561. 御話を聞きに ~地下版
ドルドレンと親方と龍は、悠々と空を飛びながら、イーアンの用事をこなした。
支部に戻って、工房の中から強化装備の箱を持ち出し、最初にそれを西の支部に届けた。この時、西の支部がとても羨ましがる騎龍状態を大いに自慢して、二人は次なる目的地、南のオークロイの家へ向かった。
オークロイの家でも『最近は時代が変わった』と笑われて、引き取った鎧を袋に分け入れ、それぞれの龍に下げて支部へ戻った。それを広間に置いて、二人は再び、群がる騎士たちに大いに自慢した後、余裕でミレイオの家に向かった。
「西に向かう序と思っていたが。龍だから、ちっとも時間が気にならない分、ちょっと効率を考えなかったかもな」
ゆったり親方の言葉に、ゆとりのある総長は笑みを浮かべて頷く。『まぁ。速いから。良いんでないの(※口調が風呂上り)』だいじょぶ、だいじょぶ・・・と笑う。
余裕満載の状態で、あっさーりミレイオの家に到着すると。『これ。こいつらは小型だから、庭に降りれるな』親方は庭へ着陸させる。ドルドレンも倣ってお庭着陸。
便利便利、と二人で朗らかな笑顔を交わし(※心に余裕がある=人に寛大)一旦、龍を帰して、ミレイオの玄関に立つ。扉を叩くと、今日もキラキラ刺青パンクのミレイオが開けた。
「あらやだ。二人なの?イーアンはどこ」
「イーアンは別行動で、今日は俺と総長だけだ。それぞれ龍がいるんでな」
ハーッハッハッハ・・・・・ 嬉し過ぎる親方(※My龍ゲット)は、つい高笑い。ミレイオが眉を寄せると、ドルドレンもニッコリ笑って『そうなのだ。龍が来てくれたのだ。だからこうして動ける』ハッハッハ・・・・・ こっちも口にすると、つい嬉しいので笑い出す。
「何だか分からないけど。仲良しなのね。まぁ良いわよ。入んなさい」
何この男たちはと眉を寄せながら、気味悪いくらい笑顔で微笑み合う二人を、ミレイオはいつもの部屋に案内した。
「何なの。お茶飲む?」
長椅子に腰かけてニコニコし続ける男二人に、眉の寄ったままのミレイオはお茶を出してやる。普段にない反応(※『わざわざ有難う』『良い匂いだ』)も気持ち悪いが、龍がどうもそれぞれにある、そのことがここまで人間を変えるのかと思う。
「何よ。用は」
「そう急ぐな。ゆっくり話すから」
「あのねぇ。私は作業があるのよ。早くして」
仕方ないなぁと親方は長い足を組み替えて、背凭れにどさっと体を預ける。『ハッハッハ。タンクラッドはエラそうだな』笑顔で総長がちょい刺し。剣職人も笑顔を向けて『総長も寛げよ』と総長に促す。
「早く、って。ニヤニヤ笑い合ってんじゃないわよ、気持ち悪いわねぇ」
何なのこの人たち。お茶を飲んでしかめっ面のミレイオは、早くしろと促す。親方は目を閉じて話し出す。
「あのなミレイオ。イーアンがコルステインに会ったところから話すぞ」
「はい?コルステインですって。あの子大丈夫だったの」
親方は余裕な手つきでミレイオを止める。ムッとした顔のミレイオを見て微笑み、『話し終わるまで待て』と命じた。
「イーアンは無事。で、コルステインは総長を訪ねて来たようだが、なぜか会う手前で帰った。イーアンは少し会話したそうだが、コルステインは『ギデオンに会いたい』と総長を指差したそうだ。
で、話は少し変わるが。総長のジジイという人物がいるのだが、コイツが曲者とは言え、馬車の歌で伝説を保持している小賢しいジジイでな。この旅の話も、ジジイの知識がかなり役に立っている。ということで、今日、総長のジジイにこの話について、何か知っていないか訪ねてみた。
ジジイが知っている『ギデオン』なる男は、彼らの先祖で、伝説の勇者その人だった。しかしここで浮上する問題がある。ジジイ曰く、残っている情報から見るに、この勇者は半分地下の住人ではないかと」
ここで話を切って、親方はパンクを見た。ミレイオはじっと親方を見たまま『早く。続けなさい』と促した。総長もその反応を見てから、親方に視線を向ける。タンクラッドは頷いて続けた。
「古い聖物に描かれていた姿は、この勇者が生まれたであろう場面があった。そこに、地下の誰かが上がってきた絵と、その横に、子供らしき大きさの誰かがいる状態が彫られている。これを見て、ジジイは『勇者ギデオン』は人間ではなく、半分の存在ではと見当を付けた。そうした話がミレイオのいた場所にあったかということだな」
「聖物、どこなの。見せてよ。って言いたいところだけど。何であんたが、私が地下とか言うのよ」
む。うっかりしたタンクラッド。ちらっと総長を見る。総長もちらっと親方を見る。ミレイオは二人をじーっと見つめ『そう。総長が話したのね』口が軽い男ねぇとぼやいた。
「俺は、俺は。別に、口が軽いわけではなく」
「言いふらさないでよ。タンクラッドだから、まだしも。イーアンはあんたに話すとは思っていたけど、あんたが他人に話さないで」
彼に話したのはイーアン・・・ちょっとそれを口にすると、ミレイオはじろっと睨んだ。『聞かれなきゃ、あの子は自分から他のヤツに喋んないわ。どうせ、あんたがタンクラッドに話して、あの子に振ったんでしょ』そう言われて、総長は黙る。『ちょっとだけ言ったかも』と呟く。タンクラッドも目を反らす(※責任回避)。
「もう、やめてよね。人が頑張って馴染んでるのに。で、まぁ良いわ。気をつけなさい。それで聖物どこよ」
「うむ。そうだな。聖物。それはイーアンに持たせて、今頃、空の上だ」
『空の上』の言葉に反応するミレイオを、ドルドレンは見逃さなかった。案の定、男龍の所かとか、いつ戻るんだと、男龍と一緒に戻るのかと、親方に詰め寄っていた。態度が変わった友人に驚くタンクラッドは、早口でまくし立てるミレイオに、待ったをかける。
「ちょっと待て。何を急いでいるのか分からんが。聖物の話からだ。今日中にはイーアンは戻るから、後日見せることが出来るだろう。
お前への用は『ギデオン』のことだ。コルステインも執拗に会いたがるし、ジジイの話からどうやら地下の国の住人が親という可能性も出てきた。それについて情報があれば」
「はあぁぁぁ~・・・面倒臭いわねっ。ビルガメスに比べりゃ、どうでもいいことよ。
聖物は後日ね、良いわよ、それは。で、何だっけ。ギデオンね。知らないわよ、そんな男。親が地下の住人の人間なんて、いないんじゃないの?」
総長はその言葉に食い下がる。『でも。聖物にはそうあったのだ。おそらく地下の住人の誰かが、人間との間に子をもうけて』だと思うけれど、とすぼむ声でミレイオに言うと、パンクはお茶をもう一杯淹れ、一口飲んでから答えた。
「そんなのあったら、知ってるわよ。でもそんな話、聞いたこともない。だって、私たちと違うのよ。子作りって言うけどさ」
少し顔が赤くなる総長。タンクラッドは俯いた。ミレイオはビルガメスで頭が一杯。さっさと話を終わらせたいので、さくさく話す。
「あんたたちって、アレ突っ込んで、体液出してって感じなんでしょ(※ざっくり)。その体液はないの、私たちは。血とか汗とかそういうのはあるけど、子作り用体液(※命名『子作り用体液』)の存在は要らないわけ」
「う。うむ。ではどうするのだ。その、繁殖は」
「繁殖。人をカエルみたいに言うんじゃないわよ。私みたいに肉体のある場合は、自分で作れるのよ。そこに想いを入れて、地下の国で育ててるうちに、独立した存在になるの。コルステインみたいな、感情だけが形になったようなのは、また違うでしょうね」
総長ビックリ。親方も目を丸くする。『え。じゃ。元々、肉体でも何でもないのか』友人の体を見つめて、親方は質問。どう見ても人間と変わらない質感にしか見えない。
「そんな目で見ないでよ。肉体って何を基本に言ってるの?そんなこと、あんたたち考えたことないんじゃないの?子作り体液でどうにかなっちゃうようなあんたたちと、私たちの存在の深さは違うの」
さっと両手を上げて、馬鹿にしたようにミレイオはフンと鼻を鳴らす。『あんた、説明できるの?何で肉体があるのか。肉体ってどこから来てるのか』言えたら教えても良いけどさ、と親方に返した。
「そう言われるとは思わなかった。答えなんか分からないな」
「そうだな。人間や動物の生まれ方に疑問を持たない。それ以上の奥行きは気にしていないな。
でも、今の話だと育つ意味とはどうなのだ。最初から大人で作ったら、大人の状態で育つのか?成長すると体も年を取るのだろう?」
ドルドレンの質問には、ミレイオはちょっと考えて答えてやる。
「大人ではないね。そんな大きな入れ物は作らないの。もっと小さくて、そこに想いを封じて、それを育てるのよ。
少しずつ動き始めて、話したり学んだりするでしょ。私みたいに大きくなるまで、暫くかかるけれど、それが想いならそうなる。成長もするし、怪我もするし。年も取るわよ。でも肉体のある場合って、やっぱり持ちが長くないからさ。皆大体、別の要素に置き換えるほうが多いかな」
不思議な話を聞いて、ドルドレンはしんみりとする。そんなふうに生まれる存在と、自分は今一緒にいるのかと思うと、とても大きな出来事のように感じた。
「ミレイオもいつかは。消えてしまうのだな?それを、ミレイオを作った誰かは知っていて」
「勿論よ。親って言い方なのかな。でも私を作った相手は、私に憧れたのよ。人間になりたかったのね、きっと。だから私は、かなり人間に近いと思う。ここまで近くなるの、あんまりないもの」
自分を見ながら喋るミレイオに、ドルドレンはそっと手を伸ばす。ミレイオの刺青だらけの指にゆっくり触れて、『温かい。俺と同じ』と呟いた。ミレイオはニコッと笑う。『そうよ。あんたと一緒なの』そう言って、ドルドレンの手を握った。
「すごい話だ。ミレイオを作った誰かは、本当に人間にしたくて、これほど完璧に成長させたのだ」
ミレイオはドルドレンを手招きして、横に座らせる。そして、イーアンによくするように、頭を抱え込んで撫でる。『イイコね。あんたは正直でイイコ。だから勇者なのかな』ちゅーっと頭にキスをして、顔を上げた灰色の瞳に微笑んだ。ドルドレンも、えへっと笑った。
その光景に。親方は固まり続ける。イーアンが慣れ過ぎだと言うわりに、言ってる総長も、いろいろ慣れてきたように思えた。俺は無理かも、と心の中で呟く。
その声が聞こえたように、ミレイオはちらっとタンクラッドを冷めた目で見て『あんたは可愛くないわね』と吐き捨てた。親方は目が据わる。『可愛がられる必要はない』バカ言うな、と押さえた。
「ところでね。ドルドレンのその首に巻いたやつ。それって」
「ビルガメスの髪だ。巻いたらこう変わった」
綺麗・・・ミレイオはちょっと赤くなって、首に巻かれた美しい布のようなそれを間近で見つめる。『これ。私にくれる?って訊いたらダメよね』ミレイオが懇願の眼差しを向け、ドルドレンは後ろに体を反らした。
「無理だ。これはビルガメスが俺に、俺の心を守るためにくれたのだ。譲るわけには行かない」
「そうよねぇ・・・・・ 私も欲しかった~」
ビルガメスの渡した持ち物に、友人の顔つきが変わったことを確認し、タンクラッドはさーっと何かが引くのを感じる。『ミレイオはビルガメスに恋愛中』と認定。それでさっき、空に出かけたイーアンのことをしつこく・・・ううっ。俺には無理。
ムリムリ、と頭を振って、♂♂の組み合わせを振り払う親方。
それを見て、ドルドレンは彼がどうしたのかと思った。『どうしたのだ。何か気が付いたとか、困ったとか』そこまで言って、ハッとした。
「そうだ。ミレイオ。俺にはまだ質問があるのだ。地下の国の住人はどうも、人間との間に子供をもうけることは出来ないようだが、意識を移すなどの方法はないのか」
ミレイオはドルドレンの肩に回した腕を解いて、少し体を起こし腕組みして考える。
「えぇ~? 意識?そんなこと考えたことないわよ。どういうことを言いたいの」
「だからな。例えばだ。えーっと・・・地下の国の住人が、人間の意志を受け取って、子供を作るというか」
「うん?それは。つまりあんたの意志を私が引っ張り出して、それを育てる対象に封じるかと」
そう、とドルドレンは頷く。ミレイオは眉を寄せながら『どうだろう』出来るのかしらと呟く。『でも。思うによ、それやったって、育てるその子は人間じゃないのよ。子作り出来ないでしょう』あんたのご先祖の話だろうけど、と訊ねる。
「じゃあ。ミレイオが例えば俺を操るとする。それで俺とイーアンとの間に、子供を作るとするだろう?それは子作りにミレイオの意志が入ると思うか」
「それは。入るんじゃないの。あんまり道徳的にしたくないけど(※個人を尊重するタイプ)」
「その状態だと、俺の意識がもしなかったら。生まれてくる子供はどうなるのだ。その子は人間なのか、やはり」
「え~~~? 分からないわよ。結局、子作り体液で生まれるんだから、そうなんじゃないの?
でも、どうかしら。力だけなら、入ったりするから。おかしな話、私が完全にあんたを操ってるとしたら、もしかすると、イーアンとあんたの子供でも、私の能力はその子に繋がるかもね」
親方はここで、総長の言いたいことを理解する。
「もしだぞ。もし、ギデオンがその状態で生まれたなら。人間なのに、人間以外の力を持っていることになる」
ドルドレンと親方は目を見合わせる。『それだ』二人は同時にそう呟いた。ミレイオは困ったように顔をしかめて『想像の話よ』と念を押した。
お読み頂き有難うございます。




