550. ミレイオのお話
ミンティンに、アードキー地区で降ろしてもらうイーアン。『歩くから』と最初に宣言し、真上まで飛ばなくて良いことを伝えた。青い龍は素直に従ってくれて、はいどうぞ、といつもの空き地に降ろしてくれた。
眠って待つつもりなのか。すぐに丸くなってミンティンは眠る。その姿をちょっと見つめ、イーアンは嬉しい気持ちで胸が温かくなる。ここにいてくれる、青い龍。
嬉しい気持ちを感じながら、ミレイオの家に歩き、玄関の扉を叩くと『誰ぇ?』ののんびりした声が響いた。名のってすぐに、扉が開き、ニコリと笑うキラキラ刺青パンク。光を撥ね返す素材が好きなようで、今日もキラキラシャツに、がっちり革パンだった。そしてジャラジャラの鎖付き。
「どう。盾工房かな。って、あれ。あんた威圧感凄い、どうした。ん?何これ」
イーアンを中に入れようとして一瞬驚いたミレイオは、イーアンを見回してから、頭の上にちょんちょんと出ている、小さな物質に目を留める。
「それは。ツノです(※平静を保つことにした)」
「えっ ツノ?角なの、これ」
イーアンは頷きながら、案内される部屋へ行き、何も言わないで説明を待ってくれる、ミレイオの顔を見た。ピアスの羅列する顔は、とても真顔。
「掻い摘んでお話ししますと。私は龍になって、ここから支部へ戻り、力の使い方が良くなかったため、その後は空で休養しました。起きたら角が生えていました。これは精霊が与えて下さったようです」
「本当に生えてるの」
はい、と頷くイーアンの横に座って、ミレイオは『ちょっ。ちょっと、見せて。いい?』と遠慮がち。イーアンはどうぞと頭を傾けた。ミレイオ、そーっと髪を分けて、生え際を見る。『ホントだ。生えてるわよ』あんた貴重ねぇ、と誉められた。
「へえぇ~ イーアンは退屈しないわ。次から次に、まー。面白い」
「ええ。皆さんそのように言われます。私は面白くありませんが」
笑うミレイオ。仏頂面のイーアンを抱き寄せて、ゲラゲラ笑って『ふてらないの。良いことあるわよ』と慰めた。起きたらツノですよ、面白くも何ともないと、ぶーたれるイーアンの角を見て、ミレイオは笑顔のままでちょっと摘まんだ。
「可愛いじゃない。こんなの欲しくたって、なかなか付かないわよ」
「無くて困ったことも、人生にありませんでした」
ミレイオはイーアンの角を摘まんで、ちょっと引き上げる。目の据わったイーアンの顔を、わしわしっと撫でてやって『お茶飲もうか』と笑いながら、お茶を淹れてくれた。
「今日。何で来たの?一人ってことは、盾工房じゃないのね」
と、質問しつつ、話題を変えるミレイオ。イーアンの衣服をさーっと見渡して『凄いまた、これも。また魔物倒したの』と笑顔で服を誉めた。
これは空でもらった龍の皮で、自分が身に付けると役立つようだと、イーアンは話した。『ミレイオの上着と、とっかえひっかえで着たいと思います』そう話すと、ミレイオは『素敵。よく似合う』と微笑んだ。
それからイーアンは荷袋の材料を見せて、まず仕事の話をする。ミレイオは絵を見ながら、一緒に考えてくれ、細かい寸法と、イーアンが使う際の注意点を教えてくれた。
「下、行こう。全部で何枚?えー・・・ここで5枚でしょ。表裏10枚か。後は?」
「鞘の下の部分と、口にも当てます。表裏4枚です。計14枚の予定です」
分かった、おいでとミレイオは荷物を持ってやって、階段を下りた。イーアンも続いて、下の工房へ入り、工具を借りながらミレイオの指示に従って材料を加工し始める。
相談しつつ、穴の開ける場所と穴のバリ取りを調整したり、削いで薄くする部分を手伝ってもらったり、コバを落としたりと進め、変形のための加熱は教えてもらった。『木型は持ってきてないのね』あればもう曲げたけど、とミレイオに言われて、戻ってやってみると答えた。
「これで。あんたの用事は終わりかな。お昼どうするの、まだお昼まで1時間くらいあるか」
ミレイオにもう一つ、用があることをイーアンは伝える。イーアンが真顔なので、ミレイオも毛皮の上に座って話そうと促した。
イーアンは前置きに『分からなくて知りたい』と短く入れて、自分が見たものや、その後のフォラヴの話をした。ミレイオは真っ直ぐイーアンを見つめて、小さく相槌を打ち、丁寧に耳を傾けてくれた。
「こうしたことから。私はまだ、もしかすると操られる対象になると思います。
私が知りたいのは、操られると、普段とどう違うのか。操られていることに気がつけるかどうか。もう一つ、相手が操らないでも、私は相手と話が出来ないかどうか。です」
そう、頷くミレイオは一度自分の両手を見た。それからイーアンの角を見て、『そうね』と再び頷いた。
「どうしようか。今、話し聞いていて。私が支部に行って、ドルドレンとあんたに話した方が良い気がするんだけど。あんただけに話しても、ドルドレンが操られないとも限られないでしょう。
あんたは、気にさせたくないかもしれないけど、ずっと知らないで悶々としても。そっちのがあの子、ヤじゃないの」
「そうですね。目的が分からないので、早めに知りたいです。操っているのは私の感情もなのか」
「うーん・・・・・ それは分からないけど。感情も操れるのよ、そんなに大変じゃないから。
だけどあんた、龍じゃないの。違う種族はそんな簡単にいかないわよ。人間はねぇ、楽だけど」
妖精なんかも手強いし・・・ミレイオは呟く。『あんたは最近、龍気を使うようになったから。不安定で入られちゃったかもね』龍気が成長したら、あんたには手を出さないと思う、とミレイオは教えた。
「どうする。行く?今日、午後は私もすることあるから、今だと時間作れるけれど」
「支部までいらっしゃったら、午後に影響しませんか」
「2時前に戻れたら、そんなに困らない。あの子、何だっけ。可愛い顔の、赤っぽい毛のさ。あの子の盾作ってるから、今日金属曲げたいのよね」
ああ、ロゼール?イーアンが言うと、そうそう、ミレイオも手を打った。『彼。ロゼールか。あの子の注文よ』ちょっと風変わりだから、工夫しないといけなくてと答える。
「まぁそうなのよ。だからね。今から出て、そっちに着くでしょ?お昼は、工房で食べさせてもらえれば良いわよ。ドルドレンも工房で一緒に。そしたら、3人で話せるじゃない」
「わざわざ申し訳ないです。有難うございます。では行きましょう」
はいよ、とミレイオは立ち上がって、イーアンの材料を荷袋に入れて1階へ上がる。後に続き、ミレイオの支度を済ませると、二人は家を出た。青い龍のいる場所へ向かい、その背に乗って支部へ飛んだ。
11時過ぎに支部に着いた二人は、とりあえず工房へ行き、ミレイオはそこで待ってもらうことに。イーアンは執務室に向かって、ドルドレンに事情をちょっと説明する。
「そうか。急用だな。分かった」
急な客だからな、と大きな声でがっちり押さえてから『あー。俺はそうだな。3時くらいまでは来客の相手だから。頼むぞ』ドルドレンは、執務の騎士の視線を見ないで言い切り、イーアンの背中を押してそそくさ退室した。
「良いところに来てくれた。何度言われても分からない書類が相手だった」
ああやだやだ、と言う伴侶に笑いながら、イーアンはドルドレンを工房に先に通す。『すまないな。ミレイオ』ベッドに座る盾職人に挨拶して、ドルドレンも近くの椅子に座る。イーアンは湯を火にかけてから、椅子に座った。
「来てもらってまで話を願うとは。だが何やら不穏だ。何も分からない相手では、こちらもどう動いて良いやら」
「ちょっと最初に聞きたいのよ。黒い鳥ってフォラヴが見たんでしょ。ドルドレンは覚えはないの」
「見たことなんて無いだろうな。大きいというし。ただ、そう。何か頭に過ぎった気がしたが、それだけだ。何かも分からない」
ふぅん、ミレイオはドルドレンを見て頷いて、あのね、と切り出した。
「あんたが目当て。ならね、あんたも知ってるのよ。相手を。でも、あんたは知らないと。相手はあんたが自分を知ってると思ってるわよ、きっと。
でね、イーアンに最初に自分の姿を見せたでしょう?それ、あまり逸れてはいないだろうけど、作ってそうな感じなのよね」
ドルドレンとイーアンが顔を見合わせて、二人で不安そうに刺青パンクを見つめる。イーアンはお茶を淹れて出し、何やら考え込むミレイオの言葉を待つ。ドルドレンはじりじり。
「仲間。って気がしたわけよね。じゃーあれか。あの遺跡のと近いとして。
だとするとー・・・・・ あの家族しかいないような。だけどあの家族なら、翼が。他の両性具有って特徴が違うような。どうだったかなぁ」
一人思い出しながら、ミレイオは眉を寄せる。それからイーアンをちょいちょい手招きして、側に来たイーアンを真顔で抱え込み(※座布団)『もうちょっと情報欲しい』と呟きつつ、抱えた頭の角を見て、ふと笑った。『ツノ』一言伝えて、ドルドレンを見る。ドルドレンも少し笑った。
「あとは。何かないの。ドルドレンも記憶にない。イーアンもいつもの感情と違う。相手は両性具有。夜の色の人型の女でしょ。仲間の名前とか分かればね」
イーアンはちょっと考えて、ハッとする。『そうでした。名前なら分かるではありませんか』伴侶を見て、どこに書いたっけと立ち上がって、紙の束を急いで探し始める。ドルドレンも気がつき、『あ。そうか。シャンガマックに聞いた時』あれ、こっちじゃないの、と別の紙の束をわさわさひっくり返し、二人で、わたわた紙を探す。
「あった。これだ。剣に浮き出た名前。
えーっとな・・・『旅する太陽の』は俺だろ。『龍の子、知恵』ってイーアンだな。この時はまだ龍の子。
『精霊の鍵ドーナル』『世界の声を聞くバニザット』『神の従者龍の目』これはザッカリア。『精霊を操る』は、タンクラッド。やっぱりエラそうだ。
それで、ここからだな、今後会うのは。『大地の牙ホーミット』『闇を開く翼コルステイン』『命を守る癒しセンダラ』それで『2度の魂を与えるヤロペウク』。以上10名だ」
ミレイオは眉を寄せて首を振った。ドルドレンはそれを見て『いないのか?』と訊く。パンクは溜め息をついた。
「いるのよ。コルステインだわ。全然違うじゃない。良く見せ過ぎね」
イーアンは鳥肌が立った。いた、ということが、現実に音を立てて近づく。ドルドレンも灰色の瞳を丸くして『違う?』小さな声で聞き返す。
「はー・・・まー。やりそうだけど。私を見て、あんたたちどう思う」
普通、とイーアン。ドルドレンも頷いて、質問の意味が分からず『別に。人間だ、派手な』と答える。ミレイオが苦笑いして、ドルドレンの鼻先をはじいた。『派手は要らない』そう言って、自分の顎に手を当てた。
「あのねぇ。・・・・・生きてたのね。長生きしたわねぇ。ええっと、どうしよう。私が推測する部分も入れて話そうか。
まず最初に見た目から、言っておこう。コルステインは、両性具有。それは正しい。胸もあるし一物もある。で、見てくれは女だわね、確かに。だけど、これだけじゃないのよ。精霊が教えた説明に翼ってあるでしょう。翼があるのね。それに手足も鳥の足よ。顔は女みたいに見えるけど、綺麗かどうかは・・・どうだろうねぇ」
ドルドレンはとても嫌そう。顔をしかめて唾を飲む。そんな伴侶を見てイーアンも困る。『すみません。情報が偏ってしまって』最初の印象が良かった、と一応伝えた。
「いいのいいの、コルステインはそういうヤツよ。あれ、元々は鳥だもん。人間の姿になりたくて、ああなったのよ。深く考えないのよね、あの家族は。
そう、だから。知恵を授けるとか、そんな場面をイーアンは見たみたいだけど。コルステインに知恵なんかないわよ」
ふへっ ドルドレン頭を抱える。見せた伝達がウソって。気の毒そうにミレイオも失笑する。
「あんたの家族。ドルドレン、もしかして似てるんじゃないの。顔とか。雰囲気とか」
嫌そうな顔のドルドレンに代わり、イーアンが静かに認める。『ドルドレンのお父さんとお祖父さんは知っています。顔も背格好も似ています。ドルドレンの名誉のために言いますが、性格だけは真逆です』でも外見そっくり、と念を押す。
「ハハハ。じゃあ、そうかな。それ、先祖代々かもよ。話で聞いたけど、あの勇者なんでしょ?だから男の誰かは似ちゃうとか、勇者の時の男と。っていうより、全員似てるって。『誰がいつ、なっても良い』みたいな感じ。すごい大雑把な。アハハハ」
可笑しそうに笑うミレイオを、じーっと見つめる不満そうなドルドレンは、白髪混じりの髪をかき上げ、続きを言うように促す。
「そうね。あのコルステインは、見た目で見つけたのよ。きっと。あんたの親とか、お祖父ちゃんも見に行ったんじゃない?勘は良いから、違うと思ったでしょうね。
それで。コルステインについて話さないと。今、いるってことは。もうウン百年って生きてるのよ。だから、昔の勇者と一緒に動いたとか。そういうのじゃないの、きっと。
私が知ってるのは、コルステインの家族の方。コルステイン自体は話だけね。その家族も長生きだけど、消えてるの。だから尽きたと思った。
彼らはそうねぇ。いたら、地下の国の住人でどれくらいの位置かって言うと。ほぼ不死身の体だから、相当強力よ。あの家族だけで、一つの国は潰せるんじゃないの、って感じ」
「えっ!そんな強力。でも尽きたとか消えたとの割に、不死身とは。その意味は」
「ああ、ごめん。分かんないね。攻撃が効かないの。魔法も意味なし。あって無いような体だから。想いだけが形になっちゃった、そういう家族なのよ」
ドルドレンは一生懸命考える。全く理解が付いていかない。片手を上げて、ミレイオを止め、眉をぎゅーっと寄せながら、相手についてまとめるが。ミレイオはそれを遮る。
「止めなさい、無理よ。すぐ分からないから。
さっき、『私はどう見えるか』って訊いたでしょ?私はね、本来の姿に変わっても形はあるの。血も出れば、ヨダレも出るし。普通にあんたたちと同じように食事もするし、排泄その他、汗もかくわけ。
だけど、地下の住人の中にはね。もう体もないようなヤツもいるの。煙とか、湯気みたいに。それは想いの塊だったりするのね。
見た目いっぱいくっ付いてるのが多いけど、逆もあるのよ。ぜーんぜん、触れもしないって、極端なの。それの頂点がコルステインの家族でしょうね。鳥のまま、人間になりたくて無理やりなっちゃった。
正確に言うと、鳥だった時に思ってた憧れ?かな?が、人間の形になった、って言うのか。そんなとこ」
イーアンは想像しながら、ミレイオに確認する。
「つまり。コルステインはその。触れないのですか。見える形を取っていても」
「触れなくすることが出来るの。私も2つの見た目がある。あいつもそうなのね。皆、大体そうかな。
コルステインが見える形になってる時は、もうそのまんまよ。ちょっとでかくて、両性具有で。女みたいな見てくれで、手足が鳥。翼があるの。その状態だと触れるのかな。
だけど一瞬で形が変わるから。元々、体の機能もないしね。あれは想いの塊なんじゃないの。想いが何かで霧散すれば、消えるというか、死ぬとも違うけど・・・どう言えば良いやら」
ミレイオはそう教えてから、二人に地下の国の御伽噺をする、と言ってくれた。ドルドレンは一時休憩を挟み、『食事を運ぼう』と時計を見る。昼は過ぎていた。
イーアンと二人で広間へ行き、3人分の食事を盆に乗せて工房へ戻る。そして作業机に置いて、昼食を摂りながら、話の続きを聞いた。
お読み頂き有難うございます。




