546. ダビの出発・騎士修道会の事情
翌日は全員が早く起きる。
早く起きて、早く着替えて、全員腰に剣を下げてから、ダビの送り出し。ダビは鎧を置いて行くと言ったが『危ないから』と皆に止められ、鎧も剣も持っていくことになった。
「イオライセオダまでの道。日中、暑いです」
あそこ遮るものないから、とぼやきながら、鎧を着けるダビ。この緊張感のなさ。『護衛要るか』ドルドレンが断られると知っていて聞くと、ダビは案の定『いい』と一言返した。
「荷物は送ったんで、後は私だけです。一人でもどうにかなりそうじゃないですか」
どういう根拠で『一人でもどうにかなる』魔物道なのか。皆はとても不安だった。総長は『ちょっと待ってろ』と言い残し、一度広間を出て、戻ってきた手に革の袋を持っていた。
「これはアオファの鱗だ。もしも魔物に遭遇したら戦わずに、これを一枚でもいい、宙に吹け。龍の風に変わってお前を守る」
総長に手渡された革の袋を開けて覗き込み『とんでもない代物、持ってますね』と感想を言った。笑う総長に、ダビもお礼を言った。この後、ダビは剣を下げて、自分の弓を腰の弓袋にしまい、背中に矢筒を背負う。
そして、ちらっとイーアンを見て、ニコッと笑った(※目が笑っていない)。イーアンもニコッと笑って返す。周囲は、ダビの顔下半分笑顔に驚く(※これも珍しい現象)。
ダビは装備が終わると、玄関を出た。それから支部の建物と、庭(※庭木丸焼け状態)、倉庫のあった方をぐるっと見渡してから、玄関に並んだ全員に向かって笑顔を向けた。
「お世話になりました!騎士修道会北西支部・ダヴァート隊弓引き、ミリヴォイ・ダビ。本日を以って退任します。有難うございました!」
ダビが大きな声で全員に向かって挨拶し、剣を抜いて天に掲げた。その挨拶に、一歩前に出たドルドレンは頷いて剣を引き抜く。全員が後ろで剣を抜き、天に向かって剣を煌かせた。
「メーデ神の加護を祈る。我らの仲間を、今も臨終の時も守りたまえ。初めに在りし如く、今もいつも世々に至るまで、神の栄えあらんことを!ミリヴォイ・ダビの門出を祝う。13年間勤務、ご苦労であった」
ドルドレンの挨拶に、ダビは笑顔に涙を浮かべる(※皆さんびっくり)。ドルドレンも涙を浮かべて頷き、笑顔を向ける。
「皆。元気で。無事でいて下さい。俺はイオライセオダにいます。何かあったら連絡下さい」
ダビは剣を鞘に入れて、仲間に挨拶する。ダビに世話になった騎士たちも剣をしまって、ダビの背中を叩きながら、厩へ一緒に行く。
ダビは愛されていたと思いながら、立ち去る姿を見つめるイーアン。自分もとても世話になったが、それよりもずーっと前から、ずーっとダビは皆さんを世話して、剣を研いだり弓を改良したりしてきたのだと思うと、今は皆さんに見送られた方が良い。イーアンは、少し離れた場所から見送ることにした。
馬に乗ったダビは、正門を出て、イオライセオダの方面へ馬を向け、一度振り返り『また』と叫んだ。騎士の皆さんも手を振って『また来い』『良い職人になれ』と叫んで返した。
ダビが見えなくなるまで、騎士たちはその姿を見ていた。それから支部に戻り、ダビの思い出を誰からともなく話す。
ドルドレンとイーアンも、ダビがいなくなったことを、ぽつりぽつり話した。視界に入ったクズネツォワ兄弟も、ドルドレンは見つめる。イーアンもその視線の先に目を向けて、小さく溜め息を落とした。
「彼らも。もうすぐなのですか」
「うん。そうだな。嫌がっているが」
「でも行くのですか」
「そうだね。アミスの所に騎士が回るまでは。そうした約束なのだ。でも北西も少なくなったから、誰か呼ばないと」
騎士になりたがる者も少ないよ、とイーアンに教えながら、二人は工房への廊下を歩く。『これで俺たちが抜けると、5人だろう?ハイルたちも消えた後で、俺たちがいつ出るか。それも考えて人を入れないと』やることが多いなぁと呟くドルドレンに、イーアンも頷いた。
「最低いないといけない、そうした人数の制限はありますか」
「あるね。今はね、魔物のために、以前の半数に騎士が減ったから分けているが。これ以上減ると、騎士修道会自体の存続に関わる」
国民も少ないから・・・ドルドレンは困ったように言いながら、工房に入る。イーアンが扉を閉めて『国民が少ないと、人手がないという意味ですか』と訊ねると、灰色の瞳がちょっと申し訳なさそうにこっちを見た。
「給与の問題もある。俺たちは税金で動いているから。寄付金も大きいけれど」
こっちの方が深刻かもと、言いにくそうな伴侶。『受け取れないと、働こうと思わないだろう、誰も』まして、今は命懸けの魔物退治だから~・・・悩むドルドレンに同情するイーアンは、大きな背中を撫でる。
「そうですね。それは大切です。ザッカリアが来た理由も、あの親のお給料狙いでした。ロゼールやトゥートリクスも、家庭の事情で若い頃から仕事に就けると、そうした理由でしたね」
給与も低くて命懸けの仕事は、確かに入る気にならないかもしれない。親も子供を預けるに躊躇する。うーむ。深刻である。
話を聞いて、眉根を寄せながら一緒に考えるイーアンをちらっと見て、ドルドレンは言う。
「あのね。昨日も言ったけれど。イーアンがここに所属してくれているのは、実は、本当に凄いことなのだ。
騎士修道会は、そもそも男しかいないだろう?それは規律がそうなのだが、もっと突き詰めると、修道僧の慈善事業が職業化しただけのことで、だから男性しかいないという話だ。
昔々は、修道僧の状態を維持する意識も高かった分、結婚も許されないような組織だったのが、もうかなり前から結婚しても良い組織に変わった。これは前も話したか。
要は、仕事内容の維持なのだ。求められているのが。
俺たちがいなくなると、騎士で食っていける組織は、王都の貴族連中しかいなくなるだろう?彼らに賊など倒す気もない。汚れるのも、怪我するのも、面倒なのも嫌いな奴等だから、あいつらは王都専属が最適なのだ。あいつらにとっても、俺たち騎士修道会が消えるのは迷惑ということだな。
魔物以前はそれでもまぁ、別に彼らに関わりさえしなければ気にもならないことだし、給料もそこそこあって仕事内容もきつくはなかったが。
今は事情が違うだろう。魔物と対戦して、死ぬか生きるか。そんな仕事で、給与もガクンと減った現在。男でさえ、志望しないのが現状だ。
ここで考えてみてくれ。そこに、保護でも何でも良い。とにかく入ってきた女性が、遠征もついて来て、先頭切って魔物に突っ込んでいくのだ。それも一度二度ではない、イーアンは。最初っから現在に至るまで、給料も気にせずに(※ここ大事)傷だらけで戦い続ける。それも倒すまで戦うのだ。
神の加護だろうが、運命だろうが、龍がいようが、普通に考えたら、男だってやらないようなことをこなしている。だからね」
ドルドレンは一気に喋り、愛妻の角をちょっと見て笑ってから、ちょんちょん角を触って続ける。
「俺が君と一緒にこうして暮らすことも、最初はあれこれ思ったにしても、すぐ俺は、大きく扱わなくなったのだ。他の連中には、気の毒かもしれないが。規律はあっても、状況とそぐなわない規律なら、重視するべきは、事実の内容だと思った。
例え、イーアンだけ別室にしていたところで、誰かしら・・・俺が手を出さなくても出しただろうし。じゃあ、イーアンを追い出すのかと聞かれたら、これほど仕事に忠実な動きをする人物に、そんなこと誰も望まない」
ということだ、とドルドレンは、イーアンの顔を覗き込む。イーアンは、何て答えれば良いのやら苦笑い。
『私の視点と異なりますね。とても込み入った事情です。私は個人的な意識で、所属を捉えていますが、ドルドレンは組織全体で捉えないとならないから』それも重荷で可哀相にと、伴侶の頬を撫でる。
「イーアンがいるのがね。面白くないと思う者は、北西にはもういないだろう。他の支部には、いるだろうが。俺は、彼らに訊きたい。イーアンと同じくらい動けて、同じように強いかと。火に油だろうから、訊かないけれど。
分かりにくいかもしれないが、大事なことは『仕事に忠実で、強ければ良い』のだ。よほど非常識や危険がなければ。
ハイルは良い例だ。女装男なんか絶対に受け入れなかったぞ、前の騎士修道会は。だが、彼は強い。性格もワガママだし、言うことも訊かないが、戦いに出せば強い。体力もある。ベルもそうだ。煙草の持込や、酒の携帯など素行は悪いが、あれは強いのだ。
修道僧意識が規律で何たらと言うのであれば、彼らの存在もないし、もっと言えばジゴロなんて以ての外だ。外に出て、女性をはべらせては貢がせ、何が修道僧意識だと思わないか。ジゴロなんか遥か昔から許可している。
仕事への忠実さと、強さ。これが現在の、この騎士修道会の求める全てだろうと、俺は思っている。そういう者が入ってくるかどうか。また、辞めないでいられるかどうか。これはとても厳しい条件でもある」
はぁぁぁ、と溜め息を吐くドルドレンは、机に肘を着いて頭を支えた。『この前も、西で騎士が辞めたのだ』魔物退治で怪我が治らないと言われたら、許可しないわけにいかなかったと嘆く。
「ブラスケッドは目を失っても、辞めなかった。ああした騎士もいる。ポドリックなんて、全身骨折しても復帰した。そんな人物はそう入ってこない。彼らは昔からいるから、というのもあるけれど」
ドルドレンは、一度吐き出すと止まらない癖があるので、延々と、溜め息を挟んではこぼし続けた。イーアンはお茶を淹れてお菓子も出して、執務の騎士が迎えに来るまで話を聞いた。
騎士が減る、部下が減ると嘆きながら、お菓子を食べてお茶を飲み、イーアンがいるのは凄いことなんだと、何度も言ってくれた。
イーアンはちょっと思うことあって『それはでも。私がドルドレンと暮らせているからかも』と伝えると、ドルドレンは首を振る。
「あのね、実はね。あったのだ、一時期。誰とは言わないが、奥さんを連れ込んだ騎士がいた。
彼は奥さんに『一緒に暮らしたい』と言われて・・・ほら。結婚しても男は支部だからな。それで奥さんを連れ込んだ。
それは内緒事ではなかったから、もしや風穴が開いたかくらいの気持ちで、俺も含む他の者は受け入れた」
「それはどうなったのです」
「顛末か。余計に嫌がられた。その当時は魔物も何もないし、暇だった。でもやはり演習もあれば、形ばかりの遠征もあるわけで、それに奥さんを連れて行くのだな。お互い心配で同行となる。だが、彼は嫌われた」
ええ?とイーアンが眉を寄せると、ドルドレンも気の毒そうに頷いた。
「早い話が、女性の暮らしと全く合わないのだ。さすがに誰も、他人の奥さんに手を出すまではしないにしても、そもそも男ばかりだろう?風呂も手洗いも、洗濯場も全て一緒だ。そんなの耐えられないのだ。イーアンは耐えてるけれど」
「お風呂は慣れるまで難しかったですよ。どなたか入ったら、どうしようとか。今は、ザッカリアと入るようにまで、恐ろしくも凄い変化はありますが」
「うむ。まぁそうか。慣れ過ぎさせてしまった感は拭えない。イーアンの適応能力を甘く見ていた。
しかしそう、そういうことでな。彼の奥さんは、支部に居れば、自分の居場所を作ってもらえると思っていたのだな。それは無理だった。彼女は夫と口論になって、結果、戻ったという悲しい顛末だ。
な? こういうこともあるわけで。一緒だから居られる、というものでもないだろう?」
んまー・・・・・ イーアンは返事に困る。状況が自分と違うため、奥さんに同情する部分もある。
自分はお役目付きで、放り込まれた世界。どうにも出来なくて、居候をお願いした始まりだったが。奥さんは、ご主人と一緒にいたいのが始まりの支部生活。それは比べることが出来ない、状況の違いがある。
「そうでしたか。それは・・・何と言えば。気の毒です」
ドルドレンから聞かされた、騎士修道会の事情の一つ。イーアンは、あまりそうしたことを気にしないでいたが、総長の伴侶は課題が山積みである。
「募集などかけても、給与と仕事内容で判断されて終わる。騎士の減り方は問題だ」
こぼし続けて、早1時間半。扉を叩く音がして『ここだろう』と執務の騎士の声が響いた。イヤイヤしながら伴侶は引っ張って行かれた。騎士の補充について、イーアンもこの日、度々思い出す課題の一つになった。
お読み頂き有難うございます。
先日の件の、ご案内用の紹介文はまだ出来ず、どう書いてもなかなか良い文章にならないまま、時間が過ぎています。もう少し表現力があればと思いますが、書いても書いても納得できない、微妙な案内文で、ほとほと悩んでおります。
まだもう少し時間がかかりそうです。どうぞ宜しくお願い致します。




