582. 親方の、イーアンと交渉
朝はイーアン大忙し。寝ていたところ、何やら気配がし、それはぐいぐいと眠りから引き離す。粘ってみたが、気配があまりに強くて、何かと思って目を覚ました。
頭を上げると、窓の外にミンティンが見え、どうも誰かが呼んでいる(※王様or親方)と分かり、渋々、起きて服を着替えた。
可愛らしい春服が一切着れない、角付き中年なので、最近は同じような格好の繰り回し。自分で作った編みの皮服上下に、青い布を両肩にかけ、更に自分で作った、龍ウロコ皮の和服上着と手甲、長い丈の革靴にウロコ脚絆セット。
そして、自分で作った鞘に収まる剣を装着し・・・自分で作った服しか着れないことに、今更気が付き、ちょっと悲しくなるイーアン。作ってないの、青い布と靴と剣だけ。
どこかでもう少し、着替えを購入しようと思いながら(※バリエーションが少な過ぎる)伴侶のベッドへ行き、寝惚け眼の伴侶に挨拶した。
「どこ行くの。まだ食事もしていない」
「誰かが呼びました。ミンティンが来ています」
「誰かって。甘ったれの鼻たれ坊主か(王様)厄介なイケメン職人か(親方)」
「どちらかです」
ハハハ、と笑い、イーアンは頷く。『でもね。親方の珠は光っていません。呼び出すなら、恐ろしく呼び出しっ放しになる方なので、今光っていないとなると、今回は甘えん坊(王様)かしら』腰袋の珠を見てそう言う愛妻(※未婚)に、ドルドレンも上半身を起こして、頬を撫で『朝から呼ぶな、と言っておいで』と愛妻にちゅーっとする。
「そうだな。確かにタンクラッドなら、ものすごくしつこく呼びそうだ。怒りながら」
「ホント。本当にそうなのですよ、毎度。もうね、1時間呼び出しは当たり前です。それで出ないと、探しに来るの。見つかると叱られる。だからヒヤヒヤします」
心臓に悪い、とドルドレンも大笑いして、二人で笑いながら、今日は王様かもと見当を付ける。『早めに戻ります。まだ6時です。こちらが行くだけ良い、と思って頂けることを願います』イーアンはそう言って伴侶にキスをして、窓から龍に乗った。
「ではね。行ってきます」
愛妻が手を振るや否や、ミンティンは西を目指して飛んだ。見送るドルドレンも、振り返ったイーアンも苦笑い。西の行き先=イオイライセオダ。二人とも笑って、手を振った。
何かしらねぇと呟きながら、イーアンは西の空を飛ぶ。珠が光っていないのに、親方は強制的に自分を呼んでいる。
でも彼が笛を吹いたら、親方のところにはもう、別の龍が来るはず。もしくはミンティンが来るのか。私付きではないと思うのに。『一体どんな仕組みなのやら』また何か新しいアイテムでも作ったか。
やれやれ・・・ちょっと放ったらかしちゃったから(※3日)寂しくなったのかもね~ でもまだ早朝ですよ~・・・と、ぼやきつつ。イーアンは青い龍の背中から、下方に広がるイオライセオダの町を見た。思ったとおり、ミンティンは親方の工房裏庭へ降りた。
イーアンが降りると同時に扉が開き、やや微笑気味の微表情でイケメン職人が登場。満面の笑みではないことが、何やら危険を感じるイーアン。これは。何かお説教であるのかと、少しビビりながら挨拶をした。
タンクラッドも『おはよう』と言ったきり。そのまま、イーアンを中へ通した。親方はミンティンに戻って良いと告げ、青い龍は心配そうに振り向いては(※ミンティンにも強引だと思われている)空へ戻って行った。
「お前を呼び出した」
「左様でございましょう。ここに来ましたので」
「その言い方が刺々しい。お前が来なさ過ぎるんだ」
イーアンは驚く。『お待ち下さい。私は以前、3日に一度の、ご挨拶を守れるようにするとは言いましたが、用が入れば延びると伝えてあります』忘れたのか、と驚きながら見上げると、渋い顔を向けられた。
「あのな。お前がサージの工房に代金を届けただろう。あの日から数えて何日経った」
「え。あの日を含めますと、今日で4日目です」
「中、二日だぞ。4日目って。連絡もない」
イーアンは固まった。そうだけど。連絡しなかったけど。でも別に用事なかったし。笛も一日で仕上げるとは思ってないから、今日当たり連絡しようと思っていたのに。
ムスッとするイーアンに、親方は少し危険を感じ、とにかく座らせてお茶を淹れて出す。『連絡は出来るだろう。俺が連絡しても出ないから、待っていたんだぞ』上から目線の、俺も譲歩している具合に、イーアンはじっと親方を見た。
「何だ。何で怒ってる」
「この数日。一日の間に2件3件と用事が入り、私は今日にも、連絡差し上げようと考えていました。確かに昨晩、どうしようとは思うものの、連絡しませんでしたが、それは他の方に連絡する用があったからで」
「他の男に連絡して、俺にはナシか。俺にだって笛を作る用事があるだろう。それは良いのか」
理解したイーアン。寂しい親方は、ワガママ親方に変化する。これは何度言っても治らない。親方の奥さんじゃないのです、と言いたいが、それを言うとまた凹む。面倒なので、イーアンはこの数日の出来事をざっくりと伝えた。
「こうした理由です。済ませないといけない用事も多ければ、忘れないうちに伝える必要のある連絡もありました。今日、何度も言いますけれど、今日私はあなたに連絡しようと考えていました」
親方は黙る。いい加減、『怒らせる一歩手前のイーアン』を記憶し始めた潜在意識が(※ようやく)自分の顕在意識の反論を押さえつけた。
「そうか。忙しかったな。地下の住人と、また関わりが生じたとは。そう。翌日はミレイオ同伴で盾工房で契約、午後に戦法指導のつもりが援護遠征。で、夜はミレイオの家で地下のヤツと鉢合わせ。
昨日は朝からオーリンと回収。そして午後は倒れたと(※イーアン、この理由は伏せた)・・・そうだったのか」
目の据わったイーアンはお茶を飲んで頷くが、返答がない。怒らせ始め、と気づいた親方は、宥めに入った(※怒られるのはイヤ)。
「分かった。お前が俺を無視して・・・いや、そういうつもりじゃ。そんな目で見るな。だから、ほら。違うって分かるだろう。俺はお前が好きだから、やっぱり連絡も毎日欲しいし」
「疲れています。連絡をしなければいけない場合はします。業務ならします」
「そうだが、そうだけど。 ・・・・・そうだ、そうだな。疲れているな。ってことは、今も疲れてるのか」
何も言わない仏頂面のイーアン。時刻は6時半。呼び出したのは6時前。昨日、倒れた女を朝っぱらから呼びつけた自分に、タンクラッドは居心地が悪くなってきた(※自覚までが長く鈍い)。
「笛。出来てるぞ。2つだろ」
ぼそっと言うと、反応するイーアン。姿勢を正して咳払いし『有難うございます。では受け取ります』と返した。親方はいそいそと工房へ取りに行き、笛を持って戻る。『ほら。ちゃんと出来た』当たり前のことを、念を押して、さも良いことのように伝えてみる。すぐ無視された。
「これがザッカリアとシャンガマックの分ですね。全員、揃ったわけですか」
「む。そうだ。そうなる」
「有難うございます。これを今日、戻ったらすぐに渡しましょう。ところでお聞きしたいことを思い出しました。タンクラッド、私とミンティンを呼びましたが、どう呼んだのです」
「これだ」
腕輪を触る。『以前はお前を吸いつけるように呼んだが、これは果たして今もそうなのかと思った』笛もあるし、どんな形でお前を呼ぶのかと思った・・・タンクラッドはそう言う。
「イオライ戦の後、これをお互い身に付けて、あれから一度も使わなかっただろ?お前はあの後に空へ行き、龍になり、いまや角もある変化だ。俺たちはと言えば、装備も整い、笛を持ってそれぞれ龍を呼べる。この状態で、この腕輪にどんな力がと」
「まさか。それを試したかっただけでは」
イーアンの開かれた目が怖いので、親方はせっせと首を振って『そうじゃない。本当に会いたかったからだ』と、本当ではあるけれど、理由の半分は隠して(※お試し)正当そうな方の理由だけを伝えた。
試した相手が疲労して倒れていたなんて、とてもじゃないが、バレたら分が悪過ぎる。
「そうですか。まぁそうですね。あなたは本当に毎日連絡でも何でも、接触を求められますので。その方に連絡をしないとなれば、心配は募るでしょう。
しかし、私も仕事があります。疲れもあります。応じることの出来ない場合も、多々ございます。私は今日は工房にいますが、明日はまた出かけますので、それはご承知下さい」
親方は頷いた。疲れていると聞いたので、もう言えないが。最近、料理食べてないな~と、ちょっと思っているのもあって、朝に呼んだら朝食作ってくれるんじゃないかと、それも企んでいた。でも無理と諦める。
そんな気持ちを察したのかどうなのか。イーアンは一言、タンクラッドの追従を断つ発言を投げる。
「それとですね。今回、地下の住人の個人相談により・・・ドルドレンと話して、ようやく知ったことなのですが。今後は、個人宅で料理が出来ません。残念ですが、騎士修道会の誤解に繋がるという仕組みを知りまして、私は騎士修道会にも、また料理をしていた相手の方々にも、自分の行為を深く反省しました」
「何、何だって?俺の家でもう作らないと、そう言ってるのか」
「タンクラッドの家だけではないのです。ラグスの家もです。私はお礼と思って作ったり、一緒に料理をと、誘ってもらえる友達として作ったり。料理を作るのは、そんな気持ちでした。
ですが、出来ることで喜んでもらえれば、と思って動いていたのが、『騎士修道会が個人に関わることは、線引きが難しい』とした話を聞き、とても悩みました。
これまで。私が騎士ではないため、強く注意をされなかったようです。私の立ち位置が異例だから、大目に見てもらえていたような」
タンクラッドは衝撃を受けた。でも。そりゃ、『お礼』と言われて受けていた行為なので、強制も出来ないし、連続願いも出せないが(※味占めた)。そして総長も言いにくかったのか、とそれを思えば、今聞いた話は、現実的であり、さもあらん。然るべき、とも理解するが。
イーアンはじっと親方を見た。同じ鳶色の瞳を見つめ、申し訳なさそうに『今後は。イオライセオダで炊き出しでも(※これもズレてる発想)』そうしようかなと思っている、と伝えた。
「俺は。俺は。お前の作る料理が。本当に好きで。こんなに食事に意識が向いたこともなくて」
「はい。喜んで頂けていましたし、私も、料理を作ってお礼になっていると実感するので、とても楽しい時間でした。でも、所属する場所の話を知ってまで出来るか、と言われたら。それは難しくなりました」
イーアンの中では。物を作る仕事のイーアンだからなのか。料理は食べて消えてしまう印象。料理人なら、その腕前は仕事にもお金にも繋がるから、どこでも披露することは出来ないと思うものの。
自分はものづくりが仕事なので、何かを作ってお礼とするなら、それは受ける相手もしょっちゅうは抵抗があるだろうし、自分もそれでお金を生んでいるので、簡単ではない。
でも料理だったら、自分の食べる家庭料理の範囲だし、形になって残るものでもないので、受け取る側も負担にならないかなと、そうした認識だった。
記念や思いの強い場合は、物を作って渡す。普段のお礼なら、ちょっと料理をして渡す。イーアンのお礼の形は、大体こう決まっていた。
「イーアン。もう絶対。ないのか?」
「多分。恐らく。きっと」
言いにくそうに答えて俯くイーアンに、親方は懇願するように顔を覗き込む。
頭を撫でて、ちょっと角も撫でて『あのな。たまにはダメなのか?一ヶ月に一度とか。ラグスにも分けるとかで作るのは』自分だけじゃないのは微妙ではあるものの、個人に出来ないと言い切っている以上、分け前が減るだけで済めばと交渉。
「どうでしょう・・・お礼であれば。気持ちの現れですから、止められるのも違う気がしますが。所属してお世話になっている、仕事場の規則ですと。それを聞いてまで続けるのは」
ヘンなところで真面目なイーアン。それは知っている親方だが。これは諦めにくい。今日の朝食は無理かな~くらいで終われない。今後一切ナシとなれば、これは自分の生命の危機に等しい(※大事な接触)。
「分かった。支部へ行こう」
げっ。 親方の発した言葉に、イーアンは仰け反る。椅子から落ちるかと思った。ビックリして親方を見ると、怒ってはいない。とても寂しそうな眼差しで、意を決したように自分を見ている。
「支部でどうするのです」
「総長に相談する。イーアンは騎士じゃない。個人宅への関わりは規則違反かもしれないが、それで生き延びる命がある以上、それは伝える」
うへえ~~~ 大袈裟~~~っ! そんな頑丈な体で、死ぬわけないじゃないですか~~~
やめて下さい、無理があります、とお願いしても、親方は切なそうに頭を振り『言うだけ言う』と曲げなかった。
イーアンは朝からゲンナリして、この後、上着を羽織った親方に背中を押され、イヤイヤしながら龍を呼んで、北西支部に戻る羽目になった。
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