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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
572/2950

572. 職人サンジェイ・アイヤとその家族

 

「へぇ。2階にあるんだ」


 ミレイオは工房を眺め渡す。そんなミレイオを、年配の男女は見つめる。『この方も騎士』年配の女性は不安そうに、総長に確認。総長は小さく首を振り『盾職人だ』と教えた。



「私?私は工房登録してないの。でも作ってるわ。ほらそれよ」


 持って来て床に下ろした革の包みを、指差すミレイオ。『それ、盾なの』見て良いわよ、と顎で示した。年の頃60くらいの男女は夫婦のようで、怪訝そうではあるものの、何度か頷いて『じゃ、見せてもらって』と怯えたように(※ミレイオに怯えはある)革の包みにしゃがんだ。


 革の包みを解きながら、男性はハッとしたように顔を上げて立ち上がった。女性はそのまま階下へ行った。


「名前を言ってませんでした。すみません、私はサンジェイ・アイヤです。テイワグナからの移民が私の親で、暫く南にいたんですけれど。随分前に北へ移りました。今いたのが妻で、あれがデナハ・デアラの親戚なんです」


 サンジェイと名乗った男性は、少し肌の色が浅黒く、黒い大きな目と、太い眉、鷲鼻で黒い髪が印象的な、小柄なおじさんだった。太くしっかりした指と大きな手の平は、小柄でお腹の出た体に不釣合いに見えた。

 奥さんは肌の色が白く、茶色に近い金髪で目も青っぽかった。おじさんよりも少し背が高く、鼻すじも通り、神経質そうに薄い眉を寄せていたが、普段からそうした顔つきなのかもしれなかった。



「そうか。俺はドルドレン・ダヴァート。北西支部の所属で、騎士修道会総長だ。こっちが部下のバニザット・ヤンガ・シャンガマック。この・・・イーアン、それを取ってくれ」


 笑いながら、フードを持ち上げるドルドレンに、イーアンも慌ててフードを取った。おじさんと目が合って驚いている顔を見て微笑んだ。


「彼女はイーアン。騎士修道会・魔物製物質の企画制作工房ディアンタ・ドーマンの作り手だ」


「あんた。そんなエラそうな名前の工房なの」


 ミレイオにも驚かれて、書類を交わしていないミレイオに、改めて頷く。『本来は書類に書きます』イーアンが笑うと、ミレイオも理解して『そうか、私それ要らないって最初に言ったから』知らなかったわと笑った。


 盾職人のサンジェイは、イーアンをまじまじ見て『この人、人間?』と呟いた。イーアンはいつもどおり、顔のことかと思った(※顔が人間を疑われるって、とは思うが)。しかし、おじさんの目が、自分の頭を見ていたので、角だと理解する。

 ドルドレンがさっと手を振って、サンジェイの視線を自分に向けさせた。


「はっきり言うと、人間ではない。龍の女だ。しかし角があるだけで、彼女は何も、俺たちと変わらない」


 差別の対象にならないように先に言い切り、ドルドレンはイーアンを見てニコッと笑う。イーアンもニッコリ笑う。おじさんはそれでも緊張しているようだった。


 ミレイオもイーアンの肩を引き寄せて『あんたが人間じゃなかったら、私なんてどうなっちゃうのよねぇ』と呟いた。そして、自分の名はミレイオだと自己紹介する。


「分かりました。じゃ、このお二方は騎士じゃなく、作り手なのですね。お話では聞いています。魔物の体で、騎士修道会の武器や防具を作るとは」


 言いながら、サンジェイはもう一度、革の包みを解きにかかる。イーアンが手伝って別の革の包みも解く。

 おじさんはイーアンをちらちら見ていたが、イーアンがちょっと視線を反らして、困ったようにしているので、おじさんは少し微笑んだ。『龍の人なんて、初めて見たもんだから。テイワグナのお話であったけど、本当にいるんだね。でも、恥ずかしがりやなのかな』そう言うと、おじさんは白い歯を見せて笑った。イーアンもはにかんで、小さく頷いた。


 盾が包みから出てきて、サンジェイは目を丸くする。『こんな盾、見たことないよ。こんなのどうやって作るんだ』急いでミレイオを見ると、刺青パンクは首を傾げる。


「普通に作るのよ。作り方、書いてきたわよ。見たら分かるんじゃないの」


 ほれ、と上着の内側から紙の束を取り出すと、おじさんに手渡した。束を開いて、目を凝らしてサンジェイはじっくりと読む。『ミレイオさん。あんた、こんなのどこで』そう言いかけ、ハッとしたように目と眉毛がくっ付きそうなほど寄せると、刺青パンクを見上げた。


「もしかして。あんたヨライデの人か。見たことあるぞ、博物館で」


「おおっ。ホント。博物館なんかにあったっけ?ヨライデのヘズロン史跡博物館かな」


 おじさんはミレイオの答えに頷いた。『そうだろ?ヨライデの昔の盾じゃないか?これ、高温の炉で作る部分があって』そこまで言うと、おじさんは片目を悔しそうに瞑る。


「あら。もしかして、高炉ないか。ここはどうしてるの」


「うちは炉はないんだよ。私が炉を使えないから。あのねぇ、金具なんかは、ここから山の方に入った道の・・・脇って言えば分かるかなぁ。森の道で、左の脇に入るんだけど。そこの炉場でやってもらってるんだよね」


「あー・・・それは厳しいかも。そうなのぉ」


 ミレイオとおじさんの会話がよく分からない他3名。黙って二人のやり取りを見つめるのみ。意外と、おじさんのこなれ方(※ミレイオに対して)が早いのが驚きだった。



「えーっと。じゃあ、どうしようか。これさ、結構な温度でこの表面作るのよ。色が違うじゃない?この4枚って、違う材料なのよ。魔物なんだけど、火入れの温度も違うんだよね。これは難しいのか」


「ミレイオさん。どこなの、家。あーたが炉場の人間に説明できないかな。私も付き添うけど」


「私、家は西なの。ここからじゃ遠いわよ。今日ってわけにもねぇ。私もこの人たちとこの後、用事あるし」



 二人が紙と盾を見ながら、あーでもないこーでもない、と話し合っていると、奥さんがお盆を持って戻った。お茶を運んでくれて、後ろから若い男女が4人ついてきた。


「お茶をどうぞ。後ご紹介しますね。北の支部の騎士さんたちには、紹介してあるんだけど。

 うちは娘2人だから、お婿さんで入ってもらって男手が増えました。娘はこっちがスリンデ。こっちはマンジード。スリンデの旦那がウィンダン。マンジードの旦那はルピンデールです」


 子供はまだなのよ、と奥さんは微笑んだ。スリンデもマンジードも、旦那さんの側に立つものの、総長とシャンガマックにめちゃめちゃ照れていた。

 旦那さんたちもそれは分かるらしく、複雑そうな顔で『はじめまして』と小声で挨拶していた。イーアンは、自信を失う旦那さんたちが気の毒に思えた。


 ドルドレンは、シャンガマックとイーアンを紹介し、自分の名前も早口で終えた。そして姉妹を見ずに、婿養子の二人を見て頷く(※身の保全のため)。


「家族工房と聞いている。全員が作るのか」


「はい。義父に教わりながら、出来ることを手伝っています。彼はまだ2年くらいです。私は5年目です」


 どっちがどっちか。全く覚えていない総長は、とりあえず、うんと頷いておいた。姉妹はこの親の子供と分かる、褐色の肌と青い目を持っていた。髪の色は黒く、何やらシャンガマックを気にしていると知る(※自分を気にされているかどうかは無視する)。


 娘婿たちは北の地域の人間なのか。茶色の髪と薄い青い目。二人とも体つきは細く背は高めで、シャンガマックより少し低いくらいだった。二組の夫婦は年齢が近そうで、30代手前に見えた。



「ミレイオ。この人たちが作る。彼らにも説明してくれ」


 総長は、盾の話をおじさんとするミレイオを呼ぶ。振り向くパンクに夫婦は目を丸くした。娘たちは明らかに怖がっていた。旦那も引いていたが、男として、そして目の前のイケメン騎士に負けるわけにも行かず(?)どうにか後ずさらないように耐えた。


「はい?ああ、この子たちもそうなの。ふぅん、細いけど。私の盾作れるかしらねぇ」


 近寄ってきた刺青オカマパンクに、目が釘付け。4人の若者は震える。ちらーっと4人を見てフフンと笑い、おじさんを振り返って『ちょっとサンジェイ(※早々呼び捨て)。この子たちに何させてるの』と訊ねた。これには奥さんもビックリしたようで、眉根を寄せていた。


「あのね。彼らにはまだ難しいことは出来ないんだよ。だから細部製作ね。全体の重さとか、釣り合いなんかは見させるけど、まだ馬だよ。盾は一人で作らせてないね」



 おじさんも既にミレイオに馴染む。ハッハッハ、と笑いながらミレイオの腕をぽんと叩き『ミレイオさんの盾なんか、まーだまだ』と笑う。ミレイオもアハハ~と笑い『でしょうねぇ』と答えた。


 馴染み方が早過ぎて、2人以外は固まる。ミレイオはそのままでも、おじさんの順応力が高いというのだけは分かった。


「あのさぁ。これ作るのよ。あんたたちの工房で。でもこれねぇ、嵌める時に相当、力使うからさ。お兄ちゃん、どうだろうね。サンジェイくらいになれば、コツでイケそうに思うけど」


 盾を一つ持って、旦那さんたちに見せるミレイオ。驚く彼らは、すぐにそれを受け取り、食い入るように魅入った。『これ、これ作ったんですか?こんな盾あるんですか』何だこの厚さ、何だろうこの軽さ、二人は夢中になる。

 それを見て、オカマなパンクはニヤッと笑った。おじさんも腕組して嬉しそうにしている。


「食いついたわね。見所ありってところかしら」


「彼らも好きでこの仕事に就いて。それでね、娘と結婚したから。今すぐは無理でも、頑張ると思うよ」


「ふーん。そうなんだ。じゃ、ほら。炉の方任せたら?私、温度書いておいたから、後は色見ながらとか、強度試しながら。この子たちにやらせてみなさいよ。サンジェイはそれを組み立てるの」


 ああ、それもいいね、とおじさんはポンと手を打つ。『色で分かるのかい』『よく見てればね』いきなり変わるから、気をつけないとダメだけどとミレイオが言う。『強度に差が出ちゃマズイの。合わせないと』そう言って、部品と色の関係を説明してやる。


 おじさんと婿養子の二人とミレイオで、あれこれ話し合っているのを、イーアンは側で見て勉強。

 シャンガマックと総長は立ったまま、お茶を飲みつつ見守る(※二人とも娘を見ないように頑張る)。娘は、じーっと騎士2人を見て、ひそひそ喋るのみ(※旦那に聞こえないように小声)。



 ある程度。ミレイオのお話が終わった頃。冷めたお茶を飲んで、ミレイオは奥さんにお茶のお礼を言い、職人親子に向き直る。


「こんなことだから。後は頑張んなさい。分からないことあったら、ほら、何だ。北の支部だっけ。そこから総長にでも言えば良いわよ。ねぇドルドレン」


「うむ」


「あ、でも。ロゼールが」


 イーアンがちょっと遮ると、ドルドレンも思い出して『お。そうだった』と愛妻に頷く。それから、ロゼールという騎士が、これから営業周りをするから、彼に言う方が早いと教えた。


「え、あの子?ロゼール、営業なの」


 ミレイオが確認したので、イーアンは決まったばかりだと教えて、今後工房を一緒に回って挨拶に伺うと伝えた。総長も頷いて、伝えることはロゼールに紙で持たせれば、と付け加えた。



 こうして、ロゼールが営業デビューすることも伝え、グジュラ防具工房が引き受ける話もまとまり、総長は書類を出して契約を交わす。お代云々については、ここは家族工房ということもあって、経営上、契約金を最初に受け取ることで落ち着いた。


「ではな。次はイーアンとロゼールが来るだろう。よろしく頼む」


「はい。遠い所まで有難うね。じゃ、またね。イーアンね」


 イーアンもお礼を言って、ロゼールと近いうちに来ると約束し、4人は家族とお別れした。見送られて通りに出て、そのまま町の外へ向かう。


「東の支部が遠征地で待っている。昼食は向こうだ」


「あ、そうなの。おいでイーアン。あれ買おう」


 雨も止んで、雲が途切れる合間に青空が見える昼前。ミレイオはイーアンを引っ張って行って、通りの菓子屋で、クリームの入った巻き菓子を買った。『お昼、何食べるか知らないけど。2つ買って、半分ずつ皆で食べよう。これくらいならお腹に余裕あるでしょ』ニコッと笑うミレイオに、店員さんはビビりながら、クリームを多めに入れて渡してくれた。


 総長と褐色の騎士は、ミレイオと二人で戻ってきたイーアンにお菓子を一つ渡される。なぜ一つ?と二人がイーアンを見ると、『二人で半分ずつなのです。ミレイオが買って下さいました』と微笑まれた。


 え? ドルドレンは、俺とイーアンじゃないの?と聞こうとして、すぐにイーアンが、ミレイオから一口差し出されたのを食べるの見て、止まった。


「あれ。ってことは。俺もそうした方が良いですか」


 少し恥ずかしそうに、シャンがマックは手に持ったお菓子を見つめ、それから総長に顔を赤らめながら、それを差し出す。ドルドレンもこの展開に驚きながら、部下に持ってもらった菓子を、已む無く一口齧った。


 赤くなりながら、シャンガマックは。総長の齧った部分をじーっと見て。目を閉じて、そこを自分も齧った。ドルドレンはとても複雑だった。


 前を歩きながら、きゃっきゃ、きゃっきゃしているイーアンとミレイオは、仲良さそうに齧っては『美味しい』『買って正解』『もっとお食べ』『ミレイオ、これ。家で作れるかも』『ええ、あんた作れるの』『この匂いなんだろう』『あの果肉かな』・・・と。まるで姉妹のように笑い合って楽しんでいる。


 しかし、俺と部下は。ちらっと横を歩く部下を見ると、子犬のような黒い瞳を向けて、『総長の番です』と頬を赤くして差し出してくる。うむ、と答えて、目を反らしながら齧るのみ。

 これは。恋人同士だ。それも付き合い始め。むぅ。俺とシャンガマックが付き合い始めの恋人っ。マズイぞ。


「あの。総長。そこにちょっと今。ええっとクリームが」


 齧ったドルドレンの口元を指差すシャンガマック。

 何?どこだ?ドルドレンが手をさっと動かして拭こうとすると、シャンガマックは『いえ、こっちです』躊躇いながら、口の端から少し離れた顎を、指で拭ってくれた。さてこの、拭ったクリーム。どうしたら良いのか。二人はそれを見つめる。


 ドルドレンが部下の指を舐めるのも危ないし(※間違いなく、気があると思われる)シャンガマックが自分で舐めるのも危険(※その道の人が見たら嬉しい行為)。『俺、拭くもの。持ってなくて』困り続ける赤い顔の部下は、そーっと自分で舐めていた。ドルドレンは見ない振りをしておく。


 お互い。どうして良いのか分からない状態でドキドキしながら食べ続ける。とうとうシャンガマックは、心臓の揺れが激しくなったのか。クラクラと体が揺れていた(※超純情な人)。

 あまりにふらつくので大丈夫かと思い、ドルドレンが背中を支えると、困った笑顔を向けるシャンガマックから、最後の一口を与えられた。『あーん』の状態で食べ切るしかない。最初から『あーん』だけど。


 美味しさが分かることのないまま、騎士の二人は心臓に良くないオヤツ時間を終え、前の二人について町の外へ出た。

お読み頂き有難うございます。

ミレイオが買ってくれた、おやつのお菓子を作りました。読んでピンと来る人もいるかもですね。


挿絵(By みてみん)


クレープです。

ミレイオたちが食べたのは、トッピングはなくて、ジャムの混ざったクリームのイメージでした。

この写真では、ジャムが家になかったから別のになりました~

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