591. 保護者ミレイオ
帰ってきたミレイオは、自宅に荷物を運ぶ。イーアンが手伝ってくれて、上がっていくかと訊くと、彼女は防具の修理をするということで、戻って行った。
受け取った魔物の皮を家に入れ、そのまま階下の工房に持って行き、どさっと置く。玄関へ戻り、もう一つの魔物の皮束の上に白い板を乗せ、それも工房へ運んだ。
「これも綺麗ねぇ」
水の魔物の皮を両手に持ち、太陽にかざすと、皮は不思議な光沢と揺れる色を虹色に見せる。『これ加熱したら、色どうなのかしら』ダメにするの勿体ないわねと思いながら、ミレイオはその皮を床に置いた。
持って戻った盾の材料と、白い板。工房の机に工具と紙とペンを用意し、ミレイオは座って、デザインを描き始める。お皿ちゃんの彫刻のデザインを大まかにとって、角度を調整しながら、湾曲に合うように模様を組む。
それを30分ぐらい続け、お茶を淹れて、一度離れて様子を見る。『うん。まぁ、良いんじゃないの』こんな感じね、そう言ってお茶を飲む。
そして思うこと。イーアンと話した内容を、紙に書き出してみた。支部の工房で訊いたのは、このズボァレィの行き先。自分が使いたい理由。結論から言えばイーアンは『良いと思う』と答えていた。
「でも、ドルドレンにも相談するって言ってたのよね」
そういうもんだと思うけど。ドルドレンは何て言うかしら。『ドルドレンに、私の心配の気持ちは理解出来るかなぁ』あの子も固そうだから・・・・・ やれやれと、白い板を見つめるミレイオ。
「うーむ。地下にちょっと出かけてくるかしらね。久しぶり過ぎて忘れられてそう」
ハハハと笑って、ミレイオは机に肘を着き、頭を凭せかけた。少し考える。思いっきり、客観的に並べて俯瞰する。それからその感覚を味わい、もう充分かなと思うところで、目一杯、主観的にした感覚を見つけた。
「気になる。客観的に見ても、まず、鍵は危ない。あんなの持ってるって知られたら、それだけでも危ない」
コルステインが加われば、まだマシにはなる。コルステインがいる以上、地下には普通に入れるから、鍵が要らない。入る用事があるなら、その場合は地下の誰かが入ればどうにかなるけれど。
「でもだからってコルステインじゃ、先のことや影響までは頭が回らないから、迂闊に地下に入ったらどうなるやら。ヒョルドに責任取れってのも、頼むこっちがパーみたいだし。あんな、後先考えないやつになんて、頼む気にならない」
お茶の湯気をふーっと吹いて、ミレイオは窓の外を見ながらお茶を飲む。装飾品の棚から、一つの飾り壷をひょいっと取り、中から砂糖漬けの花びらを出して齧った。
「うーん、良い香り。お茶と合うわ。まー、それは良いんだけど。
鍵があって、コルステインがいない現状。あの子たち(※大人平均年齢38才)だけの判断で、人類未踏のサブパメントゥなんて、何がどう間違ってもダメね。
とはいえ、ヒョルドが上手く鍵を引き取ったとしても、結局コルステインと地下って話も、私は賛成できないし」
頭が足りないのよね~ 鳥だから~ 困るわーとミレイオは眉を寄せて悩む。
私がついて行くって言ったら、それもしゃしゃり出てると思われそうで・・・『私が感情で動くみたいに思われても、心外よ』こっちゃお前らなんかより、全然大人だっつーの。だから心配なのよ。
「うーん・・・でも。これ話して『余計なこと』って思う人。今のところ、あの中にはいなさそうね」
自分は旅の仲間じゃないから、同行するなんて、首を突っ込むと思う者がいてもおかしくない。だが、出発する旅人には、そんなことを思う人はいない気もする。
「あの6人だと。問題ないとは思うんだけど。でもねぇ・・・別の細かい気掛かりもあるのよね。女が一人ってのも寂しいわよ。
私がいれば、イーアンもまだ安心するでしょうけど。女の仲間が増えたとしたって、仲良くなれるか分からないし。ヤな女だったら、逃げ場もない。
一人だけ価値観が違うのも、困りもんよね。旅に出たら、四六時中、嫌でも顔つき合わせないといけないんだもの」
同じような視点で見れて、同じような経験を持っていないと、受け入れられない場面は、幾らでも出てくる。ミレイオはその心配も募る。
イーアンは違う世界から来ている分、ただでさえ、相手に合わせがちな性格が、もっと合わせる方に動く気がする。『だから抱え込んじゃうの』旅でそれをしたら、精神的に参ってしまう。
続いて、旅路の現実的な懸念。イーアンに質問したら『そこまでは、まだ私も皆さんも考えていなくて』って答え。
「もう、バッカねぇ!遠征じゃないんだから、数日で帰れるわけないのに、何で心配しないのかしら」
風呂はどうするの。寝る場所どうするの。着替えどうするの。荷物どうするの。生理中だったらどうするの(※生理まだあるの?の疑問は訊けなかった)。男じゃないんだから、考えなきゃダメじゃないの。『明日出発しますよ』ってなったらどうすんのよっ
「旅の間って、どこでお風呂入るのさ。馬車で行けないところもあるし、馬車そもそも使うのかしら?」
馬車が通れない道に用がないとは限らない。誰かを見張りに残して行くとなれば、危険も増える。『分かってんのかしら~』あいつら、若造だからなーっ(※自分より3歳下以降は若造扱い)ミレイオは頭を支える。
「イーアンに関しては。私がついて行ければ、地下の私の家に連れて行って、風呂でも何でも、世話出来るけど。
男共の面倒まで見るのは微妙ね・・・さすがに、ご一行様で連れて入るわけに行かないし。一人くらいならギリギリ大丈夫そうな気もする。イーアンは人間じゃないってのもあるから、もしかするとイケるような。
でも、男はどうしようか。一人ずつ交代でってなっても、タンクラッドなんか、絶対うちに連れて行きたくない。あいつ、エラそうなんだもん。感謝ナシで命令しそう(※そうなる)」
お茶をもう一杯注いで、イーアンの旅を思いつつ、自分の客観性を交えつつ。でも主観的に戻るミレイオ。
「もう。心配ばっかりよ。どこかの国が滅亡する前にグィード・・・って。だって、その前に、どうやって探す気なのかしら」
グィードに関しては、自分が先回りで、場所を確認した方が良さそうに感じている。話が出た時、即、そう思った。『もしかして。私はこの時の為に』海龍の壁と言われている、あの場所へ自分は旅した。
「船でも近くまでは行けると思う。でも海を割らないと行けないわ。地上から行くなら、船であの場所の上まで出て、海を割らないと、海底が出てこない。海底が出てきて初めて、鍵が使えるのよ。
あの鍵は役立つと思うけれど、続きだってサブパメントゥに入るわけだし。あの子たちだけで、どうにかなる範囲じゃないわよ。コルステインがいたって、頭抱えるだけだわ。自分だけは入れても。
サブパメントゥの中から向かうとしたって。すっごい遠くなのに。人間だったら気がおかしくなる場所を通らないといけない。
ダメね、ダメダメ。そんな危ないことさせられない。私が確認して、地上から・・・海から入ってこれるようにしなきゃ」
ミレイオの心配はたくさんあった。イーアンを守りたい気持ち、導きたい気持ち。自分は本当は蚊帳の外だと知っていても、心配で仕方なかった。
「あの子、ドンくさいから。うっかり一人になっちゃって、うっかり迷子とかありそうなのよ。44とか言ってたけど、ドンくさいのは治らないもの。きっと子供の頃からあんななんだわ(※大当)」
男って気が利かないから~ 肝心な時に、絶対イーアンのこと放ったらかしにするに決まってる。
そしたらあの子は、ドンくさいし(※繰り返し)龍になれなきゃ身動き取れなくて、ヘンに信じやすいし、騙されやすそうだし、それで旅も置いて行かれ、知らない間に泣く羽目になって、中年なのに気の毒・・・・・
ぬぅ。絶対そんなのダメよ。私くらい気が利いて、頭も良くて、勘も良くて、見た目も良くて、良い人で、動きも良い誰かがいなきゃ。って、私じゃないのっ!!私しかいないわよっ!!
心配事項の一覧表を眺める。
①サブパメントゥの鍵持ち
②コルステインが加わっても、地下行きの用は危ない
③女一人で周りが男だけ
④旅の生活と衛生状態
⑤グィードの場所までの情報の無さ
⑥ドンくさい(※これ重要。一生ついて回る条件)
「 ・・・・・・・・・・」
何ももう、言えないミレイオはお茶を飲み干して、額に手を当てる。
「うー。やっぱり私は、同行の必要を感じるわ。私しか出来ないことってあるもの。
旅の仲間も年齢的には、いい大人が揃ってそうに見えるけど、経験値と実力が物を言うんだもの。そうすると、経験値も実力もある私は、保護者になるべき(※決定)」
旅は道連れ、世は情けよ!うん、と頷くミレイオ。
「仕方ないわねぇ。早くこれ仕上げて、ドルドレンを説得して(※反対される前提)まずは、とっとと下調べに行くか」
白い板を引き寄せて、ミレイオはその表面の削り出しをお浚いする。『やるか』と呟いて、立ち上がり、手に白い板を持って道具のある場所に行った。
正確に、寸分の狂いもなく板の形を切り出して、その後に研磨を繰り返して整え、四辺を揃えてから、内の窪みを削り出す。厚みを残しながら湾曲の具合を確認し、彫刻用の範囲を揃えた。
「後は。彫るだけ」
時刻は昼下がりを過ぎていた。ミレイオは淡々と作業を続ける。静かな時間に、ミレイオの彫刻刀の動く音だけが工房に響いた。
ミレイオはこの後、ずっと彫刻を続ける。そして夜の暗さに気がついて火を熾し、それからまた続けた。黙々と、ただ彫り続け、夕食も摂らずに真夜中まで彫り、喉が渇いて水を飲み、少し距離を置いて板を見つめる。
窓の外は明るく、月明かりが照らすと分かる明るさ。ミレイオはお茶を沸かして、冷えた体に温もりを伝える。
「私の、そうね。私の想いが入っちゃったわね」
フフッと笑って、ミレイオは白い板だったズボァレィを手に取った。『結構。良い感じなんじゃない』しっかり製作工程を見直し、出来を見て頷く。
「凡人に分かるかしら。凡人って、自分の見解超えないから。ハハハハハ」
これは凡人用じゃないわ、とミレイオは声高らかに笑う。『そうよ。これは私を超える者の為にあるのよ』時代に残る産物を、今、目の前に見ている自分に、それを作り出している自分に、ミレイオは血が騒ぐ。ほーっほっほっほ・・・高笑いして、一度咳払い。落ち着いてみる。
「ロゼールに渡ったお皿ちゃんと同じね。2000年以上前の産物が生きている。私の作ったこのズボァレイも、名もなき達人の業として、誰かの目に留まって感動を生むのね」
そうじゃなきゃ、とミレイオは笑った。私を超えられる誰かに見せたいと思う。
「見る者が見てこそ、全てを受け継ぐのよ。そうでなければ文明なんか、埋もれて崩れてしまうだけ」
ミレイオの中に、感覚で宿る命令が下る。ミレイオはそれを全身で受け入れた。作品に挑む時、いつもこうした感覚が降りてくる。その時の自分を超える、常に最高の成果を求める。渾身の出来を頭に浮かべ、彫刻を再開した。
ミレイオは彫刻を続け、時々休憩しては、殆ど食事も摂らず、3日目の夜中に彫り終えた。全ての面に丁寧に彫り、彫った部分を慎重に研磨し、滑らかに仕上げた。仕上げで丸一日使い、ミレイオ作のズボァレィは4日かけて完成した。
5日目の朝。ミレイオはベルトを通す。簡易的なベルトではなく、これも革に刻印を使って、金属の繋ぎと装飾革のベルトにした。靴の下部分を前後から挟むようにして、かなり固定が利く状態に形作った。
それから、ズボァレィを持ち歩く時用に、専用の背負いベルトも作る。包み込むのではなく、背負う盾の邪魔にならない、背の窪みに沿って挟み込むようなベルト。『これならすぐ出せるわ』良い感じ、とミレイオは背負ってみて満足する。
結局、ミレイオは6日目もベルトなどの補助用品の製作をして、全てが完成したのは7日目だった。
「もう良いか。で、これを私におくれ、とドルドレンに交渉に行くと。どう言うかしらね」
フフンと笑い、ミレイオはお皿ちゃんと背負いベルトを机に置いた。そして満足げに、新しく出来た素晴らしい芸術品を眺め、暫く体を休めた。
お読み頂き有難うございます。




