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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
59/2938

58. 川を味方に

 

 段に向かって、山道を上がる4人。太陽が山を越えて谷に光りを当て始めている。

 道は枯葉が多いが、幅のある道なので急ぎ足で進むことが出来る。だが、段まで道を辿ると相当時間を食う、と感じていた騎士たちは、顔を見合わせて馬を斜面に向けた。


「イーアン、ここを駆け上がる」


 ドルドレンがウィアドに『上がれ』と声をかけると、ウィアドは何の抵抗もなく斜面を走り出した。フォラヴとシャンガマックの馬も同じようにあっさりついて来て、立ち並ぶ木々を避けながら2頭の馬は駆け続ける。あまりの傾斜に滑り落ちるのでは、とひやひやしているイーアンだったが、それを察したようにドルドレンは『遠征でこういう場面もある』と頭の上で笑った。

 直線距離で駆け上がった段までの時間は、信じられないほど短縮された。


「もうこんな所まで・・・・・ 」


 唖然としてイーアンが下を見下ろす。昨日、下りるだけで1時間強は掛かった道のりが、ものの十数分で終わってしまった。馬は多少息を切らしているものの、駆け上がってからも歩みを止めず、上がった段の倒木のある場所へ移動した。



 上から流れてくる川の水が相当な量に嵩み、倒木の周囲は昨日よりも水が広い範囲で溢れ、巨大な倒木も押し寄せる水流を被りながら、ギシギシと動かされつつあった。ドルドレンとイーアンとフォラヴは馬を下り、シャンガマックは馬上からウィアドの手綱を掴んだ。


 イーアンは外套に縫い付けた袋から、小さな容器を二つ取り出した。二つとも、形状の違うガス入り着火石が入っている。一度そっと蓋を明け、液体がそのままあることと、石も割れていないことを確認し、蓋を緩めて手に持った。一日に何度か確認していた容器は、いつも持って歩いていた。



「切る」


 ドルドレンが剣を抜いた。イーアンを振り返り、側に寄って『イーアン、必ず後で』と呟いた。イーアンは力強く『はい』と答えた。側に立つ白金の髪の毛をなびかせる男に『頼んだ』と告げ、フォラヴが『命に代えても』と再び約束した。シャンガマックに視線を動かし、彼から『総長、気を付けて』と言葉を受け取ったドルドレンは目を瞑り、頷く。



 動きが荒くなっている倒木の上に跳躍したドルドレンは倒木の真ん中辺りで立ち、滝側に体の正面を向けてから剣を振り上げ、その瞬間思いっ切り真上に跳んで、陽光に長剣を輝かせながら真下に向かって目一杯、剣を振り下ろした。

 ドルドレンの長剣が倒木に切り込み、一本目の木を通過し、もう一本の木の半分以上に食い込んだ。ドルドレンが渾身の力で切り込んだ木は、あっという間にメキメキと音を立てて、目の前で水流に押し流される。ドルドレンが押し寄せる波より早く、ぎりぎりの近さに待機したシャンガマックとウィアドに、剣を引き抜く勢いに乗って身を翻す。


 決壊した瞬間、それを合図に走り出したフォラヴが、攫うようにイーアンの腰を抱き締めて真下へ――滝つぼ目掛けて――飛び降りた。



 その時間はほんの数秒。しかし誰もが恐ろしく長く感じた。


 ウィアドに跨って、溢れ出す川から逃げるドルドレンとシャンガマックが後ろを見た時は、既に二人が空中にいた。


「イーアン!!!」


 ドルドレンの悲痛な叫びが響く。シャンガマックの馬と走るウィアドは、主の声を理解していても走る足を緩めずに遠ざかる。



 大岩から段の様子を見ていた者たちは、滝の上で何かがキラリと光ったのを見た。そのすぐ後に、爆発的に噴き出した水飛沫は、同時に滝つぼへ落下する小さな影を飲み込んだ。『おお』と一斉に声が上がる。『誰か落ちたのか』『あんな量が溜まっていたのか』背後で騒ぐ北の支部の声。北西の支部の6人は、岩から身を乗り出して、倒木の決壊と直後の落下をコマ送りのように見入った。



 落下する自分たちの真後ろに、襲い掛かるようにして上から膨大な水の塊が降り落ちる中、自分をしっかり両腕に抱き締めて直下するフォラヴに『飛んで下さい』と叫び、イーアンは手に持った容器の蓋を開け、落下する水流の真ん中、滝つぼへ投げ込んだ。


 容器が水飛沫に呑まれた直後に、何かが弾けた。



 滝つぼは猛烈な勢いで噴き上がり、目の前が真っ白になる。イーアンが思わず目を瞑ると、自分を抱く腕が一層強まって『大丈夫』と涼しい声が聞こえた気がした。フォラヴは、滝つぼの噴き出した水と風圧に乗って、羽のように、鳥のように、あり得ない角度へ体を浮かしていた。


 まるで微風に舞う花びらの如く、宙に浮きながらイーアンを抱いて、方向を変えつつ、くるりくるりとダンスを楽しんでいるフォラヴ。落ち着いた微笑で、驚くイーアンの自分に向けられた鳶色の瞳を見つめる。


「あなたを離さないと言ったでしょ」


 そして『もう少し、このままでいたいところですが』と笑って、川から離れた木立の太い枝に、すうっと舞い降りた。抱き締める手をゆっくり解いて、フォラヴはイーアンに何かを言おうとした。

 が、イーアンはすぐに落ちた水流の行き先にある、次なる標的の『堰』に目を向けた。フォラブもその方向に目を向けると、溢れ返った滝つぼの水と一気に増水した川が真っ白に変わり、凄まじい速度で進んで堰へぶつかったのを見た。

 川が全く別の生き物に姿を変えたように、轟音を上げて猛り狂う。フォラヴは息を呑んで『あれは』と呟いた。


 堰は押し寄せる波を被り、壊れそうに見えて水流を跳ね返す。その時、目を疑うことが起こった。

 跳ね返された水流が、堰の川下側の水を一気に吸い込んだかのように減らし、滝つぼへ向かって波を返した。

 弾かれた魔物が、返す波に持ち上げられて次々姿を現す。何の抵抗も出来ず、ただ、波に翻弄されるしかない奇妙な魔物の姿が、暴れているようにも、もがいているようにも見える。透明な体が波に呑まれては弾かれ、叩きつけられて沈められ。



 川縁に打ち上げられる魔物も見えたが、波が静まるまでは再び川に引きずり込まれ、魔物は為す術なく水に潰されていった。




 枝の上から見つめていたフォラヴは、信じられない光景を、ただ、じっと見つめていた。そして自分の横に立つ女性に目を移した。イーアンはまだ川の動きに何かを考えているのか、目を離さない。



「あなたは・・・・・ これを想像していたのですか」


 話しかけられて、イーアンはフォラヴに振り向く。あっ、と何かを思い出したように顔つきが変わり、イーアンは慌ててお礼を言い始めた。


「フォラヴさん。本当に、本当に素晴らしい力を貸して下さって、ありがとうございました!すぐお礼を言わないで、すみませんでした。あなたにお願いして本当に良かった。おかげで想像以上に」


 捲くし立てるイーアンに、フォラヴは目を細めて微笑み、そっとイーアンの唇に指を当てて黙らせた。


「私の方こそ。あなたの力の一つに役立てて、光栄に尽きます。この日のことを命ある限り、忘れることはないでしょう」



 優しく微笑んでいる若い騎士は、一層にっこりして『あなたの王子様が総長(あの人)ですから、余計なことをすると殺されそうですね』と、山を駆け下りてくる2つの影に視線を投げた。


 イーアンがファラヴの視線の先に目を向けると、白い線が混じる艶やかな黒髪をなびかせ、輝く青い馬に跨った宵の明星が血相を変えて、山道を猛烈な勢いで駆け下りていた。あまりにも早いので落ちているのではないか、と思うほどだった。


「ドルドレン!」


 イーアンが思わず叫ぶ。距離があるにも関わらず、ドルドレンはその声に反応して声のするほうを見た。


「イーアン!!」


 ドルドレンの顔がぱっと明るくなる。目が眩む!と思わず目を瞑りかけたが、イーアンが枝から身を乗り出すとドルドレンが真下に向かってウィアドを走らせ、『おいで』と両手を広げた。イーアンが即、飛び降りる。フォラヴが目を丸くして見ている間に、総長はイーアンを抱き留めて、その体を思い切り抱き締めた。


「イーアン、イーアン、無事で良かった!」


「ドルドレン、無事で本当に良かったです」


 二人は感情の限りで喜び合った。『フォラヴさんが不思議な力で、安全な場所へ連れて行ってくれました』と報告すると、ドルドレンは光が射し込んだ銀色の瞳を潤ませ『イーアンが無事かどうか、本当に怖かった』と言い、『皆も安心させてやらねば』と笑った。



 後ろから馬を駆けさせていたシャンガマックが、フォラヴのいる木の下に馬を停めた。『言いにくいが、乗るか?』とシャンガマックが枝の下から声をかける。

 フォラヴはいつもの涼しい顔を少し残念そうに見せて首を傾げ、『そうですね。シャンガマックと馬に乗りましょう』と言い、枝から一歩踏み出してすーっと降りた。馬の後ろに座ったフォラヴに、シャンガマックは『お前の気持ちが何となく分かっている』と伝えた。


「イーアンを無事に助けたな。大したものだ」


 シャンガマックが前を見ながら言うと、フォラヴが後ろから『嬉しいですが、微妙です』と苦笑した。



お読み頂きありがとうございます。

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