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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
592/2950

592. ドルドレンの報告

 

 ミレイオを送った後、イーアンは戻ってきて工房に籠もる。お昼はドルドレンと一緒に食べ、ミレイオの話をちょっとして、また後で詳しく話すからと、お昼を食べ終わってすぐに工房へ戻った。


 昼休み中なので、ドルドレンもついて来て、休憩時間は工房で過ごす。愛妻(※未婚)がせっせと練習用の防具を修理しているのを見つめ、『イーアンは、こういう仕事も出来るのだな』と感心した。


「こういう仕事。とは」


「ん?だから。普通の、何だ。ほら、普通の製品の修理とか。そうしたこと」


「あら。だって、基本はこうしたものからですもの。分解して作りを見たり、参考にして型紙を起こしたり。これが最初ですよ、個人で始めると」


 そうなんだ、とドルドレン。習ったわけじゃないんだっけ?と質問すると、イーアンは首を振って『習いませんでした。習いたかったけれど』ご縁が無かったの、と答えた。


 イーアンは、好きで独学ではないらしかった。単に、学ぼうとすると運悪く相手が引っ越すとか、自分が足止めを食らう事態が続いたりとか、そうした理由で学ぶ機会を失っていたようだった。


「じゃ。本当にイーアンは、全て独学」


「ねぇ。本当に。だから困ることも多かったです。正解を知りませんでしょう?どこまでやったら良くて、何を意識するのが本当なのか。判断基準が自分しかいません。


 完成すると、もうそこそこは使えますし、使い勝手で文句を言われることもありましたが、それは改良するものの。使い手の都合に合わせて、改良する感じなので、経験としては良くても、それが正解ではなかったりします」


 難しいのです、とイーアンは呟きながら、破けた手袋に当て革を添えて、ちくちく縫い付けた。

 腕覆いなどは、破損箇所を切り取って、新しく表裏をその形に作って、一度全部分解。それから芯材を新たに挟んで形作った表裏で挟み、周囲を縫い合わせ、継ぎ目に金具を打って埋め込んでいた。


 ドルドレンはこの作業を見て、これだけのことが出来るようになるまで、何年かかるのだろうと思った。突然、渡された壊れ物を、何を見ることも無く、自然体で手も休めずに修理しているイーアン。



「俺は思うのだが。イーアンは旅が終わって、厨房のおばさんで働く気だろうが。勿体ないような」


「厨房のおばさんで、騎士の皆さんが平和に太れるよう、コロコロした騎士を増やすお手伝いをします」


「コロコロした騎士。困るよ」


 ハハハと笑うドルドレンに、イーアンも頷いて『冗談ですけれど。でも平和ですから』太るかも、と答える。


「そうだな。平和は大切だ。うん、まぁそれは良いとして。でもやはり、作るのも好きなのだし、工房で仕事が出来るように・・・俺はそうしたいと思うよ。折角、ここまでの腕があるのだし。修理や厨房おばさんだけでは」


 そうですねぇと笑みを浮かべて、手元を見ながら返事をするイーアンに、ドルドレンは微笑む。時間を見るとそろそろ仕事の時間。


「ミレイオの話は、ゆっくり後で聞かせてくれ。イーアン、俺からも実は報告がある。だけどいつ言おうかと考えていた」


 イーアンが顔を上げると、ドルドレンは側へ行ってその髪を撫で、鳶色の瞳を覗きこんで『そろそろ工事が始まるのだ』と囁いた。『工事。どこですか』イーアンは何の工事かも知らない。ドルドレンはニコッと笑って裏庭の方を指差す。


「家だよ。俺たちの」


 ビックリするイーアンの顔が、見る見るうちに笑顔に変わり、腕を広げてドルドレンに抱きついた。笑い合う二人は、抱き締め合って『家、建て始めるのだ』『すごい!嬉しいです!!有難う』を繰り返す。


「すぐ旅に出るけれど、戻ってきたら家がある方が良いだろう?それに、イーアンは卵を孵すために、もしかすると戻ってきても、すぐには住めないかも知れない。ただ、それにしたって、帰れる家があると思うと違うものだ」


「ドルドレンは優しいです。本当にあなたは最高の旦那さんです。あなたに何て感謝したら良いのか」


 いいの、いいの、とドルドレンは抱き締める。『イーアンが喜ぶのが嬉しいのだ。二人の家があることも、俺には嬉しい』俺の感謝の形でもあるのだ、と言うと、イーアンはドルドレンに、ちゅーーーっとして、ぎゅーーーっと抱き締めた。そして満面の笑みで、頭を伴侶の胴体にぐりぐり擦り付けた。


 嬉しいドルドレン。イーアンは言葉にならないほど嬉しいと、頭を擦り付けてくる。よっぽど嬉しいと分かる行為に、笑いながら撫でて『角があるから』とやんわり止めた(※結構当たる)。


「ではね。俺は仕事に行くから。イーアンは今日は出ないだろうし、家の想像をして楽しく作業しなさい」


 笑いジワが、と目元を伸ばしても笑顔のイーアンの頭に、ドルドレンはキスをして、じゃあねと廊下へ出て行った。

 見送った後に扉を閉めて、イーアンは、はーっと大きく満足の吐息。『すごいことです。おうちが建ちますとは』ちょっと窓を開けて、外を見る。どの辺かなと思って、またニコーっとする。


「嬉しいです。とっても嬉しいです。帰る家が出来るのです。以前、ダビが『イーアンの家は、北西の支部』と言って下さったけれど、さらに一区画におうちが建つのです。ドルドレンに感謝しかありません」



 イーアンは張り切って、午後の仕事をこなした。伴侶に言われたまま、おうちの想像で頭を一杯にして、鼻歌交じりで工具を使い、修理を続けた。


 あんまり機嫌が良くなり過ぎて、修理を終えても、まだ作りたくなり(※やる気全開)鞘はこの後でも作ろう、と決めて。イーアンは魔物の皮を引っ張り出し、思いつくままに、型紙も作らずざくざく切り分けた。


 こうなるとイーアンは止まらない(※極端)。型紙ナシの製作は、イーアンにとって、新しい作品を作る時。それも実用品ではない場合が多い。が、魔物材料を実用以外で使うのは、さすがにいけないため、ここはアートな実用品を選択。


 破損マスクを倉庫に取りに行き、状態の良い6つの破損マスクを持って戻る。それからマスクのサイズに合わせて部品の寸法を整え、甲の部分になる部品を全て揃え、下地の革を用意し、いざ縫いつけ。



 この日はここで時間切れ。ドルドレンが夕食前で迎えに来たので、イーアンは修理した防具の箱を持って、まず屋内鍛錬所へ行き、オシーンに渡し、それからお風呂へ。お風呂と夕食が済んで、二人は寝室へ戻り、翌日の予定を話し合う。


「明日は、イーアンはまた工房で製作か。ロゼールを連れて、紹介の工房巡りはいつ行くのだ」


「グジュラ防具工房に、契約金を渡しに行く時にでも。全部を回ろうかしらと考えています。もう準備されました?」


「書類等の準備は出来ているよ。ただ今日ちょっと、使っちゃったからな。ロゼールの盾で。契約金から急いで出したから、また補填したら改めて教える」


「んまー。そうでしたか。では昨日だったら、良かったのか」


「過去なのだ、もう。良いのだ。イーアンの予定が先にあったのだし。お皿ちゃんをもう一枚取りに行く、それは大切だ。イーアンしか取りに行けない上、使い道の範囲が広い道具だし」


 あれ、オーリンじゃ取りに行けないのか?ドルドレンは、ふと思って訊ねる。イーアンは少し考えて『多分、無理かもしれません』と答えた。『彼は龍の民なので、ファドゥたちの家に近づくのは、あまり好んでいないような』気持ちの問題かも、と言うイーアンに、ドルドレンも納得した。


「イーアン、そうだ。お皿ちゃん第二弾。あれは何やら、ミレイオが気に入ったようなのか?譲渡の申し出をされたようだが」


 イーアン。順を追って話すことにする。まず、ミレイオが何を思って、お皿ちゃんを求めているのか。その思うことの理由と、ミレイオの持つ情報による懸念。ドルドレンも聞いていて、眉を寄せながら頷いた。



「ふーむ。それは。言われてしまうと、ぐうの音も出ないぞ。指摘が一々、尤もだ。旅路の生活状態など、俺も気にはしていたが、解決の策が浮かばず。どうしたものかと、ここ何ヶ月も頭を捻っている。


 それに、コルステインの話を聞いてからは、あれが慕ってくるのは、まぁ。それは。ほどほどであれば、味方だし強そうだし、構わんが。

 その、頭脳的なものが(いささ)か心配ではある。頼れる場面が、非常に・・・限られているような気さえする。当てに出来ないというか。またオーリンとは違う、当てに出来なさそうだ」


 伴侶の言葉に笑うイーアンも、それは同意する。『コルステインは強いのです。思うに、本当に相当な強さなので、考えて行動しなくても、特に問題がなかったのでしょう』そういうことでは、と思うところを伝えると、ドルドレンは『イーアンは優しい。そんな捉え方をしてくれる相手はなかなかいない』と首を振った。



「そのね。ミレイオの指摘は、結構イタイよ。イーアン一人が女性というのも、また俺としては気掛かりではあった。遠征とは違って、数日の我慢ではない旅が相手だろう?でもどうすることが一番良いか、俺はまだ分からない。テントも馬車もない状態で、大丈夫なのだろうかと。路銀は限られているし。


 それに俺にも君にもどうにも出来ないのは、地下の鍵だ。これは両刃の剣同様と思っている。使わなければならない場面は、起こるかもしれない。しかし、俺たちだけで使うとなると、これは未知だ。そこでコルステインに頼ろうにも、さっきの話だが心配が残る。


 もう一つ。これについては、俺には何にも・・・申し訳ないくらい、何にも役に立てないのが、グィードの件だ。

 ミレイオが言うには、場所を知っているわけだろう?地下からだと、危険極まりない道のり。地上からなら海を渡ると。そんなの、場所を知らない俺たちに、勘でどうにかなる話ではない」


「はい。思いつくままに、ミレイオは心配事を私にお話下さいましたが。私も言われて、答えが用意出来ておらず。ミレイオは『お皿ちゃんがあれば、自分が少しは役に立てるんじゃないか』と、それで」


「そうだなぁ・・・そうかも知れないな。身動きの自由は、龍に乗れないミレイオとしては、何かで確保したいだろう。

 旅の仲間でもなく、手伝い役でもなく、自分から一緒に行こうという気構え。嬉しいし、頼もしい気もする。しかし、それってどうなのだろう。ありなのか?」


 ドルドレンの問いに、イーアンも眉を寄せて、うーんと唸る。『分かりません。どうなのでしょう』誰かご存知じゃないのかしら~・・・悩むイーアンを見て、ドルドレンは悩むのを止めるように言う。


「今、分からないのだ。だから、これは空で聞いてみると良い。すぐに答えが必要なことだし、何か知っていれば、男龍たちも意見を言ってくれるかもしれない。彼らの方が以前を知っているのだから」


「そうですね。次に空に上がる時、聞いてみましょう。教えて下さるかも知れません。

 ミレイオは、お皿ちゃんを加工するつもりですから、ちょっと数日は伺わないでいようと思います。あれがどれほど固いのか、また、加工がどこまで難航するのか、全く私は知らないので、お邪魔しないで1週間くらいは見ようと思って」


 それが良いよ、とドルドレンも頷く。『だって、ロゼールの盾一つ作るのだって、そのくらいはかかったんでないの?フォラヴの武器も、期間は知らないが。恐らく日数はかかるものだっただろう』凝りそうだからねと、ミレイオの作品を思い出すドルドレン。



「じゃあ。ミレイオ参加の話は、先に、空で聞いておけそうだな。ミレイオに会いに行くのが一週間後とすれば、それまでの間に、工房巡りも済ませられるし、空へ行くことも出来るだろう。イーアンは明日は工房で製作というから、それも余裕を持って」


 そしてドルドレン、大事なことをイーアンに伝える。


「最後になったが。もう寝ようと思うが、最後の話題として。魔物が、報告が上がらなくなった」


 イーアンは止まる。じっと伴侶を見る。伴侶は静かに頷いた。


「そう。もしかすると、もう。引き上げたのかもしれないな。ただ、まだ数日だから、様子を見ないと番狂わせがあるかもしれないため、油断はしないが」


 数日って?と訊ねる愛妻に『3日くらい』とドルドレンは答えた。『本当に出なくなったなら』そう呟くイーアンの言葉を遮る。


「まだだ。まだ判断できない。だけど、こんなことはなかった。毎日どこかでは報告があったのだ。民間からの申請も、報告書も含めて。必ず、毎日・・・それがパタッと3日前からない。

 最初の日は、早馬の都合とかな。そうしたことで、郵便が遅れているのかと思ったが。翌日も今日も、ないのだ。これは執務の騎士もさすがに気が付いて、気にしている」


「私は、この国の魔物が止まったらと思うと、次の国のことが気になります」


「俺もだ。その話を聞いていなかったら、祝杯でも上げるところだが。次が配置されているとなれば、次はそっちへ、俺たちが向かうことを示す。今度は騎士修道会抜き、俺たち数人で開始するのだ」


 そう思うとぞわ~っとする、とイーアンが言うと、ドルドレンも苦笑いで『味方の数、少なめだからね』と答えた。


「うむ。まぁそういうことで。万が一、これでハイザンジェルが落ち着いたとしても。『夏の終わり』と勝手に踏んでいた出発予定が、一気に『春の最中』に繰り上がってしまう可能性も出てくる。


 伝説、馬車歌の内容は、ギデオンとズィーリーたちの時代のもので、同じことが繰り返されるとは言え、全てが時間も状況も同じとは行かないだろう。現に始祖の龍の時代の話とも、流れは似ているにしても、状況が異なっていたのだ。俺たちの番でも、それは起こると思って良いだろう」


 ドルドレンはそう結ぶと、とにかく今は状況にすぐ、応じられるように出来る限りの準備を整えようと言った。

 イーアンもそれは思うので、気を引き締めて、今まで以上に物事を急ごうと決めた。ファドゥの言う、船の存在も。もしかしたら、こうした展開に沿っての話かもしれないと、この時、思った。



 二人はベッドに入って、あれこれ思うところあるにしても。ちょっと、いちゃっとして眠ることにした。『地下の国で泊まれないのかな』ぼそっとドルドレンが呟いたので、イーアンは笑って『泊まれても。こうはいかないと思う』と答えた。

 寝床も確保しないとダメだなぁと、眠りにつく手前まで悩むドルドレンだった。

お読み頂き有難うございます。

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