555. お祖父ちゃんにお知恵拝借1 ~ギデオンとは
「治癒場はもうひとつあるんだろう?」
ドルドレンが龍の背で、イーアンに訊ねると、後ろの親方が『そうだ』と答えた。イーアンに訊いたのに、とぼやいて後ろのエラそうな職人を見る。
「答えは誰に聞いても同じだ。総長は知らないからな。西方面の治癒場も連れて行ってやろう」
時間があれば・・・親方は総長を見て頷いた。総長苦笑い。『タンクラッドはエラそうだ。常に』前で聞いているイーアンも笑っている。
「お前のジジイにも、同じことを散々聞かされている。俺がエラそうで可愛げがないとかな。そのすぐ後、『おっさんが可愛くても気持ち悪い』と自分で言っておいて自分で突っ込んでいた。何が言いたいのかわからん」
ハハハと笑うドルドレンとイーアン。言いそう、とイーアンが振り向くと、伴侶も頷きながら『言うだろうね』思うことをすぐ喋るからと笑った。
『今日。お前たちは、ジジイに何を聞きに行くのか』俺の用は少し長い、と親方が言うので、ドルドレンはちょっと黙ってから、昨晩の出来事を話した。驚く親方はイーアンにも質問する。『ミレイオに相談したか?』イーアンはそれについても話して、事の起こりから大体の流れを説明した。
「そんなことが。そうか。また何か、物事は動いたんだな」
「そう感じる。昨日、ビルガメスが来てこれを・・・この首に巻いたもの、これを俺にくれたから。それでコルステインに影響されずにいる。イーアンはその前に入り込まれた。ミレイオにもビルガメスにも相談し、龍気を保つことで防げるようになったと思うが」
「また、何か起こってもな。それも相手が分からない分、不安と言えばそうだな」
そういうことだ、とドルドレンは頷いて『それでジジイにギデオンについて聞きたいと思った』と続けた。親方も唸る。手に負えない仲間も出てくることを意識する。
3人であれこれ話していると、案外あっさりと、マブスパールの壁の外に到着。
『早かった』親方は北の治癒場から距離もありそうなのに、と意外そう。『一人だと長く感じるのか』親方の呟きに、イーアンもそう思う、と答えた。
ドルドレンは、一人で騎龍したことが少ないので、分からない話題。龍に乗れる機会が今後増えるから、そのうち思うかもと、二人の感想を聞いていた。
ミンティンを空に帰して、3人で壁をぐるっと回って町へ入る。親方はちらちらと総長を見る。歩く足を緩め、視線に気がついた総長がタンクラッドを見ると、彼は首を少し傾げた。
「総長は本当に。この町の人間たちと同じ、出身なんだよな?」
「何を唐突に。そうだ。俺は16まで馬車にいた。マブスパールに住んだことはないが、馬車の民だ」
「凡そ20年か。そう見えないのは年月も手伝ったかな。お前は騎士修道会総長、って感じだ」
何のことだかと笑うドルドレン。『総長になって1年経ってないぞ。それまではただの騎士だ』首を振って軽く否定し、歩く速度を戻す。『いや、そうだろうが。お前はもともと、あまり馬車の民と似た性質ではない気がした』それだけだよ・・・親方も笑顔のまま、話を終えた。
横を歩くイーアンは、二人が少しだけ仲良くなってきた気がして、ちょっと嬉しく思った。伴侶も親方も性格は優しいし、価値観も近いから、お互いに慣れてくれば仲良くなれる。笑顔で話し合える二人を見て、イーアンも笑顔で歩いた。
まだ朝も早いので、通りの店屋は開店していないところが多い町の中。3人は、お祖父ちゃんのテントの並びを歩き、お祖父ちゃんの姿が見えないと気が付く。
「まだそう、かな。9時前だからか」
「ジジイは早起きかと思っていたが。あのジジイは夜中に体力使ってそうだし、まだかもな」
親方の表現にイーアンが笑う。ドルドレンも苦笑いだけど、否定はしなかった。親方もちょっと笑いながら、向かいのテントの並びを見渡し、総長の肩を叩いて一方向を指差して見せた。『あの辺りに、お前と似た女が屋台を出していた』多く盛り付けてくれた、と教える。
「ああ。メイジャラー。言っていたな。屋台だから一箇所には留まらないだろう。多分、食材の仕入れがてら、ここへ寄ったのだ」
「彼女は馬車の民という印象だった。お前と顔つきなどは似ているが、話し方や表情が」
そんなもんかね、とドルドレンは少し笑った。ミレイオに言われたばかりの『誰がいつ、そうなっても良いよう、大雑把に皆似ている』のが何だか真実っぽくて、親族が似ているのを恥ずかしく思った(※『俺の家系は一体・・・』適当説への肯定)。
とにかく。お祖父ちゃんのテントの品に、布がかかったままなので、3人はどうするべきか考えた。迂闊に家に訪ねて女性がいたら困る、と・・・それが第一問題。『この可能性は大いにある』総長の言葉に、2人も頷く。『だが、時間を潰すにも。開いている店は食材屋くらいだ』待つには時間潰せないだろうな、と親方。
「あ。あれ」
イーアンが振り向く。親方と総長でイーアンの視線の先を見たが『何か見えるか。何だ』親方発見出来ず。ドルドレンも眉を寄せて遠くを見てから、『イーアン、遠目利かないだろう。何かあったのか』と何も見えないことを訊ねる。
「あのう。見えていません。ただ、こちらに来ます。あれはエンディミオンです」
鳶色の瞳をちょっと伴侶に向けて、イーアンは頷く。そうなの?ドルドレンも理解して、もう一度イーアンの示した先を見つめる。
親方は不審げ。でも、もしやこれかと思い、くるくる髪の女を見て『お前。誰が来るのか分かるのか』そう言いながら、ちょびっと髪の毛から先の出ている角を摘まむ。
ムスッとしたイーアンが見上げて頷いた。『多分、それのお陰ですけど』摘ままれて不愉快そうに答える。笑う親方は、角をくりくりしながら『一度摘まむとクセになる』と言っていた。
ドルドレンもそれを見て笑いながら、もう一度、前を見た。『お。本当だ、当たったぞイーアン』通りの向こう、曲がり角から、背の高い男が歩いてきたのを見つける。
「彼はもう、私たちがいると知っています。目が良いのですね」
「ジジイは身体能力には恵まれているから。でも、そんなことまで分かるとは。さすが最強」
笑うイーアンは伴侶の言葉に、腕をぽんと叩いて首を振る。『彼の意識がこちらに向いたのを感じ取りました。それだけです』こんなことで最強って、と笑い続けた。
親方としては、かなりビックリ。怒ったり戦わなければ、普段はほのぼのしている印象のイーアンが、気配を感じるとは。恐るべし、龍の角。ちょっと畏怖を感じて、角くりくりを止めておいた。
エンディミオンはすたすたと近づくにつれ、顔が笑っているのが見えた。そして10mくらい先に来た時、人差し指で、3人をそれぞれ踊るような手つきで数える。真ん前に立ち、まずはイーアンに微笑む。
「久しぶりだ。具合が悪かったと聞いたが、こんなふうにお前を会うとはね」
「お知恵を拝借に来ました」
「で。うちの孫と、可愛くないおっさんか。一人で来りゃ良いのに~」
同じくらいの背のおっさん(※47才)と孫(※36才)に視線を流してから、イーアンの頭にぽんと手を乗せ、瞬時に目を丸くし、さっとその頭を見た。イーアンは何も言わない。お祖父ちゃん背を屈めて凝視。
「おま。お前。これ、角じゃないのか。そうだろ?角だよな」
この話題、暫く続くのかしらと、イーアンは面倒臭く思いつつ、きちんと頷いておいた。ジジイの手を掴んで離した孫は大きく溜め息をつき、『家に入れろ。こんなところで立ち話するために来たのではない』顎で家を示し、ジジイに促した。
エンディミオンは角にビックリしながらも、とりあえず来客を招いた。『片付けてないからな』そう言って3人を通し、長椅子に案内した。『お茶飲むか』ニヤッと笑うジジイ。ドルドレンは真顔で首を振った。親方も『俺は毒を盛られる気はない』と答える。二人の返事を聞いた後、『頂けますか』と笑ってイーアンはお茶を求めた。
「イーアンだけだよ、可愛げのあるの。男キライ~ 孫だけど」
「あんたが悪いんだろう。俺を眠らせて、イーアンに手を出そうとしやがって」
「大丈夫ですよ。出されていません」
親方はその会話をイライラしながら聞いていた。このクソジジイ。通りの向こうから手ぶらで来た時点で、女の家から帰ってきたと分かる。こんな男が俺の手伝いとは。くさくさした気持ちで頭を振った。
「で。何だよ。俺に用って。またあれか、馬車歌」
お祖父ちゃんはイーアンと自分のお茶を運んで、一人掛けの椅子に座った。それからちらっとイーアンの角を見て、フフッと笑う。『龍と空にでも行ったか』お茶を持った手の人差し指を、角に向けて訊いた。
「あんたとこの前、話してから。矢継ぎ早に物事は起こる。まずは総長の話からだ。俺はその後」
タンクラッドは先行を総長に譲った。ドルドレンも頷いて、咳払いしてからジジイを見る。向かい合う祖父と孫の似過ぎている様子に、空恐ろしいものを感じる。彼の叔母も似ていたのだ。似過ぎるこの家系に、タンクラッドは何か意味があるのだろうと思った(※ミレイオ曰く、大雑把だから)。
「ジジイ。聞け。ギデオンを知っているか」
銀色の瞳がちょっと視点を止める。孫の灰色の瞳を見つめ、僅かに首を傾げて続きを促す。
「昨晩。ギデオンに用のある者が訪ねて来た。俺が応対する前にイーアンが応じ、その者はなぜかすぐに消えた。ギデオンを探し、また来るだろうが」
「お前もあいつを見たってことか。そう。デラキソスもじゃあ、会ったな。それ、人間じゃないだろう」
ドルドレンが静かに頷いたのを見て、お祖父ちゃんは額を掻く。それからイーアンを見て『何て言ってたの。思い出せるか?』と質問。お祖父ちゃんはイーアンを覗き込んで、自分は理解出来なかったと話した。
「ええっとな。俺もあいつを見たんだよ。だけど、俺はあれが何を言ってるか分からなかったんだ。何か言っていたと思うけど。イーアン。お前は多分、あいつのことが分かったんじゃないかなってね」
それ、と角を指差す。『お前の角。それ、龍だろう』そういうのあると、理解出来そうじゃないかと言うので、イーアンはドルドレンを見た。ドルドレンも瞬きで、話すように合図する。
「頭の中で、話したような具合です。あの方は、連続して言葉を繋げませんでした。
単語を一つずつお話しされるようで、私の解釈ですと、最初に目が合った時は『自分は攻撃する気がない』と訴えておられるようでした。次に『ギデオンに会いたい』と言って、彼を指差しました。でも私が彼を振り向いたすぐ、いなくなってしまって、それきりです」
「そのギデオンって、イーアンは誰だか分かったのか?」
「昔いたのかを訊いたら、頷きました。ギデオンの名前を必死に繰り返すので、そう、必死そうに見えたのですが。私は『彼の名はドルドレンだ』と教えました。でもその方はそれでも『ギデオン』と呼ばれました」
エンディミオンはニコッと笑う。それからイーアンにお茶を飲むように勧めて、自分も何かを考えながらぶつぶつと呟き、時々首を捻って、3人に見守られる中、お茶を一口飲んだ。
「うんとさぁ、それ。まーほら。質問は『ギデオンを知っているか』だからな。答えは『知ってるよ』だな。
で、あれだろ。これで帰るつもりないだろうから『誰だ』ってなるよな。ここが問題。答えを急ぐなよ。そのギデオンは勇者その人だ。って、ほら待て』
やっぱ、と腰を浮かした孫と、ハッとした顔で見たイーアン。親方も反応して顔を向けた。お祖父ちゃんは3人に向かって両手の平を向け、落ち着くように指示。
「焦るなって。言っただろ。勇者だけど、ちょっと訳ありなのよ、こいつが。『ギデオンってだぁれ?』って話だろう?歌と、歌以外でな。その人の話はあるんだけど。
ホントかどうかなんて、確かめようないんだけどさ。簡単にいうと人間じゃなさそうなんだな、ギデオンは」
「そんなわけないだろう。勇者は人間だったし、俺たちの先祖じゃないのか」
「ドルドレン。話、聞けよ。余裕がないんだよ、お前はいつも。ほれ、剣職人。お前さんも睨むな。喋るから」
俺にも危ないかもだから、一応お前たちに言っておかないとね~と、お祖父ちゃんは髪をかき上げて、全員を見る。
「だって、あれだぜ。ギデオンは確かに俺たちのご先祖様の名前だけど、一部情報に『地下の国の誰かが親』って感じなんだぞ。人間じゃないだろ、そうなったら。良い人っぽい話しか残ってないけどさ。
だけど、人間そのものじゃないのに、地上の勇者?って思わない?まぁ気にしないなら、良いけどね」
「エンディミオンは、勇者が人間だという話なのに、人間ではない血が入っているギデオンが、歌に残っているのは変に思うのですね」
イーアンがまとめると、お祖父ちゃんは『そう』と答える。『この世界は3つあるんだよ』鳶色の瞳に話しかけるお祖父ちゃん。
「お前さんの行っただろう、空。それで、ここ地上。もう一つはこの下ね。地下。この3つだ。それぞれ住人が決まっていて、普段は触れ合うことさえないくらい、そりゃもう、しっかり分けられてる。
性質が違うのも、そのためだろうな。自分の世界から、別の場所に行って暮らすのが難しい性質だったら、自分に合う場所に落ち着いて住むもんだろう?」
3人はお祖父ちゃんの言葉の続きを待つ。それがギデオンの何に繋がるのか。
「だけどな。たまーに出てきちゃうヤツっているわけだよ。どんな世界でも。ギデオンの親の、どっちかは地下の国の住人らしい、って、それはね。絵で残ってたんだよ」
ドルドレンは『絵』で反応する。目を見開いた孫を見て、お祖父ちゃんは『覚えてるか?』と探る。孫は小さく頷き、眉根を寄せて視線を泳がす。『あの。祭壇じゃないのか。絵は』その言葉にお祖父ちゃんは腕を伸ばして、孫の頭をイイコイイコする。孫、目が据わる。
「それそれ。祭壇とか、その系統の道具な。馬車にあるやつ。お前がよく隠れて遊んだ時、あの絵を見ていろいろ聞いてただろう、大人に。ベルなんかも怖がってたな。あれよ、ギデオンのことが描いてあるの」
ハッとした親方。一つそれを思い出すものを自分が持っていると知る。
「ジジイ。もしかしてそれは。あんたが俺を、盗人呼ばわりした時の、あの香炉の絵もか」
イーアンの前で言うなよ~ お祖父ちゃんは疎ましそうに親方を見る。イーアンは下を向いて黙っておく。『しょうがないだろ、お前が怖かったんだから』弱々しい老人にさー、と言い訳した。『でもそう』とは答える。
「マブスパールの馬車は、祭壇積んでるかね。あれば、見たら早いんだけど」
そしてお祖父ちゃんは『ギデオンが誰なのか』の質問に、『勇者だけど、出てきちゃった地下の住人が親の片割れで、だから人間半分って思っといたら』としたことだった。あの訪ねて来たヤツと、どんな繋がり方をしてるか分からないことに、ちょっと警戒しとけよ・・・と。
「地下の人たちは、俺もよく知らないけど。根暗っぽいし。人間を操るような話もある。
ギデオンを探してきた地下の相手だとすれば、用は何であれ。仲間になるにしても、押さえる所は押さえとかないと、何かあったら、人間じゃ太刀打ちできないぞ。で、俺のところに来るなって言っておけ。俺はよせ」
何とも腑に落ちない終わり方で、濁ったままの『ギデオン』その人の問答は終わった。親方は少し間を置いてから、お皿ちゃんを取り出した。『ジジイ。次の話だ』そう言って、お皿ちゃんを見せた。
お読み頂き有難うございます。




