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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
593/2951

593. 6つのマスク

 

 翌日はゆっくり始まる。工房で仕事となると、イーアンはいつもより、30分くらい遅く動き始める。


 ドルドレンを起こして、着替えて一緒に朝食。伸び伸びして食事を終え、工房の火を熾して作業を始める。いつも起きる時間よりも30分。たった30分でも、こんなにゆっくり具合が違う。イーアンはちょっと感動していた。


 お休みらしい日がない自分。だがそれは別に慣れているので、あまり気にしない。出かけるのも、龍と一緒なので、これも特に大変だと思ったことはない。龍が好きなので、一緒にいる時間があるのは嬉しいくらい。車好きな人が、通勤で車、休日で車、というのと似ているのか。


 でも30分ゆっくり起きる。これは何となく、イーアンにはのんびりを感じる出来事に思った。元々早起きの方だが、一日を目一杯使いこなそう、と起きる急ぎ方がない朝は、また気持ちが違うように感じる。



 昨日のマスクの続きを行うので、額や鼻筋、頬骨の部分の広い面積を繋ぐ。そして装飾が入る。この装飾は、イーアンの場合は造形。『これが凄くなるのです』ウフフフ・・・一人ニヤニヤしながら、イーアンは造形加工を楽しむ。



 子供の頃。サイコロキャラメルなるものがあり、箱がサイコロ、中にキャラメル二つという商品。イーアンはキャラメルではなく、サイコロの箱が好きで、展開図の目が気に入っていた。

 大きくなって、6角形と5角形の大小の端切れで、最後に縫い繋いで、サッカーボールが出来た時は感動した。


 以来。美術の大学や専門学校などに、一切、何の縁もないイーアンであったが、平面パーツを、角度と曲線で組み立てて立体造形をする、そうした製作を独学で続けた。


 CADやパソコンを使えないイーアンには、それは実に根気のいる作業で。

 アルミホイルを、ひたすらぎゅうぎゅう潰して作った模型から、型紙の調整を繰り返して作り出すため、限られた数しか作品としては作れなかったが、その手法はアナログなので未だに使える。


 ダビの元工房に、柔らかい木材があった。とても柔らかくて、(やすり)をかけると呆気なく削れてゆく。

 何の木か知らないが、使えると思ってこれを削りながら、型を作った。なので、かつてのアルミホイル造形は、別世界で木製造形となって蘇る。これを元に、大まかな線を決めて切り、組み立てていた。



 部品を一つ形作るたびに、イーアンは手を止めて様子を見て調整する。接合部分が脆くならないように、支えになる部品を用意し始める。裏から当てる衝撃吸収素材も等分に分けて詰める。


 一つの工程で6つ分。これを繰り返し、木製モデルと確認しながら組み立てていく、地道な作業。



 ドルドレンが迎えに来たお昼。イーアンは一つのマスクを大方、終えた。細部の調整はまだだが、見た目は出来ている。先に一つだけ作って、問題ないと判断したら残りも仕上げる。イーアンのやり方はいつもそうだった。

 その、大まかに最初の段階を終えたマスクに、扉を開けたドルドレンは、驚いて口に手を当てて目を見開く。


 その反応に嬉しいイーアンは微笑みながら、伴侶の感想を待つ。ドルドレンは目の前のマスクを、じーっと見つめ、それからイーアンを見て『これは。俺の?』と訊いた。イーアンは、そういうつもりではなかったので、ちょっと止まって『あなたのでも良いです』と答えた。


「え。誰のだったのだ」


「誰の、ではなくて。破損マスクで、割と状態の良いものが6つあったため、それで作っています」


「俺ではないの」


 イーアンはちょっと笑って、伴侶の腕をぽんと叩く。『お気に召したの?』灰色の瞳を見上げると、ドルドレンは少し恥ずかしそうに頷いた。


「俺のかと思った。だって、凄いぞこれ。こんなの特別な人じゃないと受け取れない気がする。これ、後5つも出来てしまうのか」


「やめておきましょうか。でも切り出してしまいましたが」


 それに、とイーアンはマスクを手に取って、ドルドレンの顔にそっと重ねる。『あなたのお顔には、これ、少し窮屈では』違う?と訊くと、ドルドレンは『ちょっと当たるけど』と答える。


「あなたは鼻が高いので。このマスクの形状ですと、眉間が痛いでしょう。長く着けるのは心配です」


「うっ。非常に残念だ。俺ではない、どこかの誰かが使うのか」


「誰か・・・そうですね。どなたかが、お使い下さるでしょうと思って作っています」


「イーアン。俺もあると嬉しいのだが」


 そうねぇ、とイーアンは伴侶の顔を見つめる。伴侶は大変にお顔立ちが宜しいため、若干、特注気味。破損マスクの裏面を加工しても、ドルドレンの鼻や眉丘に、影響のない状態はちょっと難しい。


「あなたの今お使いのマスクをお借りしましょう。それを参考に作って。と思ったけれど、あれも渾身の作ですよ、ガニエールが技を注いだ上、聖別してとんでもなく美しいというのに。あれを使わないとは、何とも勿体ないです」


 やっぱりダメよ~と、イーアン。え~欲しい~と、駄々を捏ねるドルドレン。とにかくお食事しましょうと、広間へ向かう二人は、この言い合いを続けた。



 昼食の盆を机に置いても、なおもドルドレンは粘った。『欲しいよ』ちらっとイーアンを見ると、イーアンも困ったように唸る。


「そう仰って頂くことは、身に余る光栄。ですが、ガニエールの作品をおいて、私はご用意する気になれませんよ。あっちは本職ですので、逆立ちしたって敵いません。逆立ち出来ませんが」


 イーアンの最後の言葉に笑うドルドレンは、匙で料理を口に運びながら『ガニエールの作品も使うよ。だけど、奥さんの作ったマスクが使いたいではないか』そういうのもある、と教える。


「そう言われると弱いです。だけどですね、ドルドレン。私が作るものは、本職ではありませんのでね。ある程度の使用には耐えるでしょうけれど」


「欲しいよ~ どうにかならないの」


 なるけど~ 苦笑いするイーアンも食べながら考える。伴侶のことだから、一度渡すとそれしか使わない気がする。ガニエールのマスクは至高の作なので、イーアンとしては自分が作ることに悩む。


 今すぐには答えにくいので、イーアンは、とりあえず全部作ってからまた考える、と伝えた。切り出したのは使わないと勿体ないし『一応、仕事ですので』と言うと、渋々頷くドルドレンも『前向きにね』と小さ目の釘を刺してきた。



 そして食事を終えた後、ドルドレンはイーアンを鎧のある場所に連れて行き、自分のマスクを預ける。

『気が向いた時に参考にして』はい、と渡される。これはもう、作れという流れである。イーアンは困って『その時に借ります』と答えたが、伴侶はマスクを押し付けて、意地でも受け取らなかった。


「いつでも良いのだ。俺用のを作る機会があったら、すぐに手元に、参考になるものがある方が、作業が早いのだ」


「そうですけれど。そんなもう、これじゃ作るの決定ではありませんか」


「何年でも待つから」


 絶対、毎日言うでしょっ、イーアンが笑いながら伴侶の腕に寄りかかると、ドルドレンも笑って抱き寄せ『言うと思う』と認めた。


 仕方なし。イーアンは伴侶のマスクを持って工房へ戻り、『少なくとも、製作中のマスクが終わってからになる』ことだけは、念を押して伝えておいた。ドルドレンも真顔で大きく頷き『楽しみにしている』と返事をした。


 扉を閉めて、午後の製作。イーアンの楽しい落ち着く時間。こうして作る環境があること、役に立てることに感謝して。早速、他の5つも順々に作り始めた。



 夕方になり、6つのマスクの大きな工程が済んだ後。イーアンは、伴侶から預かったマスクを見つめる。じっと見て、手に取って裏と表をよく観察し、角度を変えた面から見える形を、絵に描き、その後に採寸した。


「素晴らしい。本当に美しいマスク。これを超えるものは作れませんね」


 私にはそこまでは無理。だとしたら、伴侶にはこのガニエールのマスクを使ってほしいし・・・ここでちょっと考え付くイーアン。


「もしかして。もしかしますよ」


 ふむ、一言漏らして、イーアンは自分のマスクも机に並べる。顔つき、歴然の差にがっくりする。が、ガニエールが作った、イーアン(自分)マスクは最高に格好良いので、これはこれっ!と思うことにして。


「ここに。こうして、ダメか。じゃ、こうならどうかな。こんな・・・具合で、どうだ?お、嵌ります。イケそうですね。そうすると・・・・・デュアル・マスク状態ですね。どうかしらね、重さとか自由は。ええっと」


 自分のマスクをまず被り、イーアンはその上から製作中のマスクを合わせた状態でかけて、金属の鏡を覗き込む。


「裏で固定すれば。ジョイントが稼動すれば動きも楽かしら。揺れないようにタブで押さえる、で、どうだ」


 こう?こっちか?イーアンは鏡を見ながら、装着金具とベルトの形式を頭の中で描く。そんなことをしていると、扉が叩かれて、鍵を閉めていない扉が開いた。イーアンはマスクを付けたまま振り向く。


 ビックリしているシャンガマックが立っていて『イーアン?』の声。目を丸くして、イーアンを見たまま立ち尽くしている。


「ああ、シャンガマック。申し訳ありません。どうぞどうぞ、お入りになって。お掛け下さい」


 お茶を淹れましょうね、とイーアンはマスクを外し、手櫛で髪をささっと整えてから、お茶の用意を始めた。ぽかんとするシャンガマックは、言われるまま、椅子に掛けて作業机の上のマスクを眺めた。


「凄いマスクだ。これは誰の?」


「先ほど、ドルドレンにも同じことを訊かれて。これらは誰のでもないのです。あの、そっちはね。ほらそこの、それはドルドレンの今、使っていますマスクですけれど」


「そうだな。総長のマスクだ。俺もマスクはあるが、こんなの使ってみたいものだ」


「それはオークロイの息子さんの自信作なのです。今度お願いしてみましょう。ちょっと顔を見ているだけなのに、私の顔つきも見事にマスクにしてしまう、凄腕です」


 そう説明するイーアンは、お茶を褐色の騎士に出した。シャンガマックは面白そうに笑顔でマスクを見つめ、一つを手にして、顔にそっと当てる。『俺には丁度良さそうだが』少し笑ってマスクを外す、褐色の騎士に、イーアンも頷く。


「シャンガマックは。それをつけても鼻の骨など痛くありませんか?眉丘など」


「うん?どの辺りだ」


 この辺りです、と、イーアンが自分の顔に指を引いて教えると、シャンガマックはもう一度マスクをつけて『気にならないが』と答えた。


「そうですか。ではシャンガマックはそのままでもお使いになれる」


 ドルドレンは鼻の始まりの位置が上にあるから、既製のマスクは凹みが当たる。シャンガマックも同じような顔立ちなのだが、2mm程度の高低差でマスク装着可能と知った。


 イーアンはシャンガマックの顔を覗き込み、『ちょっと失礼』と声をかけて、額と頬骨までの距離をじーっと見た。伴侶よりは、少し角度があるのかと分かった。見ているだけなのに、シャンガマックは赤くなって固まった。

 ホントに照れ屋さん・・・咳払いして、とんとんと肩を叩いて起こし、ハッとするシャンガマックにお茶をもう一杯勧めた。


「イーアン。これ。このマスク。もう完成なのか」


「いいえ。ここまでで大きな工程の最初です。後2段階予定しています」


「まだ?この続きがあるのか」


 驚いたシャンガマックは、眺め眇めつ、マスクを見つめてイーアンに『俺に一つ、回してもらえないだろうか』と訊いた。


「最後までご覧になってからの方が」


「いや、そうだけれど。でも、あの木型のようになるのだろう?」


 模型を指差すシャンガマック。イーアンは頷いて、木型を引き寄せ『これが土台なのです』と見せた。そして『ここから、重くならない程度に先を進めるが、さっき思い付いたことを取り入れるとすると、少し最初と計画が変わるだろう』とも話した。


「ですので、全部終えた後に完成品を見てから、お決めになっても」


「分かった。では予約しよう」


 ハハハと笑うシャンガマックに、イーアンも笑って了解した。『はい。それでは一つはあなた用。決定です』良かったです、とイーアンが言うと、褐色の騎士も嬉しそうに微笑んだ。



「ところで。シャンガマックは何か御用でしたか」


「おお、そうだ。忘れていたが。随分日が経ってしまったが、以前、タンクラッドさんとイーアンの腕輪を調べた、あの件で」


「あっ。そうですね。冠もあります。はい、これなのですけれど」


 工房に、上着と一緒に置いた冠を取って、イーアンはそれを見せる。シャンガマックが冠を手にとって眺め、少し目を細め『これも。そうか、そういうことだったか』と呟いた。

お読み頂き有難うございます。

イーアンが思い出した、過去のボール。写真がありますからご紹介。




挿絵(By みてみん)


イーアンの思い出と同じで、この写真も古くて(笑)。

とても画像が粗いけれど、印象が伝わりますように。

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