533. ルガルバンダの願い
お昼の食事を一緒に、とファドゥに言われ、イーアンはこの前のだだっ広い部屋へ行く。そしてやはり、タマタマと白い汁と膜を食べる。
「毎日これを食べますか」
「そうだな。体に良い」
毎日。毎食。タマタマ&白汁&膜。これだけで、この息子さんはここまで成長して・・・・・(※2mくらい身長ある)
すごい栄養価だと、イーアンは魂消る。ファドゥに吹き出物の痕はない。髪もツヤツヤ。爪もきれい。ウン百年生きていても、肌がハリある。
栄養が偏らない辺り、完璧な食事=タマタマ汁膜3点セット。うえ~~~ でも、ムリ~~~
が。有難く頂戴し、不思議な塩味(※一体、何の塩味か気になる)のみのお味付けの昼食を腹に収めた。
『奪う地』と呼ばれた場所に生きる、我が身に感謝する瞬間。
生命よ、奪ってごめんね、と思うものの。タマタマ汁膜3点セットを、一生繰り返すことに不安を感じるイーアン。
これはやはり、ズィーリーも食べたのか。とすると、彼女は3ヶ月。最長3ヶ月間、この3点セットを毎食・・・・・ ぐへ~~~ 私には出来ない~~~っっ!!!さすが冷静沈着で受け入れ態勢の方~(※イーアンの想像では、そうした女性)素晴らしい忍耐力に完敗・・・・・
美味しくないことはないが、これのみ、というのも。いろいろと厳しいイーアン(※食いしん坊)。ミレイオの夕食を、近いうちにまた、ご馳走になりに行こうと決めた。
こうして、不思議な昼食時間は終わり、二人はまた寝室へ戻る。面白いくらいに誰にも会わない。ちょっと気になって、フラカラたちはどこにいるのか、と訊ねてみると、ファドゥは空を見て指差した。
「あっちだ」
「この建物の中ではないのですか」
そうだと頷く。『この建物は皆さんも住んでいますか』あれ?と思ったイーアンが質問すると、ファドゥはうんと頷いたが『でも。ほぼ私だけだ』と答えた。
「え?ここにあなただけ?」
「そうではないが。私はここから動かない。他の者は動く。それだけのことだ」
あまり関心がないのか、別の話題に移りたがるので、イーアンもそれ以上は訊かなかった。こんな大きな建物にほぼ一人で生活するファドゥ。どういう生活形態なのかと余計なことを考えてしまう。
「イーアン。ルガルバンダが来たらどうするのだ」
話題はそちらへ向かう。そわそわしていた昼食時。やはりそろそろ、と気にしていたのか、ファドゥはイーアンに対処を訊ねる。
「来たら。話しますが、連れ去られるのはごめんです。そうなったら、また私は龍に成るかもしれません。きっと怒りますので」
「私の龍気をすぐに注ぐよ。でもそんなことしなくても、イーアンはきっともう。自分だけでも龍になれるかな」
「分かりませんけれど、とにかくあの方は無作法でワガママです。それをどうにか分かって頂きたいものです。彼は私に分かってほしそうですけれど、無駄な話です」
ファドゥは笑う。イーアンはとても面白いよと言う。イーアンもちょっと笑って『面白いでしょうか』と訊くと、銀色の彼は笑顔でイーアンを抱き寄せて『あなたは強いよ。ルガルバンダを相手に』と囁いた。
「私はね。彼の子供だから、そこまで気持ちを言えない。気後れと似ているのか。彼も私に強くは言わないが、何だか会いたくない相手だ。自分が弱く思う」
「あなたはとても美しい龍です。それに大きくて力強いでしょう。弱くなんてありません。人の姿でもこんなに見事です。どうして控えめに思いますか」
イーアンの鳶色の目を見つめ、ファドゥはニコッと笑う。『ダメ?』質問の意味が分かるイーアンは『しないと慣れる』と笑顔で返した。寂しそうなファドゥは小さく頷く。
とても可哀相になるので、仕方なし。イーアンはファドゥの頬を両手に挟んで引き寄せ、額にちゅーっとしておいた。これで精一杯ですよ、と少し笑うと、ファドゥは首を傾げ微笑む。
「これなら良いのか?額なら大丈夫か」
ぬう。念押しは厳しい、イーアンはどう答えようかと悩む。
迂闊に了解すると、連発されそうでそれも困る。しかし、答えが返らないイーアンに『大丈夫』と判断したのか、ファドゥは真似してイーアンの額にちゅーっとして、嬉しそうな笑顔になる。
「これでも良い。口は無理でも」
ぐぬううっ。イーアン敗退。股間丸出しの男龍に比べれば、これくらいありなのか。ビルガメスもおでこちゅーはするから、そう思えば。ファドゥは服も着ているし、ここはOKを出すべきなのか。
悩むイーアンに再びファドゥは、おでこちゅーをかます。目が据わるが自分の失態なので(※遅れを取ったせい)これはもう受け入れることにした(※伴侶に心の中で謝る)。
ここで思い出す。ミレイオは男性扱いではない。だから平気。昨日ちょびっと口が触ったけど、あれも何とも思わない。ミレイオは、イーアンには絶対無害の信頼がある。
だがしかーし。親方他、♂皆さんはそうも行かないのだ。ファドゥはぎりぎりのラインで、ママ好きっ子だから認定をくぐるが、それでもちょっと常識が違って、キビシイ場面は幾つかある。
この『でこちゅー』が応用されないように注意せねばならない。男龍もちゅーちゅーするが、やはり、ちょっと常識が異なるからであろうとは思う。
フレンドリーな方々が多くて結構だと思うが。フレンドリー過ぎて、どこからどこまで、ありなのか難しい世界に、イーアンも時々参る最近だった(※ちゅーちゅー愛情が多過ぎる)。
嬉しい銀色の彼は、イーアンを抱き締めて、でこに、ちゅーしっぱなし。連発はやめなさい、と心の中で思うイーアン(※既に親父の気分)。
苦笑いで、少し距離を保つため、隙を見つけて体を離すことにし、話題をどんどん変える。ファドゥも話は面白がって、すぐに乗ってくる。が、気が付きゃ、でこちゅーを発する。
一応。『そんなに四六時中はいけません』と注意した。とても悲しそうな銀色の彼。もう譲らないぞと決めて、イーアンは厳しく取り締まった(※項垂れるファドゥを見ない)。
そんな二人の寝室に、背中から龍気が降り注ぐ。振り向くと『来た』ファドゥの困惑した顔が、気の毒に思えた。
「イーアン。ファドゥとは仲が良いな」
「ここに直に来るとは。どうもあなたは遠慮がない」
立ち上がるイーアンは窓に近づき、ルガルバンダと真っ向から向き合う。『もうちょっと、遠くからいらしたらどうです』あっちの廊下の先とか、と指を差してみせる。男龍は嫌そうに顔を歪める。
「イーアン!俺とちゃんと話す気がないのか」
「その威圧的な言い方。それがまず嫌いです。あなたの態度が、話す気が失せます。御用を仰いなさい。今なら聞きます」
「調子に乗るなよ。押さえ込んで話すことも出来るんだぞ」
「やってみろ。食い殺してやる」
イーアンは睨みつける。全身から龍気を放って、礼儀知らずの男龍に挑む。白い光が勢いを増してイーアンを包み始め、ルガルバンダが目を少し細めた。
「よせ。ファドゥの部屋を壊す気か」
「外に出りゃ良いだろう。お前なんかの指図に乗らないって、前に言ったはずだ。そこどけよ」
口の悪いイーアンに、ルガルバンダは大袈裟な溜め息をついた。ファドゥもイーアンの豹変に目を見張る。ちょっと嬉しそう。
「ファドゥ。すみませんが上着を下さい」
後ろを向かないで左手を伸ばすイーアン。ファドゥは上着を取ってやり、その手に持たせた。イーアンを挟んで、父親の男龍の目がファドゥにさっと注がれる。イーアンはルガルバンダに舌打ちした。
「ファドゥを威圧するな。彼を怖がらせてみろ、お前のツラ半分喰いちぎるからな」
「おい、イーアン!もうよせ。苦しい。俺を嫌うな」
上着を羽織って腕を通し、イーアンは睨んだまま、苦い表情のルガルバンダに近づく。『嫌うな?嫌われるようなことしかしてねえだろう。てめえの言葉を考えて言え』睨み上げるイーアンの体に白い光がふつふつと湧き続ける。
「いい加減。怒るなよ。疲れる。話すだけだぞ、場所を変えよう」
「私は飛べない。話すならその窓の縁で言いたいことを言え。聞くだけ聞いてやる」
ルガルバンダは首を振った。イーアンに腕を伸ばし、引っ叩かれた。それでもふーっと息を吐いて、怒りを我慢しながら腕をゆっくり伸ばす。
「何する気だ。触る前に言え」
「イーアン。本当に。嫌うな、お前を外に連れて行く。それだけだ。ファドゥのいる前で話したくない」
「知ったことか。先約は彼だ。彼に会おうとして私は来た。お前じゃない。外に連れて行くなら、タムズか誰か呼んでからにしろ。お前と二人なんて冗談じゃねえ」
「全く。約束する・・・なら、良いだろう?何もしない。ここから見える場所にいれば良いだろう。二人で話す時間も短い。約束だ、分かるか」
約束の言葉でイーアンは考える。ちらっと後ろのファドゥを見ると、大丈夫と言うように頷いた。イーアンは銀色の彼に微笑み、それからルガルバンダに向き直る。
「良いだろう。私に何かしてみろ。ファドゥにも手を出すな。何かした時点で、死んでも恨み殺す」
ルガルバンダは悔しそうに、イーアンに腕を伸ばす。その腕にイーアンも警戒しながら手を伸ばした。ルガルバンダの手がイーアンの腕を掴み、そっと引き寄せてその体を抱き寄せる。『必要以上に触るな』低い声で注意され、ルガルバンダの目がぎゅっと瞑られた。
「やめろ。俺の思い出まで壊すな」
「赤の他人に思い出なんか被せんな。バカ野郎。私はイーアンだっつってんだろ」
悔しさと悲しさに一杯のルガルバンダは、イーアンの体を持って浮かぶ。『少し、離れるぞ。あの岩の上まで』そう言うと、イーアンに言い返される前にルガルバンダは飛んだ。
見える位置へ遠ざかった二人を見送るファドゥ。
イーアンの暴力的な一面を見て、何か心の中に喜びが湧いた。強さが、分かりやすい。男のような猛々しさが白い光になって膨れ上がった。顔つきも口調も変わるイーアンは、ファドゥの中に鮮烈な親しみを生む。
「私を守ろうとした。ルガルバンダに、私に手を出すなと言った。彼女は私のために戦う」
ファドゥの長い長い人生で、これほど嬉しい感覚はなかった。出会った時も嬉しかったが、彼女が自分のために戦おうとしたことに、初めて、守られる実感を持った。
一方。ルガルバンダは着地した場所で、さっさとイーアンに離れられて苦い思いをする。『どうしてそう、ずっと怒っているんだ』やり切れなくてぼやく。冷たい視線を投げつけられて『用を言え』と切られた。
「まだるっこしいんだよ。早く言え。私はお前なんかに会うために来たんじゃない」
「その言い方を先ずやめろ。俺を傷つけて何が楽しいんだ」
「お前が寄らなきゃ良いだけの話だろう。傷つけるとか何とか。何でも受身でバカの一つ覚えか」
ルガルバンダがイラッとして、イーアンの腕を強く握った。イーアンは目を見開き、一瞬で白い光が増幅する。つかまれた腕が膨れ、腕から剣のような白い爪が幻のように伸びた。驚くルガルバンダはイーアンを止める。
「よせ!」
「イヌァエル・テレン。私には居心地が良さそう。お前を簡単に突き放せる」
少しずつ、自分の龍気の使い方を体で覚えるイーアンは、一部分だけ龍の体に変える。腕の先は手ではなく、大きな白い爪に変わったまま。
「触るな。許可しないぞ、離れて話せ」
「イーアン。話は2つだ。俺を嫌うな、避けるな。もう一つは、俺の卵を孵してくれ」
イーアンはじっと男龍を見つめる。よくこんな男で良かったな、と。ズィーリーが凄く出来た人だとしみじみ思う。男がダメ過ぎると、出来た女は可哀相になるものなのか(※失礼)。
「あなたを嫌わないことと避けないことと、卵を孵すこと。ふむ。考えておこう」
「今。返事をくれ。気が滅入る」
知るか、とイーアンは吐き捨てる。そして後ろを向いて歩き始めた。ルガルバンダが慌てて、その肩を掴む。『待て、もう』『触るなと言っただろう』睨みつけるイーアン。
「嫌うなって、今言ったばかりだ」
「考えておくって言ったばかりだぞ」
聞こえてんのか?とイーアンは馬鹿にしたように言う。『態度変えろ。変えないとお前なんかと口利く気にもならねぇよ』アホくせえとぼやいて、イーアンは歩き出した。
ルガルバンダはイーアンに触れることも出来ない。今や、最初と違う。イーアンは空にいる分には、自分の龍気を出し入れ出来るようになってしまった。一瞬で龍に変わられたら、もう敵う方法がない(※最強の女龍)。
悔しいまま、空しいまま。ルガルバンダはそこに立って背中を見つめる。ふと、龍気が近づくのを感じて振り返ると、タムズが来ていた。翼をすぼめてイーアンの前に降り、後ろのルガルバンダをちょっと見て笑う。
「来ていたとは知っていたが。私たちを呼ばないというと、用無しかと思って。だがルガルバンダが動いてる気がして来たよ。遅かったかな」
「タムズ。気にして下さって有難うございます。もう大丈夫です。今日はファドゥとお話です」
タムズはニコッと笑ってイーアンの肩に手を添える。『送ろうか』ちょっと背を屈めてイーアンに微笑むと、イーアンも笑って頷く。
「そうして頂けますと。私は飛べませんから」
「うん。龍になって飛べば良いだけなんだが。イーアンは大きいからね。ファドゥの住まいに降りられないな」
タムズはイーアンを腕に抱き上げ『後で。帰りにでも話をしたいのだが』と言った。イーアンは少し考えて『お呼びします。良いでしょうか』と答えた。タムズは笑顔で頷いた。
「待っている。君は私の名前を呼べば良い。すぐに行こう」
じゃあな、ルガルバンダ・・・タムズは友達を振り向いて、すまなそうに少し笑い、イーアンを抱いてファドゥの住まいへ飛んだ。
ルガルバンダには分からないままだった。どうして自分には、あの笑顔も。あの会話もないのか。全く別の相手、敵のように扱われている自分が辛かった。自分だけが、イーアンの敵になっている。どうにも出来ないことに、辛くて空を見つめた。そこに一人の影があり、自分を見下ろすビルガメスを見た。
「俺と話すか」
大きな男龍は同情するように笑った。ルガルバンダは首を振りながら上昇し、ビルガメスに頼ることにした。
お読み頂き有難うございます。




