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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
532/2953

532. ファドゥとの午前

 

 次の日。イーアンは身支度して、空に向かう朝。


 もう冬服も着なくなるなーと思い、冬服の綺麗なものを選んで着ることにした。『旅に出たら。こんな衣服も連れて行けません。今だけです』うんうん頷いて、テロテロ碧服と、編み上げの膝上まである丈の革靴、革の幅の広いコルセットを締めて、剣と腰袋のベルトを着けた。


 そして青い布を羽織って、その上からミレイオの鋲打ち黒い革の上着。

 着替えてすぐ、ドルドレンが呼んだのでベッドへ行くと、ドルドレンは起きたばかりの目を丸くして頬を染める(※テロテロ服好き)。


「来て来て。俺を踏んでも良い」


 両腕を広げ、悩ましい煩悩に取り付かれた伴侶の言葉に、笑い出すイーアン。『なぜ踏むの』近くへ行って、伴侶を抱き締めると、伴侶は頬ずりしてきて『こんな着方もあったのか』と冬の終わりを惜しがっていた。


 あんまり抱き締めると鋲が刺さるから、とイーアンに注意され、ドルドレンは頬ずりのみ。

 こんなイーアンに鞭で引っ叩かれたら、俺は一生奴隷・・・・・ ちょっと、ぶっても良いよ、と鳶色の瞳に頼むと、イーアンは伴侶の頬をぺちっと叩いて笑っていた。


「おかしな方向へ行ってはいけません」


「でも。()()でも良いような。俺は怪我はしたくないが、ちょっと苛められても気持ちが良いかもしれない」


 良いわけないでしょう!とイーアンに笑いながら起こされて、服を着せられ、二人で朝食へ。イーアンの鋲打ち上着は、騎士の間でも好評。こんな人がいる支部はない、と喜んでもらえた。


「ミレイオの印象が強烈なのです。あの方の動きで、皆さんの印象が一気に変わりましたね」


「全員がミレイオの底力を認めた。タンクラッドは剣だからすでに認められていたが。盾を防具ではなく、武器として使う、あの戦い方を見せ付けたミレイオには、誰もが肝を抜かれた」



 白銀羽毛も仕上がって戻ってくる時が楽しみ、と嬉しそうにイーアンは言う。そんなイーアンを見て、ドルドレンは思う。

 イーアンは不思議な人たちに愛される。それは彼女が、不思議な人を惹き付けるからだろうと。


 パンクでオカマなミレイオとの話を、楽しげにするイーアン。扱いにくそうなタンクラッドに、捏ね繰り回されているイーアン。甘ちゃんとはいえ、王様に恋されるイーアン。俺の身内と思うのもイヤだが、あんな女好きなジジイと親父に『他の女を切る』とまで言わせたイーアン(※これはどうなのか)。


 で。今日は。


「ファドゥはお土産が難しいです。お食事も決まっているし」


 どうしましょうねと。空の上のウン百歳の相手に呼ばれて出かけるため、あれこれ悩んでいるイーアン。


 彼女は。不思議だなぁと思う。でも気難しいと言われる俺も彼女が大好きだから、不思議で良かったのだ。これからもこうして、彼女は不思議な人たちに愛されて、彼女も彼らを大切にするのだろう。

 自分の妻となる人が、こんなに面白い人だとは思わなかったなと、ドルドレンは取り留めない思いに微笑む。


 食事を終えて、二人は裏庭口へ行く。『すこしゆっくりしてきます。夕方には戻りますから』イーアンはミンティンに乗ってそう言う。ドルドレンも頷いて、気をつけて行くように伝え、送り出した。



 イーアンは空へ直進。ミンティンは空へ行く日は、心なしか嬉しそうである。急ぎ足というのか。ちょっと早めに飛んでいる。


「ミンティンは空が好きです。私が呼ぶ前までは、空にずっといたのでしょうか」


 青い龍は首をゆらゆらさせる。そうなのかも知れない。イーアンは背びれに抱きついて、ぎゅっと抱き締める。『私が一人でも龍になれるようになったら、お前と一緒に飛びたいです』ぎゅうぎゅう抱き締めて頬ずりすると、ミンティンはちょっと振り返って笑顔。


「笑顔!笑顔ですよ。ミンティン、いつも。空に行く道だけで、笑顔です」


 どうしてなの~と訊かれて、青い龍はすぐ前を向いた(※出し惜しみ)。イーアン、カメラが欲しい(※現像方法知らないけど)。『ミンティンの笑顔なんて、誰も知りません。きっと皆さん見たがります』一瞬しか見られないとは勿体ない、と首を振った。


 そうこうしている内に、イヌァエル・テレンの霧霞を抜ける。


「男龍はどこに住んでいるのでしょうか。直に行くことも出来るのか。ここも広い場所です」


 見渡してイーアンは呟く。いつもファドゥのいる一枚岩まで直行で向かうが、帰りはそうとも限らず。思い出したら、訊いてみようと思った。



 暫く飛んでいると、向こうの空から一つの影が近づいてくる。ミンティンが止まる。『どうしましたか。あれは誰です』一枚岩までまだ距離がある。何だろうとイーアンも目を凝らす(※遠目利かない)。


「あら。やだ」


 ミンティンがさーっと来た道を戻り始めた。イーアンもそうしてもらいたいと思う。だが追いつく相手。


「逃げるな」


 ルガルバンダが真横に並び、ミンティンに叱る。ミンティン嫌そう。イーアンを乗せたまま、青い龍はルガルバンダから距離を取った。


「こら。ミンティン。用があるんだ、イーアンに。渡せ」


「ミンティンは分かっています。私の用事に付き合ってくれているのに、あなたが命じないで下さい」


「イーアン。この前も来ただろう。あの後、聞いたぞ。何でビルガメスと」


「あなたには関係ないでしょう。あなたは何のお話ですか。私は用事があるのです」


 ルガルバンダは面倒臭そうに髪をかき上げる。それからミンティンに警戒を受けつつ、側に寄ってイーアンに腕を伸ばした。『来い。ちょっと話したい』ほら、と両腕を向けられ、首を振るイーアン。


「用事。あるの。聞いていますか?私の用事が先。あなたは全く私の思いなんて気にもしません。私もあなたの言葉を気にする必要があるでしょうか。どいて下さい」


「気が強いのは知ってる。でも最初に比べればマシだな。早く来い。すぐ終わるから」


 イーアンはイラつく。この男のワガママ加減はキライ。知るかバカ野郎と言いたくなる。で、言うことにする。


「あっち行けって言ってんだろうが。お前の用なんざ知るか!バカ野郎」


 睨みつけるイーアンに、再びちょっと驚く(※二度目)ルガルバンダ。顔を上に向け、溜息をつく。


「何でお前はそう。すぐ怒るんだ。話にならないだろう。口も悪い。態度も悪い。よくビルガメスがお前と話し合えたもんだ」


「うだうだ煩せえ、早くどけっ 私には用があるんだ。話しがあるなら予約でもしろ」


 きっと睨むルガルバンダは、『後で迎えに行く。ファドゥのところにな』と吐き捨てるようにして、さーっと戻って行った。



 ミンティン&イーアン組は、男龍の背中が見えなくなるまで睨んでいた。それから、ミンティンがちょっと道を変えたらしく、少し遠回りして一枚岩へ向かった。


「あの人。本当に苦手です。よくズィーリーはあの人を愛しました。私とは違いますね」


 ミンティンはちょっとイーアンを振り返り、同情するように見た。『お前もそれは思うのね。ズィーリーは出来た人だったのでしょう。私ムリ』イーアンの言葉に、ミンティンは『ムリだね』というように苦笑いした。


「ミンティン!今、苦笑いしました!どうして」


 青い龍はまたすぐに前を向いて飛ぶ(※出し惜しむ)。どうして、何でなの、どんなタイミングで、と背中で喚くイーアンにちょっと笑い、青い龍は一枚岩の側へ降りた。


 イーアンは、ミンティンの笑顔が気になって仕方ないが、ちらちら振り返りながら一枚岩の入り口へ向かった。ミンティンはすす~といなくなった。



 入り口をくぐり、少し待っていると銀色の龍が向こうから飛んできた。イーアンはちょっと手を振る。そして寄せられた背中に乗せてもらい、いつものバルコニーに向かう。


 バルコニーに降りてすぐ、ファドゥはイーアンに微笑んで抱き締める。『来てくれた』良かった、と背中を撫でた。イーアンも彼の背中を撫でる。ファドゥはイーアンを部屋に連れて行く。


 歩きながら、ルガルバンダと会ったことを話すと、ファドゥの金色の瞳が寂しそうに光った。


「彼が来るのか。ここへ。私は彼に逆らえない」


「ファドゥが逆らえなくても、私は逆らいます。あんなワガママな人の言うなりになりません」


 ファドゥはそれを聞いて笑った。イーアンの肩を抱き寄せて『頼もしいな』と頷く。そして『母はね』と話す。


「母は強い人だったそうだが。私といる時は、本当に優しくて。戦う人なんて思えなかった。彼女は冷静に剣を振るうと聞いたことがある。決して怒りを見せないのに、恐ろしい強さで敵をなぎ倒したと。

 そんな母はきっと普段から静かで、ルガルバンダの強引さにも笑顔で対処したのかもしれない」


 イーアンは、そうなんだ、と感心する。私とは全然違うなと。ズィーリー、大人。私って・・・・・


「イーアンは、微笑みや優しさは母を思い出すよ。だけど違う人だと分かっている。

 母の攻撃性はイーアンとは異なった。理性と秘めた怒りを混ぜる攻撃性だったと思う。

 イーアンの攻撃性はもっと強い。もっと純粋に、それは攻撃でしかないのだろう。切り口が怒りや悲しみでも、始まれば、攻撃に任せた無限の力を発揮するのかもしれない」


 それが良いことなのかどうか。イーアンには分からなかった。攻撃することは楽しいことではない。でもこの世界では、それをするために自分が存在している。



 黙ったイーアンの背中をそっと押して、ファドゥは自室に入れた。中に入り、イーアンはズィーリーの彫刻を見つめる。

 彼女は、強く優しい人だった。どんな生活でそれが備わったのか、もう知る由ない過去だけれど。自分とは違う人生だったのだろうと思う。


「こっちへ。イーアンは今日はどれくらい居られる?」


「ルガルバンダが来たら、一応話を聞きます。でもそれもすぐ終わらせるので、ほぼ、この場所に居られるはずです。夕方までは、いる予定です」


 ベッドに腰掛けるように示されて、イーアンは大きなベッドの縁に座る。夕方まで、と聞いたファドゥは微笑んだ。


「上着を脱ぐと良い。ここは寒くない。その上着は随分と変わっているね」


「はい。私の友達が作り、先日これを下さいました。私の羽の上着が、戦闘でボロボロになってしまったのです」


「戦闘。どのような。上着は聖別されていたと思うが」


 イーアンは、戦った魔物の溶かすような液体や、燃やし焦がす熱を持つ相手のことを話す。聖別しても、それらを受けると傷むと言うと。


「そうか。聖別しても弱いものもあるな。あれは・・・どうかな。聖別すれば、もっと丈夫になると思うが」



 そう言うと、ファドゥは立ち上がってイーアンに待つように言い、部屋の外へ出て行った。ファドゥの出て行った後も、イーアンはズィーリーの彫刻を見つめる。


「あなたは。私よりもずっと大変だったのでしょう。最初にここへ連れて来られて。きっともっと、いろんなことがありましたね。でもそうやって微笑を絶やさず。冷静に。私もあなたのように成れるのかしら」


 ズィーリーに話しかけるイーアンは、自分の在り方を探していた。それはズィーリーも辿った道のりなのか。



 間もなくして、ファドゥが戻る。『イーアン、これを使えれば』扉を閉めた彼の手には、畳んだ革のようなものがある。

 広げられたそれは、鱗が付いている面が内に畳まれていて、白いベッドの上に、一瞬で水が沸いたように見えた。

 水色と淡い紫色の混合した滑らかな鱗が一面を覆う。『これはね。この前、魂を交換した龍のものだ』驚くイーアンにファドゥは説明する。


「普通は空に飛んでいってしまうのだが。押さえて留めることも出来る。この前の骨と同じように。イーアンが来たら見せようと思って」


 ただ、上着になるかどうかは分からないけれど、と銀色の彼は微笑む。ベッドに広がった美しい皮を撫でて、イーアンは感動する。まさか、龍の皮が目の前に広げられるとは。

 ファドゥを振り返り、素晴らしいものを有難うと抱き締める。ぐりぐり頭をこすり付けて、何度もお礼を言った。嬉しそうに笑うファドゥも、イーアンの背中を撫でて『喜んでくれて良かった』と言った。


「これが上着になると良いな。それを聖別すれば、魔物よりは遥かに強いだろうから」


 ベッドに腰掛けたファドゥは、イーアンに横に座るように示す。横に座ったイーアンは、頂いた皮を両腕にしっかり抱き締めて、これですぐに上着を作ると話した。


「旅に出るだろう?出る前に、そうしてここから少しずつ、持って行くと良い。材料になるものもあるだろう。イーアンは龍のものを身に付けると、人間の時でもその龍気を保てるはずだ。

 きっと有利になるから。私は側へは行けないが、いつでもイーアンの力に成れるように努力する」


 優しいファドゥ。イーアンは有難く頭を下げる。本当にイイコに育って・・・(※ウン百歳)イーアンの微笑みに、銀色の彼はちょっと切なくなる。


「注意された。だが嬉しいと、母にされたように口を合わせたくなる。ダメだろうか」


「それは~・・・・・ え~・・・・・ いけないですねぇ」


「一度。ここへ来たら、一度。それでもダメだろうか」


「それ。来るたびに行われる約束です。それはいけません」


 しょんぼりする銀色のファドゥ。可哀相になっちゃうイーアン。

 でも伴侶に言えませんからと思うと、皮を横に置いて、ファドゥを抱き寄せるのみ。これくらいで勘弁して~ 願いながら、大きな体に腕を回して、よしよしする。


 ファドゥはちょっと顔を起こして、イーアンを見つめる。じー・・・・・っと見て、『ダメ?』と一言。


 おばちゃんにねぇ。そういうことを言ってはいけないんですよ、とイーアンは頷く。

 これが息子さんでも、お互い、年が年だから犯罪のような気がする。親子でこの年で、ちゅーとなれば。もう既に犯罪の枠よりも、危ない性癖の枠のような気もする。それはマズイ。


 咳払いして、ファドゥに『これは慣れだ』と教える。しなくなれば慣れる、と父親のように告げてみた。がっかりするのが分かりやすいファドゥは、とりあえずイーアンを抱き寄せ、それで我慢することにした。


「これで我慢する。これなら良いだろう」


 そうですね。若干、目が据わるイーアン。

 止むを得ん。親方には股間、ザッカリアには裸の付き合い(※風呂)、ミレイオには抱え座布団、龍の子には抱擁、オマケで言えば、男龍はアレ出しっぱなしで会話(※これが一番困る)。

 こういうことが多発する社会と認める方が、精神的に楽と思うようにした。


「はい。では話を続けましょう」



 可笑しくなって、イーアンは笑った。イーアンの突然の笑い声に、ファドゥも釣られて笑う。二人で笑い合って、最近の話をした。


 オーリンのことや、ビルガメスの話、地上での動き。イーアンの話に、ファドゥも一々反応しながら(※忙しい)あれこれと質問していた。


 中でもなぜか、オーリンの結婚話については少し聞きたがっていた。『オーリンが結婚する。であれば、別の誰かをイーアンに付ける必要がある』ビルガメスが来るにしても、とファドゥは言った。


「ビルガメスは偉大だ。だがやはり体の仕組みに心配もある。もともと中間の地に適応出来る、龍の民を遣わした方が良いと思うが。オーリンは本当に結婚するだろうか」


「彼は迷っていますが。でも結婚される約束もあるようだし、それは守った方がと私は思います」


「あ。イーアンは知らないのか。そうか、あのだな。龍の民は約束は適当だ。龍族の中でも」


 イーアンはその言葉に眉根を寄せて、ファドゥを見る。金色の瞳を真っ直ぐイーアンに向け、頷くファドゥ。


「男龍。私たちのような龍の子。その約束は確かだ。龍に成るからだ。だが龍の民は、その生来の質が不安定だから、いわば。ノリだ。全てがノリ」


「ノリ」


「そうだ。イーアンも約束を守ろうとするだろう?命に代えても守るところがあると思う。イーアンのことはまだ知らないに等しくても、そう感じる。違うか」


「出来るだけ守ります。それは私が守りたいからです」


「うん。そうだろうな。それは龍だからだ。例え違う世界に生きていても、約束を守らないことに苦しさと痛みを覚えるのは、龍だからこそだ。だが。龍の民は違う。もっと自由なのだ」


「あの。そうした方たちがお手伝い役というのも。いささか懸念が生まれます」


 銀色の彼は静かに頷く。イーアンを抱き寄せる腕を少し緩め、その顔を見ながら諭すようにゆっくり話す。



「勿論だ。私も懸念はある。だが、ノリで生きているため、乗せれば良いのだ。それでどうにかなる」


 えーーーっっっ そんな、ノリで命懸けの魔物退治って。イーアンがビックリした目で見ていても、ファドゥはニッコリ笑って『母も頑張ったというし』と告げた。

 お前も頑張れと言われた様な気持ちのイーアンは、微妙な気持ちで頷いた。そしてお昼になった。

お読み頂き有難うございます。

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