564. 夕べ&翌日イオライセオダにお使いへ
この後。夕食をご一緒にという話なので。親方と総長とイーアンは、話の解釈を続けながら、夕食の時間を楽しんだ。
ヘイズが揚げてくれたイカタコ(※正式名称オラガロ)は、イーアンの味付けに近く、少しだけへイズらしくした、辛めのソースが添えてあった。大変美味しいソースで、イーアンはこれを是非、今後取り入れようと決めた。
美味しい夕食を食べながら、続く話で出した、今回の質問の結果は。
お皿ちゃん含む、祭壇その他の絵。これらは、太陽の民に託されたわけでもなかったし、誰かに伝えたい内容が、あったわけでもなかったらしいこと。ただこの絵の中には、まだ今後、必要な情報もあるであろうことは分かった。
ギデオンもまた、思わぬ方向から人物像を知ることが出来たが、絵の中の人物ではない上、彼は人間なので、空にも上がっていないこと。そして、浮気者判明したそのことは、知らずとも良かったという意見で一致した。
これらは一つの真実なのだが、こうして明るみに出てきたことで知る、その手前の錯誤はきっと、無意味な時間ではなかっただろう、と親方は思う。
少なくとも、自分たちが道標を受け取りながら進む先は、あの手この手で逞しく成長していかないと、どうにも倒せない相手が待ち構えている。そのための準備かと、そうも捉えた。
「これからも。こういうどんでん返しは出てくるかもな。思い込んでいる・・・今も幾らもありそうだ」
親方の呟きに、イーアンはビルガメスの言葉を思い出した。『推測が行き過ぎると、真実を妨げる壁を作る』それを伝えると、親方も総長も、同感だと頷いた。
「ミレイオの話も心に残った。肉体について聞かれた時、答えが全く見当たらなかった」
ドルドレンはイーアンに、お食事中の話題を逸れない程度に包んだ、ミレイオ曰く『肉体について、何を知っているのか』とした話を聞かせた。
『これも思い込みの類だな』感慨深げに言う伴侶。イーアンも、大きく頷いて『あの方らしい』と感銘を受けた。
イーアンはもう一つ、思い出すことがあった。
自分の名前でもある『三度呼び三度応じる』その意味を、腕輪を作った際、親方が話していた。その時、お祖父ちゃんの馬車歌を解釈した形では『今回は2度目。3度目も、今後何百年か先の未来であるのでは』だった。
でも、もし。始祖の龍が、カウントされていなかっただけなら、すでに今回が最後の3度目とも思える。すると、馬車歌の『3度』のことは、一体どこから持ってきた言葉なのか。
馬車歌が、ズィーリー以前のことを一切歌っていない、と伴侶は言う。でも、昔の誰かは知っていたのでは。連想ゲームのように、最初と最後が違う・・・・・
ここまで考えて、イーアンは止めた。混乱するばかり。数え歌の解釈だって、混乱と推測だらけで、その後に少しずつ見えてきた真実は、推測と違う姿だったのだ。
これ以上考えても、今の自分たちに必要な内容ではない、と判断する。いずれまた、機会を得て、見えてくる影なのかもしれない。
この後、夕食が済んでから。イーアンは親方に、お皿ちゃんを渡した。親方からロゼールに渡した方が、と言うと、親方はロゼールを呼んでもらって、その手にお皿ちゃんを返した。ロゼールはとても喜んで、お皿ちゃんも喜んでいたようだった(※びよんって、なる)。
親方とロゼールの会話中。イーアンはドルドレンに、ロゼールに営業職をお願い出来ないかと相談した。お皿ちゃんがある彼は、龍なしでも唯一、遠くへ動ける。自分たちが旅に出た後の、工房回りをお願いしたい旨を話すと、伴侶も賛成した。
この話は、すぐにその場で行われ、新しい職務内容に驚くロゼールだったが『お皿ちゃんを使って、国中を動く仕事だ』と言われて、嬉しくなって引き受けた。
「俺で出来るか分からないけど。でも騎士の生活に、仕事が新たに増えるなんて、滅多にないし。機構の手伝いにもなる大役に思うから、一生懸命、頑張ります」
頼もしい承諾の言葉に、イーアンは頭を下げてお礼を言った。今後、身近な工房から紹介に行こうとなり、営業で聞いてくる内容などは追々、一緒に行動して覚えてくれればと伝えた(※イーアン上司)。
ロゼールにお皿ちゃんも返した親方は、そろそろ帰ると言う。イーアンとドルドレンはお見送り。食事中、総長の威嚇視線で近寄れなかった、親方の取り巻きも『お見送りくらい』とゾロゾロついてきた。
多くの皆さんに見送られ、親方は自信満々の燻し黄金色の龍に跨って、イオライセオダへ帰って行った。
タンクラッドが戻った後。ドルドレンはハッとする。『うっかり帰してしまった』イーアンを見て、どうしようと言うので、何をか、と訊くと。
「サージの工房に、お金と書類を持って行ってもらいたかった」
だから先に用意したのに~ 頭に手を置いて困るドルドレン。夕方、執務室でお代と領収書などの手配をしたことを悔やんでいる。呼び戻すのも悪いから、イーアンは明日朝一番で自分が届ける、と言った。
「うむぅ。すまないイーアン。俺がしっかりしていれば。今日は一日ほっつき歩いたと、執務のヤツらに言われているから、明日は出られないのだ」
執務の方たちのその言い方も、とちょっと笑うイーアン。でも、自分がお使いをするのは大丈夫であることを伝え、伴侶を安心させる。
ザッカリアとお風呂の約束をしていたドルドレンは、ちょっと遅くなったかと思いながら、子供を迎えに行ったが、『もう入ったから今度ね』とあっさり断られた。
なので、二人はそれぞれお風呂を済ませて早々寝室へ上がり、濃い一日の終了に、喋る時間もほぼないまま、あっという間に眠りについた。
翌日、イーアンは暖かな朝に、春を感じる。冷えていた夜明けの空気も和らぎ、布団から出ても震えるほどの寒さはなかった。こんな日は春の装い・・・と思ったのも束の間。
角が付いた。春服を着るにも、非常に困難な選択ししかない、とすぐに気が付く。春服は華やかである。薄い軽い生地、色も柔らかめ。角付き中年には厳しいのだ。
泣く泣くイーアンは、盗賊服の薄着系を選び、春らしい衣服を名残惜しく撫でて、棚にしまった。
そして、手に取った盗賊シャツを見て思い出す。お気に入りだったが、イオライで焦げてしまい、下半分千切って捨てたシャツ。後日。チョキチョキ切って、袖も七分袖にし、胴体左右の丈を合わせて裾をまつったが、肋骨下が全開のシャツ完成となった。
「これでも良いです。どうせ上着も着ます。お腹は冷えません」
すぐ帰ってくるし、人様に見えるわけでなし、と頷いて、腹筋丸出しの黒シャツと黒いズボン、ごついバックルのベルトを締めて、ミレイオの黒い革上着で仕上げた(※柄悪い中年完成)。
伴侶が起きたので挨拶し、着替えさせて(※総長36才)一緒にお食事へ行く。食事を終えて執務室へ行き、剣工房に渡す封筒を受け取った。『署名は要らないから。これだけ渡してくれたら良いのだ』終わったら帰っておいで、と言われ、イーアンは早速、イオライセオダへ向かった。
特に何も言わずにおいたが。見送ったドルドレンは思う。 ・・・・・うちの奥さんは力強い。
恐ろしげな鋲が、これでもかとばかりにくっ付いた黒い革の上着を羽織り、逞しい筋肉質の腹丸出しのシャツは、襟も開いて黒い刺青が見えていた。首にはアオファ用の金属の輪っか(※冠)。腰には剣を下げ、頭に角まで付いたあの奥さんに、誰が刃向かう気になるだろう・・・・・
昨日、話で聞いたズィーリーという女性は、きっと普段の格好も違ったような気がする(※正)。うちの奥さんは、男らしい龍の雰囲気満載の奥さんなのだ。
もしズィーリーが仮に、イーアンだったら。ギデオンは殺されていたかもしれない。旅の最中に浮気した時点で『この役立たずの好色ヤロウ』とか言われて、剣で一突き。む、むむ?そうすると、うちの家系もここで終わっていた? 伝説は俺関係なく、イーアンのみで成り立ったのか。ぬはっ。そりゃないだろ。
そこまで考えて、身震いするドルドレン。ズィーリーには、本当に申し訳ないしかないが(※子孫として)彼女のお陰で今がある。そう思うと、俺は一層、気を引き締めて挑まねばと、青い空を見つめて心に誓った。
昨日の話を思い出しながら、空を飛ぶ。朝のイオライセオダまでの道のりは、荒野が広がる黄色い印象。それが最近は少しずつ黄緑色が見えてきた。やはり春なのだ。タンクラッドは『荒野に草が生える』と言っていた。
「春なのですね。ミンティン。旅に向かうその足音が、日々聞こえるようです」
ミンティンもゆっくりと首を動かして、了解しているように見える。ミンティンに話しかけながら、イーアンはイオライセオダの上空に着いた。『今日は親父さんの工房ですから、町の外に降ります』そう言うと、ミンティンは壁の外へ降りた。
龍に帰ってもらい、イーアンは朝の町を歩く。鋲付き上着は光を撥ねて目立つけれど、上着が目立つので角は気づかれなかった(※ミレイオサマサマ)。
親父さんの工房へ到着し、イーアンは扉を叩く。すぐに親父さん本人が出てきて、イーアンに挨拶した。『どうした。ダビに用か』入るか、と言われて、イーアンは封筒を出す。
「剣のお代と書類です。素晴らしい剣を有難うございました」
「早いな。そうか、お使いで来たのか。ダビに会っていけよ」
「いいえ。彼が馴染むまでは。もう少し引っ張りましょう」
ハハハと親父さんは笑って、さよならの挨拶をしたイーアンを帰した。イーアンはあっさり帰る。ダビはまだ始まったばかり。剣を受け取った昨日、ちゃんと顔を見れた。それで充分である。
てくてく歩いて、町の外へ出ると後ろから誰かが走って来た。振り向くと。『おい』と上からの声が響く。
「何で寄って行かないんだ」
「タンクラッド。どうして」
「どうしてじゃない。何で町に来て俺の家に来ない」
そんな無茶な、とイーアンが言いかけると、ずかずか寄って来て『お前は。俺を無視か』なんでだ、どうしてだ、と肩をつかまれて揺さぶられる。おえええ~ 食べたばっかりで揺らさないで~・・・・・
ぐったりするイーアンに気がつき、親方はちょっと揺するのを止めた。『答えろ』命令が飛ぶ。イーアンは、自分はお金を届けに来ただけである、と話して、約束もないのに寄るつもりもなかったと言った。
「何だかお前が来たような予感がして。それでちょっと通りに出てみたら、いるじゃないか。それなのに」
そんな予感が働くとは。角もないのに、この人は~ ビビるイーアン。親方のイーアン・センサーが怖い。この人、人間じゃないのかもと思いつつ、これから支部に帰るとちゃんと伝えた。
「寄れ。寄って行け」
「そうも行きません。近々で東の用事もあるので、準備もあります」
親方はムスッとしてイーアンを見下ろす。角を摘ままれ、ちょっと引き上げられて『お皿ちゃんの解読もなくなった。笛は今日作るが。それが終わったら用がなくなる。他の用事を作れ。じゃないと会えないだろう』会いたい意思を命令で伝えられた(※強制)。
「分かりました。どうにかします。どうにかなれば」
「嫌そうに言うな。毎日は無理だろうが、3日に一度は会えるようにしろ。中一日だ、良いか」
会うのを命令される関係ってどうなんだろう、とイーアンは悩む(※あまり嬉しくない)。頷きながら親方を宥め、自分は今日は戻ると宣言して、ミンティンをそそくさ呼んで、そそくさよじ登って、さっさと手を振った。
見送る親方に、苦笑いして手を振り続け、見えなくなったところで、ちょっと笑った。『親方は良い人です。でもあの命令形、彼は一生続きそうですね』ハハハ、と困って笑うと、ミンティンも振り返って『だろうね』といった感じで苦笑いした。
「また。また苦笑いです。ミンティンは最近、ちょっとお顔が」
どういうタイミングなの、とイーアンは一生懸命聞いたが、ミンティンはすぐに真顔に戻って知らん振りだった。
そしてミンティン。戻る半ばの空で急に止まった。イーアンは何かと思い、下を見渡す。『何か見えますか』自分の目だと見つけられないことは多い。ミンティンが動かないので、きっと何かあるのだ。
数秒後、誰かが下で困っているような気がした。困っている気持ちが下から伝わってくる。『こんな場所に誰が』見たところ、家も何もないが。
「ん。あれ。ミンティン、あれでしょうか。馬?」
ミンティンに側へ降りるようにお願いし、イーアンは馬らしき小さな粒に近寄った。近づくに連れて、見えてきたのは、馬と旅人らしき人。
龍の影に気がついた人は見上げ、驚いて叫んだ。イーアンは急いで『何もしません』と大声で伝える。『自分は騎士修道会の者です』と続けると、その人は驚くのを止めて見上げたまま、馬に隠れるようにして『何ですか』と訊いてきた。
「魔物が出る地域ですから、何かお困りだったらと思って。それだけです。でも大丈夫でしたら行きます」
「ああ・・・あの。いや、困っている。その、どう。ちょっと降りてもらえますか」
ミンティンを馬の側まで降ろして、イーアンは背に乗ったまま、旅人らしき人に挨拶した。『驚かせて申し訳ありませんでした。どうかされましたか』それだけ言うと、旅の人は近寄ってきて、イーアンと龍を不安そうに見た。
「騎士修道会、って言ってましたよね。この龍・・・これ、龍ですよね。あなたも騎士?騎士に見えないし、女性ですよね」
「その辺はいろいろ。事情はありますが、所属しています。あなたの状況をお手伝い出来るなら、私は出来る範囲でお手伝いします」
クロークを羽織った男の人は、年齢が30前後。若そうに見えるが、長く外にいるのか、衣服も顔も少し埃っぽく、髭も伸びていた。背は180くらいで、黒い髪と青い目、日焼けした皮膚は突っ張っていた。
「馬が。動かなくて。嫌がっているみたいに。元気ですし、先日はイオライセオダで宿泊したから飼葉も食べているのに。ここで立ち往生しました」
「馬が嫌がる。その馬は、この龍を恐れませんね」
「ああ、そうですね。龍は怖くないのかな。でもこの先に行くのを嫌がるみたいに、動かなくなっちゃって」
イーアンは、彼が指差した方を見た。まだ何も見えないが、何かあるのだろう。『私は地理に詳しくありません。あなたはどちらへ行きたいのですか。馬を引いて歩くことも難しいでしょうか』一応聞いてみると、男は首を振った。
「行き先はこの向こう、レビドです。知り合いがいて。馬を引いて連れて行こうとして、嫌がられている最中ですよ」
馬は運べないなぁ、とイーアンも困る。ミンティンではどうにも出来ない。どうしようかと思っていると、馬が寄ってきて、ミンティンの顔の側で静かに鼻を鳴らした。『ミンティン。この馬はあなたを信用しているのかしら』イーアンがそう言うと、ミンティンはちょっと振り向いて首を揺らした。
「レビドまではどれくらいあるのでしょうか」
視界に入らない場所を訊ねると、男は少し考えて『10分あるかどうか。あの岩の向こうです。手前にあるあの岩の』そう言うと、男は馬の手綱をもう一度引っ張った。馬は嫌そうではあったが、歩き始めた。
「ん。歩いた。あれ」
しかし男が馬の背に乗ると、馬は立ち止まり、青い龍に顔を向ける。男が前に歩くように促しても、馬はミンティンを見たまま動かない。
「ミンティンと一緒だったら嫌ではない。そういうことかも」
ご一緒しましょう、とイーアンは頷いて、ミンティンにレビドへ歩こうと言った。青い龍は面倒臭そうに徒歩で進んでくれた(※飛びたい)。
お読み頂き有難うございます。




