590. ミレイオとお皿ちゃん
翌朝。ロゼールの盾を包んだミレイオは、イーアンが来るまで待機。暖炉の灰を出して、外の土に撒き、お墓の周りに咲く花を眺めた。
「春だから。もうどんどん、花がついて」
イーアンに花束をあげよう、とミレイオは、大きく咲いた花を幾本か摘む。小さな花束で、丈も短め。『どれ。これをちょっと飾るか』横の蔓植物の小さな巻いた蔓を一本切って、茎の部分を束ねた。
「この青いの、ザンディも好きな花よね。最近は種が飛んだのか、ちょっと違う花も咲いてるけど。でも花は好きだったから、何が咲いても良いよね」
束ねた花の配置をちょいちょい直しながら、お墓に話しかけ、外付けの水場に花束を置いて、ミレイオは水を汲む。小さな桶に汲んだ水で、ザンディのお墓の石を洗い、その周りに咲く花に水をやった。
お墓の石についた、小枝や草の破片を手で取り、刷毛でささっと表面の水気を掃いた。
「うん、綺麗になった。昨日今日、風が強くて、砂埃がすごいから」
桶をひっくり返し、ミレイオはお墓の横に置いて、その上に座る。
「ザンディがいなくなってから。もう、どんくらいだろうね。何十年?数えたくないから、気にしなかったけど。
最近ね。友達って言うんじゃないんだけど。気に入った子がいるの。この前会わせたイーアンって、あの子ね。何だか、妹みたいに思うの。
ヘンかもしれない・・・・・ だって、あの子は龍なのよ。私は地下の者。天地どころか、天と地下。なのに、あの子は私が好きで頼ってくれたり、相談もする。私もあの子のそういうところ好きよ。
イイ年しておどおどしたり、泣いたり、何でも引き受けようとしたり。からかうと面白くて。可哀相なくらい鈍いのよ。雪が降った時、何度もこけてたみたいで。アハハハ。龍に乗るんだけど、それもよじ登るの。もう見てて可笑しくって、笑っちゃうんだけど。そうすると、寂しそうに苦笑いして。
あー・・・笑ってばっかりだけど。あのね。あの子は、私を怖がらないの。ザンディも怖がらなかった。あんたは私を見て、すぐに笑顔で名前を聞いたわね。私を格好良いって言ってくれた。どこから来たのか、どこに行くのか。誰と一緒かって、気持ち悪いくらいしつこく、私が嫌がっても聞いてきたわね」
ハハハと笑うミレイオは少し涙が浮かぶ。涙をちょっと拭いて、はーっと息を吐いて、話を続けた。
「ザンディは私が好きだったのよね。最初っから。私もザンディは。正直言えば、最初は『何あんた?』って感じだったけど。でも。すぐ好きになった。
今もね。今もずっと好き。ザンディが居ないのが変な感じを、ずーっと毎朝毎晩、思いながら過ごす。イーアンも、男龍のルガルバンダ・・・あれはカッコイイ。うん、でも。それは置いといて、好きなのは良いんだけど。あんたを思い出さない日がないのよね。
だけどね。どうしようかなって、ここんところ思い始めてるの。言いにくいから、延ばし延ばしになっちゃった。あのね。ザンディ、少しの間。少し・・・私が留守にしたら寂しい?」
ミレイオは躊躇いがちに、小さな声でお墓の石に訊ねる。物言わぬ石の板は、朝の光に濡れた表面を輝かせている。
「分かってるのよ、ザンディなら『いいよ』って言うの。でもほら。事情がちょっと違うから。どうだろうね」
ふー・・・溜め息をついて、ミレイオは石をゆっくり撫でる。冷たい水を指で拭って、暫くそこに手の平をつけた。
「あのさ。イーアンがね。旅に出るのね、ヨライデ辺りまでかなぁ。各国行くのか。それについて行くっていうか。この前まで『送り出さないといけないっ』て考えていたけど。
あの子、鍵を持っちゃってるのよ。サブパメントゥの鍵。地下のヤツと一緒じゃないと、危なくて怖いわけ。
コルステインってのが出てきたみたいで、それが一緒に旅するらしいんだけど、あの系列も頭が足りないから。任せるにはちょっと嫌過ぎるの。
そうすると・・・地下のヤツで、信用できて、頭が良くて、人情があって、そこそこ強くて、良い人で、あの子の事も面倒見れる。って、私くらいしかいないのよ~
私も、風呂ナシの生活は年齢的にイヤだから、出来れば行きたくないんだけど。自分だけ地下の家で風呂入るわけにも行かないし・・・あ。そうか、あの子も地下で、風呂に入れれば良いのか。泊まらせてやるとか。ああ、そういう地下の使い方もあるか(※地下ホテルの存在有)。
・・・・・ん、待てよ。じゃ、他のやつらも(※ドルドレン他)地下に毎日、宿泊させないとダメ?
ええっ。それはどうなんだろう。他のやつらは人間だし、人数多いし。これは、地下の誰かに訊かないとダメかも。大丈夫だったら、一日の終わりが地下で休む、みたいな?
うーん。そんなことしたこと、サブパメントゥ史上あるのかしら・・・・・(※多分ない)」
ミレイオは一人、悩みながらくっちゃべり続ける。お墓のザンディは沈黙。くっちゃべりながら、腰を上げ、桶を水場に戻して花束を手に取り、ミレイオは頭を支えつつ、お墓に『考えといて』(?)と言い残して家に入った。
台所で、花束に薄い紙を巻きつけて、金色の針金でやんわり胴体を巻いて押さえた。『うん。綺麗』可愛い可愛い・・・満足しながらミレイオは上着を羽織る。『もうじきかな』呟いて花束と盾、白い板を持ち、玄関を出た。
丁度、坂の下からイーアンが上がってくるところで、『イーアン』と名前を呼ぶと、イーアンは見上げて手を振った。
「そっち行くから、そこにいて」
ミレイオはすぐにイーアンの側へ走って、おはようの挨拶の後に花束を渡す。イーアンはとても喜んで、綺麗だ、嬉しいと何度もお礼を言った。垂れ目でニコニコしてるイーアンは、角も付いて、耳みたいに見えるから、本当にイヌみたいで可愛い。ミレイオも嬉しいので、頭にキスしてやって、龍に乗るのを手伝った。
「あんた。正直よね。よく笑う」
「笑ってばっかり。前はこんなに笑わなかったのに。今はいつでも笑ってる気がします」
二人は龍に乗って、北西支部へ向かう。イーアンはミレイオのくれた花束の匂いに、終始嬉しそうだった。
ミレイオは、前に乗ったイーアンのそんな様子に、やっぱり一緒についてってやった方が良いのか、と思う。自分のような、中性の性質で全体を見ていられる存在が、旅の仲間にいるのかどうか(※コルステインではなく)。男女だけだと、どうしても性質的に厄介事が起こりがちだろう、と思うと。
イーアンは誤解も受けやすい気がするし、ドルドレンもしっかり者だけど、ちょっとまだ心配なところもあるし。タンクラッドは、あれはただの横恋慕だから放っておいて。後は若い騎士・・・で、これから逢う仲間。うーん・・・・・
ミレイオは思う。
ミレイオの見るところの、イーアン。彼女は空の龍たちの性質もあるだろうが、長く地上でゴタゴタの中を生きていた分、地下の住人にも好かれやすいと思う。どちらかというと、地下の方が近い気さえする。だからヒョルドみたいなのが、イーアンのために諍いに出てきた。普通、同じ地下の住人同士でそんなことしない。
そう。イーアンは元が荒んでいる。立ち直って、真面目に生きているだけで、素は危険物(※当)。頑張って真面目で通しているが、一旦感覚が変わると、地下の国の住人と変わらないくらい、危険な匂いが芬々とするのではないだろうか(※親方の家で腹痛で倒れた時参考)。
自分も彼女と似た何かを感じたから、似ていると思ったから、その闇に惹かれた。いくら強烈な力を誇る龍族でも、そうしたことはないような(※大当)。
「あんたって貴重な存在よね」
ぼそっと後ろで呟くミレイオに、イーアンは振り向いて『何か仰いましたか』とよく聞こえなかったことを伝える。ミレイオは首を振って『何でもない』と答えた。
イーアンが、人間に好かれるとしたら。それは多分、彼女の野性や強さや、正直な感情表現に憧れる人じゃないかと、ミレイオは思う。もしそうなら、それは単に憧れて好感を持つだけで、実際の彼女の裏側を見た時、人間にはない一面に、離れてしまうような気もした。
「人間って。浅いのよ~」
何やら後ろで先ほどから、ぼそぼそと頭を抱えて呟く刺青パンクに、イーアンはまた振り向き『ミレイオ、どうかされましたか』と心配する。ミレイオは大きく溜め息をついて、『あんたが私の妹だから』と言い、そこでまた頭を振った。
「私。私が妹の存在では、何かご迷惑でも」
「いやぁね。そうじゃないのよ、違うの。いいの、こっちのことだから」
不安なイーアン。なぜミレイオは悩んでいるのか。自分が妹の立ち位置で何かやらかしたのか。分からないけれど、もう眼下に北西支部が見えてきたので、工房でちょっと話を伺ってみようと思った。
支部に到着し、青い龍を帰して、イーアンとミレイオは中へ入る。ミレイオを連れて戻ったら、ロゼールとドルドレンを呼ぶことにしていたので、イーアンはまずドルドレンを執務室へ呼びに行った。
「おお。盾を特注で。購入額を一切、ロゼールから聞いていないから、ヒヤヒヤしているが」
金額に怯えるドルドレン以下、執務室の皆さんに、ミレイオは笑って『フォラヴと同じくらいよ』と教えた。執務の騎士。充分、高いと思えた。
「ロゼールは盾を頼んだのか」
正体を知らないドルドレンは、包みを見つめて訊ねる。ミレイオはロゼールを呼んでくるように言い、広間で開けることにして、3人は一緒に広間へ行った。執務の騎士がロゼールを呼んでくれて、彼はすぐに広間へ入ってきた。
「あっ。ミレイオ。有難うございます!これですか」
「そうよ。あんたの盾ね。あのさ、別件なんだけど。あんたのお皿ちゃんを見たいの。良い?」
「お皿ちゃんですか。はい、今持ってきます」
ロゼールは急いで自室にお皿ちゃんを取りに行き、そして間もなくお皿ちゃんを小脇に抱えて持ってきた。
「これ。お皿ちゃんです」
「ほう。本当に彫刻が見事。私はこれを見せてもらうから、あんたこれ。開けて見なさい。自分のよ」
ミレイオがお皿ちゃんを受け取り、机に白いまな板的ズボァレィと並べて置いた。ドルドレンはそれを見て、ちらっとイーアンを見て。二人は目が合って、うん、と頷き合った(※板決定)。
ロゼールは運んでもらった盾を包む革を、どきどきしながら開けて、中からちょっとずつ見えてくる盾に『わぁ』『すげえ』『うはぁ』と忙しく喜びの声を上げる。
完全に出てきた時は、総長も背を屈めて『これ、盾なのか?』と目を丸くして見入った。ロゼールが手に掲げた盾は、2枚の半円球型で、湾曲する直線を重ね合わせると、何かどこかで『ガチャン』と音が立ち、紡錘型の盾に変わった。つなぎ目が分からないほど表面は滑らかに重なり、その紡錘の先は角度がついて武器のように見えた。
「これは。一体、この盾は」
ドルドレンがミレイオに説明を求めると、ミレイオはロゼールを見て微笑み『この子が、武器にもなる盾を使いたいって』だからよ、と答えた。
「使えそう?」
「はいっ これだったら俺も動きが楽です。有難うございます!」
2枚に分けた盾を両腕につけ、ロゼールは満面の笑顔で頭を下げる。
その盾は魔物製で、黒緋色と濃い青色と白のアーガイルで組まれ、銀色の装飾縁で包まれた外側は、赤い石を金属で巻いた鋲が打ってあった。裏側は緩衝材の入った膨らみと、魔物の羽を抜いた白い皮が張ってある。重なる部分だけ、左右の形が違う以外、左右対称の美しい工芸品だった。
「気に入ったの。ほれ、おいで」
ミレイオが両手を広げると、嬉しいロゼールはちょっと恥ずかしそうに照れて、えへっと笑いながら抱擁を受けた。『ケガすんじゃないよ』抱き締めた小柄な騎士の頭を撫でて、ミレイオが笑顔で言うと、ロゼールは『俺はもう、この武器なる盾があれば、ケガはしません』と力強く笑った。
ドルドレンも微笑ましく見守る(※ミレイオのスキンシップ頻発に慣れた)。イーアンもちょっと赤くなりながら見守る(※ロゼール版も良い感じ)。そしてミレイオは笑顔のまま振り向き、ドルドレンに代金を請求。
ロゼールの盾は、フォラヴの武器と同様で、30,000ワパン(※一般騎士の月給同等)だった。ドルドレンは『こんな特注品を作らせていたとは』と首を振り振り、諦めて執務室へ用立てに行った。
執務の騎士には、金額を言うなり『ロゼール一人で、盾にそんなにかけて!』と叱られたが、ドルドレンとしては、ロゼールは一人、動きが違うから、武器も盾もこれまで丁度合う物がなかったことを理由に、『あれで今後も済むなら・・・』と、ぷりぷりする執務の騎士たちを宥めた。
「彼は、鎧でさえ着けなかったのだ。あるけど。あるにしても、あの動きを制限するものは、結局使えない運命を辿るのだ。剣は一応帯びてくれるが、それだって滅多に使わない。
魔物製の手袋が登場する以前は、牛革の手袋と外套だけ。それで戦う男だった。そんな男、いないぞ。騎士に普通。全員、鎧と剣か弓、盾は標準装備なのに、ロゼールだけは普段着みたいなのだから。
それで、接近戦に強いとなれば、何か用意してやらねばと思うだろう?彼が支部に来てから、俺はずっとそれが気掛かりだったから。彼是、何年だ」
「ロゼールは、子供の時に来たんですよね。16年くらい前かな。再登録でこの前見て、もう16年も経ってるのかと思いましたが」
「そうだ。ロゼールは見習い騎士で入ったが、あの動きですぐに特別扱いだった。16年間、ほぼ装備ナシって、ロゼールくらいだぞ」
そうか~・・・執務の皆さん。納得した。そりゃ、16年後に30,000ワパンの武器兼用防具を買って、文句言われたらキビシイな、と頷く(※フォラヴの武器は、盾大量購入時に同時購入したから、個人の感覚がない)。
ということで。無事にお代と書類を受け取れたドルドレンは、部下ロゼールの特注品に、お礼を言いながら、ミレイオに封筒を渡した。
「はい。どうも有難う。じゃ、後はちょっとお皿ちゃん測らせて頂戴」
ミレイオは工房で採寸すると言って、ロゼールからお皿ちゃんを借りる。ロゼールは意気揚々、裏庭演習に新しい盾を持って出て行った。総長も執務室へ戻り、イーアンとミレイオは工房へ向かった。
工房でイーアンが火を熾している間に、ミレイオは採寸を終えた。『もう良いわよ。これ返して』白い板にある程度書き込んで、お皿ちゃんをイーアンに預ける。
「彫刻は真似する気になれないわね。これは何か想いがあるんでしょ」
「これが、始祖の龍の話だと言われました。遥か昔の話です。これを見て、地下の・・・ここです。この部分の人間が、地下の国の人ではないか、と私たちは話したのです」
「始祖の龍。ってことは、もの凄い前じゃないの?えっ、そんな時代の作品なの。よくこんな綺麗な状態で残っていたわね」
スゴイ、とミレイオは改めてお皿ちゃんに顔を寄せて、表面をなぞる。『保存状態が良かったのか』磨耗があまり見られないことを指摘する。
「材質が違うからか。それとも保存状態か。それか、他の理由か。いずれにしても、素晴らしい作品に触れられて幸せだわ」
ニコッと笑ったミレイオは、お皿ちゃんをよしよしと撫でてやった。お皿ちゃんはちょっと嬉しかったので、びよんと上がった。驚くミレイオ。『な。今、勝手に』ねぇ?とイーアンを振り向く。
「お皿ちゃんは意思が。だからロゼールと相性が良いって分かったのです。私もドルドレンもタンクラッドもお皿ちゃんには乗りましたが、誰よりお皿ちゃんが懐いたのはロゼールだけです」
「はぁ~・・・意思。そうなの。まー、タンクラッドは嫌でしょうね」
「彼は安全の為に、鎖をつけて乗っていたから、お皿ちゃんも微妙だったかもしれません」
鎖?やりそうねぇと眉を寄せて、ミレイオはお皿ちゃんに同情した。『あんたも可哀相な目に遭ったのね』タンクラッドは強引だからと頷いた。お皿ちゃんも覚えていて、ちょっと元気がなくなった。
『凹んでいるみたいに見えて、可哀相』とミレイオが言うので、イーアンはお皿ちゃんをロゼールに返しに行った。ミレイオは工房で待つ間、採寸の細かい部分を書き込み、ある程度の装飾の予定を決めた。
「さて。戻って作ろうかしら。うーん・・・この板。私が乗れないかしらね。乗れたら、旅も一緒に行けそうなんだけどな」
空のものを、地下の国の住人が使うなんてダメかしら・・・・・ ミレイオは作業机に両手をつけ、板を眺めて考える。それとも、もう使い道が決まってるとか。誰か先約でもあるとか。『その可能性もあるわね』ミレイオ、悩んだ。
いい加減、悩んでも埒が明かないので、心配事をやっぱりイーアンに話すことにした。
お読み頂き有難うございます。




