566. レビドの姉妹とイーアン2
青い目を丸くして、イーアンの言葉に驚くレナタは、口に手をさっと当てて『こんな』と一言呟いた。ミルカが急いでレナタの側へ寄り、イーアンと扉の間に滑り込む。
「ごめんなさい。行かないで。話を聞いて下さい。これを誰にも言わないで」
急ぐミルカの謝罪に、姉はもっと驚いて、その口に手を押し付けて塞ぐ。『何てこと言うの。止めて』姉妹は動揺していて、お互いの態度がおかしいことも気にせずに取り乱した。イーアンはそれを見て、姉の方の肩に手を置いた。
「おかしなことをしなくて良いです。話があるなら聞きますが、あなたの都合には合わせません。話したいなら別の機会に」
「そんなこと言って、もう二度と会わないでしょ?私たちはレビドから出るのも大変です」
「訪れたいと思わせる方法も取らないで、何を言うのです。あなたが取った行動は、私を近寄らせないための行動です。分かりませんか」
イーアンの低い声に、レナタの顔がさっと赤くなって怒る。『こんな所に誰が来るのよ。頼んで来てくれたら困ってないわ』つい声を荒げた本音が出て、レナタは続きを黙った。ミルカがすぐに謝る。
「イーアン。お願いです。今帰らないで下さい。失礼なことをしてごめんなさい、でも私たち、切羽詰っていて」
「ミルカの気持ちは思うに、正直なのでしょう。ですが、取る方法を間違えています。それと、私が戻らないと迎えがここへ来ます。もうじき」
二人はビックリした顔でイーアンを見る。それからハッとしたように男を押し込んだ部屋を見た。
「やめて。本当?本当に?そんなことしてどうするの。まるで私たちが」
「まるであなたたちが。どうしたのですか。何かしていますか。私がここから出れば良いだけのことです」
言葉を失うレナタを見て、ミルカはぎゅっと目を閉じてからイーアンに頼む。
「お願いします。誰にも言わないでほしいんです。あの男の人は私たちの親戚です。久しぶりに帰ったから、あの。先に奥の部屋にいてもらって。イーアンのことは、今もう、どうぞ。お願いします。誰にも言わないで」
ミルカはイーアンに縋りつく。イーアンは同情するが、こういう方法は好きではない。
「ミルカ。私は他の人の事情に首を突っ込みません。私が解放されれば、私はあの男の人がどこの誰かなんて、気にもしません。そしてここの話をするな、と言うなら、しません。私を出して下さい」
ダメよ、とレナタは怒鳴る。ミルカは鍵を開けた。その手を引っ叩いて『何してんのよ』と怒る姉に、ミルカは首を振って反抗した。『レナタがいけないのよ。イーアンは効かなかったじゃない』そう怒鳴り返し、二人は止まる。振り向くと、イーアンは寂しそうに自分たちを見ていた。
「そうです。効かないこともある。私が効かなかっただけ。早くここを出ないと、騎士修道会の人間が数名来ます」
姉妹は、イーアンの言葉を信用して良いのか、2人で目を見合わせた。イーアンは時間を考える。多分、後30分もない。
「私はね。約束は守ります。それでも出してもらえないとなると、後で手は打ちますが、ここを壊してでも出ます。どうしますか」
「壊す」
イーアンは、はーっと重い溜め息を吐いた。
①こんな女の人相手に、暴力は無理。
②言葉で説得も出来ない。
③でも自分が帰らないと、伴侶は間違いなくここへ迎えに来てくれる。
④そうすると、誰かも一緒だと思う。
⑤となると、もう姉妹の何やら荒稼ぎ業を隠すことは出来ない。
「そうですね。私はあなたたちの所業への理解があるかどうか、詳細を知りませんので何とも。ですが、訊くな話すなと言うのでしたら、出してくれるなら守りましょう。
しかしですね。私が戻りませんともう、僅かな時間で騎士修道会は私を探しにここへ来ます。私がそう手配したからです。
そうしますと、あなたたち姉妹とあの男性、そしてなぜ私を出さなかったかを問われるでしょう。それは・・・望まれませんでしょう?あなた方の優先事項は、ばらされたくないわけです」
イーアンは訊ねながら続ける。
「つまりね。あなた方を尊重して、私が出る方法しかないのです。出してもらえませんなら、この家を壊して出るより他ないのです。
あなた方が『他言無用』と願う上、私を出さないとすれば、極端ですが他言無用を守るために、私はここを壊して出るよりありません」
レナタはそれを聞いても、首を振った。ミルカは姉の腕を掴み『レナタ、無理よ。ここに人が来たら全部変わってしまう』と説得しようとする。
姉妹の決断に時間がかかり過ぎるので、イーアンは見せた。一人で出来る範囲は僅か。それでも、姉妹から離れて、空間のある場所で片腕を伸ばす。そして呟いた。『その腕は爪』困ったような顔でイーアンが呟いた瞬間、びゅっと真っ白い爪が腕に取って代わった。
龍の爪は、姉妹の家の壁を少しだけ切り裂いた。『あら。すみません。ちょっと大きかった』傷つける気がなかったイーアンは謝る。そしてまた、すぐに爪を腕に戻す(※疲れる)。姉妹は目を一杯に見開いて、息が荒くなっていた。
「誰。誰なの、人間じゃない」
レナタの言葉に、イーアンはちょっと笑った。『あなた方も、人間業ではなさそうです。そして私は、今の方法で壊すでしょう』そう答えると、空間に声が響いた。
「そうだな。お前たちには大き過ぎる獲物だ。やめておけ」
姉妹はギョッとした顔で空間に目を向けた。低く枯れた声の主は、イーアンの頭上、天井に姿を現し、大きな蝙蝠のような形でイーアンを見た。
「ちょっと。大き過ぎだろう。こんなの引っ張り込んで」
天井を覆う黒い蝙蝠は笑った。イーアンは天井を見つめ『はじめまして』と挨拶した。蝙蝠もニヤッと笑って『はじめまして。龍よ』と答えた。
黒い蝙蝠を見つめたイーアン。首を回して、降りてくるように言った。蝙蝠は赤い目を瞬きし、ちょっと笑ってボワッと音を立て、煤のような煙を撒いたかと思うと。
「俺を苛めるなよ。後な。そいつら。手を出さないでくれ」
焦げ茶色の男が笑って言う。真っ白のザンバラ髪をかき上げて、腰に一枚布を巻いた、背中に翼のある男が椅子に座ってイーアンを見る。
「あなたは」
「俺?俺は『影』。こいつらの影だよ。こいつらに生きる知恵を渡してる。で、お前さん誰。龍だろう」
すぐにイーアンは答えない。目の前に出てきた蝙蝠男を少し見て、唇を歪めて笑みを作った。
「地下の。サブパメントゥの方かしらね。私は。そうですね」
男はハッハッハと笑って、姉妹を見た。『バカだな、こんなヤツ捕まえて。お前らは暢気すぎる』相手見ろって言ってるだろ、と笑いながら呟く。
「龍ね。俺。龍って初めて会うんだけどさ。あんたみたいな女っぽいやついるんだね」
女っぽいやつの感想に、仏頂面のイーアン。何も答えずに、扉を見る。『どうでも良いことです。出して』それだけ言うと黙る。
「怒るなよ。どれ。ほら、開いてるぞ、出ろよ」
その言葉を聞いて扉を見ると、隙間が見えた。でもそれは。イーアンは睨む。『およしなさい。馬鹿にして』と影に伝えた。影は笑って頭を振る。
「ダメか。お前、何て名前?俺の名前を教えてやる。俺は」
言いかけて、二人のやり取りを見つめる姉妹と目が合い、影はニコッと笑った。そしてイーアンの側に近づいて背を屈め、小声で耳打ちする。『俺はヒョルギハーダ。ヒョルドでも良いよ』そう言って、イーアンの耳を少し噛む。睨むイーアンは首を反らした。『ふざけるんじゃねぇ』吐き捨てた龍の女に、蝙蝠男は笑った。
「冗談、通じないの?龍でも通じると思ったんだけど」
「私にふざけるな。私とあなたは違うのです」
「名前を教えてよ。俺は操らないし、あんたがデカそうって分かってるぜ」
「私か。私はイーアン。早くここから出せ。出さないと壊す」
だから出られるって、と蝙蝠男は扉を見る。イーアンは見ない。相手の赤い目を見つめ『早く』と言う。やれやれ・・・ヒョルドは苦笑して扉を指差した。ばたーんと扉が開き、イーアンはすぐに外へ出る。
「早くこうすれば良いのです。私がここにいると、あなたたちが困るのだから」
そう言いながら笛を吹こうとすると、焦げ茶色の肌のヒョルドは、白い髪をかき上げて、イーアンの腕を掴んだ。
「何の用だ」
「イーアン。次は?」
「ああ?」
「怖いねぇ。さすが龍だ。俺も龍と会えると思ってなかったからさ。次また、欲しいじゃん」
「知らん。この姉妹の面倒を見ていろ。私は関係ない」
「うわっ、冷たい。でも良いな。そう言うの、高飛車で龍って感じ。男は怖そうでヤだけど、イーアンは女。会えそうかな」
「知るか。帰る」
イーアンは時間もギリギリ。もう伴侶は支部を出たかもしれない。すぐに笛を吹くと、後ろでヒョルドがイーアンの肩を掴んで引き寄せた。
「離せ」
「機嫌損ねた?あのさ、ホントはあんたにちょっと相談にしたいんだよ。北西の支部なんだろ?こいつら、面倒見てたんだけど。それのこと話したいから、良いでしょ」
何だと? イーアンは顔を歪めて怪訝そうに答える。ミルカが出たがって相談したいという、それかと思う。ミンティンが来たので、イーアンはミンティンに乗せてもらい、狎れなれしい男を見下ろした。ヒョルドは笑う。
「後でさ。会いに行くから。警戒すんな」
「あなたには警戒しかないが。姉妹の話なら良いだろう、支部で待つ」
フフッと笑うヒョルドは、わざとらしく手を振った。イーアンはそれを見下ろしたまま、龍を浮上させ、そのまま支部へ戻った。
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