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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
570/2952

570. 姉妹の巣立ちとヒョルドのお礼

 

 イオライレビドの家に戻った姉妹は、『影』と話す。


「どうするんだ。もう出ても良い時期だな」


 影の言葉に、姉妹はすぐに答えられない。影は思う。イーアンが提案した話は、自分も最後に手伝えると分かり、彼女たちの独立を見届けることが出来ると。


「俺もさ。ずっとはいられない。一緒にいられる時間はもう限られてるだろ。お前たちがここから出て頑張るなら、最後の手伝いは出来る」


 影の言葉にミルカが俯いた。レナタは目を反らして瞑る。現実逃避そのものの態度に、影は『じゃあな』と声をかけて消えた。慌てた姉妹が見たのは、もう誰もいない椅子。


「帰っちゃった」


「レナタが引き止めれば良かったのに」


「私のせいにしないでよ。ミルカだって止めなさいよ」


 言い合いが面倒なミルカは黙る。この姉と、今後も一緒なのかと思うと、もう離れても良いような気がした。展開は一人では不安にしても、姉と一緒で足を引っ張られる可能性も思うと、それの方が嫌だった。


 ミルカの思いは、この日に限ってしっかりと言葉に上がる。姉がすぐに妹を封じようと触ると、ミルカは腕を振りほどき、睨みつけて真面目に話し合うように言った。

 レナタは妹の反抗を見て、逃げられないと理解して話し合いに応じた。これまでない気持ちを胸に、二人は話し合う。夜遅くまで話し合いは続き、今日戻ってきた獲物の男は、明日の朝に帰そうと決まった。



 離れたところから、それを聞いていたヒョルド。離れる寂しい日が近くに来ている感覚。姉妹が独立することへの応援と喜びの感覚。二つの混じる感覚を感じていた。


 ほんの一日。たった一日の中の、半日程度。イーアンに偶然出会い、自分たちが進む先を見つけた。彼女は強制していない。単に、その立場上。提案にも満たない、当人曰く『確認』をし続けた。捉え様によっては提案だし、相談なのだけど。


「龍か。イーアン。龍の民じゃなさそうだな」


 フフッと笑ってヒョルドは地下に入る。自分の(ねぐら)に戻って、姉妹を見続けた20数年間を思い、それから昼間の話をなぞった。




 欠点がある―― 自分が思いついたことの、粗方を説明したイーアンは、話の最後に『操る力の欠点』を指摘した。


「お話を聞いていると。操る力が切れると、相手のあなた方への思いも何も、なくなっています。関わったことは覚えているようですけれど」


「そりゃそうだろ。操るってことは、こっちが近づいてキッカケ出来たらだもん。続きはこっちの思うまま」


 ヒョルドの言葉にイーアンはじっと赤い目を見る。『それが仕事には使えない理由。欠点です』ぼそっと言うと、ヒョルドは眉を寄せ、『何で?』と訊ねた。姉妹も分からない。お互いの顔を見て、不安そうに黙っていた。



「そうでしょう。一回こっきりでは仕事になりません。何度も通ってもらうのですね。操って通われたところで、どこかで効力が切れたら、そこで終わりなんて。意味ありませんでしょう。お客さんの意思で『行きたい』『あそこに頼れる』と思えなければ。お客さんの自覚が必要なのです。


 私が話した、あなたたちが『民間療法師』として仕事をすること。やり過ぎない範囲できちんと、体の中の病気や怪我を回復に導ければ、操らなくたってお客さんは来ます。腕が良くて、ワルさしなければですよ。

 後ですね、体を治したい方には勿論、貧しい生活の方もいます。ふっかけてはいけません。安過ぎても腕を疑われますが、相場より安い上に、治りが良い、と噂が広まれば、お客さんは自然と集まります」



「最初。どうすんだよ。いきなり町で開業しましたって届けても、客がすぐ来るわけでなし。怪しまれるかもしれないぞ」


「そこだけは、あなたが手を貸したら良いではないですか。最初、この姉妹のお店に気持ちが向くようにだけ。相手の心への働きかけ、絶妙な気持ち加減は苦手ですか?」


 ヒョルドはムッとした顔で『んなわけないだろ。誰だと思ってんだよ』言い返す。イーアンは少し笑い、『では。それで良いのでは』と続けた。


「思うように行かない時、そういう時こそ我慢して努力です。思い通りにするために操る力でヘマしてご覧なさい。一度、信用が消えると後がなくなります。

 思い出しましょう。これまでにあなた方が、生活をお任せした相手の男性について。どこかで効力が切れた後、あなたたちを訪ねて戻ってきた人が何人いましたか。

 仕事をするならば、植え付けられた一時的な執着なんて、効力の切れたお客さんには重要ではありません。あっさり遠ざかるだけです。でもそこで意地になって、これまでのように行動するのは間違いです。


 一つ。大事なことを教えましょう。人に頼られたり、感謝されたりすると、それはとても励みになるものです。小さなことでも、嬉しく思えるし、良くしたいと動ける意欲が湧きます。仕事をすると、それが見えやすくなります。だから皆、頑張れるのです」


 イーアンは静かに姉妹に伝えた。レナタはイーアンの鳶色の瞳を見つめて、質問した。


「イーアンも。頼られたら嬉しいですか。頑張れるのですか。だから今」


「私ですか。私はそんなことどうでも良いです。嬉しいとか頑張るとか。私にはあまり関係ないことです。仕事は仕事としか見ていません」


 がっちり無表情でぶった切られ、レナタはその溝に困惑した。ヒョルドも『良い話してる側から、逆方向って』と思ったものの。イーアンの冷たい態度は、姉妹に頼られる隙間を作らせないためかと、すぐに気が付いた。



 こんな話で。イーアンは結局。2時間近くの席で、レナタとミルカの『民間療法院』の話をした。それは『確認』と当人が言っていた枠を、大いに超えているようにヒョルドには感じたが、それを口にしたら、すぐ話が終わりそうで黙っていた。


 姉妹がこれまでの経験上、出来る範囲で、怪しさや危険のない材料と道具の範囲で、人助けにもなる仕事が出来る気がすると、イーアンはつらつら話し続けた。


 そして、話の最中で何度も『私も騎士修道会も、無関係である』と念を押した。最後も『自分は、この影なる男に聞いた話から、姉妹の現況を確認しただけ』これを付け添え、イーアンは店を出るなり龍を呼んで、手も振らずに戻って行った――



「冷たい。冷たいイーアン。そうだな。冷たくしないといけなかった」


 フフンと笑うヒョルド。ドルドレンは、イーアンを冷たいと思ったことがないと話していた。ヒョルドは考えた。イーアンに礼をしよう。寝床の横にある板に引っ掛けた、一本の古びた鍵を手に取る。


「こんなもん。あいつ使うかね。でもこれくらいしか、礼になんないかな」


 俺の力は要らないって言うし、そうまた笑って、鍵を握り締める。地下の国へ入る鍵を、空の住人に渡すなんて大丈夫かなぁ?笑みを浮かべた独り言を呟きながら眠った。



 翌日。姉妹の家から、旅人の男が出て行った。馬を引いて、レビドの集落を後にした背中を、姉妹は見送った。


 それから姉妹は荷造りにかかる。使うものは全部まとめ、箱や袋に詰め込んだ。馬車がないけれど、それは影に相談しようと思っていたので、荷造りの手が止まることはなかった。


 片付けて、掃除をして、運ぶ荷物を戸口にまとめて積み上げる。『一度には運べないし、住む部屋がどのくらい広いかも分からないから。最小限の荷物にしましょう』ミルカは姉にそう言った。


 影は出てきて、すっかり様相の変わった家の中を、面白そうに見渡した。姉妹は自分を見て何も言わずに、言葉を待っている。


「行くのか。決めたか。じゃ、王都まで連れてってやる」


 ニヤッと笑った影は、台所にあった『(まじな)いお茶の箱』を一つ手にとって、外へ出て箱に息を吹きかける。馬車の荷台が現れて、影は続いて自分が馬に変わった(※ブラック・シンデレラ状態)。姉妹は、大きく深呼吸して、戸口から荷物を馬車に移し替えた。そして家に鍵をかけ、表の井戸に板を置いて蓋をした。


 御者台に二人は腰掛け、知らない間に手綱が垂れているのを見つけ、それを手に取った。黒い馬は白い(たてがみ)をぶるっと震わせ、レビドの集落を出発した。



 *****



 スカーメル・ボスカの店から出た夕方過ぎ、すぐにイーアンは支部へ戻ってきた。ドルドレンに挨拶に行くと、『もうちょっとで終わるから』と言われたので、工房で待つ。


 そしてドルドレンが来てから、一部始終を話し、自分が強調して、しつこく言い続けた『私も騎士修道会も無関係』フレーズをアピールした。伴侶はイーアンの頭を撫でながら、笑っていた。


「良いことをしたのだ。イーアンらしい」


 何か、きっかけになると良いなとドルドレンも頷く。イーアンも、そう思うと答えた。


 ドルドレンはこの後、東へもう行くことを伝える。東の支部の隊は今日、先に遠征地へ出発したと教える。『龍も戻ったし、明日にでもハルテッドたちを連れて行かねば』盾もあるよと言うので、人数配分を決めることにした。


「ミンティンに私とミレイオ。盾もこちらで持ちましょう」


「そうだな。では俺と、どうするかな。フォラヴかシャンガマックに出てもらうか。あの兄弟をそれぞれ運ぶから」


 明日は、東の支部に兄弟を下ろし、その後に盾工房、終わった足で遠征地。ミレイオには済まないけれど、一緒に回ってもらおうという話でまとまり、この日はこれで終わった。


 イーアンは本当は、ヒョルドの過去で聞いた一部を、伴侶に話したかった。『地下の住人と、人間との間に、子供がいることもある』それを知らせたかった。でも約束した以上は、伴侶にも言えなかった。


 もし今後。始祖の龍の時代に生きた、あの男の人の話が出た際には、『そういう可能性はある』とはっきり言える。それだけは出来る、とイーアンは思った。



 この夜。


 イーアンは夢を見た。夢には、蝙蝠の翼が付いたヒョルドが出てきて、自分を見てニコリと笑った。それから彼は一本の鍵を見せる。


『それは何』


 イーアンの問いかけに、ヒョルドは笑顔を崩さないまま、白い空間の足元にその鍵をさして回した。足元は音もなく亀裂が入り、その亀裂は見る見るうちに自分の足元まで裂けた。


 慌てたイーアンが浮かぶと、ヒョルドはイーアンの足を掴んで引き寄せ、もがくイーアンを腕に抱き締めてそのまま亀裂の中に沈む。焦って腕を抜けようとしても、ヒョルドの力が強過ぎてどうにも出来ない。

 目の前のヒョルドの顔は笑っていて、赤い目を向け『どこからでもサブパメントゥへ』可笑しそうに囁いた。びっくりしたイーアンは手に握らされた鍵と、白い空間から沈んだ暗い世界から逃れようと、思いっきり腕を伸ばした。



「痛っ」


 ハッとするイーアン。伴侶を突き飛ばしていた。眠っていた所をベッドから落とされたドルドレンは、びっくりしてイーアンを見上げる。『どうした。夢か』腰を打ったと擦りながらベッドに戻る伴侶に、イーアンは謝りながら、夢で見た話をした。


「そうなの。ヒョルドが。まさか俺が突き飛ばされるとは」


「ごめんなさい。どうにかして逃げたくて」


 イーアンを腕に抱えて寝てるからね、と苦笑いしながら、布団をかけ直すドルドレンの背中を、イーアンはせっせとさすって謝った。『本当にごめんなさい』痛かったですねと謝り続ける。


「大丈夫だ。不意打ちで痛かっただけで・・・うっ、冷たっ」


 え?イーアンが覗き込むと、ドルドレンは自分の体(※裸)の下側を手で探った。『これ何』手に取った金属を引っ張り出して、暗い部屋に差し込む窓の明かりに晒した。


「鍵。鍵です、これです」


「これ?夢で見たという。ヒョルドが置いて行ったのか」


 ドルドレンは首にビルガメスの贈り物を巻いている(※裸マフラー状態)。イーアンは寝巻きだけ。龍の道具はないから、もしかしたら夢に入られたのかと考えた。


「でも、いや。どうなのだろうな。龍のイーアンにそんな操るなど。出来そうにないが。だってヒョルドよりも、コルステインの方が上だろうに。コルステインが諦めたイーアンに、ヒョルドが入れるとは思えない」



 操るのとはまた、異なる力なのかもね、と二人は分からないで微妙な納得をした。それから一本の鍵を見つめ、これがここにある意味を考えた。


 結論。これも分からないから、もう寝ようとなる。二人は眠り直すことにした。イーアンはこの後、夢は見なかった。

お読み頂き有難うございます。

ブックマークして下さった方に心から感謝します!有難うございます!!

ヒョルドの絵を描きました。彼が普段、人の姿を取る時の絵です。



   挿絵(By みてみん)

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