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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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54. 魔物の谷

 ドルドレンたちが近づくと、彼らもまた気がついた。一行は馬を進め、北の支部の部隊と挨拶を短く交わし、その輪に加わった。

 北の支部部隊は戦える者が現時点で15名。昨日の夜、谷も雨に降られて増水したことで魔物が動き、負傷者が5名新たに出ていた。



「負傷者が19名・・・・・ 」



 フォイルが言葉を失う。ドルドレンたちが加わり、戦闘可能な人数は24名。イーアンは女性だから戦力外。36名で出発して、半分以上が動けなくなった状況で、この人数では―― 


 北の支部部隊の人員状況は、川辺に出ていた騎士10名以外の4名は、現在、負傷者の看護に当たっているという。部隊長のボゾ・チェスと名乗った騎士が指差した方向には、谷の木々の隙間に、木を切り倒して場所を作ったと思しき開けた場所があり、いくつかのテントの姿見えた。


「ダヴァート総長たちも、どうぞあちらにテントと馬車を置いて下さい。あそこまでは魔物は上がってこないはず・・・です」


 チェスは言葉を濁した。ドルドレンの一行が見る限り、北の支部部隊は極度の疲労に襲われていた。


「現時点ではどのような状況ですか。魔物の姿が見えないのですが、どこにいるかわかりますか」


 スウィーニーがチェスに訊ねると、チェスは後方に控えている騎士を一人呼び、『彼が最後に攻撃しました』と若い騎士に返答を振った。若い騎士もまた疲れが出ており、目が充血して何夜も眠れないことが見て分かった。


「私はキリル・プリベンです。一時間前に現れた魔物に斬り付けました。魔物の足を取ったと思いますが、その場所はあの潅木のある辺りから、川の中へ入って2mほどの場所です」


 騎士は夕日のある川下に顔を向け、すぐ近くにある潅木を指差した。


「魔物は日中、水から上がることはまずありませんが、夜間は川縁くらいだと上がるようです。川から現れた部分を攻撃していますが、この川の中央部分は水深が3mほどありそうです。そこに、体を隠していると思われます」



「本当だ。いるね」


 トゥートリクスの呟きに、その場の全員に緊張感が走り抜けた。『イヤだな、結構いるんだ』小さく息を吐き出すトゥートリクス。顔を引きつらせたチェスが、トゥートリクスからドルドレンに視線を移して説明を求める。


「彼はトゥートリクス。潜在能力が著しく高く、感覚が発達しているので、魔物の気配とその姿を誰よりも早く捉える。彼の目に映っているとなると、このまま夜を迎えるのは危険だろう」



「総長。かなり奇妙な奴らですよ」


 トゥートリクスが困った顔をして川を見つめる。ドルドレンが確認したものを伝えるように促がすと、大きな明るい緑色の目がきょろっと黒髪の騎士を見た。


「あんま、見たことない形なんです。透明みたいにも見えるし、頭がどこかもよく分からない。でもウヨウヨしてます。恐らくですが、20~30体はこの目の前の川に潜んでいるんじゃないかと思います」


「そうです、その人のいうとおりの形です。体は透けていて、何が頭か足か分からない」


「だが()はあるのだな?『足をとった』と言っていたが」


 シャンガマックが割り込む。キリル・プリベンは何度も頷く。『足、と呼んでいます。ただ、上の方に付いていて伸び縮みするし、数も何本かあって。その先端が私たちの体に触れると激痛が走ります』


 そういって、仲間の横たわるテントを振り向いた。



 黙っていたドルドレンは自分の後ろに立たせていたイーアンに、振り返ることなく声をかけた。


「イーアン。どう思う」 「もう少し情報があれば」


「何か見当は付きそうだろうか」 「今、私が思いだせる似たような生き物は一つです」



 声の主が男か女か分からない上、ドルドレンのクロークの後ろにいる人物は見えず、北の支部部隊は顔を見合わせて不安そうな空気を漂わせた。


「イーアン、大きさは馬の胴体くらいだ。全体は・・・立てた筒状に見えるが、下の方は岩で見えない。筒の上の方に『足』と皆が呼ぶものが6~8本ぐるりと付いていて、それらは水の流れに揺れている」


 トゥートリクスがその美しい大きな瞳を夕日に照らしながら、川を一心に見つめて情報を伝える。


 イーアンは溜息をついた。『多分、私の予想している生き物と近い気がします。でもその大きさはちょっとイヤ・・・』ドルドレンがゆっくり振り返り、そっとイーアンの背に手を当てて北の支部部隊に紹介する。



「彼女はイーアン。北西の支部の一員だ。非常に稀な知識と奇抜な方法で戦略を立てる。危険な状況に女性を連れ込むのは不本意だが、戦闘に必須(・・・・・)な存在だ」


 ドルドレンがじろっと後ろに控えるシャンガマックとスウィーニーに冷たい視線を向けた。昼食前に彼らがイーアンについて話していた言葉を使った。一瞥された二人は急いで視線を外した。



「騎士修道会に女性がいて良いのですか?まして、我々が命懸けで戦っている最中に!」


 チェスが怒り出し、ドルドレンに食って掛かる。『こんな女に戦闘を預けるなんて、何を考えているんです。どれだけ深刻な状況で戦っていると思』チェスがそこまで言うと、ドルドレンの灰色の目が夕焼けの光りに輝いて銀色に光った。表情が全て消えるような冷え切った銀色のきらめきが瞳に宿る。黒い髪の隙間から見下ろされ、チェスは合わせていた目を思わず逸らした。


「お前は何を求めたんだ」


 は?とチェスがうろたえながら、しかし怒りの収まらない顔で聞き返す。


「お前は部下を救い、魔物を倒して生きて帰ることを求めたのではなかったのか」


 闇の底の蓋を開けたような、低く震える冷たい声がその場の重力をどんどん下げていく。見えない重圧に北の支部部隊が呻き、後ろにじりじり下がった。


「もう一度、イーアンを侮辱してみろ。お前が最も後悔する事態が起こるだろう。俺によって」


 その時、イーアンがドルドレンの腕に触れた。ドルドレンが自分を見上げる鳶色の瞳を見つめると、イーアンは『話をさせて頂いて良いですか』と言った。


「私の存在がお嫌でしたら、それは申し訳ありません。でもお役に立てる方法を一生懸命考えます。

 もうじき日が暮れますので、手短にあの魔物についての私の意見をお伝えします」



 チェスはイーアンの顔を見ようとはしなかったが、他の北の支部部隊の者は不審げな表情を崩さないまでも、イーアンと呼ばれた女性の言葉を待った。


「着いたばかりで情報を聞いた限りですから、まだ確証がないのですが。」



 イーアンは少しずつ、言葉を分かりやすく選んで話した。


 まずは、今日これからの戦闘は危険であること。理由は、魔物は夜間が活発になる様子だから、全員テントに避難すること。

 次に、恐らくその魔物は『蘇る』のではなく、『死んでいない』だけであること。足と呼ぶ場所は切っても増えること。体全体が分裂し、数が増える可能性もあること。

 体の説明は、足と呼ぶ部分が伸び縮みし、先端に棘があり毒を流して対象の動きを鈍くすること。それを捉えて、筒状の上から食べていること。


「この毒なのですが、質問に答えて頂けますか。先端に触れて激痛が走った方は、その部分が腫れたり崩れたりしていますか」


 北の支部部隊の中から、一人の騎士が前に出て『はい。そのように見えます』と答えた。



 イーアンは困って俯いた。ドルドレンが心配そうに背中を擦ると、イーアンは『私の知識では、その毒に合う薬をここで作れるかどうかが・・・』と辛そうに銀色の瞳に訴えた。


「何が効くと、症状が止められるか。または回復するのか。それを俺に言え。力に成れるかも知れない」


 イーアンの後ろからアティクが現れ、イーアンに頷いた。シャンガマックがハッとした顔をして、『それが植物から作れるのであれば、俺の知識も役に立つかもしれない』と伝えた。



「では。イーアンの話が最後まで済んだ時点で、アティクとシャンガマックは、イーアンから情報をもらい、試せる限り力を尽くせ」


 ドルドレンが素早く命じ、二人の騎士は頷いた。ドルドレンはイーアンに先を続けるように頼む。



 魔物の退治の方法は、剣や弓では恐らく無理であることを、イーアンは申し訳なさそうに伝えた。

 一同が目を向いて、悲しみと苦しさの表情を浮かべる。『それでは他にどうしろと言うんだ』とチェスが叫んだ。


「一つ試したいことがあります。その方法がまるで無効か。少しは有効か。でもやるだけ無駄ではないと思います」


 チェスが何か言う前に、ドルドレンは『分かった』と頷いた。イーアンは微笑んで、お礼を言った。


「明日。日が昇ったら、私を連れて『段』の場所まで移動して下さい。長剣で豪腕の」


「俺だな」 「そう。それはドルドレンだけです」


 ドルドレンが微笑む。イーアンも頷く。それと、と続けて『私を抱えて、正確に落下できる方がもう一人』と言った時、ドルドレンの目が見開いて『イーアン、それは俺ではないのか』と慌てて訊いた。


「人数を取って申し訳ないのですが、長剣で豪腕の方と・私を抱えて正確に落下できる方、のお二人が必要なのです」



「じゃ、それは私です」


 夕焼けの光りに輝く白金の髪をかきあげた、涼しい顔の騎士がイーアンの横に立つ。ドルドレンの目が据わる。騎士は『総長、仕事ですから』と苦笑し、『私でも可能ですか?』とイーアンに屈みこんで訊いた。


「大変なことを頼んでしまいますが、これはフォラヴさん以外の方には不可能ではないかと思います」


 イーアンが鳶色の瞳を向けて頼む。フォラヴは柳眉をすうっと引き上げて『光栄に至ります。お任せください』と胸に手を当てて会釈し、快く引き受けた。横のふてくされた総長を無視して。



 あとは、とイーアンが続けた。


「遠征中、塩の袋ってどのくらい積んでいるのでしょう?」


「塩の袋は、この前のイオライの時の馬車だから、大袋で10袋はあるんじゃないかな。ただ、秋に購入したばかりの遠征1年分だけど」


 とちょっと困り顔で微笑んだロゼール。『使え。塩はまた購入すればいい』とドルドレンが許可した。


「ありがとうございます。では明日の朝。他の方にご迷惑をお掛けしますが、テントを一時的に畳みもう少し奥へ・・・川から離れた場所へ移動して待機して下さい」


 イーアンは微笑んだ。



お読み頂きありがとうございます。

遠征に行く騎士を絵に描きました。行けば死ぬかもしれない、と思って向かう魔物退治。

その遠征に出かける日の朝です。



挿絵(By みてみん)



ベッドで起きて、戻って来るのかどうか。それを思う朝の始まりです。

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