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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
568/2952

568. イーアンと姉妹とヒョルド1

 

「誰?」


「お前が誰、だろ」


 ヒョルドの言葉に即、返すイーアン。その顔と声の低さ、口調に、ドルドレンは自分も会話に入った方が良さそうに思った(※冷静な大人として)。

『俺が話そうか』ドルドレンの言葉に、イーアンは眉を寄せて首を小さく振る。『話になりません』いいのよ、と断ると、ヒョルドが立ち上がってイーアンの後ろから、扉の向こうにいるドルドレンを見た。


「おっ。男前のお兄ちゃんだね。彼氏」


「うるせえ。座れ。もしくは出て行け。嫌なら、くたばれ」


 愛妻の言葉に笑うドルドレン。イーアンの肩をちょっと叩いて『俺が話そう』と中へ入った。ヒョルドはドルドレンを見て、面白そうに目を光らせる。『さっきから、こんな感じ。イーアンに酷い言われるんだよ。会ったばっかなのに』とドルドレンにチクる。


「そういう内容だぞ、自覚しろ」


 口調が親方(※弟子は似る)。親方よりも盗賊的な愛妻を苦笑いで宥めて、ドルドレンはヒョルドをちょっと見た。小さく頷いて、座るように伝え、愛妻の横に腰掛ける。



「では来訪者。そちらの名前から聞こう」


「お兄さん。俺の名前は言えないんだよ。お兄さんも俺に名前を言うと、あんまり嬉しくないことになるからやめな」


「気遣いに感謝しよう。しかし操られることはなさそうなのだ。だから名前を聞かせてくれ。俺も名乗る」


 オレンジ色の目は赤く戻る。ドルドレンを見据え『あ。なるほど』と頷いた。指差して、首元を指摘するヒョルド。ドルドレンも静かに頷いて微笑んだ。


「お守り付きってこと。また、珍しいものを。んー・・・じゃ、良いか。ヒョルギハーダだ。ヒョルドで良いよ。お兄さんは」


「ドルドレン・ダヴァートだ。話を聞こうか。イーアンは騎士修道会に所属していても、決定権はない」


「お兄さん。ドルドレンは決定権あるって意味ね」


 そう、と頷く。ちらっと横のイーアンを見て、自分を睨んでいるのを確認。『その。この、おっかねぇの。何とかしてくれ。怒ってばっかなんだよね』イーアンを指差して、へらへら笑うヒョルド。

 ドルドレンは愛妻の肩を抱き寄せる。『怒ってはいけない。これから話を聞くのだ』伴侶にそう言われ、イーアンはちょっと表情が治まる。ヒョルドはその変化に驚く。『魔法だな、お兄さん』と拍手した。


「茶化すな。イーアンは真面目なのだ。これ以上は俺でも宥められないぞ。用は何だったのだ」


「イオライレビドに姉妹がいる。若いやつらで、20代前半。俺が昔、捨て子だったあいつらを拾って、レビドの大人に預けて。そこで育ったんだ。育ての親はもう死んでいる。

 俺は・・・お兄さんは知ってそうだから、最初っから正体丸出しで行くと、サブパメントゥの者だ。


 拾った手前、あいつらに生きる知恵を度々教えてきたが。あいつらは、それしか知らないわけ。

 だから男引っ張り込んで、(まじな)いかけて仕事させるの。稼ぎをもらって生き延びてるけど、あれら人間だからさ、(まじな)いの力も弱めね。効果が切れるわけよ。そうすると男は帰ってこないだろ?あいつらは食いっぱぐれ。


 でさ。それを見てて、レビドから出すにも、もうちょっと、あいつらを逞しくさせたいと俺は思ったの。今後あいつらが誰を操っても良いんだけど、自力も要るじゃん。用意ってないかなとさ」



 ドルドレンは黙って聞いていたが、話し終わった男に質問することにした。


「恐らく。イーアンは断っただろう。それをお前が食い下がって、この状態のイーアンにしたな。それは理解した。

 イーアンが何を答えたか、内容は知らないが。俺も同じ答えしか出来ない。彼女たちは自分で仕事を探し、自分の力で働くのだ」


「お兄さんまで、それか。用意してやれることないの?騎士修道会から、どっか紹介してやるとか」


「それはここの管轄外だ」


「お兄さんさー。イーアンも冷たいなと思ったけど。可哀相とか思わない?」


 ドルドレンはイーアンの肩をぎゅっと抱いて、頭にキスをしてから、見上げる鳶色の瞳にニコッと笑った。それからヒョルドを見て答える。


「ヒョルド。お前はどうも優し過ぎるらしい。俺は、イーアンが冷たいと思ったことは一度もない。イーアンは、どれほど苦しくても生きることを続けた。どんな目に遭ってもだ。そんなイーアンに、他人への優しさがないわけないだろう。

 彼女が頭ごなしに怒ったり、撥ね付けるのは。お前が甘いからだ。聞いていれば分かる。

 その姉妹は、他人を働かせて、その者の稼ぎを使って生きているのだ。それを良いか悪いかも考えることなく。

 良い悪いは、この際、置いておこう。しかし、人は自分の力を信じる時期が来る。それを信じて失敗しても、それは人生の一つだ。ヒョルドに救われた命は、人生を開いた。今が彼女たちの、経験するべき最初の門かも知れない。そうは思えないのか」


 イーアンは伴侶の言葉に感謝して、頭を凭れかけさせた。ドルドレンはその頭を撫でて微笑む。この2人を見ていて、ヒョルドは分からなかった。


「あんたたちは。お互い頼れるんだろ。だから、そんなこと言えるんじゃないの。あいつら親もいないし、友達もいないんだ。他人に繋がりがないから、これから学ぶったって簡単じゃないんだよ」


「親がいない。友達がいない。他人に繋がらない。そうか。彼女たちだけが、特別そうではないな。親代わりに頼み込みに来た、人間よりも強いはずのお前がいるのに。それでも可哀相に思え、と。


 お前のように、人間以上の力を持つ保護者もなく、彼女たちよりも厳しい環境で生活し、自分を見失わないよう生きている者を、俺はたくさん知っている。人によって、苦しさの感じ方は違うが、姉妹に限って言えば、自立する時が来ただけのことだろうと思う」



 ヒョルドは背凭れに寄りかかって、ふーっと息を吐く。『言われてみればそうだけど』と答えて黙った。

 イーアンは思う。なぜこんなに食い下がるのか。何か気になる。理由があるだろうなと思うが、聞くのも躊躇った。


「ヒョルドの力で、王都にでも連れて行ってやれ。王都なら若い世代の仕事もまだあるだろう。安い給料かどうかまでは知らんが、住み込みで働くことも考えろ。普通はそうするものだ。

 お前は自力を付けさせたいと言うが、それなら人を操るよりも、自分を操った方が早い」


 ドルドレンの言葉は冷たくはない。同情を含んでいるが、ヒョルドには何とも答えられなかった。少し考えて、目を反らしながらヒョルドは言う。『居場所や仕事の紹介って、ホントにないの?』この質問に、ドルドレンは『ここでは、ない』とはっきり答えた。



「さっきね。お兄さんが来る前ね。イーアンに取引しないかって訊いたんだよ。用件が叶うまでの間、俺の力を使っても良いよって」


「イーアンは撥ね付けただろう」


「そうだね。いらねぇって言われた。お兄さんはどうなの。イーアンは龍だから、ある程度、自分の思い通りに出来るだろうけど、お兄さんは見たところ人間だろ?俺の力を使える一定期間、あると便利だよ」


「俺にはイーアンがいる。ヒョルドの力を使う用事もない」


 ヒョルドは困った。眉を寄せて額に手を置いて、うーん、と悩む。


 ドルドレンもここまで来ると、何でこれほどしつこいのか。少し気になってくる。他の理由でもあるのだろうかと思う。ちょっと愛妻を見ると、愛妻もこっちを見て、僅かに首を傾げた。同じことを疑問に思っていると分かる。


「なぜそこまでして、あの姉妹に楽をさせたいのだ。自力云々言う割には、そう聞こえるぞ」


「ええ?だって。ガキんちょの時から見てるんだぜ。そういうもんだろ」


「だが、お前が育てはしなかった。育ての親は別の者という。毎日、べったり一緒だったわけではないだろう。楽をさせてやれる状態を、求めているふうにしか見えないが」


 ヒョルドは唸る。困ったなぁと言い続けて、白い髪をわしゃわしゃする。本当に困りっぷりが分かりやすくて、イーアンも眉根を寄せて、その状態を見つめる。

 ドルドレンとイーアンは。目の前で困りっぱなしの地下の国の男を、困惑の思いで見つめる。帰ってもくれないし、別の方法を考えもしない。どうすりゃ良いんだろう、と思う。



 この状態で3分経った頃。執務の騎士が来て『総長、本部から手紙』と短く告げ、話も半ばの総長を引っ張って行った(※昨日ほっつき歩いていたと思われているので容赦ない)。


 工房に残されたイーアンは時計を見た。まだ昼にならない。切り上げたいのに、ヒョルドは粘る。ぶっちゃけ、隠し事でも話してくれたらと思い(※隠し事ありと決定)言うことにした。


「ヒョルド。あなたの態度は奇妙です。なぜそれほど固執するのか。何か理由がありますか。

 騎士修道会(私たち)ではない、他の人間に頼ることも出来るでしょう。これまで、彼女たちを訪れた男性を、味方につけることも」


「出来ないって。あいつら、女が好きなんだもん」


 うわっ イーアン、引く。一瞬で繋がる、あの姉妹のベタベタ感&赤い頬染め状態=自分に向けられていたと理解する。

 そんな表情のイーアンを見て、ヒョルドはちょっと笑う。『好かれたろ。分かるよ、イーアンは男っぽいし、頼り甲斐ありそうだから』目的に沿ってるね、と言われた。


「操る相手という。そういう目的」


「まぁね。そうかな。聞こえは良くないけど。そういうことだから、あいつらは、そういう関係だし。他の男なんか金ヅルにしか見えないよ。これ、俺関係ないよ」


 ぐはあっ ビビるイーアン。男の人=金ヅル。それはよくある話だが、女性が好きで、男はお金稼ぎ。そして姉妹は、お互いにそういうご関係と・・・・・ むぅぅ。マズイ予感しかない。関わってはいけない気がする(※私の恋愛対象はストレート)。



 そんなイーアンのドキドキ状態は気にせず。ヒョルドはうーんと唸って、天井を見上げた。見上げたまま肩を落とし、『話したら。助けてくれる?』と呟いた。イーアンは『内容によるから約束できない』と答えた。


「イーアンさ。じゃあさ。俺がイーアンを今、頼ってる理由は話す」


 何も言わずに、イーアンは赤い目を見つめる。観念したような顔。地下の国の方は、感情をあまり出さないとか、そんな話も聞いたが。ヒョルドはそう思えなかった。


「イーアンが、龍だと知ったからだ。普通の人間じゃないから、頼れるかもと思った」


「普通の人。それがなぜ問題ですか」


「えぇ?だって、普通の人間なんかアテになんないだろ。約束したって守んないし。

 龍って、固そうじゃん。龍族って、話しか知らないけど・・・どっちみち、イーアンは龍族なんだろ?」


「そうですね。龍族ですね。豆知識で補足して差し上げますと、龍族でも龍の民は、約束をあまり大事にされないとは伺っています」


「えっ。そうなのか。じゃ、イーアンは約束しても」


「私が、龍の民とは言っていないでしょう。個人的に、私は約束した以上は守ります。龍云たら、関係ないです」


 白い髪をぎゅっと両手でかき上げ、後ろに撫でつけたヒョルドは、手をそのままにイーアンを見つめる。


「とにかく。頼れると思った。異質同士。だから来たんだ」


 それに騎士修道会の所属って言うからさ、と付け加えて、ヒョルドは話をしようか迷った後。イーアンに約束を願った。『今から話すこと。誰にも言わないでくれ。それは約束してくれ』真面目な顔で言うので、イーアンは了解した。



「うん。じゃな、話すけど。あの姉妹は、俺の子供みたいな存在だ。人間だけど」


 イーアンはここで、昨日問答になっていた『地下の国の住人と、人間の子供』の話を思い出す。求めよ、さらば与えられん。まさにこのことか、と即行願いが叶っていることに感謝して、続きを促した。


「俺が昔。人間の女を好きになりました。その女は独身で、好きな男がいました。

 ・・・・・で、俺はその男を操ったと。操ったら、俺じゃないけど、女は俺とくっついた。でまぁ、子供が生まれたわけだよ。女は育てるだろ?幸せなわけだけど。2人目も生まれた時。操り過ぎちゃって、男が死んじゃったんだよ。男を3年近く操ったから。使い切っちゃったわけだ。ばったり、ある日死んじゃった。


 それで女はいきなり、旦那もいなくて、赤ん坊みたいな子供2人で残される。俺はさすがに悪いと思って、女の前に出て話したんだけど。俺がどうにかするって言っても、女は半狂乱だよ。自分が好きだった男は、実は中身が違ったとか、自分のことを好きじゃなかったのか、とか。あんたは人間じゃないのに、と。まぁ、そうだな。


 と、こうした流れで。女は俺との子供だと思って、姉妹を捨てて消えたんだ。俺は。どうやって育てていいかも分からないし。人間の体の姉妹を、地下にも連れて行けないし。でも幼いから、誰かに世話させないといけなくて」


 口ごもって赤い目を伏せたヒョルドに、少し同情するイーアン。まともに現れたら嫌われると分かっていて、能力を使った末がこんなことになったとは。


 何とも言えない話。男性も女性も、被害に遭ってその人生を狂わされたと思うと、それは実に気の毒だし、生まれた姉妹も被害者の立場。加害者たるヒョルドは、恋した相手が異種だっただけ。でもどうにかして、子供たちを育てなければと、彼は――



「もう良いです。もう。分かりました。誰にも話しません」


「信じる?」


「嘘でも本当でも、信じるとかそうではなくても。話さないです。とにかく、あなたはそうした理由で、彼女たちを守りたいわけですか」


 そう、と頭を掻いて答えるヒョルド。『目的が済んだ、って言ったじゃん。あれ、あいつらが大人になったから、もう良いかなって思った』と言う。イーアンは溜め息をついた。


「目的は済んで。もう良いかなと思った。でもあなたは、良くないのですね。心配なの」


「そうだな。自立してくれたら、もう良いかなって思うし。俺の名前は教えてないから、俺を呼び出すことも今後出来ない。俺とあいつらは違うから、いつかは離れないといけないんだけど」


「ヒョルドは。彼女たちに自分なりの教育を施したと。それは彼女たちの役に立つから」


「役には立つだろ?聞こえは良くないけど、操れたら、女だし。危険も少ないじゃん」


 一応。親なのね。イーアンはちょっと気の毒になる。親心・・・地下の国の人なりの、親心。

 まさか男親の人間が、操り過ぎて死んじゃうとは思わなかったんだろうな~と思うと、それもまた。どう言って良いのか。

 その男女のことを考えると、えらい迷惑な話だが。ヒョルドの感覚も違うだろうし、同じ世界に存在していることが、そもそもこの悲劇の原因なのか。シェイクスピアの真夏の夜の夢が過ぎった。あれは円満解決だけど。


 黙るイーアンを見て、ヒョルドはちょっと機嫌を伺う。


「どう。どうかな。こんな話しても、イーアンは冷たいから無理かもしれないけど。ちょっとは一緒に考えてくれそう?」


「私が冷たいかどうかは、どうでも良いことです。しかし、彼女たちが自立して仕事をすることは、ドルドレンも言いましたが、それは人間のうちでは普通です。普通の出来事。あなたの懺悔の思いはあるにせよ、大人になれば誰でもそう行動します」


「だからさ。じゃ、あいつらを王都に連れてって、はい頑張れよって置き去りに出来ないだろ?そこを言ってるんだって。(つて)がないと」


(つて)以前に、心配しないといけないことがあります。あなたが良かれと思って、教育した反比例が、問題です。彼女たちが人を操ることを、どう捉えているか。その加減を教えていないでしょう?」


「加減?強さってこと?」


「違います。簡単に言えば、相手のことを考えて、操る程度を調整する・・・って、分からないか。あのですね。ご自身のお話を思い出しましょう。お嫌でしょうが。

 操る相手は人間です。その人の人生があります。先ほどのお話もそう、姉妹の獲物になる男の人もそう。相手にも、自由に生きて、個性を持つ時間が、人生に約束されているのです。

 でも、それを分かって操っていますか?私はそう思えないから、取り合わなかったのです」


「言ってるイミ、分かんないんだけど」


 だよね~・・・・・ イーアン悩む。そんなこと考えて操るわけないのだ。元々、そういう能力持ちなのだから。

 ヒョルドも少し困っているような顔で、『でもそれが大事なんだろ?もう少し簡単に教えてよ』と言う。聞こうとする姿勢はあるので、考えるイーアンも頷く。


 人の意思を、個人を尊重するミレイオの感覚。同じ地下の国の人とは思えないミレイオに、この時とても尊敬を抱く。でもミレイオに会わせるのも違うので、ここは自分が頑張らないと、とイーアンは思った。

お読み頂き有難うございます。

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