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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
56/2938

55. 薬

 

 イーアンとシャンガマック、アティクは木々の中を歩いていた。


 夕暮れになって、空はまだ明るさを残しているがすぐに暗さが増してくる。その前に、見つけられるものは見つけておこうと探しに出かけた。



 魔物への対処を一つ試させてほしい―― と提案したはいいが。チェスは気に入らない様子で『なぜ負傷した部下たちを移動させてまで、強引な方法を』とか『今話した()()とやらが、目論見通りに運ぶ可能性はあるのか』とか『もっと大変なことになったらどうする気だ』とか『ここへ来たばかりで何も知らないのに、なぜそんなことを』と・・・・・

 言い続けたため、チェスはドルドレンの怒りを買った。ドルドレンは『負傷者の薬を作れるよう外へ』とイーアンたちを逃がしたすぐ、背が低く頭の固いチェスに真上から激昂を浴びせ始めた。



 イーアンは後ろが気になるものの、薬がもし出来るなら早くしなければ、と思って急いだ。


 道々、自分が考えている症状と対処の薬についてアティクに伝え、そうした効き目を持つ薬を作るには何が要るかを相談した。アティクは、イーアンの先ほどの話の時点で、一度、負傷者の傷の具合を見に行っていた。踏まえた上で、アティク自身の経験からも思うことを答え、薬の効き目として必要な要素は、ほぼ同意見でまとまった。


 話を聞いていたシャンガマックに、アティクは『自分がその薬を作るとしたら、いくつかの植物を使うだろう』と前置きし、『自分が使う植物がここになくても、近い性質で別の作用を持たない植物は辺りにあるか?』と質問した。



 シャンガマックは少しの間、切れ長の目をすっと半分閉じて何やら考え込んだ。そして目をさっと開けて『おそらく』と来た道を戻り、山の道を上がるところにある植物を一つ引き抜くとアティクに渡して『まずそれだ』と言った。

 そして暗くなりかけたのを気にして、早足で森の中へ戻った。木々を見上げて歩き続け、一本の木を見つけると跪き、木の根元付近からその樹皮をわずかに削り取った。シャンガマックは立ち、『アティクの求める要素の2つは、これらで代用できるだろう』と樹皮をアティクに差し出した。

 最初の植物は根茎を使うように、樹皮は内側を使うことだと言うと、アティクは合点が行ったように『大したもんだ』と珍しく誉め言葉を口にした。


 アティクはイーアンに振り向き、『後は俺がやろう』と薬作りを引き受けてくれた。イーアンは、とても心強い人たちが側にいてくれることに、心から感謝した。イーアンが包帯と当て布を用意することを伝えると、二人とも同意した。アティクがテントに戻って薬作りを開始するということで、イーアンは馬車へ向かった。

 シャンガマックは、暗くなりかける陰の多い場所だからと、一緒に馬車まで行こうと行ってくれた。



 イーアンが少し身を震わせた。吐く息も白く、チュニックに外套を羽織っているが、2枚ではさすがに初冬の夕暮れは寒く感じた。それを見て、シャンガマックが自分のクロークを脱いで、イーアンに羽織らせる。


「もうすぐ馬車ですから、大丈夫です。シャンガマックさんが冷えます」


 イーアンは驚いて、クロークを返そうとした。脳裏に過ぎるのはドルドレンの怒り。親切心が怒りを買うなんて、とは思うものの、強い想いを寄せてくれるドルドレンの気持ちも大事。


「馬車に着くまで。俺は平気だ。 

 ――それと総長と同じテントだろう。二人で話す時間が取れないので困っていた」


 シャンガマックが横に並んで歩きながら、イーアンにかけたクロークを押さえる。イーアンは『この方、(総長が)怖くないんだろうか』と心配が募って、ちょっとその顔を見た。シャンガマックはイーアンの顔を見ていたので、目が思い切り合った。


「何かを知りたいのですか」


 イーアンが質問を促がす。シャンガマックは『そうだな』と呟いた。そして少し笑ってから言う。


「その知恵の出所が知りたいと思って」


 ああ・・・・・ イーアンは溜息をつく。やっぱりどこから来たのかを疑問に思っているのだろうな、と。いつかは言う日が来るかもしれないが。なかなか返答に難しい質問だわ、と答えに詰まった。


「イーアン。俺は君の知恵や発想が不思議なんだ。俺は様々な言葉に通じて、多くの書物も読んでいるが、どうしてこれまで知らないままだったのかと思うことばかりだ」


「申し訳ないのですが、何も聞かないで頂けないでしょうか。それは、とても辛いことなのです」


 シャンガマックは、『あ』と小さく声にして『すまない』とすぐに謝った。イーアンは並んで歩く騎士を見上げて、『いつかは話せる日が来ると思いますから』と微笑んだ。


「そうか・・・・・ その。すまなかった。あの。今日の食事はとても美味しかった」


 話を変えたシャンガマックの優しさに、イーアンは有難く思った。食事のお礼に『私もまた作りたいです』と答えた。


「木の実を潰してブレズと合わせたと話していたな。蒸した肉料理の肉汁で煮込んだ、と」


「はい。お気に召すか心配でした。でも丁寧に作れば食べて下さると思っていました。あの汁物に酸味の強い小さな果実を散らしたら、きっともう少し味わいが深まると思うので、次は果実を探して」


 イーアンが『本当はこうしたかった』と思ったことを、つらつらと喋ってしまった時。目を見開いたシャンガマックがイーアンの肩を押さえて振り向かせ、二人は向かい合った。



「それは・・・俺が生まれた・・・俺の故郷の料理と同じだ。もし材料を渡したら、イーアンは作ってくれるか?」


 ビックリしたが、偶然同じとなれば、相手もそれは驚いただろうと理解したイーアンは頷いた。『私が作ると私の味覚になりそうで、お気に召すかは分かりませんが』と伏線を張って承諾した。


「いいや。俺は気に入る。今日の味わいはあの時も伝えたが、懐かしく、また食べたいと心から感じたのだから。イーアンの料理の腕は良いから心配しないで作ってほしい」


 シャンガマックの嬉しそうな笑顔が、暗がりのわずかな光りでも分かる。

 その時、馬車のランタンが灯されて馬車が目と鼻の先にあるのが見えた。イーアンはお礼を言ってクロークを返し、『シャンガマックさんの故郷の料理を教えて下さいね』と微笑んで馬車へ向かった。



 馬車の中に乗り込んだイーアンを見届けたシャンガマックは、クロークを羽織って歩き出した。イーアンの不思議さが、気がつけば頭の中を巡っている。


 ――自分の兄弟の、長兄に当たるくらいの年齢差だろうな。長兄は冬を45回越えた。長兄の妻も同じ年で、イーアンはそのくらいの年齢のような気がする。自分がどんなに大人になっても、長兄にも義姉にも静かに諭されて、静かに認められて、静かに微笑む二人。その面影とイーアンが重なる。


「それに彼女は賢い」


 イーアンの声を思い出して呟く。『腹部を深く裂いて下さい』――


 なんであんなことが浮かぶんだろう。彼女の知識はどこで培ったんだろう。疑問で一杯になる。嘘をついているわけじゃない。ただ妙に詳しい。妙に推測が利く。その声なら信じて良いと従える、一声。


 ――時々悲しそうな顔をしている時がある。自分より長く生きていても、悲しむ日常の一つがあるのだろうか。何でも知っていそうで、何でも受け入れそうなのに。何でも―― 彼女は俺も受け入れるだろうか? 総長が入れ込んでいて、総長と仲が良くて、総長と一緒の部屋で。

 そこでシャンガマックの眉間に皺が寄る。何か胸の当たりにざわめく嫌な感じがする。義姉のような年齢のイーアンだからか。昼の食事が気に入ったからか。俺の範疇にいないから、か?


 ・・・・・シャンガマックは、冷たくなる空気に白い息を吐き出し、頭を切り替えてテントへ戻った。薬が出来ると良いが、と思い出しながら。




 馬車に積んであった包帯と布を抱えたイーアンは、ドルドレンと一緒に負傷者のテントへ行こうと思った。しかし、自分たちのテント(小さい)へ行ってもドルドレンはいなかった。自分一人で負傷者のテントに行くのが躊躇われるので、とりあえずテントの中で待っていようと考えた。

 テントの中も冷えるが、毛皮は敷いてあったから、毛皮を一枚体に巻いて、両手で前を押さえた。


「こんなに寒い夜に、負傷している人たち・・・・・ 」


 ここへ来るまでに通り過ぎたテントの中に、彼らは寒さと痛みと共に横たわっているのかと思うと。何も出来ない自分が悲しかった。ドルドレンもこうした思いに・・・いや、彼らはもっと悲痛な思いに潰されそうになりながら耐えてきたんだ、と思った。『私、何が出来るのかしら』イーアンは何か手伝いたくて悩んだ。

 食事はどうしてるのか。でも北の支部の人たちが自分を歓迎していないから、食事を作るなんて嫌がられるかもしれない。手当を手伝いたい。それも、必要ないと困らせそう。どうしたら良いのか。



 イーアンが悩んでいると、ドルドレンが帰ってきた。『ここにいたか』とホッとしたようにテントに入るドルドレン。


「おかえりなさい」 「ただいま。寒くないか」


 ドルドレンが毛皮に腰を下ろして、毛皮を羽織るイーアンの肩を抱き寄せる。イーアンもようやく安心して、ドルドレンの胸に寄りかかった。


「アティクさんが薬を作ってくれます。シャンガマックさんの探してくれた植物で」


 うんうん、と頷きながら、ドルドレンがイーアンの髪の毛を撫でる。馬車へ行って取ってきた包帯と当て布を、負傷者のテントに届けたいと思っていることを伝えると、ドルドレンは『食事をしてからにしよう』と言った。食事はすでにロゼールが用意してくれている、という。


「手伝えば良かった」 「イーアンが薬の材料を探している時だ。無理だったよ」


 イーアンはもう一つ、気になっていたことを話した。北の支部の人が自分の存在を嫌なのでは、と。


「そんなことに気を遣うな。それは解決した」


 ドルドレンの灰色の瞳を見上げると、優しい微笑が注がれていた。『大丈夫なんだ、イーアン』そう言ってイーアンの額にキスをした。『食事を済ませたら、包帯と布を持って負傷者のテントへ行こう』とドルドレンはイーアンを立たせ、毛皮を羽織らせたまま外へ連れ出した。



 焚き火の側でロゼールが一人で給仕をしていた。総長とイーアンを見つけ、彼らの食事を器によそって渡す。『お昼ほど豪華じゃないですよ』と笑いながら渡す。イーアンは『美味しい食事をありがとう』と笑顔で器を受け取った。


 焚き火の側に腰かけ、ドルドレンとイーアンが食事をしていると、見慣れない人が近づいてきて挨拶をした。


「お食事中に失礼します。自分は北の支部の剣部隊に所属するジェリミル・ブロンスラヴァです。もし宜しければ明日の作戦に自分を加えて下さいませんか」


 灰色の瞳が、黙るイーアンをちらっと見る。イーアンは困っている。

 ドルドレンは丁寧に『ブロンスラヴァ。意気込みだけは受け取らせてほしい。明日の動きはいくつかの戦略の一つであり、その人員配置は先ほど決定した。北の支部は明日だけでも、体を休めて見守っていてほしい』と断った。


 騎士は戸惑う顔を一瞬したが、すぐに表情を戻して『失礼をお詫び申し上げます』と頭を下げて戻って行った。



「つまり。そういうことだ」 「何がですか」


「分かるだろう。イーアンは嫌がられていない、ということだ」


 イーアンはよく理解できなかったが、ドルドレンが微笑んでいるのでそれ以上は訊かなかった。


 食事を終えると、二人は一旦テントに戻り、包帯と布を持って負傷者のテントへ出かけた。少し不安が残るものの、イーアンは横にいるドルドレンに励まされてテントの中に入った。


「総長が来ました」


 誰かが声を上げた。ドルドレンの姿を見て立ち上がる2人の騎士。イーアンの姿を続けて目で追い、会釈した。


「今し方、アティク殿が薬を作って置いていってくれました」


 一人が木の器に入った薬を見せた。『これを患部に塗り、決してこすらないように気をつけろと』そこには赤茶色に練られた薬が入っていて、強い木の香りがした。


「イーアン。負傷者の手当をしたいか」 「お許し頂けるのなら」


 ドルドレンは横たわる9人の負傷者を見た。北の支部は最初に5つのテントを持ってきていたが、内1つは壊されたため、残った4つのテントに平均9人ずつ寝泊りしていた。死者は馬車に寝かせてあるという。


「彼女が手当を手伝うことを許可できるか」 「お手数をお掛けします。宜しくお願い致します」


 その裏表のない挨拶にイーアンは有難く思った。薬を塗って包帯を巻きます、と伝えると、すぐに手前の負傷者の汚れた包帯を解く。患部を清潔にするため、濡らした布でこすらないように汚れを取り、アティクの薬を塗布して布を当てて包帯を巻いた。


 意識の薄い人もいれば、起きていても口を閉ざす人もいた。喋る気力がないのかもしれない、とイーアンは気の毒に思った。何日もこうしているのだと思うと、彼らが辛くて仕方ないと想像するのは難しくなかった。



 次のテントへ行き、同じように負傷者の傷を清潔にし、アティクの薬を塗って包帯を当てた。次のテントは1名だけで、彼は無事な騎士たちと同じテントだった。

 ドルドレンとイーアンが入ると、テント内にいた数名の騎士は立ち上がって挨拶し、負傷した仲間に案内した。イーアンが同じように手当をすると、彼らは下を向きながらすまなそうにお礼を伝えた。





 ドルドレンがイーアンの肩を抱いて、自分たちのテントに入る。テントの入り口に串を差して閉じ、


「イーアン。もう寝よう。今日は疲れただろう」


 と、鎧を外しながらイーアンを振り返った。イーアンは外套を脱いでチュニックになり、毛布と毛皮をかけて早々包まっていた。そんなイーアンが、毛皮から目だけのぞかせているのが可愛い・・・と思ったドルドレンはちょっと吹き出した。


「ごめんなさい。寒くて」


 イーアンが少し赤くなっている。本当に寒いのだろう。ドルドレンがランタンの明かりを消して、イーアンの包まる毛皮のすぐ横に体を寝かせた。


「一緒に寝よう」


 吐息にも似た囁き声でドルドレンがイーアンの真横に体を寄せた。自分も毛布と毛皮を体にかけて、毛皮の中で手を伸ばして、イーアンの手に絡めた。


「何もしない。この方が温かいはずだ」


 二人にしか聞こえない声で、ドルドレンは優しく囁く。イーアンは恥ずかしくなったが、でもドルドレンの気遣いがとても嬉しくて、『はい』と答えた。



「もし何かしたらごめん」


 ドルドレンのいたずらっぽい声に、イーアンは笑うのを堪えた。しかし僅かな心配にも及ばず、二人は呆気なく、暖かな毛皮の中で何事もなく眠りに落ちた。




お読み頂きありがとうございます。

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