557. お祖父ちゃんにお知恵拝借3 ~伝説の前
「じゃ、ま。今は答えがすぐ出ないから。こっちの話しておくか。ほらここ見ろ、最初のところ」
指差された場所を、ドルドレンが目を細めて覗き込む。『これ。誰かが地面から出てきてるような』ちらっと愛妻(※未婚)を見ると、愛妻もうんと頷く。親方も『さっきの話か、ギデオンの』と繋いだ。
「この手前で、この形をよく見るんだ。どう見たって人間じゃないだろう。この線は地上に見えないか?線の上に何やら出てる誰かが、こっちでは」
「子供。子供のように見えますね。横にいるのはその、形が異なるどなたかで」
イーアンの言葉に親方も頷く。『そうだな。これだけ見ると、ジジイがそう思うのも分かる。これは全ての祭壇の絵にあるのか』エンディミオンに振ると、お祖父ちゃんはあっさり『そう』と返す。
「祭壇は大きいからね。もっと分かりやすいよ。これ見たら、これ、もう人間に思えないって。ここが最初なのは皆、同じだからさ。この乗り物も、同じ配列だ。並びも絵の内容も。同じヤツが絵を彫ったかは知らないけど」
タンクラッド。ここでふと、疑問が生まれる。
「ちょっと待て。あの俺が買った香炉。龍の絵があっただろう。小さな香炉だし、ここまで多くの絵は無かったが。あれ、あんたが彫ったんだろ?そういう感じで、引き継がれてるのか?」
「俺が彫ったなんて言った?彫ってないよ、あんなの馬車の民はやらないって。ちょっとは好きなヤツが、修復したり、真似して描いたりするけどさ。難しいんだよ」
「祭壇や神具は誰が作っているんだ。決まった工房でもあるのか」
お祖父ちゃんはちょっと嫌そう。言いたくない感がひしひし出ている。ドルドレンも思い巡らす記憶。分からない・・・・・ 気がついたら、あったような。イーアンも、親方の質問の答えを聞きたい。
「ああ~・・・言わなきゃダメって感じの流れだな。俺、こういう強制的なの、好きじゃないんだよな」
「知ってるんだな?言え」
「コイツ、本当にヤだよ~ 脅迫なんだもん。孫より性質悪い~」
ドルドレンもジジイを睨みつける。『早く言え。どうせ話すのだ』早く早く、とせっつき始める。『俺が物心付いた時には、全部揃っている状態だ。どこかで購入している記憶もないし、どうしているのだ』畳み掛けて、ジジイを追い詰める。
「孫まで敵に回りやがった。メンドくせえ。イーアン助けてよ」
「申し訳ありませんが、何やら手がかりの様子。どうぞお話し下さい」
うえ~~~ お祖父ちゃんは味方が消えたので、イヤイヤしながら悩む。言いたくねぇ~と大声で嫌がる老人に、タンクラッドが痺れを切らして、ずいっと寄った。
「俺は長く待つのは性に合わない。早くしろ。紛い情報なんか教えてみろ。翌日あんたは死んでるぞ。なぜなら」
「知ってるよ、それ。前も俺に言ったじゃん。お前が剣で殺しに来るからだろ?」
ドルドレンとイーアンはそれについては、ちょっとエンディミオンが気の毒に思えた。親方の気迫だと、本当にやりそうで怖いだろうなと。
「覚えているとは上出来だ。命と天秤にかけられるくらい、渋れる情報なんて貴重だな。さてどうする」
「怖いよ~ この男、本当にキライ~」
うんうん呻きながらも、結局ど突かれて、お祖父ちゃんは白状する。『死んだら呪うからな』剣職人を睨んでから、言いたくない情報を話し始めた。
「工房なんかじゃないよ。遺跡だ。ハイザンジェルにもあったけど、ティヤーとかアイエラダハッドとか。あの辺の遺跡の中に、祭壇とかそういう類はあったわけ。手に入れたのは、俺たちのもっと前の世代だ。外から戻ってきた仲間から受け取ったり、移動した仲間が運んできたりさ。そういうこと」
「遺跡?遺跡の中の祭壇を持ってきて、使ってるのか」
親方は少し驚いて聞き返した。見た覚えがない・・・・・ でも。ジジイの前の世代が運び出したなら、自分が遺跡を巡った時には、既になくて当たり前かと気が付く。
「そうなのか?馬車の家族が、遺跡荒らしとは」
孫の嫌そうな顔に、お祖父ちゃんが冷たく銀色の視線を突き刺す。『そういう言い方はするな。使ってないんだから、誰かが使ったほうが良いだろ』神様なんだし、とよく分からない結び方をした。孫はムスッとする。
「遺跡荒らしではありません。どなたも管理されていませんもの。問題ありません」
聖物他どっさり(※宝石も)持ってきた自分のこともあるので(※伴侶曰く『遺跡荒らし』)イーアンは、うんうん頷く。親方も『別に遺跡荒らしってほどのことでも』と(※自分も時の剣とか欲しい物、持って帰ったから)同意した。
3対1なので、ドルドレンは一人納得が行かないが、話の続きのために黙った。咳払いして、それでと促す。
「だから。遺跡なんだよ。どこかの遺跡にまだあるかもしれないけど。どの国でも馬車の家族はいるからさ。彼らも使っていれば、そんなにもう残ってないよ」
「それでお皿ちゃんも、あの絵が描かれていて。でも私が見た祭壇は白いだけで、絵が無かったです」
「全部じゃないみたいだよ。遺跡や僧院でも古ーいところとかさ。
それに祭壇はそこそこ重いし。高い場所にあるような、僧院とか遺跡とかは運ぶの大変だったと思うし、ないんじゃないか」
お祖父ちゃんの見解にイーアンも納得。祭壇はかなり大きかった。馬車に入る大きさなのかなと思ったけれど、運べそうな大きさの祭壇を選んでいるのかも。
「なるほどな。そうなると作り手を探すのは無理だな。しかし、もう一つ訊きたいことがある。馬車歌は、この世界の成り立ちから歌われているという。だとすれば、お皿ちゃんもだが。
馬車歌のどの部分から、祭壇や香炉、こうした聖物に描かれているか、分かるか。最初が突然、誰かが生まれる場面というのも、何か気になる。これを言ってしまうと、全部気になるが、旅の場面や退治したあとの場面もあるのか」
「剣職人。お前、これ一通り見たんだろ?それで、その程度かよ」
ムカッとするタンクラッド。お祖父ちゃんはノラクラと首を回して『甘いなぁ』と火に油を注ぐ。そんな苛立つ親方を無視して、お祖父ちゃんはお皿ちゃんを指差す。
「ここまで話が来たから。今日は奮発して教えてやるけど。デラキソスの歌う、馬車歌の最初はここにはナシ。イーアンには話したが、お前聞いてなかったのか。馬車歌だけが全部じゃないだろ。
大体、俺が『これ、ギデオン』って言ったこの人。今や正体不明だけど。この人の話だって、馬車歌に詳しく歌われてなかっただろ?あれは大きいの。馬車歌って全体なんだよ。その補佐情報が、俺の覚えてる、他の歌なわけ」
「それで、エンディミオンは。膨大な量の歌と絵を合わせて・・・と、先ほど仰っていたのですか」
「そういうことね。イーアンは、イイコイイコ」
お祖父ちゃんはイーアンの頭を撫でようとして、孫に手を叩かれた。『ケチ』吐き捨てるお祖父ちゃんに、孫は小さく首を振った。
「旅の場面なんかはあるよ。後ほら、龍の絵なんかもあるだろ。これはイーアンの前の女かな。女が空に上がったり下がったりの絵があって、次に龍が地上にいる。魔物撃退って感じの。女が『魔封師』とか『知恵の女』ってあれこれ讃えられているのは、こういう場面が多いからだよね。
でもね。俺も分からないんだけど。
この、面じゃない部分。ここらへんに描いてある絵。これ、いつのことなんだろうって。毎回思うんだよね」
お祖父ちゃんはイーアンに、お皿ちゃんの側面を見せる。その薄い部分に描かれた絵は、とても小さくて判別が難しかった。『祭壇にもあるよ。だけどさ、これをよく見てると。まるでこの伝説の前にも、何かあったみたいに思えるわけ。それが魔物退治か、そうじゃないのか。分からないがね』お祖父ちゃんも首を傾げる。
「ここの箇所は、大きい絵で見るとさ。今とは違う国の形というかな。世界が違うのか。とにかくそれが、龍みたいな大きな生き物に、壊されたような絵なんだよ。その流れで、見慣れた地図の形が出てくるんだけど。これ、歌にもないし」
お祖父ちゃんの見解に、イーアンは驚く。
「え。歌にないのですか。では、歌よりも前の時代かもしれないと」
鳶色の瞳が不思議そうに丸くなるのを見て、エンディミオンも苦笑い。でも否定はしない。
「そう思えないことも無いだろう?だけど、そう考えるともう、分からないじゃないか。誰がこれを、何で作ったのかって話だ。だって、もし伝説より古い時代の話で意味があるとすれば、伝説とくっ付ける流れは残っていないんだ。祭壇も、こうした聖物も」
「世に広める使い道のために、時代を繋いで作られた物とも思えるぞ」
孫も話に参加。一番初めの時代の記録になる絵を、次の時代の似たような話の記録に、繋ぎ合わせて製作されたとも思える、と言うと、お祖父ちゃんは頷く。
「それだけの理由、って可能性もあるだろうな。だけどさ。それって今度は『どうして繋いで、世に広げることにしたんだ』って思わない?
繋ぐ前の状態・・・別個で残っていても良いはずだろ?別にはないわけよ。この組み合わせ以外で、この箇所の絵は、単体ではどこでも見られない。
世に広げるにしても、理由は宗教か何かだったわけだろうし。だけど現在に残ってる宗教に、この欠片も見えないっておかしくないか?俺たち馬車の民は、形だけの龍の信仰あるけれど」
親方は、3人の意見交換を聞きながら暫く黙っていたが、思うことあって口を開く。『どの道。太陽の民に託した記録の可能性があるならば、太陽の民を通して、この話を誰かに伝えたい目的もあるわけだよな』そこら辺に、組み合わせて残された理由の何か・・・あるんじゃないのか、と呟いた。
エンディミオンもそれを聞いて、少し止まる。『いいね。なかなか良いんじゃないの。その考え方はさっき出てきたから、俺の中に無い展開だ』そっちね、とお祖父ちゃんは顎に手を置く。タンクラッドは続ける。
「俺が買った香炉。あれを見た時、俺は龍の絵を見て、伝説だと思ったんだ。だが、家に持ち帰って、絵を見ながら暫く考えた。
奇妙な絵なんだ。龍の形は様々だろうが、あの絵の龍は、大陸を壊しているふうに見えることだった。海を打ち壊すというか。空から降りている龍がな」
「あの香炉は、胴体に絵がそれしかないだろう?小さいから。でも、もう一つ大事な絵を見ていないか?香炉の口にぐるっと一周、船のような絵があるんだ。船が上なんておかしいと俺は思った」
タンクラッドは思い出す。ジジイの指摘のある『香炉口』に船の絵・・・・・
「エンディミオン。あれが船?船に見えるのか?帆もない、家みたいな絵だろ?」
お祖父ちゃんは、別にといった具合に首を振る。『俺にはあれも、船に見えるよ』そう答えると、大きく息を吐いて3人を見た。
「さてと。取り留めない謎々はここまでだ。俺は店があるから、もう行くよ。面白かったがな、終わりにするぞ」
イーアンも頷いて立ち上がり、微笑んでお礼を言った。『長い時間を。朝からお邪魔しました』有難うと言うと、お祖父ちゃんは『イーアンは残っても良いよ』とニコーッと笑って腕を掴んだ。孫に腕を拳で殴られ、親方にど突かれた。
「老人に。お前たちは。一体どんな生き方をするとそうなるんだ」
苦しむお祖父ちゃんに、孫は冷たく言う。『あんたと親父から離れて、安全を学ぶ生活からだ』気の毒そうに見つめるイーアンを抱き寄せる。
「触るんじゃない。スケベジジイめ。親子くらいの差があるくせに、気持ち悪い」
親方にも、けっ、と吐き捨てられ、お祖父ちゃんは恨めしそうに腕を擦りながら『恩知らず』と二人の男にぼやく。
「いいだろう。今日はもう帰ってやる。また用が出来たら来てやるからな」
上からの言葉を降り注ぐ親方に、お祖父ちゃんは使われた感が否めなくて歯軋り。イーアンは気の毒な気持ちで、玄関から出る際にもう一度お礼を言った。
それから3人は、すっかり昼前になって人も増えたマブスパールを歩き、食事をしてから出ることにした。
タンクラッドは、初めて教わる馬車の料理に好奇心を持ったようで、総長にいろいろと質問しながら食べた。イーアンの作ってくれた料理と似ていると言うと、イーアンもドルドレンに教わったと答える。
二人が料理を食べながら、味わいや調理法を話しているのを聞くドルドレンは、自分の育った食事を気に入られて、ちょっと満足だった。
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