしょうかと思う。
「タンクラッド用の、防具。でも鎧や盾を意味していらっしゃらない雰囲気です」
「そう聞こえるか?そうだとすれば当たってる。お前は勘が良いな。このマスクと、お前の作る・・・俺用の防具だな」
「その。一度も防具をお使いになった気配のなさそうなタンクラッドに、私がご用意しますとは。些か無理がありそうな気がしますが」
「そうか。条件だな。よし、考えてやろう。条件は、動きが制限されないこと。鎧はダメだ。それと、持たなくて良いこと。盾も要らん。俺には窮屈だ。どうだ」
上から命令される注文に、イーアンは戸惑う。そんな無茶な。体当たりのような注文に、眉を寄せて情報の追加を求める眼差し。親方はその目つきに少し首を傾げ『まだ何か聞きたいのか』と言う。
「だって。そんな防具。考えたことありません。ミレイオに相談しても良いですか」
「お前が俺の為に考えるんだ。ミレイオが相談に乗ったら、ミレイオの要素も入るだろ。それじゃ意味ないんだ。俺の毛皮の上着を縫わなかったんだから、それくらいしろ」
うえ~。毛皮の上着のこと、まだ覚えてた~
イーアンは項垂れる。もう春だし、大丈夫だと思っていたのに。羽毛クロークは嫌がっていたけれど、毛皮の上着は諦めてなかったと知る。
「ふむ・・・あのな。それ。お前のそれ、どうなんだ。それ強いのか」
「え?どれのことですか」
「それだよ。イーアンが最近着ている、その変わった服だ。お前の腕や足にも着けてる龍の鱗の」
「ああ、着物ですか。これもでしょうか?手甲と脚絆。これが強いか、とお尋ねですか。どうでしょうね。強いとは思いますが、素材が龍の皮ですもので強いと思います。でもこれで戦闘に出ていませんから、強度は正確に知りません」
「それで良い。龍の皮は難しいかもしれないから、魔物の皮でお前のそれと同じものを俺に作れ」
ぬはっ。親方、着物?! カッチョイイ~ じゃなかった。カッコイイだろうけれど、お揃いは困るよ~
困るイーアンを無視して、親方はイーアンの袖をちょっと引っ張って、形を見ながら話し続ける。
「お前の国の服なのか?お前の出身地の世界の」
「はい。そうです。この着物が在るのは、私の国でした。似たような形は世界の他の国にもありました。でも私が知っているのは、自国の着物でした。これは男性用の形です」
「じゃ、なおさら好都合だろう。男ものなら、俺の寸法で作れば良いだけだ。作れ」
命令だーっ 有無を言わせない、笑顔の命令~!! えー・・・渋るイーアンに、タンクラッドは不機嫌そうに眉を寄せる。
「何だその顔は。嫌なのか。何でお前は、俺に毛皮の服も作らないし、防具も渋るんだ。クロークは勝手に作って持ってきたくせに」
「勝手に作った・・・そうですけれど。あれは寒い雪山だったし、あなたが着ないならドルドレンにあげようと思っていたから」
「総長を絡めるな。俺用だ、俺。廃品利用みたいな使い方は、総長にも失礼だろう(※正論)。まぁ、そういうことだから。お前のその着物と一式な、俺に合わせて用意しろ。金は払う(※当たり前だけどエラそう)」
悩むイーアンをよそに、親方は注文表を書かせろと言い始め、渡された紙に、さらさらっと日付や注文内容を書いた。そして自分の名前を書き『ほら。総長にでも読んでもらえよ』とイーアンの手に紙を戻した。
お読み頂き有難うございます。




