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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
544/2952

544. クローハル・ハイル・ティグラスにとってのあの人

 

 久しぶりの遠出休暇に入った、クローハル。


「町が遠いねぇ。ホント」


 ぽくぽく馬を進めながら、ウォイブエアハを目指す午前。景色が変わり始めると、気持ちも変わる。道を一つ曲がる度。自分が離れている仕事場を客観的に思う。『休みに思い出さなくてもな』一人、馬の背で呟いて少し笑う。


 青空を見つめて、ぼーっとあれこれ。ウィブエアハの女のいる宿で、いつも××××する相手の名前と体を思い出す。


「元気かな。最近、南行かなかったからな」


 自分を見つけると、嬉しそうに寄って来る可愛い女の軍団。『今日。何人いるんだろ』へへっと笑うクローハル。名前を復唱して、間違えないように予行練習する。間違えるとえらい目に遭う。


「デナハデアラまで行ければな。時間作って、ちょっと足伸ばすか」


 そんなことを思いながら、休日の午前、馬の道を進むゆとりある楽しさ。で。思い出すあの人。



「何で。ツノあるんだろう」


 イーアンは角が生えた。支部に来た時は普通の人間だったのに、あれよあれよという間に、龍にまでなっちまった。


「保護しただけの女だったのに。遠征で、意外な一面が凄いと思ったら。イーアンは別の場所から来たとか、空に行っただとか。そんな話の続きが龍とはね」


 昨日戻ってきたら角もあるって。ハハハとクローハルは笑う。『もう。俺なんか手が届かない』やれやれ・・・頭を振って、笑みを浮かべたまま呟く。


「俺は、何でイーアンが気に入ったのかな。実際、どうだったのかな」


 この数ヶ月で俺の名前を呼んだのは、ほんの数回。

 そんなで、俺のことなんか思い出すかな、と思う。『きっと、どこかに出るんだろうな。ドルドレンと』剣職人も一緒と予想をつける。自分よりもずっと仲が良く見えた。

 ただ、何か分からない、大きなものが動いているのだけは感じていた。それが理由の出来事や人付き合いなのか。


「彼女と10くらい離れてて。何で彼女が良かったんだか」


 支部に一人しかいない女性。それ前提とは思うものの。顔も違う。見た目も違う。魔物を倒すような知恵があったり、工房を持って魔物でモノを作ったり。そんな人間、男でも女でも会ったことがなかった。


 頭をわしわし掻いて考えるクローハル。『好きかといえば、それは好きだが。どうしても手に入れたいとか、そんなふうに思ったのは時々で・・・連続しなかったな』ちょっと違う感覚だったのか。好きとは、()()()()なのか。



 今や、もう人間でもない女。角まである。彼女を取り巻くヤツらは、存在感がデカい気がする。でもそんなイーアンになる前に、俺は気に入っていたよなぁと考えて、一つ結論が出た。


「俺は。非日常に憧れたんだな。非日常って。魔物が出てからは、戦うと手に入ったけど。そうじゃない。もっと想像もつかない非日常かな」



 イーアンは非日常。その存在がそうだった。クローハルは悩んだ。自分が好きなのは、彼女自身なのか、彼女を通して見ていた憧れなのか。

 そんなことを思いながら、これから宿へ行って、いちゃつくことも心待ちな自分がいる。こっちが楽しい楽しい現実で、馴染みのある感覚。つまり。ってことか。だからか。


「一度で良い、イーアンと。一晩中、話せたらね」


 それで良いんじゃないの、と自分に笑った。一人しかいない道の上。言葉に出してみたら、意外にもしっくり来た。


『俺はムキになってたかな。ドルドレンが羨ましかっただけか』あいつは大変だったのにと、孤軍奮闘で白髪だらけになった友達の、数ヶ月前までを思い出す。『あいつが報われたような気がしたな』俺も報われたかったような。そんな心の動きでもあったかなと。



 騎士修道会に入ったガキの頃を思う。突然、支部に放り込まれて、家にいたそれまでの鬱陶しい惨めさが消えたあの日。騎士修道会で自分を見つけた日々、あれも暫く、非日常気分だった気がする。


 俺は今もまだ、その先の非日常を欲しがってるのか。非日常を見た時の、困惑と面白さを思い出すと、反応する自分がいる。


「まずいな。()()()()()()()イーアンに会いたくなる」


 ハハッと笑って、馬を走らせるクローハル。ウィブエアハの町へ向けて、迷いを振り切るように、クローハルは勢いつけて街道を疾走した。



 *****



 ハルテッドは朝から荷造りしながら、机に置いたままの手続きの書類を見た。何枚かある(※確認してない)。


「面倒くさ」


 ベルにやらせよう、と決めて、荷造りの続き。手続きの紙なんて読む気にならない。


「なーんでだよーって感じ。『ショーリは長年いたから信用ある』って。そんな理由で移動できるの、おかしくねぇ?」


 はーっと溜め息をついて、ほどける髪を三つ編みし直す(※髪サラサラ過ぎて、編んでもほどけてくる人)。俺が信用ないみたいに言うのどうよ、サボるけど・・・とぼやく。


「折角友達になったのに。イーアンが旅に出るまで、別にここに俺たちがいたって困んないじゃん」


 ドルと昨日話して、結局のところ自分とベルは移動しかないようだった。『春夏なんかすぐだよ、すぐ。秋になったら移動、って出来そうなのに』ドルは神経質だなと改めて思う。



 馬車生活をしていた頃。稼ぎが減って、飽きてきたっていうのもあった。でも馬車を降りたら、どんな生活して良いのか、自分もベルも分からなかった。


 マブスパールに腰を下ろした馬車の家族に会った時、家ならあるよとか、仕事も紹介してやるとは言われた。

 でもそれじゃあんまり、馬車と変わんないかなってことで。どうせ降りるんだから、もうちょっと違う生活しようよ・・・と。ベルと二人で決めた先が、騎士修道会。

 ドルとはもう随分会っていなかったけれど、時々、馬車で出くわして、挨拶したり、一緒に食べたりはあった。だからドルが総長だし、話せば通じると踏んでいた。


 マブスパールが近い。勤めるなら東の支部なら良いだろうなと、ベルと話し合ったが。最初は、ドルとくっついた方が何かと気楽と思い、本部に話して北西に来た。


「いいじゃんねー。北西で騎士仕事慣れたんだしー。何でここじゃ、ダメっつーんだよー」



 ぶーぶー文句を言いまくるハルテッドの部屋に、ガチャっと勝手に扉の開く音がした。『お前、紙書いた?』お兄ちゃんベル。声をかけてすぐ、机の上の未記入の紙を見て、眉を寄せる。


「早くしろよ。荷造りそんな量ないだろ」


「うるせぇよ。あんだよ、お前と違って。そこの化粧品入ってる、赤い箱取って」


 渡しながら、ベルは椅子に座る。記入しない紙を手にして、ぶつぶつ文句を垂れる弟を眺めた。『ダメって言われたんだから、仕方ないだろ』分かる?と一言付け加えて、睨まれた。


「おめぇは別に何でもないから、良いんだろーけど。俺はイーアンと友達なの。離れたら会えないだろ」


「ハイル。本当に友達なんだな」


 はー?と聞き返し、弟は首を回しながら立ち上がり、ちょっと機嫌悪そうな顔で兄に近寄る。ベルは椅子から見上げるのみ。『何よ。何か悪いこと言ったかよ』言ってねーでしょ、とベルは呟く。

 ハルテッドは意味が分からないので、言いたいことは言う。


「友達じゃん。好きだし、だからヤなんだろ。離れるの。何、今更、友達とか確認すんだよ」


 お兄ちゃんは何度か小さく頷きながら、理解する。こいつにとって、本当にお友達だったのかと。

 最初はスキスキ言っていたし、手も出したがっていたけど、結局はそういう対象にしなかった。ハイルには大事な友達になってたんだな、としみじみ。弟の成長具合に嬉しく思う(※弟34才)。


「うん。分かるけど。でも旅も出ちゃうだろ。そうなったら、何ヶ月とかで帰ってこないでしょ。北西に居たって、どこに居たって変わらないとも思えない?」


「それまで一緒に居たいってのは、おめぇにないの?俺はそうなの。別に顔見てなくたって、近くにいるってだけでも違うんだよ。ベルは分かってねー」


 弟は大きく溜め息を吐いて、また床に座った。それから紙をちらっと見て、兄に書くように命じた。ベルは抵抗する。


「お前の字で書くの。これは。お前の書類だから」


「字、マネしなよ、マネ。俺がそういうの、間違えないで書けるって思うか?」


 とにかく行きたくないんだな、と察するベルは、仕方なし引き受ける。紙に書いたら、本当に終わりって感じなのかもと理解してあげて、ベルは立ち上がった。『しょうがねぇから書いてやるよ』後でな、と弟に行って部屋を出た。



 廊下を歩きながら、ハイルの書類を見つめる。


「イーアンは。あいつの理解者なんだな。イーアン自体が、誰かに理解してもらいたい感じだったけど。二人とも、どこか似てたんかな。だからあいつは気に入ったんだよな、多分。で、安心したから友達になれたか。

 ハイルは女装癖でふらっふらなヤツ。イーアンは別世界からです、ってさ。ハハハ、似たような不安さがあったんだろうな」


 そう思うと。弟が普通に親しめる友達との日々、旅に出るまでとはいえ、数ヶ月の僅かな期間を取り上げるのも、ベルは心が痛んだ。

 自分は。弟が友達みたいな感覚で生きている。弟は俺のことは都合の良い兄でしかない。友達は別。女装もして女言葉で喋れて、それが普通に楽しめて。そんな友達、この先すぐ出来る保障ないかなと思えば。


「ドルに相談するか。東は、もうちょい待ってよ、って」


 あいつ泣きに弱いから、泣いてみるとかね・・・ベルは笑いながら部屋に戻った。



 *****



 所変わって、東の地区マムベト。


 占い用の石を覗き込んで、暫く黙る美しいシャムラマートは『ふうむ』と首を捻る。ティグラスがお茶を運んできて横に座った。


「ティグラス。イーアンが変わったのよ。知ってる?」


「何に変わった?イーアンはイーアンだよ」


 そうじゃなくって、とお母さんのシャムラマートは息子の肩に腕を回し、頭を撫でる。もう片手でお茶を飲みながら、ティグラスに石を見せた。


「これ見える?イーアン、この前イヌァエル・テレンで龍になったの。私は彼女が、空で龍たちと出会うと思ってたけど、彼女まで龍に。それに空が早いわよ。もっと先に見えたのに」


「そうだ。精霊が早くそうしたかったんだ。祝福だってね、龍になったら何か増やしてあげると」


「お前、知っていたの。ドルドレンたちが来た時に言わなきゃ」


 ティグラスは青い目を向けて、驚く母親を見つめ、首を傾げる。『俺はあの時は知らないよ。精霊が何か言ったかも知れないけど』俺が知ったのはもっと後だ、と教えた。


「お前はどこまで知ってるの。ドルドレンはまだ動きがないのよ。イーアンは何か急かされてるけれど」


「俺には分からない。でもイーアンは何かもらっただろうから(←角)次は違う国だ。もう違う国に魔物がいる。今度は早いんだ。だから精霊はイーアンを早く強くしたかったんだ」


 お母さんは眉根を寄せて考える。そして、すっ飛ばし過ぎな息子の情報へ、幾つか質問。


「ええっとね。ティグラス答えて頂戴。イーアンが何をもらうと、どうなるの。それと違う国の魔物はどう関係するの。ドルドレンは何かを待ってるの?」


「一つずつだ。俺に分からないよ」


「うーん・・・とね。まずイーアンは何をもらったの。何か祝福なのね」


「俺も知らない。でもそれをもらったら、次は行きやすいんだ」


「誰が、どこに行くの。何かそれを見せると通れる場所かい」


「違うよ。信じてもらいやすいから、仲間になれる」


 お母さん咀嚼中。イーアンが祝福を増やしてもらった故に受け取ったものは、どうも、急ぎの用に通じるものなのか。


「そうなの。ではね、それがどうすると、違う国の魔物と関わりがあるの」


「そんなこと分からないよ。違う国でもう魔物がいるだろ。一度に出たら大変だ。早くしないとたくさん死ぬ」


「分かるわ。一度に魔物が出たら大事でしょう。で、それはどうして、イーアンの祝福を急ぐ理由なの」


「イーアンは、次のドルドレンの仲間を連れてくる。それでドルドレンたちと一緒に、違う国へ助けに行く。旅が動き始める」


 んん??? シャムラマートは美しい額にシワを寄せて考える。ちょっと待ってねと息子に言い、顎に手を当てて理解を進めてみる。


 違う国に魔物が一気に出るとする⇒何か持っているイーアンが向かう⇒そっちの国で信用されて仲間が出来る⇒その仲間を連れてハイザンジェルへ戻る⇒ドルドレンたちと一緒に、助けに出発。かしら?


「分かった?石でも見れるよ。そう訊けば」


「え。そうなの、早く言って頂戴。でも何となく、分かったような気がするわ」


「ドルドレンの乗り物は、イーアンと逆だ。でも仲間だ。その仲間が来たら皆、旅に出る」


 ティグラスはそう言うと、窓の外を見てニッコリ笑った。『旅の前に、早くここに遊びに来ないかな』無邪気な言葉に、シャムラマートは苦笑いする。


「魔物が違う国に出たら、あの子たちは忙しくなるでしょ。来れないよ」


「だから早くって。また、来るって約束した。俺を龍に乗せてくれるんだ。イーアンはドルドレンの奥さんだろ。イーアンは動物みたいだ。可愛いから好きだ。馬と一緒だ」


 思ったことが全部口に出るティグラスに、いつも笑わせられるお母さんは『そうだね』と答えて、体を捻って長椅子の背凭れに腕をかけ、一緒に窓の外を見た。



「秋より早いと思う?あの子たちが旅に出る時」


「知らないよ。でも海が割れたら行かないといけない。海が割れると人がたくさん死ぬ」


 シャムラマートは止まる。そっと息子を見つめると、その青い目はどこかとても遠くを見つめていた。


『この国で、魔物は約束の数がそろそろ終わるから、もう出られない。最初の旅の仲間を誰も倒せなかった。魔物は次へ行くよ。ドルドレンの仲間を探して潰しに行く。皆、揃ったら大変だから』すっと息を吸うティグラス。


「迎えが来たら行かなきゃな。海が割れたら、迎えが来ると思うよ」


 ティグラスはちょっと考えて、頭を掻いてから『早く来ないかな。龍に乗りたい』と微笑んだ。

お読み頂き有難うございます。

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