558. 空と地下に確認へ
ドルドレンは思う。食事を食べ終わって町を出るまでの間、二人に考えていることを話す。
「ジジイは。思い込んでいたのだろう。いや、彼だけではなく、きっと馬車の家族の殆どは。
聖物も、祭壇も。自分たちに、受け継がれたものだと解釈してきたのだ。それは馬車歌に通じる内容がそのまま、絵になっていたからだと思う。だから、きっと最初に見つけた者は、正しく自分たちのためのものと思えたのではないか。歌い継がれた内容が、遥か昔の遺跡の絵にあったのだから。そして集め、馬車に積み、自分たちの存在を強くしたのかもしれない。
だが今日。イーアンの指摘で、別の解釈の可能性が生まれた。重なっていたはずの、歌という無形歴史・物という有形歴史にズレが出てきた。『空に行けるのは龍族だけ』の情報が入ったからだ。
ジジイも、幾つかの点は不明だったと言っていたから、割とすんなり、このことを受け入れたと思う。
ギデオンその人が、人間ではなさそうな絵。しかし、歌ではそんなことを一切言葉にしていない。
側面に描かれた、大陸を壊す龍のような生き物の絵。それは歌のどこにも出てこない。
あれらは。誰がそもそも作ったのか。何のために。どうして馬車の歌と被っているのか。まるで馬車の民に勘違いさせて、消えないように守らせることも意識していた・・・それは意地が悪いかな。でもそのようにも思えた」
タンクラッドは総長の話を聞いて、ふむ、と頷く。
「お前はやはり柔軟だな。ジジイはちょっと見方が違うようだが。
俺も近いことを思う。ジジイは歌の守り手だからか、歌が中心で物事を捉えている印象があるが。
ここへ来て多面体の可能性が見えたわけだ。つまり、歌が中心ではなく、歌は何か大きな話の後半とかな。『繋がりが見えない』とジジイは話していたが、それぞれが切り離されていない続き物、って場合もあるだろう?」
イーアンはちょっと二人の話が面白くて、聞きに回る。ミステリーみたいと思いつつ。何にも自分は考えないで、先を楽しみにして聞くのみ。
「そもそも。歌では勇者は人間の男で、ハイザンジェルの馬車の家族だろう?それが旅してヨライデで『旅の男』と描かれる由縁だ。まぁそれは良いとして。
しかしお皿ちゃんを例に取れば、最初に、線引きされた下から出てきた誰かによって始まる。ジジイはこれを地下の住人ではないかと話していた。仮にそうだとしよう。そうすると、その者によって、何らかの関わりを持った誰かが、勇者扱いされている。馬車の絵らしきものも描かれているから、彼は馬車の民なのだろうが。オーリンのように」
町の外に来て、その最後の言葉に驚いたイーアンは、笛を吹く手を止めて親方を見上げる。親方は空を見て『オーリンだ』と繰り返した。ドルドレンもどうしてオーリンなのか、と話の先を求めた。
「お前は。ドルドレン。彼を覚えていないのか」
名前を呼ばれてちょっと緊張するドルドレン。えっ・・・・・ 何その『俺限定』的な言い方。何だろう、と一生懸命考える。そんな総長に少し笑い、『いい。話そう』と親方は言った。
「この前。ジジイに確認した。それ以前にジジイと話した時だ。手伝い役のことを初めて聞いてな。龍の民をまるで知っているような口ぶりだったのが気になった。それでこの前、知っているのかと質問した。
彼は『知っている』と。彼が馬車長だった頃。総長、お前はもう生まれていて、子供だった。ハイザンジェルの北に近い場所で、人攫いに売られそうな子供と知り合ったそうだ。人攫いのような男に連れられた子供は痩せこけていて、ジジイと売り買いの交渉中にその場で倒れ、馬車の女性の怒りを買ったとかで、男は逃げた。子供は残った。
その子供こそ、ジジイ曰く『龍の民』とさ。言動が異様だと気がつくのは早かった。暫く育てたらしいが、ジジイは子供に常に、異様なものを感じていたとかで、それも空の上に度々、鳥ではない生き物が舞っていたことから、その子供が龍の民だと思ったらしい」
「それがオーリン?どうして特定できるのだ」
「子供の特徴を俺も訊いた。痩せこけて小さかったが、可愛い顔の子供で。目が黄色くて、髪は黒く。笑った顔が愉快そうで、その顔が印象的だったと。そしてお前よりも年上だと思った、と言っていた。
その子供。結局、馬車で過ごした期間は少なく、アイエラダハッドとこの国を行き来する、遊牧の連中に引き取られたらしい。子供も素直について行ったというし、彼はアイエラダハッドへ」
イーアンはドルドレンを見る。ドルドレンもイーアンを見て、困惑の表情で記憶を探る。『子供は多かったから』と呟き、ごくっと唾を飲んだ。
フフッと笑う剣職人は、視線を総長から反らして続けた。
「俺は。オーリンと同じような境遇の、勇者だったのかと。そんなことを思ったんだ。馬車の家族は優しいらしいから。子供は誰でも育ててしまう」
あんなスケベジジイでもな、と言いながら『人情のあるヤツだ』ハハハ、と笑う親方を見て、イーアンもドルドレンも笑顔になる。親方は厳しいけれど、ちゃんと人を見ていると分かるのが、二人は嬉しかった。
「イーアン。ミンティンを」
ドルドレンは、タンクラッドの話を聞いてお礼を言い、龍を呼んで帰ろうと促した。この時、イーアンは少し考える。
「私。本当は西の支部に強化装備をお届けして、鎧を受け取りにオークロイの家に行きたいのですが。でも、ちょっと空へ上がって、ビルガメスに伺いたいと思いました」
「それは。伝説の前の時代のためだな?」
親方は察する。ビルガメスのことは詳しく知らなくても、男龍に訊ねようとするのはそれが理由かと思った。ドルドレンは理解する。ビルガメスが伝説よりも、ずっと前から生きていると聞かされていたから。
「そうか。工房の鍵と、強化装備の場所を教えてもらえれば。俺が代わろう。鎧も受け取れるかもしれない」
ドルドレンは龍に乗れると分かる今、イーアンを手伝えることに嬉しい。協力を申し出た。タンクラッドもちょっと考え『総長。俺も行ってやる』と同行の意思を伝えた。
「ミレイオの家に行こう。西まで行くなら。ミレイオに地下の話を聞くんだ」
あ、とドルドレンも頷く。『そうか。ギデオンのことを』そう言うと、親方は頷いた。『あいつは知っているかもしれない。小さなことでも』それからイーアンを見て『お前は空へ行け。俺たちは地下を探す』と笑った。
イーアンは鳥肌。いきなり飛び級で物語が始まった気がして、ぞくぞくした。はい、と元気良く笑顔で頷いて、ドルドレンに工房の鍵を渡す。
「ビルガメスに伺います。それと、龍の牙を。笛の材料の。夜に戻るかもしれませんが、遅くなるにしても連絡します」
親方は頷き、すっとお皿ちゃんを出す。イーアンに持たせて『これを持って見せろ。見たほうが早いだろう』とお皿ちゃんを預けた。お皿ちゃんを両手に持ち、イーアンは頷く。
笛を吹いてミンティンを呼び、二人を振り向いて『ではまた後で』と微笑んだ。青い龍が急角度で滑空してきたので、イーアンは乗せてもらえると分かり、ミンティンに笑顔を向け、背中を見せた。
二人から離れて、ニコッと笑って両腕を広げるイーアン。ドルドレンの大好きな場面。親方は分からない。『何だ、あれ』呟いてすぐ、ドルドレンが笑みを浮かべて、見ているように言う。
背中から突っ込んできたミンティンに、鼻先で撥ね上げられたイーアンは、くるっと回ってそのまま首に跨った。そして笑いながら、龍の皮の上着を翻し、空へ急旋回して上昇して行った。
「うおっ・・・格好良いな」
親方は気が付いた。これは、自分が龍に乗っていた時に、イオライの魔物退治の際にミンティンがやった行動だと。あの時は、俺がいたから俺が受け止めたが、本当はイーアンがこうして乗るための。龍とイーアンの繋がりに感じ入った。
「だろ。カッコイイのだ、俺の奥さんは」
ちらっと総長を見る据わった目つきの親方。それを知っていても無視して空を見送る、笑顔のドルドレン。
「カッコイイよな。俺はあれを見るのが好きなのだ」
「む。まぁな。お前の。ちっ。しょうがない。でもなぁ、お前だけじゃないんだぞ」
「分かっている。だけど俺の奥さんだということは変わらないのだ。悪いな」
苦笑いして、総長の頭を掴んで髪をぐしゃぐしゃする親方。やめろよ、と笑うドルドレン。二人は笛を吹いて、それぞれ龍を呼んだ。ドルドレンは藍色の龍。眼差しも鋭く、角もすっきり2本だけ。背鰭と翼は透き通るような藍色の龍。
親方は初、渋い、燻し黄金の色の龍が来た。翼も広く、頭に縦2列に並ぶ長い角を8本抱えた、上から目線の威風堂々としたデカめの龍だった。尻尾も無駄に長い気がする。そして仰け反って、周囲を見渡す。
「タンクラッド、って感じ」
「そうか?」
総長は何となく、親方チックな龍に威圧されつつ、自分の龍に乗って見つめた。『とりあえず支部だろ』燻し黄金の龍に乗った親方に訊かれ、総長は頷いた。二人は自分の龍に乗って北西の支部に向かった。
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