574. 東の遠征地アクスエクの水
馬で移動する東の支部。野営地に馬車隊を残し、総長他北西の3名(※ミレイオも含まれる)を連れて、川縁へ向かう。
移動する間、シャンガマックとドルドレンは鎧や鞘、剣などを誉められる。盾は魔物製ではないにしても、ミレイオの作品を購入して使っているため、装備は自慢し放題。
「ミレイオの盾。こんなのがあるのか」
アミスは、彼らの背中にかかる盾を見て驚きながら、ミレイオを見る。パンクなオカマは、フフンと笑って『あんたたちも、そのうち使えるわ』そのために、防具工房に行ったのよと教えた。待ち遠しい統括アミス。自分たちの支部も是非にと、芸術のような盾を見て思う。
「どんなものなのか、ドルドレンは使ってどう思う」
「これだけの大きさで、この厚さがあっても。ミレイオの盾は軽く強い。衝撃も直に腕には響かない。勿論、よほどおかしな角度で持たなければ、打撃を防いで手首を痛めることもない」
総長の話を聞いた騎士が寄ってきて『これは。魔物製ではないんですよね』と確認する。総長は頷いて『違う。だが、引けを取らない作りだ』と答えた。
総長の答えに、東の騎士たちは、盾の派手さや特注っぽい感が羨ましい。それを皆が馬上で口にすると、ミレイオは高笑いで(※『ホーッホッホッホッ』)満足げに仰け反った。
横で聞いているシャンガマックは微笑んでいるが、盾でここまで話題が盛り上がること自体、とても貴重なことであるため、しみじみと・・・人を惹き付ける巧みの技に感心した。普通、剣や弓等の武器にばかり意識が行くもの。なので、ミレイオは大した人だなと思う。
一人の騎士が、盾を見ながら『でも盾って、魔物相手にあまり使う機会がないです。どうなのかな』と呟いた。ミレイオはちらっとそのガキんちょを見て『あんたは分からないのね』と頷いた。
「でも。そうじゃないですか?魔物は剣を振るってくるわけでもないし。大きさも違うから、盾で交わすことは少なくなった気がして」
騎士は真面目に質問する。ミレイオではなく、仲間や総長たちを見渡した。すぐに、シャンガマックが少し笑って首を振る。
「セレ。盾の使い方が違うんだ。ミレイオを甘く見るな。この人はただ作ってるだけじゃない、盾を存分に攻撃に使える。だから、この強度を持つんだと思う」
セレと呼ばれた若い騎士は、首を傾げ『そうですかぁ?』と分からなさそうだった。総長もその騎士を振り返って、可笑しそうに教える。『そうなのだ』短く言って、はーっと笑顔で息を吐く。『あれは真似できないだろう』ミレイオとタンクラッドの一戦を思い出して首を振った。
ミレイオは自分の馬を、シャンガマックの馬に寄せ、その髪の毛をちょっと撫でてニッコリ笑う。『あんたはイイコねぇ。ちゃんと見ていたのね』イイコ、イイコ・・・ナデナデする刺青オカマに、シャンガマックは照れた。
「そういうものなのかな。東の弓職人オーリン。彼も、弓の使い手だろう?うちの弓引きより、腕が上かもしれない。独特な弓の使い方もする。職人で極めると、作り手以外の技も身に付けるかもしれないな」
総長はミレイオを振り返って、そう言うアミスに頷く。ミレイオは言ってみれば、オーリンと同じような、個人の技を極める職人で、イオライセオダの剣職人も同じような男だと話した(※By親方)。
話を聞いているミレイオは、イーアンを見て、『あんたもそうよね。何でも作るけど、何でも使えるでしょ』と話を振った。イーアンは首を振り『極めませんもの。私は動きが鈍いし』ちょっと悲しそうに答える。
ハハハと笑う、総長&シャンガマック&ミレイオ。否定はしない(※イーアンは運動神経鈍い事実、熟知)。寂しいイーアン。恥ずかしそうに俯いて黙った。伴侶は愛妻の頭を撫でて『良いのだ。龍なのだから』それで充分・・・あんまり慰めになっていないけれど、イーアンも納得しておく。
「イーアンは戦うと強い。龍と一緒だと、無敵に見える」
シャンガマックも励ます(※笑ったこと反省)。しかし、これも。龍と一緒じゃないと、ただのおばさん枠を抜けない。それは自分でも分かっているので、イーアンは苦笑いで頷いておいた。
こんな話で、皆さんが笑って朗らかに(※笑われているのはイーアンのみ)馬を進めていくと、川は真ん前に見えてきた。横たわる川を見つめ、アミスは姿勢を正して、魔物が出やすい状況や場所を教える。
「こうした場所が多いから。分担して隊を分ける。全員で、一箇所の魔物を退治することはないかな」
距離にして、一箇所1㎞ほど。川の幅はそれぞれ違うものの、広いから深さもあるらしかった。
『真ん中はかなり深い。もう溝と言っても良いほどだ』アミスの表情が硬くなったので、イーアンはそれを知っているのかと訊ねる。アミスは頷き『部下が引きずりこまれた。助けに行ったが、深くてもう潜れなかった』と苦しそうに呟いた。
イーアンが謝ると、アミスは首を振って『こうしたことも。どこの支部でもあったから』と総長を見た。ドルドレンも小さく頷いて、咳払いする。
「イーアンは、この深さの川はそう見たことがないと思うが。どうだろう」
ドルドレンは辛い話から、状況への話に戻した。魔物が出る場所は、草の陰もあるし、川の中からも出るし、いずれにしても水辺の戦闘だよと言うと、イーアンは考えていた。
少し状態を知りたいと言い、イーアンは馬を下りて、川の側の草むら手前まで歩いた。危ないので、一緒に行こうとしたドルドレンより早く、馬を下りた騎士がイーアンの側へ寄った。以前、ここの遠征について方法を聞こうとした、ホブ・ミッジという騎士だった。
「ミッジ。お元気そうで」
「はい、有難うございます。イーアン、ここは引きずり込まれることもあるので。草陰などはよく見て下さい」
「ミッジはここの遠征地で、草を燃やしたりしましたか?」
「え。燃やす。ああ・・・そうですね。一部はそうする時もありますが、あの。魔物が先に出ていると、暇がないというか。近づくと連れて行かれるし、火を放っても消されてしまいますから」
なるほど、とイーアン。アミスもそう言っていたことを思い出す。川の水を好きなように使う魔物は、この辺一体を焼き払ったところで、鎮火活動には困らず、時間もかからずあっさり行う、と理解する。
どうやって燃やしたのかを訊ねると、枯れ草に火矢を放つ方法だった。しかしそれは、燃え上がったと思いきや、僅かな時間で消され、そこからは魔物が総動員という。『怒らせるような感じです』数が増えて困ると、嫌そうな表情で、ミッジは川を見つめた。
暫く一人で考えたいと、イーアンは伝えた。ミッジは頷いて、側にいるからと言い、総長たちにも伝えて、イーアン思考中は待機する。
地面にしゃがんで、石で絵を描きながら、イーアンはぶつぶつ独り言。あの状態のイーアンは、口調も危なっかしくなっているので、ドルドレンは近寄らないことにしている。
イーアンは悩む。広範囲で、特別な道具材料のない状態で。幾つかしか絞れないのだ。魔物製物質のイオライのガス石がどっさりあれば、考えなくても良い。あれは燃えたら消える。使い方を間違えると大惨事だが(※ギアッチが支部燃やした例)うまく使えば、そこまで厄介な代物ではない。
だが。今回の東の支部のように、イーアンたちの集めた魔物製物質を使えない支部においては、彼らが取れる方法を選ばなければいけない。それも。『今後の危険がないもの適用』ここが一番悩みどころ。
「木炭はある。硫黄も、西のアラゴブレー奥の谷にある。硝石は作れる・け・・れど。でもなぁ、火薬に発展されても困るなぁ・・・・・ どうしようか。硝石を作って、配合割合を見せちゃうと、もう火薬だものね~ それは後々、宜しくないのです」
そうすると。油系を流して⇒川の表面を炎上。これも環境破壊まっしぐら。味を占めて、繰り返してはいけない行為である。
うぬぅっ。頭を抱えるイーアン。乱暴な手段しか思い浮かばない、『奪う地の生き物』たる自分の、知識の少なさに悔やむ。
横を走る川の水を見ると、流れはあるが、勢いがない。傾斜はあるものの、溢れた時の痕跡を見る限り、ここは平たいから増水しても、そこまで水勢がない気もする。ディアンタの滝壷のような手も、使いにくい。あれは押し流せる上に、一時的だった。
「もうそうすると。炎はナシ。水分を奪う化学反応で、死んでもらうしかありません」
これはうまく行くかどうか、それも厳しい。誰かが指導を常に出来るなら良いが、慣れるまで安全の保証がない。風向きによっては使えない。『こうしますとね。もう、ぐはっ。何度使えるやら』イーアン、フードを取って髪をわしゃわしゃ。
そんなイーアンを見つめる騎士たち数十名。『大変なのかな』『悩んでるね』『ここ、そんなキツイかな』どうしたのやら、とヒソヒソ。
立ち上がったイーアンは、重い溜め息をつきながら近寄ってきて、アミスに質問。『先ほど。ミッジが教えてくれたのですが』火を放っても、魔物に消されるそのこと。幾つか細かく訊いてみると。
「火の消し方、水の噴射があるんだけれど。あれは何mも飛ぶかな。的確に噴射するから、消されるのは早い。ただ、水は噴射する勢いもあるから。量が少ない水は飛ぶけれど、多いと遠くまでは届かない気がする。そうすると、上がってきて水をかけるよ」
「魔物が陸に上がる。陸に上がっても平気なのですね」
「平気だね。ずっとは居ないけれど。私たちと戦う間くらいは。数が増えて引っ張られ始めると、私たちも後退する。そうすると追いかけては来ない」
それは、人型も馬のような魔物も、両方そうか、と訊くと、アミスはそうだと頷く。そして脱線。『イーアン、その頭にあるモノ。先ほども思ったが』アミスの視線は角へ注がれる。イーアン、大きく頷いて『形だけ』と笑っておいた。
「以前。なかったね」
「ついこの前。精霊に授けられました。これ、必要みたいです」
そうなの~ アミスも『精霊』の言葉に畏怖を感じたのか、それ以上は訊かなかった。角話はこれで終了。イーアンは川を見て、腰に手を当てて方法を定めた。
「イーアン。決まったか」
伴侶が側に来て、イーアンを見た。見上げたイーアンも、困った顔で頷いて答える。『思いつきましたが。今後に問題ない方法を探すことに、時間がかかりました』でも、一つ試しましょうと伝えた。
「その前にね。ちょっと連絡する人がいます」
イーアンは腰袋から黄色い珠を出し、それを握った。ドルドレンはそれがオーリンの珠だと知っているので、なぜオーリンかなと思った。
『おお。イーアン。久しぶりっ』
『気が付いて下さって有難うございます。相談があります』
『もう用済みかと思ってたよ。弓もそろそろ数が出来てきたから、渡しに行こうと思って。今どこ』
『今は東の遠征地にいます。ええっと、アクスエク地域という』
『アクスエクかよ。待ってろ、行くから。一人?』
『いいえ。東の支部の皆さんと、ドルドレンやミレイオもいます』
『うっ。ミレイオ。お、俺。ちょっとあの人、無理かも』
『大丈夫だと思いますよ。ミレイオは根に持ちません。あなたが謙れば』
『う~・・・・・ 謙れってか。うん。そう、ま。じゃ。行くよ。相談ね』
『来なくても、珠で相談されても構いません。お仕事中でしょう』
『そうだけど、でも良いよ。用済みにされたら困る。近いし、そっち行くから。アクスエクで、俺の気配を呼んでくれ』
了解して、イーアンは珠を腰袋に戻す。オーリンなら、鉱山を知っているかもしれない。そうすると、東の鉱山で採れる場所があれば、東の支部がそれを活用できる可能性もある。
「オーリンか?」
ドルドレンが訊ねたので、イーアンは頷く。オーリンが来ることと、彼に東の地質を訊ねると話す。ドルドレンはまだ全体像が見えないので、これから何かあるなと、そこまでで了承する。
「何をするつもりか。大体は、皆に話せる?」
「はい。オーリンの答えにも寄るのですけれど、もし期待が出来ないとしても、他所から仕入れれば。私が確認したいのは、材料の多さなのです」
ドルドレンとイーアンは皆さんのいる場所へ戻り、イーアンは地面に絵を描き始めた。皆がイーアンを囲んで絵が見れるように、大きめに描きながら、何をしようとしているのか。魔物の数によって応対が変わることなどを話した。
オーリンが到着するまでの10分前後。東の騎士たちと、総長、シャンガマック。そしてミレイオは、イーアンの話を聞き続けた。
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