585. 空の子
「空の子。また新しいのが出てきて」
「こればかりは、ザッカリアの話だけでは未確認です。上に行ったら聞いてみます」
「何なの。ザッカリアは何て言ってたの」
ドルドレンは小さな情報でも聞きたい。頑張って叫ばずに耐えたのだ。風呂の時間をひたすら待ち続けたご褒美が、新たな情報であれば成果である。
「空の子は、空の民のご親族みたいな存在です。思うに、私たちにも力の差があるような、そうしたことかも知れません。
ザッカリアが言うには、自分は空の子で、地上には、他にも空の子はいるようです。ですけれど、これがちょっと過酷です。空の子はどうも、自覚がないのです。
生まれてきた姿は普通の、その人間の親に似た形。これが成長していくにつれ、徐々に変化するみたいです。ザッカリアは自分のことを『俺は最初は、親と似ていたと思う』と話しています。どこがどう変わるのか、そこまではさっきの話で分かりませんでした。
そこから更に成長しますと、その能力が度々出るそうで、ザッカリアは早い内から、能力の存在を周囲の大人に知られました。そのためにテイワグナの神殿に入ったのですね。でも津波で被災し、大人の保護のない状態に置かれた異能の子たちは、人攫いに連れて行かれてしまいました。
人攫いはザッカリアの能力を気にしたようですが、彼自身、好きに使えるわけではなく『何かあると見えてくる』程度の認識だったようで、人攫いにとっては」
「胸糞悪い話だ。そいつらにとっては、金にならない子供を連れてきた、とそんな具合か。それで小さなザッカリアを」
ドルドレンの怒りを含んだ灰色の瞳を向けられ、イーアンも悲しそうに瞼を閉じる。大きく息を吐き出してから、先を続けた。
「そうなのですね。ザッカリアは、人攫いを『親』と呼ぶよう育てられ、同じ境遇の子供を『兄弟』と呼ぶように言われました。でも自分が違うことだけは、どこかで分かっていたそうです。
話を戻しましょう。彼はここへ来て。支部へね、来ましたでしょ?それで自由と安心から、どんどん能力による『見えるもの』が増えたと言います。
私たちのことも見るようになり、自分のこれからも知るようになり。そしてこの前、自分はずっと高い場所から降りてきて、この場所を助ける手伝いをすると知ったそうです。それを教える相手が常にいるようです」
「それが、もしかして空の民」
「かもしれません。空の民の存在については、ザッカリアもよく理解していない気がします。ただ、彼は自分は『龍じゃない』と言うのですね。『龍の親戚なら、ずっと龍に乗れるのに』と困っています。だから本当に龍族とは違うのだと思います」
「空の民の親族って。イーアンが思ったのか」
「そうです。聞いていますと、ザッカリアに未来を告げる様子が、精霊とも違いますし、龍の誰かでもありません。この辺は、ビルガメスに聞いても良いかもしれません。彼は精霊と交信します」
へぇ~~~・・・・・ ドルドレンはしみじみと聞きながら腕を組む。いやー、普通の日ってなくなったなぁと。これもまた、しみじみ感じた。何かあるよね、とイーアンに言うと、イーアンも笑っていた。
「らしいですよ。ザッカリアは『空の子』。呼び方はどうなのかしらね、本当のところ。彼なりの呼び方かもしれません」
どうして?とドルドレンが訊くと、イーアンは龍の話をする。
「だって。龍族の場合は、龍が一番です。ミンティンたちですね。次が男龍や私。その次が龍の子。次が龍の民、オーリンたちです。龍の影響力のほどが、段階で違うのです。
一般的に、龍族にも『空の民』と呼ばれている存在が、私たち龍族でいうところの『龍の民』の立ち位置ですと微妙です」
「ああ、そうか。『空の子』の方が格上になってしまうのだな、龍族の感じで考えれば。そうだな、空の民がオーリンみたいだとは思いたくない」
アハハと笑う二人は、これは聞いてみないと分からない範囲。『オーリンはオーリンで、良い人です。彼もまた、ご実家で家族と自分の違いを見たと思います』地上育ちですものね、とイーアンが言うと、ドルドレンも同意する。
「それは分かるな。オーリンの性格も、最初は掴みどころがないと思っていたが。でもあれでも地上で育ったから、あんな程度で済んだのかと。
イーアンを、男龍やファドゥと比べると。もしイーアンが天然空育ちだったとして、とんでもなかった気がするのだ。地上サマサマだ」
それはどういう意味ですか・・・大笑いするイーアンに、ドルドレンは『そのまま』と笑って返した。二人はこの話をここで終わらせて、今日は眠ることにした。
ベッドに入ってから、イーアンは明日は空へ出発予定と教える。午前はファドゥに会いに行き、『お皿ちゃんと、空の子の話を伺います』。それで午後は、『オーリンの、龍の民の町案内』と伝える。その予定にドルドレンも了解し、二人はすぐ、ぴっちり抱き合って眠った。
翌日。ドルドレンに見送られながら、イーアンは空へ出発する。『夕方に戻ります』お仕事頑張って~・・・愛妻に手を振られ、ドルドレンも青い龍が真上に向かって飛ぶ様子を、手を振り振り見送る。
「行ってみたいな。空か。イヌァエル・テレン。なぜ、空も地下も、馬車の言葉なのか」
不思議だなぁと思う。そんな不思議も、自分がこれまで考えたこともない世界の話。いろんなことが日々起こるが、何もなく過ごしていたら、本当に何も知らないままだった気がする。
「今でさえ。頭の中は飽和状態で、ついて行くのが一杯一杯だが。旅に出たら、これも麻痺しそうだ」
ちょっと笑い、ドルドレンは向こうから来た業者に気が付いて、手を上げて側へ呼ぶ。
測量が済んだこの前、家を建てるために、次なる段階の手筈を整えておいた。それが今日。ドルドレンは嬉しい気持ちで、業者に『おうち』相談を始めた。
イーアンは、オーリンとはお昼前に一枚岩で待ち合わせ。その前にファドゥに会う。
空へ上がり、一枚岩へ向かうとミンティンに告げて、30分くらいで現地へ到着する。ミンティンに降ろしてもらい、イーアンは岩の入り口へ歩く。
そしていつも思うこと。ミンティンたちを呼ぶと、あっという間に来るのは何でなのか。その時間、僅か数秒。『ミンティンたちは一体どうしているのかしら』空から地上へ向かう際、結構な時間を飛ぶのに。
「時空も何やら、違うのかもしれません」
不思議がたくさんですね、とイーアンはうんうん頷き、それ以上考えるのを止めた。てくてく歩いて、一枚岩の通り穴に入る。イーアンが入ると、すぐに向こうから銀色の大きな龍がやって来た。
銀色の龍はゆっくりと背中を寄せて、イーアンの立つ場所に横付けする。イーアンはその背中に乗せてもらい、いつものバルコニーへ向かった。
バルコニーに着くと、イーアンが降り、次にファドゥが光を放って人の姿に戻る。イーアンをぎゅーっと抱き締め『ああ、長かった』と感想を言う、銀色の彼。
「それほど長くもないです。10日くらい?もう少し経ちましたか」
「10日も長く感じるよ」
何百年も待っていた人なのに、10日は長いのかとイーアンは思う。しかし、そういうものかもしれない。ようやく会えたお母さん(※違うけど)と、本当は一緒に暮らしたいのに、いると知っていても会えないわけだから。
ファドゥの、お母さん好きにはビックリするが、こういう慕い方もあるのだ、世界は広いからきっと。
イーアンには、家族を思うことは一切ナシ。0と言い切って問題ない。暴力家庭だったのもあるのか、離れてからは全く思い出しもしない。自分は決して、他人様の家族基準に挟めないと自覚はしている。
『馬車の家族は、私の家族』と認めているが、育ての親やら何やらは、どういうわけか全然感情が要らない。血縁よりも、他人の方が近い自分もまた、そうした人生と認めるのみ。
ファドゥは、ここ数日の話を聞きたがる。一緒に歩いて、いつもの部屋(※お母さん彫刻付き寝室)へ案内され、イーアンは話しながらその部屋を見渡す。
「ファドゥは。ズィーリーを思い出すことが多いですね」
「そう思うか。母の彫刻しかないが」
「空気が。そう感じるのです。あなたと、彼女の存在を感じるというのか」
ファドゥはニコッと笑う。『そうだと良いな。母と一緒にいるような、そんな毎日を過ごす。もう休眠もしないだろう』これからはね、と言う。イーアンはその理由を訊く。
「理由?イーアンがいる。もう良いのだ。イーアンに会えたから、これ以上、休眠で生き延びることもない」
「ちょっと伺いたいのですが。もし今後休眠されないとして、ファドゥはどれくらい寿命がありますか」
「私の寿命。そうだな、随分過ごしているが・・・このままなら、100年あるか、ないかだと思う」
イーアンは考える。ファドゥでこの年齢なら。最長老ビルガメスって幾つなのか(※筋骨隆々イケメンだけど)。ズィーリーと過ごした、他の男龍たちは。
彼らの年齢もだが、彼らは休眠しているのか。そんなイーアンの目つきの泳ぎ方に気が付き、ファドゥは微笑む。
「男龍たちは。私たち龍の子よりも、もっと寿命も長いし、休眠すればさらに長く生きる。龍に近いからだろう。イーアンだって、もう龍になったのだし、ここで暮らせば数百年は生きるだろうな」
ぐわっ。一人で数百年。それは嫌だなぁとイーアンは苦笑い。伴侶はとっくに、お空の星ではないか。同時にあの世くらいが、丁度良いと思っているのに、一人で何百年は罰ゲームである。
「そうだ。ズボァレィを見つけた。ちゃんと動くとは思うが。年代物だから、どうかな」
話が変わって、ファドゥはベッドの横の机から、白い板を出した。ベッドに座り直して『これだろう』と手渡してくれた、それは。『元々はこんな形なのですか』イーアンはまじまじ見つめた。
横から見たら一枚の板。それは同じだけれど、上から見ると、ただの分厚い板だった。まな板がでかくなったみたいに見える。
『これ。これがズボァレィ』へえぇ~・・・・・ それ以上の感想が言えないイーアン。
こりゃ確かに、何か彫りたくなるかも知れない。私でも彫るかも。年代モノとか、動くとか、それ以前に、ただの板にしか見えない。材質、何だろうと思うものの、とにかくこれが原型なのだ。
ビルガメスは、よくぞこれと、あのお皿ちゃんを見て、同一物体と気づいたものだ。私は絶対に気がつけない自信がある。ルガルバンダもあっさり『お、それ知ってる』的な反応だった。彼らには、特別な嗅覚でも備わっているのか(※有り得る)。
「ビルガメスの母の時代の産物だ。ビルガメスよりも古い。始祖の龍が、中間の地の男のために・・・太陽の民の男のために用意してやった、と聞いている。彼女の話も面白い。何か繰り返す理由があるのだろうな」
「ファドゥはその話を知っているのですか」
「全部ではない。でも知っているよ。始祖の龍に助けられて恋した男が、追いかけるのだ」
ひえ~! 恋愛譚でしたか~!! それも男が追いかけちゃうとは(※ここでイーアン。彼は元祖パパ&ジジでは、とちょっと引く)。ビックリするイーアンに笑うファドゥは、続きをちょっと話してやった。
「ちゃんと覚えていない。確か、男がどうにかして会いたいと願うのだ。そして始祖の龍は、こうした産物を与えて、彼をイヌァエル・テレンへ導いてやったのだが。困ったことに、男以外の者も上がってくるようになり、それで破局だ」
イーアンは確信した。間違いなく、元祖ダヴァート家(※今のところギデオン&パパ&ジジは確実)。
だからだ、と思う。きっとその人は調子に乗って、自分の知り合いとか連れて来ちゃって、龍の子の女性とかに手を出して(※出さないわけがない。我慢できるわけがないと疑わない)それで始祖の龍の怒りを買って『バカヤロウ、出て行け』ってなったのだ(※破局決定で物語完結)。
あ~あ・・・・・ 空の上でもダヴァート家は、浮気者として創世の伝説に残ってしまったとは。ある意味、筋金入り過ぎて、何も言えない。ドルドレンだけは、稀有な存在どころか奇跡である。ここでハッとする。
「もしかして。それで、もう二度と・・・龍族以外が入れなくなったわけでは」
「そうだと聞いている」
うっへ~~~!!! 何てこと~~~っっ 何をしたらそこまで、出入り禁止状態を作るのか。もう既に1000年以上も閉ざされた理由が、それ。それって。ドルドレンに言えない(※きっと嘆く)。
もっと聞きたいような、もう充分なような。イーアンは困惑しながらも、この話を終えた。そしてお皿ちゃんことズボァレィ、これを削ったりしても大丈夫なのかと、話を戻して訊ねた。
「好きにすれば良い。これは飛ぶ素材というだけだ。もともと龍の骨だから」
「龍の骨。龍の?骨?」
「それほど驚くことではないだろう。イーアンの上着、あの顎の骨と同じだ。分解した体の、大きな部分の骨を切り出しただけで、だから削っても何をしても」
ただ、それなりに龍気を授けてはあるよ、と銀色の彼は白い板を撫でる。『そうしないと、言うことを理解しない』龍気を授けたものを、ズボァレィとして扱っている話だった。
「その龍気は。どなたのものですか」
「勿論、始祖の龍だよ。彼女の龍気でなければ、ここまで持たないだろう」
「ズィーリーは」
「うん?母?母の時代は、これを使う者はいなかったのでは。いたのかな?」
ファドゥはお子様だったから、覚えていないのかもしれない。イーアンはお礼を言って、この白いまな板(※皿ですらない)を小脇に抱えた。
そして次の質問をする。ファドゥは話が変わることを楽しむので、次々に違う話をしても、ちゃんと付いて来てくれる。男の人でこれは有難い(※話題が飛ぶのは女の技)。
「以前。空の民に出会えたら、中間の地の話を聞いてみると良い、とファドゥは仰っていました」
「うん。そう言った。どうしてだ」
「空の民について、ファドゥが何かをご存知ではないかと思って、質問なのです。
実は昨日。私と同じ場所に生活する騎士の一人が、自分を『空の子』と呼びました。彼は旅の仲間の一人です。彼は人間にない見通す力を持ち、自らを『龍の目』と呼びます」
「おや。そうだったのか。それでは彼と、空の民の関係を知りたいのか」
「ご存知でしょうか。空の子は、また空の民とは違うのですね」
ファドゥは少し考えたようで、『どこまで話して良いか』と呟く。まだ話さない方が良いのか、それとも簡単に話せないのか。どちらか分からない表情で、一人小声で少しの間、呟いていた。
「イーアンはまだ。これから知ることが多い。だからこの知識が、今のイーアンたちに必要なのかどうか。私に分からない。知っても知らなくても、今は特に大きな影響はない気がする」
男龍と同じことを言うので、イーアンは頷いた。『そうですか。では今ではなく、いつか知る日が来るのですね』そう?と訊くと、銀色の彼は髪をちょっとかき上げて、金色の瞳を上に向け、ゆっくりと頷いた。
「その方が良いと思うよ。その者が空の子と自分を呼んで、空の民の何かと感じていても。それはまだ何も、動かないだろう。ただ、呼び名は少し違ったほうが良いだろうな。彼の言葉の『空の子』は、もっと上の存在だ。彼自身は私が思うに・・・『空の遣い』すなわち『龍の目』だろう」
「空の遣い。龍の目」
「そうだ。中間の地で、人を導く。類稀な才能ではあるが、体は人のもの。使命は、持って生まれた体を使い切る」
「えっ。使い切る使命?それは、死んでしまうと仰っていますか」
「人は死ぬだろう、誰でも。中間の地の人間は早く死ぬ。・・・・・そうか、最初と同じだな。私の言い方が、イーアンの捉え方と異なる。
空の民たちは、龍族よりも死から遠い存在だ。しかし、その力を分けられていても、中間の地で肉体を人間として受け取った者たちは、死ぬ日が来るのは当然だ。才能を持ってしても、死ぬことは逃れられず、死ぬまで与えられた力を使うのだ」
ああ、そういう意味。イーアンはホッとした。『ザッカリアが力を使って死んでしまう』のかと思ったので、慌てた。そうではなかったと分かって、それで充分と思えた。
そしてもう一つ質問する。
「彼は。龍にずっと乗れないだろうかと。それを心配しています。旅の間は乗れると男龍に言われて、笛を作り、そして昨日呼んでみましたら。彼にも龍が来てくれましたが。これは一時的なのでしょうか」
「空の遣いでも、龍には乗れないのかと、そう訊いているのか?」
「はい。旅が終わったら、私やドルドレン以外は乗れなくなると、彼は言います」
ファドゥはちょっと眉を寄せてイーアンを見た。『訊くが。彼は一体何歳なのだ』その質問にイーアンは『多分10歳くらい』と答えた。金色の目を大きくして驚いたと思ったら、ファドゥはすぐ笑った。
「まだ子供なのか。そうか。それは可愛いな。子供なのに、そこまで自分の力を知っているとは、さすが空の者だ。しかし心は子供。龍に乗りたいと」
ハハハハと笑って、ファドゥはイーアンに向き直る。『彼に伝えると良い。龍には乗れないかもしれないが、それは今後、大して気にならなくなると』それだけは言えるよ、と頷いた。
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仕事の都合で、明日は昼の投稿がありません。明日は、朝と夕方の2回です。どうぞ宜しくお願い致します。いつもお立ち寄り頂いていることに感謝して。




