559. 御話を聞きに ~空版1
イーアンはミンティンに頼んで、直にビルガメスのいる場所へ向かってもらった。午後から向かうと、あまり時間がない。
「申し訳ありません。でも、大急ぎです。夜までには戻りたいのです」
ミンティンは了解済み。ぐんぐん速度を上げて、空へ突っ込む。イーアンは冷たい空気に咳き込むが、上着の下にかけた青い布を引っ張って口に当て、冷気を凌いだ。
青い龍は真っ直ぐに飛ぶ。ひたすら飛んで霧霞を抜け、それからいつもと違う方向へ向かう。男龍のいる浮島へ行くと分かり、イーアンもぐっと気持ちを引き締めた。脇に抱えたお皿ちゃんを落とさないようにして、ビルガメスの元へ。
暫く原野と海の入り江を繰り返し、目の前に海しかない場所へ出た時。海の上、雲の上に、浮島がたくさん空中に浮く景色を見た。『こんな所に彼らは』イーアンは驚いて呟く。一枚岩から随分距離がある気がした。
青い龍は速度を落とさず、そのまま浮島の群を縫って進む。一つの浮島から影が見えた気がした時、ミンティンは止まった。イーアン、何の理由かピンと来る。
「来たか。待っていた」
向こうからビルガメス、ではなく、ルガルバンダが飛んできた。笑顔でお迎えなので、突っ返すわけにも行かず(※この前いざこざ解消したばっか)イーアンは口元だけ笑みを浮かべ、ご挨拶を返す。
「ルガルバンダ」
「イーアン。俺の名を呼んだな。今日はどうした。お前が空に入るとすぐに分かる」
側に来て、ミンティンと並んで飛ぶルガルバンダ。男龍は全員イケメンなので、見た目には全く有難いだけなのだが、この人は強引な印象が付いてしまったので、イーアンは苦手なまま。とりあえず、誤解を生まないように言葉を選ぶ。
「そうでしたか。それでは他の方たちも、私には気がついていらっしゃるのでしょうね」
「そうだな。俺が一番すぐ、気が付くだろう。だが、イーアンの気はこれまでと違う。誰もが気が付く。ビルガメスに先を越されないようにしたんだ」
ハハハ、と笑われて、イーアンも強張る笑顔で頷く。ビルガメスに気が付いてほしかった。笑顔で嬉しそうなルガルバンダにすまないが、自分は目的があることを伝える。
「ビルガメスにお会いしようと思い、来ました。遥か昔の話を伺いたくて」
すっと眉を寄せて、ルガルバンダは首を大振りに振る。『俺でも知ってる。話してみろ』そう来る気がしたので、イーアンはあの伝説以前だと教えた。ルガルバンダは表情を曇らせ、『あれ以前?』と聞き返す。
「はい。だから、ビルガメスならご存知かと思いました」
「待っていろ。俺の家へ来い。俺が過去を見てやろう」
ぐはっ。そうでした。イーアン思い出す。この男龍は確か、時間を移動するとか。しまった~ 言うんじゃなかった~ ええ~どうしましょ~ イーアンは悩む。ミンティンも諦めモードでゆっくり飛ぶ。
「あのう、ビルガメスにお会いしようと思いまして」
「なぜビルガメスなんだ。俺でも良いだろう。お前はビルガメスが好きなのか」
「あの方は話しやすいからです」
「イーアン。俺は?」
この前までいがみ合ってましたよねー・・・言えないけど、イーアンは困る。無理言わないで~ 私、そんな即行、仲良くなれるタイプじゃないのよ~ 時間をかけてほしいのよ~ 悩むイーアン。うーん、うーん悩んでいると、向こうからもう一つの光が見える。
ハッとして、あれは私の導きと笑顔を向けると、ルガルバンダは嫌そうな顔でその視線の先を見た。『ビルガメス』小さく呟いて、溜め息を聞こえるように吐く(※ちなみにイーアン、溜め息で訴える男はキライ)。
「イーアン。どうした。俺を呼んだな」
余裕綽々、老齢の極みなのか。豊かな笑顔で輝くビルガメスはゆったりと近づいてきた。そして、脇にいるルガルバンダに、柔らかな視線を向ける。『よう。迎えに来たのか。後は俺が引き受けた』にこりと笑って、ミンティンの頭に手を添える。ミンティン無表情(※ビルガメスはあり)。
「ビルガメス。いつもお前ばかりだ。俺は今、イーアンの願いを聞こうとして」
「今日は用事は何だ。翼龍が動いたから、笛は仕上がったな。それでお前は動いたか」
どうだ、イーアン。微笑みが眩しいビルガメス。イーアンもちょっと安心して、頷いた。『伝説以前のお話を伺いたくて来ました』そう伝えると、美しい男龍は静かに目を伏せる。
『良いだろう。俺の家へ来い』そしてルガルバンダを見て『お前も来て良いぞ』と誘う。笑顔の消えたルガルバンダは、ふーっと機嫌悪そうな息を吐いて、『少し寄ろう』と呟いた。
お助けビルガメスに誘導され、ミンティンとイーアンは彼の浮島へ向かった。くさくさしたルガルバンダも、何度も溜め息をつきながら(※イーアンもミンティンも、この『連続嫌味の溜め息』キライ)ついて行った。
ビルガメスの家の浮島に降り、ミンティンはさよならする。浮島は大地の欠片と思う印象なのに、土らしい雰囲気は見た目だけのように思えた。靴がかかっても、乾いた色の表面は崩れもしなかった。
神殿さながらの家に入り、ビルガメスは自分の寝室へ通す。振り向いて『イーアン。前から思っているが』と小さなイーアンを見つめた。続きを待って黙って男龍を見上げる。
「お前は龍だ。そうだろう?」
何の質問なのか分からないイーアンは、ちょっと意味を考えながらも頷く。その意味はと思ってビルガメスに促すと、うん、と頷いて一言。
「服。なぜ着るんだ。脱げ」
ぐへえっ ビックリして後ずさるイーアン。『いえいえいえいえ、無理ですよ。私は龍になれるように、そうはなりましたが。それはいくら何でも無理です。気持ちの問題です』全裸への誘いはお断りです、と心で叫ぶ。
ビビるイーアンにビルガメスは近寄って、背を屈めてじーっと顔を見る。それから上着や衣服をさっと見渡し、首を傾げた。
「着ている意味。何かあるのか。ここでは脱げ」
「汚れていません。綺麗な状態です。ちゃんと洗ってるし、きっとビルガメスのお宅を汚しはしません」
「龍気はある。衣服も聖別の道具も要らない場所だ。汚れなどは考えていないが、不自然だ。龍なのに」
イーアンはこの常識の違いに、大急ぎで言い訳を考える。そして、これは自分の大切な習慣であり、自分にとっては不自然はなく、これこそ自然体で安心に等しいのである・・・と教えた。
「ふむ。中間の地は温度も一定ではないだろうし、気も微量だ。自分を保つ道具は要るだろうが。自然体というなら、イヌァエル・テレンにおいては、遮るものがないほうがずっと自然だぞ」
「ファドゥたちは衣服を着ています。オーリンも着ていて、それは私と同じに思えます」
「だからな、お前は龍なんだから。そう言ってるだろう。ファドゥや龍の民と違うんだ」
迫るビルガメスに、イーアンは怯え戸惑いながら、絶対に服は脱がないと言い張った(※体形云々の問題ではない)。
「頑なな。そんなに窮屈で、何が良いのやら」
困ったように笑うビルガメスは、服脱げ攻撃を嫌がるイーアンをよいしょと抱き上げて(※ヒヒに抱き上げられるライオン○ング状態)ベッドに腰掛けさせる。それから、角をちらっと見て、角くりくり開始。
「まぁいい。お前が自然な状態の方が楽だと思ったから。それだけだ。どうせいつか脱ぐ」
「脱ぎませんよ!!」
ハハハと笑うビルガメスに、イーアンは角をくりくりされながら仏頂面MAX。例え私が、アメリカンビューティー並みのホットバディでも、全裸は選ぶまいと心の中で頷く。
昔、以前の世界で。知人の外国人の家で、こうした『脱げ脱げ攻撃』を食らったことを思い出す。ご家族が常に、ほぼ上半身裸のお宅だった。ナチュラリスト傾向のかなり先進的な(?)ご家族で、人は動物=裸が自然と。来客時は一応、気を遣って衣服を着るらしかった(※薄着)。イーアンは彼らの思想を尊重するが、さすがに丁寧にお断りした。
「ビルガメス。男龍が地上にいらっしゃるでしょう?その時、やはり自然体への意識の違いから、あなたたちの体に照れる人もいます」
「気を遣えと」
そうじゃないです、と笑うイーアン。可笑しそうに眉を上げて言うビルガメスに、『じゃあ何だ』と訊ねられて、咳払いする。
「そういうこと、というだけです。地上の人は、衣服を着用する意識が高いのです。それが様々な理由で定着しています。龍は逆。意識的に大きく違うこと。それを言いたかったです」
ふーん。ビルガメスは少し笑っているような顔で頷く。横で聞いているルガルバンダは、口は挟まないものの。あまり面白くなさそうに眺めていた。
「イーアン。昔の話はどうした」
ルガルバンダが二人の笑い声を遮ると、イーアンは彼を振り向いてちょっと笑顔で頷いた。『そうです。雑談はここでお終い』そう言って、ビルガメスに向き直る。
「ビルガメス。真横ですと、あなたを見上げて、私はとても首がつらいです。見上げない位置まで少し離れますが、聞こえますか」
「聞こえるかと?聞こえるだろう。小声で囁かなければ。だがいい、離れるな」
ビルガメスはベッドに上がって、真ん中辺りで体を横たえた。片肘を立てて頭を乗せ、『角に気をつけろ』と注意する。イーアンに自分のほうを向くように座らせ直した。
「これで良いだろう。お前と同じくらいの高さだ。話せ」
お行儀を問われない空のゆとり。美しい男龍は、ベッドにたらーんと寝そべって、微笑みながら話をしろと言う。イーアンはこのまったりさは大切に思えた。お礼を言って、お皿ちゃんを上着の中から出す。
「ほう。それか。その話を聞きに?」
ビルガメスが少し目を開いて訊ねる。ルガルバンダと目を合わせた二人は、意思を行き交わせている。イーアンは二人の気が流れていることに気が付き、何かあるのだろうとは思った。
「話だな?それを見つけてきて、描かれた意味を知りたいといったところか」
「その言い方。他にも私が、これに纏わる目的を持ってきたとして、それは段階を踏んだ変化に基づくと、そう仰っておられますか」
フフッとルガルバンダが笑う。ビルガメスも小さく笑って、首を少し振った。
ルガルバンダは、不思議そうにしているイーアンを見て『ズィーリーは。ここに帰ってこなかった。来たのは別人イーアン。実にそう思う』と呟いた。今更何を、眉を寄せたイーアンの頬を、手を伸ばしたビルガメスの指が撫でる。
「今のルガルバンダの発言は、悪い意味じゃない。彼の内ではっきりと知ったのだ。それだけのこと」
黙っているイーアンに、気を楽にするようにビルガメスは言う。『いいだろう。そこに描かれたことを教える』何が知りたい、と訊ねた。
「私はこれを、治癒場で見つけました。祭壇の中にあったのです。何か分からずに持ち帰りましたが、後にこれが人を乗せて飛ぶ物と知りました。
今日。これを太陽の民の歌い手に見せたところ、各地にある、遺跡の祭壇や神具にも、この絵があると言いました。彼ら太陽の民に受け継がれる歌の内容もあれば、全く知らない絵もあるそうです。それが古い時代なのではないかと。
そして、分からないのは勇者は人間なのかどうかもです。人間が勇者で、以前も旅は行われたと聞いていたので、この絵を見るにサブパメントゥの誰かが」
「よし。そこまでだ。推測を続けると、自分の声が壁になってしまう。違和感はそこから生まれ、真実を妨げる。イーアンの疑問に答えるが、俺が知っている部分だ。後はルガルバンダ。どうする」
「どちらでも。今、彼女が聞いてもどうにも出来ないだろう」
そうだな、とビルガメスも同意する。イーアンが不安そうな顔に変わったので、ルガルバンダは微笑む。『お前は自分で言った。段階があると』まだ聞くだけ面倒だ、と教えた。
「知り過ぎて、丁度良い時を見失うこともある。求め過ぎると手に余る。余計な動きも出るだろう」
ルガルバンダの言葉に、イーアンは理解した。そうした類のものを、自分は今聞こうとしているのかと。お話は、参考までに留めた方が良いのかも知れない、その気持ちを伝えると、男龍の二人は微笑んだ。
「賢いイーアン。あのな・・・ズィーリーは求めなかったんだ。彼女は受け取る。常に、知らせようとしても、自分からは求めなかった。受け取るとなると、何も言わずに全てを受け入れたが。それもまた凄いことだ」
ルガルバンダはちょっと懐かしそうな目つきで、空を見た。それからイーアンに視線を戻して、ハハハと笑う。
「イーアンは食い込んでくる。僅かな知恵にも僅かな謎にも。隙が見えれば、どんどん入り込んでくる。手に余ると忠告されれば、待つ。しかし諦めない。求め続けるのは正反対だ。イーアンらしい」
イーアンはそう言われると、そうなのかなと思った。ビルガメスも腕を伸ばして、イーアンの頭を撫でる。『だから俺はお前が好きなんだ』動くから面白い、と笑った。
そしてお皿ちゃんを摘まみ上げ、小さく笑うと、遥か昔の話をし始めた。
お読み頂き有難うございます。




