542. 慰労会&送り出し会
ドルドレンの注意も空しく。角くり中のタンクラッドを見たブラスケッドは、さっさと中へ入って、好奇心一杯にイーアンの角を見たり触ったり。クローハルも、本当に角があるイーアンに、表情を保てず、驚きと困惑の綯交ぜで、少し離れた場所から見つめる。
「タンクラッド。お前は知らない間にイーアンをこうして」
「角を触っていただけだ。おい。そうやって触るな。先だ、先。先しか触るな、こら掴むな」
よく見ようとしたブラスケッドが、角の根元をぐっと掴み、びっくりして嫌がるイーアン(※『やめてー』)に慌てるタンクラッド。片目の騎士も、自分でやった割には驚いて謝った。
「すまんな。痛いのか。何だ、感覚があるのか」
「先の方はないんだ。根元は骨も近いから、お前みたいな無作法な触り方をされたら、こんなに硬い角でもイーアンは痛い」
もうやめろ、と眉根を寄せたタンクラッドが、イーアンの頭を抱え込む。イーアンの角根元をよしよし撫でながら『大丈夫か。血は出てないか』心配する親方。イーアン頷いて『この部分はちょっと痛いです』と弱音。
その光景にブラスケッドは止まる。クローハルも入る隙間のない空気に、何も言えない。ドルドレン、いつもの仏頂面(※慣れた)。
クローハルは溜め息を一つ落とす。それから、ちらっとこちらを見たイーアンに微笑み、『そういうのも似合っているよ』と伝えて出て行った。
ブラスケッドはクローハルの態度に首を傾げ、彼もすぐ、その後を付いて出た。扉を閉めたドルドレンは、親方の腕に頭を抱えられた愛妻を引き離し(※普通に『よいしょ』って)自分の上に座らせる。
「今。全員に話したから。ある程度は、気を遣うだろう。遣っているつもりでも、ブラスケッドのような態度の者もいるが」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。彼は好奇心が強いから、ああなっただけで」
イーアンはちょっと困って笑う。『最初だけは。皆さんも驚かれます。それは分かっています』大丈夫、と伴侶に伝えた。
それからドルドレンは、タンクラッドとイーアンに、慰労会が始まる時間を教えた。『ちょっと早い。送り出し会も一緒だが、そうなると、会の後も集まって飲みたがるだろうから。早めに始めないとな』理由を話して、タンクラッドにも一旦戻って構わない、と促す。
「俺はこのまま。ここに、工房にいよう。お前は仕事だろ。行け」
エラそうに命じる剣職人。不満そうな顔を向けるドルドレン。『お前という男は。何でそんなに、物言いが上からなのだ』ちょっとぼやいてから、自分はイーアンと一緒に過ごせるようにしたから、と撥ね付けた。
こうしたことで、イーアンの工房に伴侶と親方が、時間まで居座ることになる。時間が来るまでイーアンは、空でどう過ごしたかを話した。
上にいると、お腹が空かないことや、喉も渇かないこと。とても広い場所で、皆は飛ぶことで移動すること。ルガルバンダのいざこざも終わらせたこと。ズィーリーと自分の違い。それらを話し続け、親方もドルドレンも質問を交えながら、理解を深めた。
オーリンの話も出て、龍の民何たるやと男龍の見解も話した。ドルドレンは失笑。タンクラッドは意外そうだった。『よく職人なんか出来たもんだ』その性質で、と別の方向で感心していた。
「だがな。結婚話は消えたようだし、オーリンは付いてくる。もしまた痴話話が出ても、男龍が来ると約束したなら、手伝いは安心だな」
親方がそう言うので、イーアンも苦笑いで頷いた。ドルドレンもお茶を飲みながら笑っていた。それから、ハッとしたようにタンクラッドを見て『そうだ、あのこと』と、ミレイオの話をした。
イーアンも大まかに話をして、伏せるところは伏せた。どこまでミレイオのことを話して良いか、イーアンには分からなかった。タンクラッドは話された部分だけで納得したようで、質問しなかった。
「そんな気がしていた。ずっと。だが本当かどうか、あまり聞ける相手でもない。ミレイオが自分から話さないから、推測だけだ。地下に国がある証拠もないし、俺にはぼんやりしたものしかなかったが。
あいつが怒ったところを何度か見たことがある分、ミレイオは俺が気が付いているとは、思っていたかもしれない。言わないだけで」
話があちこち動く会話を続けて、慰労会の時間近くになった頃。イーアンを風呂へ、とドルドレンは言う。タンクラッドは工房で待つことになり、イーアンとドルドレンは廊下へ出る。
『俺は。番をするだけだ。一緒には入らない』以前、親方を怒らせたことを思い出したドルドレンは、バツが悪そうにそう言って出て行った。
親方は、そんなドルドレンが後ろ手に閉めた扉を見つめ、ちょっと笑った。『あいつなりに。この前の俺の意地悪に、気を遣ったのか』素直な坊主だなと親方は笑いながら、ベッドの上で本を読み始めた。
イーアンはお風呂から出て、一度寝室へ。角付き自分に合うような、何かを考えて着替える。ドルドレンはお風呂。
お風呂から出たら、もう広間の方が賑やかだった。本当に早めに始まるようで、時間を見たら5時前だった。
「角付き。今後一生、これと一緒。
可愛らしい春服は、若い子なら小悪魔的で魅力でしょうが。角まで生えた40半ばでは痛過ぎて、さすがにこの衣服の許容範囲には入りません」
悲しい・・・・・ せっかく。せっかく、伴侶が買ってくれたのに。服屋さんに『すみません。ツノに合う服』と次から言わねばならない。服屋もビックリ。
ぼやきながらイーアンは、冬用の丈の長い真っ赤な前合わせスカートに、自分で編んだ魔物製の上を合わせ、伴侶が以前、ウィブエアハで購入してくれた大判の赤い布を羽織った。靴は丈の長い革靴。
『うう。もう悪魔です。中年だから小悪魔でさえない。本気で赤い悪魔。む。お酒の名前みたい』ヘイズにカクテルでも作ってもらうとか・・・ぶつぶつ愚痴を落とす自棄になったイーアンは、伴侶を待った。
風呂から戻った伴侶は、赤い悪魔に大喜びしてくれた。メロメロして抱き締めて、『角があるだけで別の魅力が』そう喜んでくれる。何て良い旦那さんだろうと、イーアンは感謝ばかり。
どんな私でも、受け入れ態勢万全ドルドレン。自分のこれは、既にコスプレだとしてもガチである(※本ツノ100%)。そんなでもOKな伴侶の、深く広い愛にちゅーっと感謝を示し、イーアンはお礼を言う。安心してレッドデビルな状態で、ドルドレンと一緒に工房へ親方を迎えに行った。
工房でも、親方はレッドデビルに頬を染める。
親方は真っ赤になって①イーアンを上から下まで眺め②はーはー息を荒くし③角をくりくりしつつ④何やら小声で呟いていた(※聞こえると総長に追い出されかねない類)。
そして、不愉快な顔のドルドレンに『触り方がいやらしい』とその手を叩かれて、角くりを止めた。
3人は広間へ向かう。角付きイーアンと総長、剣職人の親方が登場し、広間はよく分からないノリに包まれる。何にもしてないのに拍手され、3人はやや困惑しながら、拍手の理由を考えつつも、導かれるまま、中央列の暖炉席へ行く。
後から知ったが、どうもクズネツォワ兄弟の入場も、ダビの入場も、拍手だったらしかった。来賓歓迎とか送別(※これは使い方間違えている)の意味。イーアンには『回帰祝い』の拍手、と誰かが言っていた。
「全員揃ったか。慰労会が遅れたが、魔物も続かなかったから、今夜、慰労会を行う。
さて、もう聞いているだろうが、ポドリック隊のクズネツォワ兄弟は、東の支部へ移動する。僅かな付き合いだったが、親交を深めた者もいるだろう。離れた場所への移動だ。次に会うのはいつかも分からん。今日は大いに話すと良い。
そして、長年。この支部で我々を支えた功労者、俺の隊のミリヴォイ・ダビも、新たな道へ踏み出す。イオライセオダの剣職人だ。彼の人生の再出発も祝い、また離れる仲間への惜しみも語らえ。
俺たちのクリーガン・イアルツアは、なぜか焼けた(※ギアッチへの嫌味を挟む)。
だがここから、新たな芽が出る。イーアンに角も生えた(※繋げ方を大いに間違えてる)。さぁ、この大きな夜に、魂を合わせて喜べ。思う存分食べろ。思う存分に飲め」
総長の挨拶に、広間が沸く。騎士たちは全員、一斉に酒を注いで騒ぎ、好きに動いて席を移り、山盛りの料理を食べ、酒を酌み交わし始めた。
「全体慰労会といって。皆で魔物退治をすると、こういった労いの夜があります」
タンクラッドの横に座ったロゼールは教える。『好きな料理を食べて下さい。俺も作ったんですよ』これとこれと、と気前良く皿に盛って、剣職人に渡した。タンクラッドは礼を言って微笑み、すぐに食べて『お前は腕が良い、とても良い味だ』と誉めた。笑顔でお礼を言うロゼール、一度目を伏せて、思い切って訊く。
「お皿ちゃん。まだ持って帰りますか」
「そうだな。文字ではないから、解読に資料と時間を使う。お前には悪いな」
「いいえ、あの。良いんです。お皿ちゃんは偉大な子みたいだから。でもたまに会わせて下さい」
タンクラッドは、この小柄な青年の、お皿ちゃんへの友好を感じ取り『支部に来たら、必ずお前に預ける』と約束した。ロゼールは嬉しそうに頷いて、もっと料理をよそってくれた。それからロゼールは、ミレイオに頼んだ盾のことを、剣職人と話した。知っている限りの情報をタンクラッドも教える。
そんな二人の会話をウズウズしながら聞いていた、親方の取り巻きは。少しずつ席を近づけて、割って入っては会話を攫った。答えると、あっちからもこっちからも、質問が来るので、タンクラッドは忙しなく返事をしながら食事を進めた。
送り出すダビに挨拶を、とイーアンはちょっと席を立って探す。いつもは同じ列の向かいにいるダビは、今日は主役扱いなのか、離れた場所に座っていた(※座らされている)。
イーアンがダビに近づくと、ダビはすぐに気が付いて笑顔を向けた(※目が笑ってない)。『イーアン。お帰りなさい』で、お土産付きかと立ち上がって、その頭を見た。
「もう。何でもありですね。イーアン来てから、かなり異常な事態への耐性が付きました」
「そういう言い方しないで下さい。私だってこうなると思っていませんでしたよ。そう話したでしょう」
「うーん。これって触ると伸びたり、刺さったりします?」
触りたいのね、とちらっと見上げると、うんと頷かれた。『何にもありませんよ。でも先ね、先。根元は痛いから』先です、と指差すイーアンに、ダビもちょっと角の先を触る。『意外に硬い』驚いて顔を見た。
「これって骨ですか?」
「よく分からないのです。回復して、目が覚めたらくっ付いていたから。でもタンクラッドは違うような見解です。自分ではよく見えないため、私は詳細は知りません」
へぇ。だよね、とダビも頷いた。そして、ちょびっと捻れた角先を摘まんで『こんな硬いんだ』と材料扱いしていた。『これ、抜けるの』ダビが角を見ながら呟く。イーアンは悩む。
「だから。私は分からないです。でも抜ける可能性はありそうです」
「抜けたら、これ下さい。私の鏃にでも」
消耗品に使わないでよ、とイーアンが眉を寄せる。ダビは、アハハと笑って『冗談ですよ。記念にもらうだけ』とイーアンの角を撫でた。笑うダビに、周囲は目を丸くして驚いていた。
「イオライセオダに来たら。寄って下さい。ボジェナもお母さんも、イーアンを待ってますから」
『そうする』と微笑んで、イーアンはダビとの会話を終える。
それから、ハルテッドを探そうと振り向くと、後ろにベルがいた。『よう。今、良い?って訊こうと思った』屈託ない笑顔で、ベルはイーアンの肩に手を置く。
「ハイルが。イーアンと、って。あっちに行こうよ」
ベルに指差された方を見ると、女装ハルテッドが手を振ってくれた。イーアンはベルと一緒にハルテッドの席へ行く。『イーアン、ここ座って。おいで』ここ、と椅子を後ろから引っ張ってくれた。
「急です。二人とも、いなくなってしまうとは。とても寂しいです」
座りながらイーアンが言うと、ハルテッドもちょっと悲しそうに笑って、料理を取ってくれた。『ホントだね。ずっとここでも良いか、ってベルと話したんだけど』ね、とイーアンの横に座るベルに振る。
「俺も。もう東じゃなくても、ってドルと話したんだが。移動は約束だったから、もしまた北西に入るなら、一度、東で何期か過ごさないといけないみたいでさ」
イーアンは首を傾げた。『そんなに複雑なのですか。ショーリがあっさり来たから、そう厳しくないと思いました』そう言うと、兄弟は目を見合わせる。ハルテッドがイーアンを覗き込んで『それって。誰が教えてくれたの?』と訊ねた。
「ドルドレンです。ショーリは北東で知り合いました。援護遠征です。彼はその時、私たちと一緒に北西に行きたい、と。そして彼は僅か1週間くらい・・・だったかしら。ここへ移りました」
「何かあるのかな。条件が満たされたとか」
ベルの言葉にイーアンは一生懸命、他の例も思い出す。『うーん。詳しく知らないのですけれど。あの方。ジゴロの、何だっけ』『え、ジゴロ。クローハル隊長?』ハルテッドがちょっと笑う。
「いえ。南東支部のジゴロ。関心がないため、名前を忘れました。彼は凄い勢いで、2箇所も支部を移動しています。東に移動して、その次に北東へ行ったのです。彼の場合は、素行に問題があってですが」
クズネツォワ兄弟。オレンジ色の目を見合わせて、小さく頷きながら何かを考えた様子。イーアンは頭上で交わされる兄弟の以心伝心が分からないから、左右に顔を向けて続きを待つ。
「イーアン。私、ドルにもう一度訊いてみる。何かあるのかもね」
「ドルは総長だから、あんま、勝手なこと出来ないかもだけど。でもちょっとは、詳しいこと話してくれる気がするよ。イーアン、秋ぐらいまでに旅出るんだろ」
ハルテッドとベルが、両脇からイーアンに話しかける。イーアンは旅はそのくらいだと思うことを伝える。『確かではないですが、その頃に何かきっかけがあるのだと思います』そう答えると、兄弟は頷いた。
「それまで、ここに居られないかとかさ。もうムリならあれだけど。イーアンが旅から戻ったら、こっち来れないかとか。訊いてみる」
美人なハルテッドは優しく微笑む。ベルも笑顔で酒を飲んで、背凭れに腕をかけて笑顔を向けた。
「馬車に戻る気はないんだよ。ここも思ったより、居心地が悪くないから」
ベルはそう言いながら、イーアンの頭を見て少し笑う。『それ。格好イイね。イーアンは龍に変わるから、それがあると本物って感じだ』酒の容器を持った手の人差し指で、イーアンの角を差して誉める。
「ね。驚いたけど、考えてみればそうだよね。私も可愛いと思う。まだ小さい角だけど、あの男の人たちみたいに大きい角になるの?」
「それは困ります。ならないでほしいですが、私には分からないのです。気がついたらあったから」
そうなんだーとハルテッドは角を見つめる。イーアンは先っちょなら触っても言い、と許可。ハルテッドはそーっと触って『乗せてもらった時に触った角、あれのまんま小さいんだね』と感想を言った。
ベルも後ろから手を伸ばして、もう一本の角を撫でてから、ちょっと摘まむ。『あ。そうだな、これそうだよ』見上げるイーアンに教える。
「イーアンが龍の時に俺も触ったけど、あの角がちっちゃい版だ。ただ、人間の頭に合わせただけなら、大きくならないかもね」
だと良いなぁとイーアンは思う。そして優しい言葉にお礼を言った。ベルはこの後、『そろそろ』と席を立って、大好きなタンクラッドの側へ移動。
イーアンはそのまま席に残り、ハルテッドと一緒に食事をして、東に行っても会いに行くと話した。ハルテッドも、そうしてほしいと頼んだ。
暫くしてドルドレンが来たので、ハルテッドは早速、移動のことを話し始める。ドルドレンが答えている間、厨房からヘイズが来て、イーアンにとお菓子をくれた。
「イーアン。その、嫌な意味ではなくて。その角。とても似合っています。今日の服も」
少し照れたように誉めてくれるヘイズから、お菓子を受け取って、イーアンは丁寧にお礼を言い、『龍の時もですが。怖がられたらと思うと、それが一番気掛かりでした』受け入れてもらえて嬉しい、と話す。
「ずっと受け入れていますよ。どんな時でも」
ヘイズがそう言うと、横で聞いていた総長が振り向く。ヘイズは苦笑いして挨拶し、厨房へ戻った。イーアンはお菓子を少しずつ食べて、大人しく美味しく頂いた。
その夜は、誰もが少し長居して、慰労会を過ごした。離れていく仲間との時間を楽しむ。イーアンの角は、ドルドレンが側で見守る中、ちょくちょくやって来る騎士たちに遠慮がちに摘ままれていた。
滅多に来ないオシーンも来て、イーアンの角を見て笑いながら撫でた。『お前は。角まで生やして』随分と格が上がった、と違う方向で認めてくれた。イーアン苦笑い。
タンクラッドも帰る時間を見計らって、ロゼールからお皿ちゃんをまた預かり(※お皿ちゃん、しょんぼりする)イーアンと総長に挨拶し、ファンが見送る中をイオライセオダに帰って行った(※鎖付きお皿ちゃん)。
二次会に入りそうな雰囲気が見え、ドルドレンとイーアンも寝室へ上がる。残った騎士たちは、お別れ会続行。漏れなくツノ話にも花が咲いて、クローハルは一人浮かない顔で酒を飲んでいた。
ドルドレンとイーアンは二人になり、一緒にいられることに嬉しさを感じながら眠りについた。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に感謝します!本当に有難うございます!!
今日、感想を下さった方がいらっしゃいました。寄せて頂いた内容は、考えさせられるものがあり、申し訳ない気持ちがあります。
何か良い対処が出来るよう考えています。活動報告にも、このことで考える所を書きました。
早くに実行できるように努力しますが、良い方法を選びたいので、少し時間がかかるかもしれません。どうぞ宜しくお願い致します。




