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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
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536. イヌァエル・テレンの夜

 

 医務室で死んだように眠るイーアンに、ドルドレンは心配で一杯になる。シャンガマックとフォラヴもベッドの横に座り、不安の眼差しで見つめる。



「イーアンは。本当は龍一頭だけで、自分の体を変えるのは大変なのだ。今日、男龍が来ていただろう。あれは彼らの力も借りるためだ。ミンティンも疲れただろう。無理をしたのだ」


「知らないとはいえ。悪いことをしました。イーアンは大丈夫でしょうか」


 褐色の騎士は焦る。『そんなに大変だとは』どうすれば良いんだろう、と悩む。フォラヴも、空色の瞳に悲しみを浮かべて考える。


「シャンガマックを癒した時。あれと同じような疲労なのか。私が彼女を癒せるだろうか」


 じっと見つめて、イーアンの手を取るフォラヴ。祈りながら目を閉じて、イーアンに注ぎ込む愛の力。ドルドレン複雑。シャンガマックも複雑。



 フォラヴがふんわりと癒している間。支部の外が明るくなった。ドルドレンは気が付かなかったが、シャンガマックが窓の外の明かりに気が付いて、ちょっと体を動かす。


「総長。あれは・・・・・ 」


 ふと口にしたシャンガマックの一言で、ドルドレンも振り返る。『あ、まさか』あの光に見覚えが、と立ち上がる。窓の外はどんどん明るくなり、シャンガマックも立ち上がる。お医者さんも何事かと椅子を離れた。

 フォラヴは集中している最中だったが、気配を感じ、すっと後ろを振り向いて、目を見開く。


 窓の外に煌々と輝く男龍が立っている。ドルドレンが急いで窓に駆け寄ると、『開けろ』と一番前にいた男龍が言う。

 逆らう気になれない状況でドルドレンが開けると、入ってきたのはビルガメスだった。


 3m以上もある、皮膚の透けてる角付き全裸マンに、驚くお医者さんは目がまん丸。シャンガマックもフォラヴも離れ、ビルガメスの硬い表情はイーアンに注がれる。突然、悲しみに包まれた顔に変わり、ベッドの上のイーアンに近寄った。


「イーアン。お前はなぜ。何て強い試みをしたんだ。死んでしまうぞ」


 イーアンを抱き上げ、ドルドレンを振り返る。『イヌァエル・テレンで休ませる』有無を言わさぬ口調で静かにそう告げる。躊躇うドルドレン。その顔を見た、もう一人の男龍が言う。


「イヌァエル・テレンに戻らないと、彼女は目を覚まさない。そこにいる妖精もくたびれ損だぞ。意識が戻れば連れてくる」


「タムズ・・・・・ 」


 ドルドレンは午後に見た男龍だと気が付く。タムズは仕方無さそうに首を振る。『空にまで届くような龍気を中間の地(ここ)だけで、相手もミンティンだけで、彼女は作った。まだ覚えたてなのに。誰もそんなことをしたことはない。あのミンティンも疲労して、今は空だ。アオファは借りていくぞ』分かれよとタムズは諭した。


 ビルガメスが悲しそうな顔でイーアンを抱えて、振り返らずに外へ出る。数人の男龍はそのまま龍に変わり、空へあっという間に消えて行った。


 ドルドレンは辛い。自分は何も出来ないと身を以って知った。窓枠に手をかけて、光の消えた空を見つめる。フォラヴとシャンガマックは側に来て、総長の背中に手を当てた。


「すみません。本当に。知らなかったけれど、とんでもないことをさせてしまった」


「私も。気が付けば良かった。つい、あの姿でもう、いられるものだと」


 総長は振り向いて、部下2人に首を小さく振る。『分からなくて当然だ。本人だって分かっていたら、やらなかった。今はどうにも出来ない。イーアンが戻るまでは、待つしか』身を切られるような思いに包まれ、ドルドレンは溜め息をついた。


 ドルドレンの頭の中で、イーアンが何日も戻らないような気がしている。何日も。一日だって離れていたことはなかったのに。何日、待つのだろう。それを考えると辛くて仕方なかった。



 イーアンは男龍に連れられて、イヌァエル・テレンへ運ばれた。意識がないまま、ぼんやりとした温もりに、息苦しさからは解放されつつあった。でもただ、それだけ。それ以上の何も、イーアンの感覚も意識もその解放に伴うことはない。


 ビルガメスは自分の家に連れて行くと、他の男龍に伝える。ルガルバンダは側に来て『俺の家は』と言う。『直したぞ。俺の家でも』そう言うが、ビルガメスは一度首を振って否定して終わる。


「俺のところでも。俺の家なら、皆の家の真ん中辺りだろ」


 ニヌルタが自分の家の場所は、様子を見やすいと言う。ビルガメスはニヌルタをじっと見て『そうでもない』と呟いた。


「私の家にすれば。私は側にずっと居られる」


 タムズがイーアンを引き受けると言い、腕を伸ばすが、シムが止めた。『ビルガメスは譲らないぞ』ムリだろう?と大きな男龍を見ると、ビルガメスは静かに瞬きをして、それを肯定とした。


「俺のところで休ませる。様子を見たければ、いつでも来ると良い」


 ビルガメスはそう言って、自分の家にイーアンを運んだ。他の4人はその背を見つめ、それぞれの家へ戻ることにした。ビルガメスがイーアンを介抱したいのは、誰が見ても明らかだった。



 家に連れ戻り、ベッドに小さなイーアンを横たわらせる。上着が引っかかるので、上着は脱がせる。上着を脱がせると、次に目に付いた物は、腹に巻いた革・・・『こんな窮屈なものを付けて。何の意味があるのか』どう取るのかと思いつつ、ベルトの仕組みを理解して、一つずつバックルを外し、剣のベルトと、コルセットも取ってやった。

 靴はまぁ、良いか(※面倒臭そう)ということで。靴と服だけにしたイーアンを、ベッドの真ん中に寝かせた。


「とんでもないことを。何と危険な」


 ビルガメスは眉を寄せたまま、小さなイーアンの額にかかる髪をそっとずらす。静かな息をしているのが分かるのは、ビルガメスにも安心だった。


「冗談で言ったのに、本当に。ミンティンだけで龍に成ってしまった。誰も出来なかったことを越えてしまうとは。恐れ知らずか、無謀か」


 大きな溜め息をついて、イーアンの横に寝そべり、顔を撫でながらビルガメスは呟く。


「お前に死なれたら。俺は後を追いかねないな。余命も少ないし。

 ドルドレンもお前を心配しているが、俺だって心配なんだぞ。やっと、やっと。生きる時間を再び楽しもうとしているのに。お前がこんなことでは」


 寝返りで潰さないようにしないとな、とビルガメスは言いながら、少し距離を取ってから、イーアンと並んで眠ることにする。


「俺が側にいれば。精気も流れるだろう。他のやつより、俺は強いから」


 角も当たらないようにと、男龍はちょっと頭の角度を気をつけ、目を閉じた。静かな空の上で、イーアンの僅かな呼吸の音が響く夜。ビルガメスはその手に手を重ねて、温もりを確認しながら眠った。



 イーアンは眠り続ける。途中から穏やかな空気を取り込み、少しずつ、石の如く感覚の消えていた体に五感が戻ってくる。

 それでもイーアンが回復するまでは、時間がかかった。意識を動かすにもまだ、気力は足りなかった。


 夜は音も立てずに過ぎる。イーアンの手をすっぽり包んで、なお余りある大きな手で、ビルガメスは時々、イーアンの指に絡めてみた。動かない指。心配が募るが、不安に囚われないように気をつけ、再び眠る。それを何度も繰り返した。


 月も傾き、夜明けよりも早い時間に、ビルガメスは何度となく起きた最後、イーアンの頬に触れて冷たいと感じて焦った。月明かりの中で見つめると、イーアンは息をしている(※冷え性)。肌が冷たいのがなぜなのか分からず。ビルガメスは自分の腕の内に抱える。


「生きている。生きているな、良かった。寒いのだろうか」


 分からないので(※生涯全裸)イーアンを腕に包んで温める。手を触るとそこまで冷たくない。頬が冷えている。イーアンが、上着の下に着けていた青い布を取った。『これは。精霊の布か』早く気が付けば良かった、とかけてやる。その上にもう一枚、布をベッドに引っ張り寄せて、それもかけた。


「死ぬなよ」


 小さなイーアンの額に口付けし、そう呟いてビルガメスはまた眠った。



 その姿を。窓も壁もない家の外から、ルガルバンダは見ている。


「ズィーリー・・・君は。もう二度と俺と会わないんだな。君の代わりに来たと思ったら、とんでもない化け物女だったよ。

 口も悪いし、態度も酷い。無駄に暴れ過ぎだ。なのに、凄い能力で。俺たちを超える強さだよ。能力も、精神も。あんなやつ男龍でも見たことない。それに俺は、あいつに好かれる気がしないんだ。

 でも。でも悪く思うなよ、ズィーリー。その化け物に、俺は今。とても苦しんでるんだよ。どうしたら良いんだろうな」


 俺の卵も孵すって。タムズに言ったらしかった。あんなに敵対してるくせに、何でそんなことを。


 その差にやられるルガルバンダ(←M)。思い出すズィーリーは。静かで、いつも穏やかで、微笑んで。戦う時は、目が少し細まっただけ。その静かな表情で、無情に剣を振るう姿に心を奪われた。無感情にも見える冷徹さが好きだった。龍になっても吼えもせず、ただ正確に敵を倒した。


 イーアンは真逆。真逆も良いトコロだ。とんでもない荒くれ者で、喚くは、暴れるは、叫ぶは。怒りの猛るままに男のように吼えるし、攻撃できる限りは絶対に諦めない。それに一度、根に持つと、しつこいったらない(※あなたが言ってはいけない)。龍になっても、最初に俺に噛み付いた。食われるかと思った。


「いや、本当に。何だ、あの暴れん坊は。煩いくらいにがなり立てる。死んでも構わないと言い切って、俺から逃げようとした。掴まえれば、殺してやるとまで言う。

 それなのに。それなのに。俺には言わないくせに。俺の卵も、3ヶ月ちゃんと面倒見るって」


 もー・・・・・ 何だよそれー 好きになっちゃうじゃーん。ルガルバンダは頭を抱える。(※すぐ恋するタイプの人)。



 恋する男ルガルバンダ。心配でちょっと側へ行く。そーっとベッドに近づくと。・・・・・ビルガメスが。イーアンを抱え込んで眠ってる。何てことするんだと思った瞬間。俺にあれこれ言ったくせに。


「ビルガメス。イーアンに手を出すとは」


 ぼそっと呟いた瞬間。金色の目が光る。目が合って固まるルガルバンダ。ギロッと睨まれ、ちょっと後ずさる。


「手を出すだと?冷えているから温めている。下らないことを考えるな」


 低く冷たい声で言われ、ルガルバンダは答えられない。ビルガメスは起きないまま、イーアンの顔にそっと布を引き上げて、耳に音が届かないようにしてから、ルガルバンダに顔を向ける。


「見に来ておいて。何だその言い方は」


「ビルガメスだけが。俺がどんな気持ちか話しただろう」


「お前な。イーアンは別人だぞ。何十回言えば分かるんだ。俺は、ズィーリーの影を見て、イーアンと話していない。ズィーリーとそれほど親しくもなかったし、何とも思わない。

 俺はイーアンそのものが好きなんだ。彼女は俺の命でも良いくらいだ。俺の最期の側に置きたい存在だぞ。お前の幻影と違う」


「そこまで想うのか。イーアンはドルドレンを愛しているのに」


「それは関係ない。俺が彼女をどう想うのかだけだ。彼女がドルドレンを愛しても、それは俺にはどうにも出来ない。俺がどうにか出来ることは、彼女を想う俺の気持ちだけだ」


 ルガルバンダ。何も言えない。崇高な愛に、それも死期を間近にする仲間の言葉に、言い返す気にならなかった。


「ルガルバンダ。お前がもし、()()()()()好きならだ。彼女は気が付く。

 彼女は存在を無視されることを嫌う。そう思わないといけない、痛みの過去があったことくらい、気が付いてやれ。そのくらい理解しろ」


 ルガルバンダにそこまで言うと、ビルガメスは来客を無視し、布を引っ張って、イーアンを包み直してから目を閉じた。


「俺は。残り少ない命を捧げる相手を見つけた。それだけのことだ」


 腕に抱えた小さなイーアンに微笑み、幸せそうなビルガメスはそう呟いた。ルガルバンダはゆっくり息を吐いて、家に戻った。



 *****



 夜明け間近の同じ頃。ドルドレンは苦しいまま、眠れぬ夜を過ごしていた。


「イーアン。イーアン、どこにいるんだろう。俺はどうしてこんなに無力なんだ」


 涙が溢れる。枕に涙が染み込んで、ドルドレンは一人のベッドにうつ伏せる。いつもこの腕の中にいるのに。いつも撫でれば髪の毛を触るのに。温かな肌を撫でられるのに。


「イーアン」


 早く元気になって、と祈るドルドレン。涙が止まらなくて、どうにも出来ないまま夜明けになった。

お読み頂き有難うございます。

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