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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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53. 谷への道

 

 一行は、難儀していた。枯葉が分厚く積もり、それが水を吸って濡れているものだから、力のかけ方を間違えると滑る。馬を巧みに操りながら、慎重にゆっくり進む。枯葉で浮いているような下る道に神経を使う。


 山頂を出発してそろそろ1時間近く経つが、まだまだ谷は遠く下の方に見える。山頂を見上げれば、角度がついているため、に木々に埋もれてその場所は確認できない。



「まだここは商隊が長年使っている分、道があるという意味ではマシなのだろう」


 馬の足元を見ながら、スウィーニーがこぼす。

 完全な斜面であったら馬車は絶対に通れなかったのだ、と思えば。一応、均されて馬車も通ってきた道があるのは、救われた部分と言わざるを得ない。


「もうしばらく進むと、広い段になった場所へ出ます。そこを通過する時間はものの5分くらいですが、そこから谷に下りる道は若干幅があるため、もう少し楽になるでしょう」


 北の支部のフォイルが、馬車を振り返りながら説明した。馬車の手前を進みつつ、危なそうな箇所に注意を与えて、馬車の安全を誘導している。時間はかかるが、一度滑れば大事故である。この道ばかりは急がず、慎重に対処するより他なかった。

 この後、誰も斜面を滑り落ちる事態はなかったが、『見えてきました』とフォイルが教える方向にある広い段を見つけた時は、皆ようやく一安心した。



 小さな高原のような場所に着き、各々安堵の言葉を掛けあった。わずかにある山腹の平地は、小さいとはいえ、何かで山肌を丁寧に削ったように平らで、高い木々もなかった。そのため落ち葉よりも下草が多く、馬の膝下くらいまでの長さの草が風に吹かれて一面を覆っていた。


 段から谷へ降りる道の向こう側、段が徐々に幅を狭めて、木々に埋もれて斜面に変わる手前。大きな倒木が見えた。下へ続く道に入る時、その倒木のあまりの大きさに一行は歩を止めて驚いた。

 奥の斜面に生える木が倒れたか、上から降ってきたのか。15mはあると思われる立派な針葉樹が3本ほど、木の先端をこちらに向けて倒れているので、まるで大きな藪でもあるように見えた。


「ずいぶん雨が影響したんだな」


 その木の大きさに驚きを隠せないスウィーニーは、はぁ・・・と漏らして額に手を当てる。よく見ると木が倒れている場所は、幅が7~8mほどある川で、2本の木は川の流れを遮るように倒れ、もう1本はあまりに大きかったために両岸に掛かっていた。横倒しの倒木に、上から流れてきた枯葉もそこに留まり、川は幅を広げて周囲に水が溢れていた。倒木は大岩に引っかかって固定され、堰き止める続きの川は水が極端に少なく、そこから見える位置から、か細い滝となって真下へ――恐らく谷底へ――落下していた。



「この川は下に続くんですか?」


 馬車から立ち上がってみていたロゼールが、近くにいたフォイルに訊ねる。フォイルは頷いて『この川が、山頂から流れて谷へ続く一本川です。我々の戦況にどのように影響が出るのか・・・・・ 』と苦しげに顔を歪めた。


 ドルドレンがフォイルの苦痛の顔に同情し、フォイルに言葉の意味を訊ねる。


「谷に出た魔物との戦いであると、昼食時に話していたな。どのような相手なのだ」


 フォイルは溜息をついた。

 彼の話では、谷川の中にいる魔物だという。初日、魔物の数は5頭だけで、その日の内に倒した。だが、川の砂地に張ったテントは夜間に襲撃され、中にいた騎士8名が負傷。

 翌日の朝には倒したはずの魔物が増えていて、その日も力の限りに戦い倒したが、やはり夜になると魔物は川縁のテントを襲い、その時、前日に重傷であった騎士2名が息を引き取り、死者2名。そして襲撃による負傷が4名出たという。テントを張る場所を移動したため、夜間の襲撃はなくなったが、倒しても翌日になると数は増えていて、まるで生き返っているようだと、フォイルは身震いした。


 その後も日が昇り暮れるまで、部隊は戦い続けているが、今日までに新たに4名の負傷者が出てしまい、10日経っても状況が変わらないまま、疲労と精神力の限界が部隊を内側から襲っていることを話した。



「今日でもう2週間近くなります」


 苦い涙を見せないように俯くフォイルに、ドルドレンはひどく胸を痛めた。


 ――見ている前で仲間が死んでいくことも、助けることも出来ない状態で怪我に苦しむ姿も、自分にはどうにも出来ない。そう。ドルドレンが幾多の戦いでどうにも出来ずに、ただ我武者羅に――死傷者に代わって戦い続ける他なかったように。



「急ごう。とにかく性質の相当悪い相手のようだ」


 ドルドレンが黒い髪をざっと振り上げ、クロークを翻して、倒木を後にした。一行は何も言わず、総長の胸の内を同じように理解して後に続いた。全員、その経験がある。だからこそ力の限り戦うしかないと誰もが知っていた。




中腹の段から続く下りの道は、先ほどまでの悪路より進みやすく、フォイルが説明していたように幅があったので、馬車も多少速度を上げて余裕を持って進んだ。濡れた枯葉が相変わらず分厚く、それだけは慣れなかったが、夕方前に一行はどうにか谷へ下ることが出来た。


傾斜が消えて谷の合間を進む。木々が鬱蒼とする中、木漏れ日に照らされて川岸へ向かうと、10分ほどで木の数が減り、目の前に流れる川と、対岸の高い岸壁が現れた。

左手には、段で見た川が滝となって、恐ろしく高い位置から流れ落ちていたが、水が少ないので黒い岩肌が見えていた。右手側は岸壁に挟まれた川がどこまでも伸び、緩やかに曲がる場所で空と岸壁に消されて見えなくなっていた。


その手前に、川縁から離れて立ち尽くす人々の影が見える。


フォイルが一行を振り返って『私の仲間たちです』と悲しそうな目をした。



お読み頂きありがとうございます。

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