580. 東の魔物回収
次なる目的地はアクスエク。東の支部から向かう途中、支部に帰る東の騎士たちの隊を下方に見た。
「午前中に帰れそうです。良かった」
皆さん、お風呂に入りたいですね・・・イーアンは挨拶を控えて、影が落ちないようそっと高度を上げ、彼らを見送る。挨拶して話して、となれば。真っ直ぐ帰るものも時間を取る。またお会いしましょうと呟いて、アクスエクを目指した。
だが、目指すもの何も。あっさり到着。『龍だとやたら早いので、時間の感覚が掴めません』素晴らしい、と恩恵に感謝しつつ、ミンティン待機の状態で川近くに降りた。
腰袋から黄色い珠を出し、オーリン呼び出し。すぐに繋がり、弓をまとめてあるから、間もなく向かうと答えが戻る。了解して応答を終え、イーアンはミンティンにくくり付けてあった荷物を下ろした。
「準備をしましょう。まだ時間は早いので、てきぱき行えば、きっとお昼前には支部に戻れるかも」
ちょっと川縁に近づいて見ると、昨日倒した魔物のカッパチックは消えていた。『あれは水のようなものだったのか』思い出すのはクラゲ。体の水分質が99%とか。
海辺育ちのイーアンは、毎年、台風の後。クラゲが団体様で、波打ち際に打ち寄せられるのを見て、これのどの辺が可食として残るのか。子供心に悩んだ。
9割以上が消えてしまうとなれば、砂浜を覆うクラゲのご一行は、実は一人分にも満たない可食量ではないのかと、砂に数字を書いて計算していたことを思い出す。
イーアンは、クラゲの酢の物が大好きだったが、その料理を生み出した中国の人は、一体どれほどのクラゲを干したのか。その情熱に感動しながら、味わった記憶が蘇る(※By異世界のカッパチック&実際はイーアンの見たミズクラゲではなく、50cm以上のクラゲを加工)。
「ですが。さすがに。カッパチックを倒し立てでも料理する気にはなりません。あれはイヤです」
だって河童っぽいんだもん、とぶつぶつ言いながら、お目当てのタツノオトシゴ魔物を探す。大きいからすぐに見つかると思ったら、なかなか見えない。どうしたことかと背伸びして川縁を眺めると、理由が分かった。
「あれは。中身が水だったのか。凹んでいます」
ありゃ~ 凹んでるよ~ 外側のタイル状のウロコ的な殻は、ぺこっと中身を抜かれたように凹み、川岸に引っかかったまま揺れている。
「もしかすると。水の魔物は急がないといけないかも知れません。早く消えてしまうのかしら」
オーリンが来る前に、回収したい魔物の場所を確認し、来たらすぐに引き揚げなければと決めた。イーアンが焦っていると、キラッと空に輝く光を発見。オーリンの気配がしてイーアンは手を振った。
和やかスマイルのオーリンを乗せたガルホブラフが着陸。『ごめん、待った?』第一声がデート状態の言葉に、イーアンはちょっと固まったが、丁寧に『全く問題ない(※これもデート状態の受け答え)』と答える。
オーリンの機嫌が、何か大変良いらしいので、イーアンは早速、あの大きいのを引っ張り上げたいと伝えた。黄色い目を向けて、凹んだタツノオトシゴを見たオーリンも眉を寄せる。『あれ。潰れてないか』イーアンに確認したので、そうですと答え、イーアンもそっちを見る。
「中身を見ていませんが、おそらく小型の魔物と同じように、あれも、水が殆どなのかもしれません。外側が残ってくれて良かったです」
「そう。急ぐか。外側も消えたら困る」
二人は川縁へ近づいて、どれくらいの大きさか近くで見る。『これ。俺たちじゃなくて、龍に引いてもらおう』デカイよとオーリンが言うので、龍に頼むことにした。
ガルホブラフは気位が高いようで、つーん・・・の姿勢から一歩も動かない。弓も積んでるし、そんな汚れ仕事やらないよー。みたいな顔。
仕方なし、イーアンはミンティンを見ると、青い龍も仏頂面だった。それでもミンティンは、嫌々頼まれてくれるので、お願いして陸の上まで全身を引っ張ってもらった(※面倒臭そうに行う龍)。
「ごめんなさい。時々ですから、勘弁してね」
ムスッとしたミンティンに謝るイーアンだが、これはガルホブラフじゃなくて良かったのかもと、すぐに思った。ミンティンの力は強く、体も大きい。中身の抜けた魔物とは言え、全体が水から出て来るとかなり大きかった。それを見て、二人は『ミンティンじゃないと、難しかったかも』と囁いた。
すると、何を思ったか。離れた場所にいたガルホブラフが、びゅーっと飛んできて、先にある魔物の体に噛み付き、ぐーっと引き始める。オーリンが目を丸くして、友達の行動を見つめるが、ガルホブラフはぐいぐいと魔物を引き上げ、乾いた陸地へ全部を出した。そして次の魔物へ飛んだ。
イーアン。それを見て、オーリンに耳打ち。『私たちの意見は、あの子の気に障ったかも』そう言うと、オーリンも頷いていた。
でも声に出すと聞いていそうで、また機嫌が悪くなっても困るため、それ以上は控えた。
そんなことで、龍2頭が引き上げてくれた魔物は8体。離れた場所で倒した魔物の2頭は消えていた。残りの2頭は波に寄せられて浮いていたらしく、背に弓を積んだままのガルホブラフは、それも引っ張り出してくれていた。
龍に有難く感謝を伝え、二人は早速、解体に入る。『触っても大丈夫でしょうけれど』イーアンは手袋をオーリンに渡し、これを着けて作業してとお願いした。
魔物製の甲が付いた手袋を受け取り、オーリンはそれを見て『この魔物もこうした形になるのか』と微笑む。そしてナイフを出して、魔物の体を切り始めた。
「イーアン。これ中身、全然ないじゃないか。どうする」
「本当ですね。内臓も何もあったものではありません。でも。開きます。乾かさないといけません」
自分たちが倒した魔物は首から下が残っているので、それは首の切り口から肛門辺りまで(※肛門ないけど)割き、鰭のあった場所を内側から開いた。2枚が済んだので、それはミンティンにお願いして運ぶ。
次の、ドルドレンたちが倒した方は、いろんな角度で切り刻まれていたので、大きそうな箇所を選び、そこを中心に開いた。『開くだけだから、呆気ないな』筋肉も何もないなんて、とオーリンは笑った。
「魔物なんて、初めて解体したけれどさ。こんななの?」
「いいえ。これまでのものは、もっと普通の生き物に似ていました。でもそれは、陸の魔物だからでしょうか。これを見ていると、私も奇妙に思えます」
いつもはもっと、筋肉も骨も内臓もあれこれ揃っていて、印象的なことは血がないことくらい・・・と話すと、オーリンはそれも驚いていた。
「へー。血がないって。その時点で生き物じゃないよな。体液とは違うんだろ?」
「体液はあるのです。粘膜みたいなものがあったりします。それが毒性を持っていることもありました。ですが血は見られません。解体は大変に楽です。皮もペロッと剥けます」
「ああ~・・・この前。アーメルの親父の、あの魔物みたいな感じ?全部ああなのか」
そう、とイーアンは頷く。『あれも血がね。見られませんでしたでしょう?あんな具合です』魔物はダニも寄生虫もないから、と続け、小さな声でイーアンはオーリンに『皮や素材を取るなら、魔物は好きです』と囁いた。ビックリした目で一瞬、くるくる髪の女を見た後、弓職人は声を立てて笑った。
「君は。魔物相手にそんなことを言うなんて」
「ですから、内緒です。命懸けで戦う皆さんには絶対に言えません。苦しい思いや、辛い記憶がある皆さんには、決して聞かれるわけに行きませんけれど。これを使うとなると、バラす立場から見て」
「大丈夫。分かるよ。俺も解体はするから。嫌だよね、ダニとか。夏なんてホントに面倒だよ。虫も来るしな。イーアンは女だから、よけいに嫌だろうな」
知ってるから、大丈夫・・・オーリンは笑顔で頷いた。イーアンも苦笑いで返す。
『ですからね。旅に出ますでしょう?もし解体して回収するなんてことがあったら、船積みでしょうし、寄生虫なんていたら大変・・・・・ 』イーアンがそこまで言うと、オーリンは眉を寄せる。『旅先でも集める気?』そうなのかと聞かれ、イーアンは、うんと頷く。
「だって。そろそろハイザンジェルは、魔物が出なくなりそうです。折角、協力して頂いた職人の皆さんの張り切る仕事が、材料不足では申し訳ありません。私、船便でハイザンジェルへ送ろうと思って」
そんなこと考えてるの~??? オーリンは魂消る。『魔物の王を倒すんだろ?その旅だよな?』普通、そっちで必死じゃないのかと言うと、イーアンも困り顔。
「そうですけれど。勿論、必死です。でも、出来ればそうしようと思います。責任があります。私が振った仕事を皆さん、引き受けて下さったのですから。『魔物が終わりました。皆さんお疲れ様』ってわけに行きませんでしょう。
王様曰く、よそで魔物が出たら、その国から輸入するような話もありました。誰がどうやって回収するか、それまで王様たちはお考えになっていなさそうなのも気掛かりでした。
活用機構なんて、大袈裟な国家機関も設立しましたので『旅に出ましたから、終わりですよ』とは投げられません」
そんな無責任なこと出来ない・・・イーアンは首を振り振り、せっせと皮を開いては集める。
オーリンはイーアンを見つめ、旅でそこまでしなくても、と思うものの。でも職人や、国の仕事を回そうとする話に、改めて、イーアンの意識の高さを感じた。
「イーアンは凄いね。ちゃんと考えているんだな。俺、ハイザンジェルで待機しないで、一緒に行った方が良いような気がしてきた」
顔を上げたイーアンに、オーリンは笑いかける。『だって、一人で解体して回収して。その後、どうやって船便に出す気なんだよ。イーアンだけ、その用だからって、龍で抜けるわけに行かないだろう』自分で出来る限度があるよと教えた。
「そうですね。でも。オーリンは、飼育している動物たちもいますし」
「あれは友達にでも面倒見てもらえば良いよ。皆、知ってるし。俺も一緒に出るよ。1年2年そこら、平気だ」
イーアンの垂れ目が自分を心配そうに見つめる。オーリンは笑って首を振り、『いいって。俺は手伝いなんだ。近くにいる方が何かと楽だろ』面白そうだと付け加えると、イーアンは少し笑顔になる。
「旅に出るまでに、どうするのが最適か。ちゃんと考えます。あまり迷惑をかけたくないのです」
「迷惑じゃない。一緒にいたいんだよ。俺の人生が面白くなるだろ」
笑うオーリンは、重ねた皮をまとめ始める。綱でくくって、ミンティンの背中にかけられるよう、幅を持たせて、もう一方の綱にも皮を縛り付けた。イーアンも運んできて、魔物8体から回収した、正味5頭分ほどの皮をまとめた。
「これで終わりか。もう良いかな」
オーリンが後ろを向いて確認する。イーアンもこれで大丈夫と言い、オーリンにお礼を言う。『あなたがいてくれたので、早く終わりました。助かりました』そう言うと、弓職人は満面の笑顔で頷いた。
「これからも一緒だ。騎士のやつらは解体しないだろ。タンクラッドもしなさそうだし。俺がいた方が良いよ」
お手伝い役の条件を自分で増やすオーリンに、イーアンは笑う。北西支部で一緒に昼食を食べようと誘い、嬉しそうな弓職人とイーアンは、回収した皮を積んで、龍を浮上させた。
二人はお昼よりも早い時間に引き上げ、荷物もあるからとゆっくり北西支部へ向かう、空の道。オーリンは自分がどれほど役に立つかを、延々と思いつくだけ話して聞かせた。イーアンも笑顔でそれを聞き続けた。
お読み頂き有難うございます。




