548. フォラヴと夕べを
夕方になり、いつもどおりの夜を迎える。イーアンとドルドレンは風呂と夕食を済ませ、寝室へ戻る。いつもと違うのは、戻ってすぐ、扉を閉めた数分後に扉が叩かれたことだった。
「失礼。フォラヴです」
珍しい客にドルドレンは少し驚いて、どうしたのかと訊ねる。フォラヴは微笑んで『中に入っても宜しいですか』と入室を願った。フォラヴが来ること事態、何やら意味深なので、ドルドレンは通す。
「夕べの休みにお邪魔して申し訳ないです。お話ししたいことがあります」
フォラヴの挨拶はいつもは長いはず。それも短い上に即行、用件を告げようとするので、ドルドレンは椅子にかけるように促した。
「何だ。急な用か」
「早めにと思いました。これでも遅かったのか」
「イーアン。フォラヴだ。終わったらこっちへ」
イーアンは自室で親方に交信中(※いつ来るんだ、早く来い、明日来い、まだ龍がいない?俺が行こうか、何でダメなんだ、止むを得ん。またな End.)だったが、切った。
「はい。終わりました。あの方は忙しいので」
ちょっと笑いながら来て、イーアンはフォラヴに挨拶する。フォラヴは少し微笑んだ後、イーアンをじっと見つめて『あなたに質問しても宜しいでしょうか』と先に言った。驚くイーアンをドルドレンがさっと見て頷く。
「どうぞ。何かありましたか」
「不躾な態度をお許し下さい。今日は何か変わったことはありませんでしたか」
「変わったこと。とは、どのような。ここ数日は工房で作業をしています」
「ええ。存じています。きっと久しぶりにお一人になりたいだろうと思い、私共も近寄りません。しかしお一人でいらして、何か気になることはありませんでしたか」
イーアンは考える。『あると言えば。ありますが、それはでも出来事ではなくて』ちょっと考えてドルドレンを見上げ、ドルドレンは首を振る。『違う。あった、と言って良い。あれは変だ。話してご覧』総長の言葉にフォラヴが見つめる。
「出来事ではないのです。私は次の仲間になる人を見たような気がしています。それは白昼夢とも違い、作業中に頭に浮かぶのです。その、何度も見たので、大事なことのような気がして」
「それは。総長にはお伝えしたのですね」
「はい。ドルドレンに話しました。でも内容があまり好ましいものではない雰囲気で、話してしまって悪かったような気持ちで」
「そうですね。イーアンなら話さない」
空色の瞳は二人を交互に見てから、もう一度言う。『イーアンだったら、話さなかったでしょう』そう言って反応を待つ。
ドルドレンは数秒、その言葉の意味を考え、灰色の瞳を妖精の騎士に向ける。
「フォラヴ。何を知っている。まるでイーアンじゃない、誰かのように聞こえるが。俺はイーアンこの人から直に聞いているぞ」
「その通りです。イーアンの体が、思考が、それをあなたにお話ししたのです。でもその意図は、イーアンから生まれていません」
イーアンとドルドレンは、眉を寄せてお互いの顔を見た。イーアンが何かを言う前に、ドルドレンはすぐに続け『誰かがイーアンに言わせたような意味なのか』そうか?と急ぐ。妖精の騎士は小さく頷いた。
「私は今日。あなたを操ったであろう者を見ました。時間はあれは。まだ昼も終わって間もない頃だったか。私は勉強部屋の窓際にいました。
その者に見覚えなどありません。私が奇妙に感じたのは、私以外の誰もあれを見なかったからです。私しか気がつかない対象は限られています。その類かと思えば、心配がありました」
ドルドレンは黙って続きを待つ。イーアンも不安そうに妖精の騎士を見つめる。フォラヴは一度、言葉を切って、唇をちょっと噛んで困ったような顔をした。
「人のことに余計なことを言いたくはありませんが。仲間の話とあれば、私にも関わると思えましょう。内容をお聞かせ願えませんか」
イーアンは了解して、ドルドレンに話したことをそのまま伝える。何を見たのか、何度も見たこと、どんな印象だったのか。自分の見解については、掻い摘んで話した。
「以上です。ドルドレンに話してからは、作業も・・・思えば、そのまま進みましたので、特にそれ以上はなくて」
「結構です。私の失礼を、受け入れて下さいまして有難うございました。
その姿の様子。その内容。今日私が見たあの者。それは地下の者です。ミレイオにも聞いた方が良いかもしれません」
イーアンはちょっと驚く。ミレイオの名前が出るとは思っていなかったので、フォラヴもまた話を聞いたのだと分かった。
「ミレイオは私が伺った際に、自分の出生をお話し下さいました。事も無げに、普通に。食事をしながら。さばさばとされていたので、私も余計な質問も挟まず、聞きに徹して幾らかは知っています。
私が聞き続けたので、あの方は『自分の正体が見えるか』と私に訊ねました。何のことかと思い、聞き返すと、ミレイオご自身の本当の姿だと仰られました。
私は、あの方の見えているままをお伝えしたら、愉快そうに笑われ『これだったらどうか』と突然に風貌が変化しました。驚いて、その姿はと質問しましたら」
ごくっと唾を飲むドルドレン。じっと聞き入るイーアン。
「ミレイオはすぐに普段の姿に戻り『やはり見えたか』と。あの方は一瞬、私にその力を見せて下さったのです。ですが、お話しによれば、その一瞬で、彼らの正体を見ることが出来る相手は、限られているそうです」
「つまりそれが。お前が、妖精の血を引き継ぐゆえにと」
「そう仰っておられました。あの方は大変に賢い方です。私に、この先に出会う相手に不思議を感じたら、すぐに警戒するようにと告げました。実際に地下の国の住人を見たのは、私は初めてです。
ミレイオは『自分と同じように、地上に来ている者がいる』と教えて下さり、その中には、人を操って生活を続ける者が多いと。それは心の中までも入り込み、本人が本人ではないことさえ気がつけないという」
イーアンは自分の胸に手を当てる。ドルドレンもイーアンを見てから、フォラヴに目を向けて『イーアンは。地下の誰かに操られていたのか?』と不安そうに訊ねた。
「思うに、ずっとではありません。しかし入り込まれていたのかも。イーアンがもし、龍の姿であれば入れないと思います。それは龍のイーアンは、とても精神的に強くなっていると分かるからです。
人間の時は問題です。人の心の弱い波長を感じ取って、そうした者は操ります。もしイーアンが弱気になっていたり、疲れていたなら、入り込まれていたのかもしれないと思います」
「お前に聞いて分かるか、それは置いてだが。お前はどう思う?イーアンは俺に女の影が付いたら、とんでもなく気にする人だ。それが、今回は何とも思わないどころか、認めるかもとまで言ったのだ」
ドルドレンの疑問は、これが一番最初だった。イーアンのお困り癖の一つでもあるが(※幾つかある)だからこそ、それが判断基準にもなる、彼女の本質の一つ。それがおかしい、と思った。
フォラヴは暫く総長を見て、首をそっと傾げてから同情するようにイーアンを見て、微笑んだ。
「それは。どうでしょうね。もしかしますと、本当に彼女が『気にしない』と思えたのかもしれませんが。でもイーアンは、かなり大きな感情の幅を持っているので、そこまであっさり引き下がると、確かに不自然ですね」
まして今は龍でしょう?と、角に視線を動かすフォラヴ。『その角は飾りではありませんよ。相当な意味を持ちます』それがあって、龍の気性を抑えられるとは思えないと続けた。
「意味はないと言われました。男龍がそう言ったのです。それも精霊と交信して、この角の意味を直に訊ねた後です」
イーアンは角に意味があるなんて、と首を振ったが、妖精の騎士は角を見つめたまま、否定した。
「それは多分。精霊や男龍たちにとってでしょう。いえ、男龍たちにとって、か。精霊は無意味に与えません。その角があるために、あなたが誰なのかを、誰かに示すことが可能なのでしょう。
それは、私がミレイオの本当の姿を見たのと同じように、通じる相手にだけ通じる、そういった手形のようなものか。イーアンの力が抑えられる場所であっても、その角があれば本物だと。そう思って頂く必要のあるために、角があるのでは」
フォラブの推察に、ドルドレンはイーアンの角を見た。『この角が手形?』イーアンも自分の角に手を当てる。
「私がその角を見て。どう感じるかを、まずお伝えしましょう。小さくて可愛いです」
ハハハとフォラヴは笑う。イーアンも真面目に聞いていただけに笑って、有難う、とお礼を言った。ドルドレンも拍子抜けして苦笑いで頷く。
「さて。それは確かにそうですが。真面目に言いましょう。あなたが角を頂いて戻られて、その夜の慰労会でお見かけしました時、もうあなたは、それまでのイーアンではありませんでした。今もです。
その角は、お守りです。あなたをどこの誰か、はっきりと示すためのお守り。それは私の感覚で感じます。遠目から角が見えなくても、気配が大きくて、別の種類の存在がいると分かります。ミンティンやアオファと同じ空気を纏っているからでしょう」
そんな凄いの?ドルドレンは驚く。いつも一緒にいるけど分からないよ、とイーアンを振り向くと、イーアンも困ったように頷いて『ただの角付き中年だと』と、常に思っている言い方で表現した。
とんでもない、と苦笑いするフォラヴは、背凭れに体を預けて腕を組んだ。
「イーアンの気質もさながら。角が、龍の存在を解放しています。あなたが龍に変わることを、ちゃんと示しているのです。ザッカリアの瞳。ミレイオの迫力。それと同じでしょう。知る人は知ります」
「お前と話して、ここまで長く会話したことがないような気がするが。聞いてると面白いな」
総長はちょっと引き込まれ気味で感心する。フォラヴは会釈して微笑み『晩に失礼して』と返した。
「では、話を戻しましょう。私はイーアンが、地下の国の誰かの伝言を届けさせられたと思います。内容がそうです。その女性とも誰とも付かぬ方は、総長に用事があるのでしょう。
しかし、総長にはイーアンがいます。総長からイーアンを離す必要があるのか、それともイーアンに自分の想いをただ分かってほしいのか。そのあたりは何とも言えません。とにかく、彼女を通した意味は何かがあります。それは総長に、どうしても受け入れて欲しいからではないでしょうか」
「知らない相手なんか、受け入れられないだろう。それも心理作戦」
「地下の方がお相手ですので、方法はそうなります。相手がイーアンに分かってほしいとすれば、今日それは完了したでしょうね。イーアンは『認める』と発言しています。それも言わせたのかどうか。
もう、ミレイオに聞かないと分からない範囲です。私と性質が大きく異なる種族ですので」
「さっきから。どうも俺を、ゴタゴタに巻き込もうとする面倒な話だが。これは旅の仲間の話なんだよな?」
はい、とイーアンが最初に頷く。フォラヴもそれは否定しない。ドルドレンは目を閉じて首を振る。
「どうすれば良いんだ。どうやったって会わないといけない。なのに、俺とイーアンの幸せが壊されかねない相手とは」
「総長は、人間には常に人気でした。人間じゃない相手にも、人気がおありとは。なかなか珍しい」
コロコロと笑う妖精の騎士を睨む、灰色の瞳。『お前。他人事だと思って』お前が何とかしろ、と回す。
「これまでは。イーアンが持って生まれた気質から、総長はあちこちで困られていましたが。今後は、総長がそうした番のようですね。でもお二方、どうにかご一緒でいらっしゃるから、大丈夫でしょう」
イーアンは頭に手を当てて、寂しそうに溜め息をつく(※自分=困り事に反省)。ドルドレンは部下を睨んで『お前と言うヤツは』と呟いた。
「それでは長居しましたので、そろそろ私は。あれが誰なのか。そのうち分かるでしょう。しかし仲間の可能性も出てきたと知り、少し安心しています。やり方はあまり気持ち良くありませんが、危険はないでしょう。私たちが仲間と、相手も知っていての行動ならば」
「待て、フォラヴ。イーアンはこれからどうすれば良いのだ。俺も狙われるんだろう?」
立ち上がったフォラヴは、総長を見つめて微笑んだ。
「どうも出来ません。私は危険の心配をしてここへ来ました。お話を伺い、どうもそこまで心配に至らないと分かりましたので、私はここまでです。
・・・・・総長たちに見えるのか。今のイーアンなら、もしかすると見えるのか。今日、私が見たのは墨のように黒い大きな鳥でした。その目は青く光り」
「え。鳥?」
「はい。鳥でした。でも普通に見かける鳥ではありません。とても大きい翼を持っていました。翼を広げ、羽ばたかずに浮かび上がり、そのまま消えました」
自分も注意しておく、とフォラヴは言い残して、そのまま部屋を出て行った。
ドルドレンは何か、一瞬何か、脳裏に過ぎった気がした。それが何かは分からないが、気になった。イーアンはちょっと考え込んでいて、龍が戻ってきたら、すぐにミレイオに訊いてみようと提案した。
二人は眠る時間になっても、何とも言えないわだかまりが残っていて、お互いに思うことを言うこともなく、目を合わせて少し微笑むことを繰り返し、そのまま眠った。
夢に見ないといいなと、ドルドレンは願いながら。イーアンは、映像の向こう側を知れたらと思いながら。
お読み頂き有難うございます。




