571. 北・グジュラ防具工房
お外周りのこの日。起きて着替えて朝食を済ませてから。
ドルドレンは、大きめの肩掛けカバンに書類をどっさり詰め込んで、ベルとハイルの二人に、東でのいろいろ教えるところから始まる。
そしてイーアン。ミレイオの盾を5つ、革で包んで紐で縛り、ミンティンにかかるよう、綱で左右に分けて荷支度完了。伴侶に説明を受けるクズネツォワ兄弟に、そっと後ろから餞別を渡した。ベルとハルテッドは気が付いて、ニコッと笑って『有難う』と腰袋にしまい、礼を言った。
イーアンは龍の皮の上着セットに身を包み、盾を運ぶ。そして心配な空を見上げた。『曇っています。久しぶりに雨かもしれません』裏庭口に立って、イーアンは呟く。
ここの世界に来て、雨が降らない時期だったから。ハイザンジェルだけかもしれないが、雪はあっても雨はなく。思えば春になると春雨が降るものか。異世界でも四季があるのは良いことと思うが。
「あのう。傘はどうされていますか」
「かさ。かさって何のことだ」
後ろにいるドルドレンに訊ねて、やはりと思う答えをもらった。『雨の時?そのままだよ。クロークもある』フード付きクロークで凌ぐと理解したイーアン。
傘はないのね・・・分かりました。そうだと思っていた。支部に来て暫くして気が付いたこと。傘の存在0。
時間があったら作ってみましょう・・・・・作ったことないけど。イーアンはぶつぶつ言いながら、龍の皮の上着に縫い付けた、龍の頭の皮をスポッと被る。うまい具合に角のあった穴から、自分のちょびっとの角が出た。
「イーアン。凄いことになっている」
ハルテッドが見てビックリしている。ベルも振り向いて『うお、怖い』と後ずさった。ん~?カバンを肩にかけて、顔を向けたドルドレンは愛妻(※未婚)を見て止まった。
「何かと思った。何の生き物かと」
笑うイーアンは、伴侶の腕に凭れかかって『ひどい』と縋る。『何の生き物って、何ですか』あなたの奥さんでしょうと言うと、ドルドレンはフードをちょっと持ち上げて、苦笑いで首を振った。
「だってな。角が出ているのだ。ここ。小さい角だけど、顔もあるだろう。これ龍の頭の部分だったのか。裏向きだったから気にしなかったが、被ると違う生き物になっている」
4人で笑いながら龍を呼び、後から来たシャンガマックが、外に立つイーアンを見て固まった。シャンガマックも『敵かと思った』と笑って、笛を吹いて龍を呼んだ。シャンガマックが呼んだ龍は、淡い赤い龍で、斑のある少し大きめの龍だった。金色の目なのに黒目が大きいので、乗り主とお揃いに見える。
「シャンガマック似だな」
「どうなんでしょうね」
総長にうんうん頷かれて、シャンガマックはちょっと笑いながら龍に乗る。『名前を知らない。俺はシャンガマック。もう一人乗せる』龍の首を軽く叩いて話しかけると、龍はベルとハルテッドを見てから、なぜかベルを選んだ。
「何で私じゃないの」
ちょっと不機嫌の女装ハルテッドは、ふーっと顔に垂れた髪を吹き上げた。選ばれなかっただけなのに、ハルテッドはムスッとして、ドルドレンの龍に乗る。
『あいつ嫌い』後ろでぼやくハイルに、ドルドレンは笑った。『女だと思ったのかも』それだけじゃないのか、と振り向いて言うと、後ろでぶーぶー文句を言っていた。
「よし。では・・・どうするかな。俺とシャンガマックは先に東へ行くか。支部に。イーアンは一度ミレイオを迎えに行って、それから東の支部に来てもらえれば」
「分かりました。それではまた後で」
二手に分かれて、ドルドレンとハイル、シャンガマックとベルのセットは浮上し、イーアンと空で手を振ってお別れ。イーアンはそのまま、アードキー地区へ向かった。
ミレイオのお宅前に着いて、イーアンはミンティンに待っていてもらい、お迎えに上がる。朝なので起きているかと少し気掛かりもあり、控えめにノックして待つ。少ししてから『誰か来た?』と中で聞こえたので、名乗った。ちょっと待っててと言われて、暫くするとミレイオが出てきた。
「おはよう。凄い格好」
「おはようございます。朝から申し訳ないです」
入る?と聞かれて、イーアンは盾の工房へ向かおうと思うことを伝える。『ああ、それか』ミレイオは頷いて、火の始末をしてから出てきてくれた。『急でごめんなさい』イーアンが謝ると、ミレイオは笑顔で『大丈夫』と答えた。
「雨が降るかもしれません。ミレイオは雨の時はどうしますか」
「ん?雨。濡れっぱなし」
やっぱり。基本が違うのだと理解した。ミレイオは少しイーアンを見て、『これ龍の顔なの。角もちゃんと出てて良いわね』小さな角先をちょんちょん触って笑った。フードが面白いことを伝えてもらい、イーアンはお礼を言う。
「ミレイオも被れるものがあれば、雨を凌げませんか」
「ああ~・・・そうね。でも、平気。私そんな気にしないの」
それから二人は龍に乗り、東を目指す。イーアンは今日の予定を話し、ミレイオの予定もあるだろうから、北の工房が終わったら戻ることも出来ると伝えると。『いいわよ、一緒に行ったげる。東の遠征地でしょ。一度うちまで戻ったら、時間食うじゃない』ミレイオはそう言って了解した。
「今日はさ。休みって感じなの。昨日仕上げたから、今日は休むつもりだった」
「あら。お休みに。それまた申し訳ない」
「良いじゃない。あんたと一緒だとお休み気分よ。いつも一緒でも良いのにね。そうだ。ねぇ、ルガルバンダのこと教えてよ」
「えっ。ルガルバンダですか。彼のことはよく知りません。この前まであの方と、いがみ合っていまして」
ミレイオはその理由を聞きたがった。イーアンは自分を攫った相手はあの人で、それが最初だったものだから、攻撃的な態度しか取らなかったことを話す。ようやくこの前、ビルガメスも仲介に入った形で、彼と普通に話すようになったと教えた。
「あの人が攫ったって。その理由はなんだったの。女の龍が珍しかったから?」
「そうではないのです。過去にいた、私の前の。私と似た女性が彼の大切な人でした」
その話も聞きたがるので、イーアンはギデオンについても言わなければならず、ギデオンを控えめに登場させながら(※伴侶と重ねられても困る)ミレイオにある程度を話す。
「そうなんだ。長生きも微妙ねぇ。でもよっぽど、その以前の女性が好きだったんでしょうね。イイ男じゃない」
「そう捉えることも出来ます。私にはそこまで思えませんでしたが。ミレイオは許容力が違います」
ハハハ、と笑うミレイオ。『私を攫ってくれても良いんだけど』お願いしてみてよ、と言われ、イーアンは苦笑いで『どう、どうでしょう』と答えた。
どうも、ミレイオはビルガメスよりも、ルガルバンダがビンゴだったらしいとは分かるが。あのルガルバンダにこれを冗談でも言えない気がして、その約束は出来なかった。
雑談する二人を乗せた青い龍は、真っ直ぐに東の支部へ飛ぶ。東は暖かいからか、少し雨が落ちてきた。降ってきたなぁと思いつつ、イーアンは話し続けた。ミレイオを振り返ってみると、言っていたように何も気にしていない様子。
ここは傘よりもレインコートの方が良いのかしら・・・伴侶やミレイオの様子を、今後の製作対象の参考にする。思えば、以前の世界の軍人も、ちょっとそっとの雨で傘は差さなかった。そんなものかも知れない。
小雨の降る空を飛び、東の支部が見えてきた。東の支部に到着し、ミンティンに待っていてもらって、支部の中に入ると、ホールに伴侶とシャンガマックが待っていた。
ミレイオと挨拶を交わして、早々に龍で盾の工房へまずは出発する。ミレイオは、ドルドレンもシャンガマックも龍に乗っているのを見て、自分にも龍があれば良いのにとぼやいていた。
北にあるという、グジュラ防具工房。ミレイオにどんな所かと訊ねられ、イーアンも初めて行くと答える。『家族工房とは聞いています』その答えに、パンクはちょっと考える。
「他の情報ってある?」
「そうですね。デナハ・バスの出らしいのですが、デナハ・デアラと対立したか何かで、分かれたとは聞きました。あとは馬用の防具、盾が得意と。それで紹介頂いています」
「そうなんだ。デナハ・デアラって、あの高慢ちきな鎧工房でしょ?金目当てみたいなチャラい工房」
これにはイーアンが笑う。頷きながら『そんな印象ですね。私を、どこの馬の骨かといった具合で、追い払った場所でもあります』良い印象がありませんねと笑うイーアンに、ミレイオの目がさっと怒りを含んで変わった。
「何ですって。馬の骨ぇ?イーアンにそんなこと言ったの?」
「前の話です。私も耐えられなくて。顔がほら、私はこんな顔ですから。それで嫌だったみたいです。でもね、ミレイオ。怒らないで下さい。ドルドレンは怒鳴り込んでくれました。その場で、騎士修道会との契約を終わらせてしまったのです」
「え。ドルドレン?凄いじゃない。格好イイ~」
ミレイオの瞳から怒りが消えて、ちょっと笑顔が戻った。イーアンは安心して頷いた。『そう。彼は言いました。今日を以って二度と頼まないと言い、後悔しろって。ビックリしましたが、本音を言えば嬉しかったです』イーアンの微笑みに、ミレイオもニコッと笑う。
「ドルドレンは優しいね。あんたが大好きなんだって分かる。良い旦那に会えて良かったね」
そう言って、イーアンの頬に手を伸ばして撫でた。ミレイオの言葉に、イーアンもニッコリ笑って頷いた。『はい。とても素敵な人です。私は果報者です』うんうん、と頷いて、嬉しい気持ち一杯のイーアン。きっと盾の工房は大丈夫よ、とミレイオは言った。
「敷居は、高い低いあるかもしれないけどさ。デナハ・デアラと切れた場所なら、多分大丈夫よ」
二人がこんなことを話しながら、雨空の旅を続けていると、伴侶の龍が寄ってきた。『イーアンもうすぐだ。北の支部から近い小さな町で、イオライセオダより小さい。龍が降りるのは壁の外だ』ミンティンは大き過ぎて無理、という話なので、了解して降下する。
ドルドレンの龍が進む前方、細長い形の町が見えてきた。街道沿いに出来た町のようで、振り返ると北の支部が見える範囲にあった。タルマンバインという名前の町らしかった。
3頭の龍は町の壁の外に降り、盾を降ろしてから龍を帰し、4人はタルマンバインの町に入る。
『可愛い町ね。色が綺麗』ミレイオは、屋根の色が綺麗だと指差した。しかし閑散としている。町並みは、色使いもあってこじんまりと可愛らしいものの、心配になるほど人影が無かった。
小雨は冷たいが、気温が冬の寒さではないので、イーアンたちは、降りそぼる雨を受けながら歩く。他3名は全く、雨に動じていないと分かるのが、イーアンにとって新鮮だった。顔に当たろうが髪が濡れようが、へっちゃらそう。
「ここの辻から左か。飲食店が目印らしいが。時間がまだだからか、開いていないと分かりにくいな」
ドルドレンは辻を左に曲がり、建物の様子をちょいちょいと振り向いて確認した。左に入ってすぐ、次の通りに出たので、4人は先へ進む。ドルドレンが辻から数えて数軒目を指差す。『ここだと思うが』立ち止まったのは、誰も住んでいなさそうな店の前。
「総長。さすがにこれ。営業していません」
「でもな。執務のやつが言っていたのだ。ほら、この地図だとそうだろう」
4人は、明かりもついておらず、窓ガラスも曇っている店屋の前で悩む。シャンガマックは総長の手に持つ地図を見て、通りと軒数を確認して首を捻った。
「ここ。ですね・・・・・ 何でかな。だって、北の支部はいつも頼っているんですよね?」
「そうらしいぞ。だから営業していないこともないと思う。しかし、これはさすがに参るな」
ミレイオも地図を覗き込んで、うーんと唸る。『ねぇ。この矢印って、横に書いてない?』地図を指差して、建物の横にある矢印を教える。『え。どれだ。ああ、そうだな。でも』総長はその矢印を見て、もう一度建物に目を向けた。
ミレイオが建物と建物の間を見に行き、3人を手招きする。『ここから入るんだよ、きっと』扉があるわよ、と教えた。
皆で、どこどこ、と近づき、建物の間にひっそりある、階段付きの上がり玄関を見つける。『これ。普通の人の家』シャンガマックが眉を寄せる。ミレイオは総長を呼んで、『あんた行きな』と背中を押した。
「私じゃ警戒される。シャンガマックも警戒されそう。イーアンは今、別の動物だから」
アハハハと笑うミレイオに、苦笑いで俯くイーアン。『ちっちゃい龍みたいで可愛いけど、お店の人腰抜かす』と笑って抱き寄せた。ということで、普通の人の見た目代表・身長191cmのドルドレンが(※これもデカイ)扉を叩く。
暫く待つと、中で音がした。反応がないので、ドルドレンは店を間違えているかもと思いつつ、もう一度ノックした。『はい、どちら様』戸を開ける手前で、女性の声が確認する。
「騎士修道会北西支部所属、総長ドルドレン・ダヴァート。グジュラ防具工房はここか」
後ろで聞いたミレイオは、イーアンに『肩書きエラそうね』と小声で言う。笑って頷くイーアン、『実際そうです』と肯定しておいた。横で聞くシャンガマックも顔が笑っている。3人は数段の階段下で待ちながら、扉が開くのを待つ。
扉は内側に開いて、中の人の顔は見えないものの、女の人が『ここがそうです』と答える声は聞こえた。総長は連絡済の話をして、女の人は一旦奥へ下がった。それから男性の声がして、年のいった男の人が玄関から外を覗いた。
「どうぞ。何名様ですか」
「4名だ」
入って下さい、と言われて、ドルドレンが3人を呼ぶ。全員細い戸口から中へ入り、扉を閉めた。すぐに階段があり、そこを上がるように言われて2階へ上がると、2階は丸ごと工房だった。盾や馬のマスクは多く、丁寧な仕事の作品が、20畳ほどある部屋の四方の壁をびっしりと埋め尽くしていた。




