560. 御話を聞きに ~空版2
「馬車の歌い手。それは太陽の民の一人だな。彼には分からないかもな」
ビルガメスの出だしの言葉に笑ったルガルバンダも頷く。『そこまでは無理だろう』人間だから、と呟く。
「では。イーアン、お前の疑問の答えだ。歌に継がれた内容とは、俺はよく知らないが。恐らくそれは、ズィーリーたちの話だろう。そしてこれ、この白いものは。名をズボァレィと呼ぶ。お前たちの知りたい伝説よりも、以前に作られた物だ」
「ズボァレィ。お皿ちゃんはそんなカッコイイ名前でしたか。そしてもっと前の物」
「お皿ちゃんか。お前はそう呼んでいるのか。可愛いな、ハハハ。
そうだ。ズボァレィは俺の母の時代の産物。しかし、元々はイヌァエル・テレンのものであっても、後にこうした彫り物で絵物語を入れたのは、中間の地に生きる民だ」
祭壇や信仰に纏わる物にも彫られたとあるのは、それも中間の地の民の手によるものだと、ビルガメスは言う。『俺はそれを見ていないが、きっとそうだろうな』イヌァエル・テレンでは、こうした伝記の彫り物は必要ない、と続けた(※皆、長生き=誰かに聞けば知ってる)。
「こうしたことだから。そもそもお前たちの探す伝説との関わりを訊かれると、さてどうだろうなとしか言えない。ここにあるのは俺の母、始祖の龍の話だろう」
「えっ。お母さんのお話。ズィーリーの話かと思っていました。だって馬車歌の伝説と殆ど同じで」
「その馬車歌は、何度も言うが俺には分からない。しかし、絵を見ると、まずイヌァエル・テレンの昔話しか思い浮かばない。このズボァレィも、彫刻がないものはあるぞ。あるよなぁ?」
ビルガメスに確認されて、ルガルバンダは頷く。『ファドゥの家に確か、あるだろう。何であるのか知らないし、誰が使うわけでもないが』使い道がない、と笑った(←自由に飛べる人たち)。
「昔だろう。母は気前が良かったようだから。ちょくちょく用意してやったんじゃないのか」
アッハッハと笑うビルガメス。お母さんのこと覚えてる時点で凄い!とイーアンは魂消る(※軽く千年以上前のはず)。
「そう。それでな。内容が違うなら、お前の言う馬車歌とやらの以前の話だろうな、これは。ズィーリーたちの時代も、同じようなことを繰り返した。細かい部分は違うが、流れは似ている。始祖の龍も、外の世界から連れてこられた女龍だ。何かしらあるんだろう、精霊の事情で」
んまー。そうなの~・・・・・ イーアンびっくり。では既に。参考になるとか、そういう話でもない気がしてきた。お祖父ちゃんに、昔話を聞きに来た子供の気分。一応、聞けるだけ聞こうと姿勢を正す。
「お前の疑問の最後は、絵のこれが勇者か、だったな。絵では人間に思えないのに、話では人間が勇者だったと残っている。
ふむ、ここまで聞けばもう理解しているだろうが。そもそもズィーリーの時代の話ではない以上、条件も何も、いろいろと重なっていない。だから疑問も霧散する」
うへ~ 疑問消えた~! ハッとして、急いで次の質問を考えるイーアン。どうにか搾り出して、二人の男龍がニヤニヤ笑っている中で、真面目に訊ねる。
「確認。もう、こうした話になってしまっては、確認しか今のところ思いつかないのですが」
「構わないぞ。言ってみろ」
「イヌァエル・テレンは龍の一族でなければ入れないのですね?ここの絵にある方は、龍の一族ではないのに空に入っているふうに見えます。
最初の生まれたような場面では、地下から出てきた誰かが関係している状況ですが、どっちみち、龍ではなさそうですし」
静かな瞳を向けたビルガメスは、可笑しそうにイーアンを見て、頭を引き寄せて撫でた。
「そうだな。俺たちの話を最初に聞いていると、これは確かに不自然に見えるな。
では最初の確認の答えだ。イヌァエル・テレンは龍の一族しか入れない。これは正しい。嘘でも何でもない。
次の確認?質問かな。なぜこの絵の者が、このズボァレィに乗っているのか。また、船のことだな?イーアンが『空に入っているように見える』と言うのは。それは、彼の時代は入れたから。以上だ」
簡潔よ~・・・・・ いや、完結か。どっちでも良いけど、そんなあっさり切られたら、もう聞きにくいじゃないのよ~
戸惑うイーアンの目を見て、ビルガメスは笑う。ルガルバンダも側に来て、ベッド横の床に座り直した。イーアンの膝に手を乗せて、ルガルバンダは自分の方を向かせる。それから同情するように少し笑って首を振った。
「知り過ぎるな。今は手に余ると言っただろう。ビルガメスが話を終わらせたのは、お前たちがこれ以上知っても、抱えるものが増えるだけで、荷物にしかならないからだ」
「あの、でも。では、これは誰のためにあるのでしょう。なぜ今もこうして、地上のどこかにあるままなのか」
「それくらいは教えてやっても。要は『昔は使った』だけだ。昔は使う用があったから、ズボァレィが作られた。今は特に。ただ、飛ぶだけだろうな。龍の一族でない以上は、イヌァエル・テレンには入れないし」
げーーーーーっっ ホント~? じゃあ、ロゼールの私物でも良いってこと??? 恐る恐る、確認する(※Q.『誰が乗っても良い?』)。
「そういうことになる。どうやったって、イヌァエル・テレンには入れないけれど。好きにしろ」
うへっ。イーアンはこの話を、伴侶&親方&ジジに伝えるのは勇気がいる気がしてきた(※あんなに頭、悩ませていたのに)。
「あのう、質問や確認で知る範囲は、私が今思うことだけです。だから教えて下さい。その絵にある彼もまた、太陽の民だったのでしょうか。人間ではないにしても」
「ふむ。そうだな。この絵に関しての質問か。始祖の龍の話で言えば、この人物は太陽の民の親がいて、その子供だ。少し人間とは違うけれど。だが太陽の民だった、と聞いている」
ズィーリー時代を示す馬車歌と照らし合わせたさっき、教えてもらえなかった内容は、質問の仕方を変えたらあっさり教えてもらえた。イーアン、ちょっと安心。で、その横で、ルガルバンダが首を傾げる。
「ズィーリーの相手は。ギデオンか。ギデオンめ。あいつは普通に人間だったな。今のドルドレンと同じで」
何やらちょっと思い出して、イラつくルガルバンダ(※ウン百年前の恨み)。まだ根に持ってるって、と思うと、しつこさが怖いイーアン。が、これではなく。ここでギデオンの名前が出てきたことで、少し様子を見る。
「少し人間と違う、その部分が、地下の方々でしょうか。でもその時は、そうだっただけですね?」
「そうだ。その質問の仕方は良いな。答えは『そう』とだけ言っておこう」
イーアンはお礼を言った。これ以上は聞いても、ルガルバンダも言うように『荷物にしかならない』情報量だろうと見当を付けた。なので、次の話はギデオンについて聞こうと思った矢先。
「ドルドレンが他の女とくっ付いたら、すぐにここに来いよ。俺がいるから」
突然、伴侶浮気の予告を受けて、イーアンは驚いて首を振る。『何を急に言うのです。彼はそんなことしません』びっくりして、縁起でもないこと言うな、と注意した。
ビルガメスは笑っている。機嫌斜めがちに溜め息をつく、何か思い出しちゃったルガルバンダは、金色の瞳でイーアンを見つめた。ビルガメスが彼を止めて、自分が、と続きを引き取る。
「ギデオンは。ズィーリーと離れた時間があったんだ。ズィーリーはとても悲しんで、力が出せなくなってしまった。ズィーリーが来る前から、ギデオンの性質がそうした部分を持っていたから。それは気の毒だったな」
「えっ。浮気したのですか。ギデオン」
「浮気?その意味は何だ?俺たちには分からないが、彼は他の女を見つけた。ズィーリーは追求もしない。ひたすら受け入れるが、苦しかったのだろう。完全な龍にようやく成れそうな時、それもあって成るのが遅れた。
ギデオンは自分の首を絞めたんだな。ズィーリーは戦うが、龍にならないと超えられない相手が出てきて。苦戦していたところを。そこの、怒ってるこいつが。ハハハハ」
「ルガルバンダが助けに入ったのですか」
「そういう感じだな。ギデオンと仲直りしたようだったが、やはりズィーリーの気持ちがどうにも。彼女は表情に出さない分、分かりにくかったな。とにかくギデオンを受け入れにくくなったのか。戦いが終わった後、ここに来て卵を孵すために3ヶ月は留まった。
結局、ギデオンもズィーリーも、その続きは一緒に暮らすことを選んだが、幸せだったかどうか。俺に知る由もない」
ビルガメスがそこまで言うと、ルガルバンダは大きく息を吐いて、嫌な記憶に髪をかき上げた。
「心配で何度も会いに行った。俺はイヌァエル・テレンで暮らそうと、ずっと願った。あんな男の側で生きる理由がない」
でも最終的にはもう、彼女は地上を選んで留まった。それでルガルバンダは見守るだけしか出来なくなったという話。
イーアン、複雑・・・・・ 思うに。パパやお祖父ちゃんっぽい人だった気がする(※大当)。彼女がなぜ『ルガルバンダを愛した』とまで言われているのか、それは暫く気になっていたが、まさかこんな(※旅の最中で浮気)真相だったとは。
お祖父ちゃんもパパも、浮気し放題で、奥さんが愛想尽かして出て行った話ばかり聞いている(※それしか聞いたことない)。こんな昔から筋金入りの浮気者って・・・・・ ドルドレンの性質に、心から賛美と感謝を捧げるイーアン。まさしく勇者ドルドレン(※歴代の家系上、稀有の存在)!!
不安そうなイーアンを見て、ビルガメスはその肩を抱き寄せて、体にくっ付けて頭を撫でてやる。
「ドルドレンは。ギデオンの雰囲気ではなかったな。俺が思うに、あの男は大丈夫だろう。ただ、万が一な。万が一、そんなことがあったら俺がお前を迎えに行くし、そうなったら俺はお前を放さないだろう。ルガルバンダは、ズィーリーを返してやったが。俺はお前が安心して、生きる場所を与える」
ビルガメスの言葉に、イーアンは見上げた。万一の時に守ってくれようとしているのは分かるが、でもその提案・・・寿命は(※私は介護?)。違う方向の疑問、ビルガメスの余命がちょっと気になる。鳶色の瞳を見て、ビルガメスは笑った。
「俺の寿命を考えるな。戦いで全力を使わなければ、せいぜい50~60年程度にしても、生きるだろう」
「ビルガメスが連れてくるのは間違えている。俺が行く」
ルガルバンダが対抗する。イーアンは『いえ、この方はちょっと』と思った。きっと彼は、ズィーリーに出来なかった想いを私にぶつけてくる気がする。と、ここまで想像して、お付き合い話から意識を正す。
「大丈夫です。ドルドレンはそういうことはありません。お守り頂けるご提案に感謝します。ですが、必要ありません。大丈夫です」
そんなイーアンの言葉に、ビルガメスは笑顔で角をくりくりしながら『お前はな。龍だから。一度約束してしまえばそうなるな』それはそれ、と片付けた。
「それで。イーアン、お前の用はこれで全部か」
角くり中のビルガメスが、先っちょを摘まんで引き倒す。強制的に上を向いたイーアンは、少し不愉快そうに首を振る。
「いいえ。まだあります。笛が足りませんので、材料にする龍の牙を持ち帰りませんと」
笑ってない顔に笑いかけるビルガメス(※気にしない)。『そんな顔をするな。牙が欲しいのか』ハハハと笑いつつ、ルガルバンダ(※こっちも仏頂面)に『だそうだ、牙持って来い』と言いつける。
「飛べない者の分だけ、笛を作れば良い。今、イーアンが持つ笛以外に何個ある」
「3つです。でも飛べない者が仲間の中で何人いるのか。私たちは知りません」
「以前と同じなら。2人は飛べるはずだ。だが、入れ替えもあるから。後2つもあれば良いだろう」
ルガルバンダの言葉に、イーアンは止まる。飛べる者が2人・・・コルステインは飛べると知っている、ルガルバンダ。もう一人もいるのだろうが、今はコルステインの事を聞きたかった。
イーアンがそう思っている間に、ルガルバンダは『すぐ戻る』と、牙を取りに外へ出て行った。
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