531. 地下の国サブパメントゥの話
戻ってきたイーアンは、時間も時間ということで、まずはお風呂。ドルドレンは先にお風呂に入ったので、荷物を寝室に置いて番だけしてもらう。
そして二人で寝室へ戻り、ドルドレンにお土産の料理を出した。『ヨライデの料理』へえ、と一口食べる。
「んー。知ってるぞ。俺、これ食べたことあるかも知れない」
ちょっと待ってて、とドルドレンは部屋を出て、少しすると戻ってきて手に酒瓶を持っていた。『酒があった方が』ね、と愛妻に頷く。
イーアンは自分は腹いっぱい食べたから、ドルドレン食べてと促す。嬉しいドルドレンは、夕食を食べた後でももぐもぐムシャムシャ食べては、酒を飲んでいた。これは美味いよと、お気に召していた。
食べる伴侶の横で、イーアンはミレイオの不思議な話をする。『食べながら聞いて』あのねと話しだす。
「ミレイオは、地下の国の方でした。あの方は自分の性質に違和感を感じ、外へ出たと仰っていまして。それからヨライデの僧院・・・廃墟です。に、暫く住まわれて。若い頃に旅に出まして、そしてたどり着いたのがハイザンジェル」
「地下の。そうか。俺も少しくらいなら、話を聞いたことはあるが。あ、そうか。だからタンクラッドは」
伴侶が思い出したように、イーアンを見る。何かと思って見つめ返すと、何度か頷いた伴侶は、酒を一口飲んで押し流し『出かける前に、彼らを知らないのかと言われた』と言った。
「地下の国の住民のことだったのだ。まさか本当に存在しているとは」
「お話にあるのですか?」
「いや。馬車歌に出てくるのだ。でもそれほど長い歌でもなく・・・ジジイあたりは知っているかもな。親父の馬車歌には住民については。なかったような。で?地下の国の話も聞いたのか」
「はい。まず一番、私にとって大切な話。グィードがいます。そこにいるのです。
ただ、地下の国はそれこそイヌァエル・テレンの逆で。話を伺うに、まー、広い広い。とんでもなく広いようですね。
この地上を包むように、イヌァエル・テレンがありますでしょ?ちょっと複雑ですけれど、地下もまたこの地上を・・・なんと言えば良いのか。こーんな感じ」
イーアンは指先で宙に円を描く。その内側全部が地下だと伝える。『ん。分かりにくい。でもそうか。それで?グィードはどこだ』もぐもぐしながら、眉根を寄せるドルドレン。
「それが分かりませんの。声はするらしいのですが、グィードは居場所があるそうでも、そこから出てこないそうです。隔たれた壁のような、筒のような、あるそうですけれど」
「むう。全く想像がつかない」
「ええ。私も分かりません。だけどこれから、きっとまぁ。進むうちに分かるようになるでしょう。ただグィードがそこにいる、というのは確かです。ミレイオはこの話を、殆ど誰にもしたことがないそうです」
ドルドレンは料理を食べ続けながらも、少し考える。タンクラッドも知らないのかと思うが、別の情報で知っていても彼の場合はおかしくないので、そういうことかと理解しておいた。
「でね。ミレイオの話ですが。地下の国の住民は、力も性質もちょっと恐ろしい雰囲気です。ミレイオ自身もそれがあります。あの方は、それを良しとされなかったのですね。だから地上へ離れたのでしょう」
どんななの、伴侶が質問。ざっくりで良いよと言われ、イーアンはざっくり説明を考える。
「人を。いえ、人というか。命のある全てを操ります。分かり易く言いますと、最近、龍の民とか、龍の子とか、男龍とか関わりましたね。あの逆ですね。
気質は、相手を取り込むところから始まるので、忍び込んでくる誘惑や、不安を掻き出す恐怖を逆手に使う性質が多いらしいです。だからあまり、自分を出さずに接するような。龍族の場合は、自分の喜怒哀楽奔放ですが。
力の得方もそうです。龍族の逆、と捉えることも出来ます。
龍族は空気を通して力をもらうのですね。私もそうですが、空気やお互いの発する気力を受け取ったり増やしたり。一方的に減らすルガルバンダのような男龍もいますが、どちらにしても、気力なのです。気、大事」
「卵もそうだよな。気体から物体と話していた」
頷くイーアン。『そうなのです。龍は空気と、とても深い繋がりがあります。空が適しているといえばそうなのですけれど』だけど地下のグィードはきっと違うのですね~・・・と眉を寄せる。
「地下の国の方々は、命を持つ、意思を初めとする肉体の導きの全てを操る、そういう力だそうです。肉目当て。相手ありき。相手さえいれば、力は幾らでも使えるのです」
「うっ。恐ろしいぞ。食われかねん印象だ」
「強ち間違いでもありません。食べやしませんが、相手を使い尽くすと、行き着く先は廃人だそうです。そのくらい、強力なのですね。そこまで相手を手の内に入れて牛耳るというか。操ってしまうと。
ミレイオは自分の力を『根暗』と言っていました。使うと、自分もそれを取り込むため、自分自身の意思が尊重されない状況、つまりですね。力が自分を支配し、本体である個人は二の次、という。これをあの方は嫌がりました」
「複雑だが。ミレイオの性格を思えばそうかもしれないな。自己主張強いし。不思議なのは、性格が、あそこまで自由な状態で生まれることもあるのだな」
「そうですね。ミレイオは『地下でも、変わり者だった』と笑っていました。ミレイオは誰かを操って生きること、それを『委ねている』と言います。寄生と似ているって。それは自分ではない、自分の存在を生きていないからイヤなんだと。
そうです。そう・・・今日。自分がその力を出そうとしたので、それも嫌がっていました。
自分じゃなくなるみたいに感じるのですね。力の方が、圧倒的に大きな存在なのかも。だから、いつもの自分に戻った時は不安になるから、私が食事に来てくれて良かったと・・・言って下さいました。
ミレイオは、持って生まれた力ではなく、ご自身そのものの可能性を信じたのですね。それで、自分の求めをはっきり自覚した時、地下を出ると決めたらしく、地上に上がったでしょう。
だけど地下の方は、度々そうして外に出る方もいるそうで、特別珍しいこともないような言い方でした。紛れると分からないって」
料理を食べ終えたドルドレンは、酒を飲んで、姿形の差異はないのかと訊ねる。
「これがまた様々です。ミレイオの目の色が違うでしょう?あれは生まれつきです。また、力を発揮した時には体中に模様が浮かぶと言います。私も今日、少し見ました。オーリンに怒った時、あの方の手と顔が青白く模様を浮かべたので。
でもこれはですね、ミレイオの場合です。凄いと、えー・・・言って良いのか。そのですね。両方お付きになってる方もいらして、なお翼もあったり。尻尾があったり。あれこれくっついているそうです」
「む。両方付いている。それはあれか、男女の体が」
「はい。そのようですよ。ミレイオはすっきりしている方です。ですから、そうした目立つ体の方は、地下からは出ないと。私たち人間と紛れるくらいだと、上がる方もいらっしゃる。とか。です。って」
イーアンの言い方がぎこちないので、ドルドレンは促す。くるくる髪をかき上げて、少し恥ずかしそうにする愛妻。
「地下の方は。龍族とは逆なのですね、いろいろ。その意味は、彼らの体はたくさんあるのです。
龍族は男女が混ざるとか、男の気質が強いとかありますが、混ざる意味がちょっと違います。もっとこう、精神的なことが強く、顔つきや体つきも、精神的な影響を受けた意味での、男女の境を越えるのを良しとします。
が。地下の方々は、もろにくっ付いています。もろです。もろ」
イーアンの言い方が強調されたので、これはミレイオに詳しく言われたなと想像をつけた。ドルドレンは一応、少しだけ『こういうこと?』と訊いておく。当たっていた。
「ちなみに。ミレイオって男なのだろ?男の。その、あれが」
「訊けるわけないじゃありませんか。訊いたら、あの方見せちゃいますよ。私はムリです。訊けません」
愛妻の眉根が寄るので、ドルドレンも頷く。それもそうだ、と言っておいた。上半身は普通でしたよ、と・・・この前の脱いだ話を出した。
「脱いだ時、そう言えば全身刺青だと、本人が言っていたのだよな。これももしかして、地下の国だからかな」
「その辺は分からないのですけれど。刺青なのかどうかも、そう言われると微妙かも。雰囲気が微妙に違うような。
私の刺青は、インクなのですね。こちらもそうでしょうけれど、何百回って針で刺して、そこにインクを入れるのです。
・・・・・だからね、下手なヤツに入れられると滲むのですね。ここ、下手なヤツ。ちっ。思い出しちゃった。うんでもそう、まあ良いです。遥か昔のことです。だけどミレイオの刺青は。滲みもないしな~・・・上手な誰かに入れてもらったのか。にしても、あまりにも線が自然。どうなのか」
首を捻る愛妻。ちょっと思い出してイラついたようだったが、冷静に戻ってくれた。良かった。
しかし、刺青って何かしら特徴があるんだなとドルドレンは思う。馬車の家族にもいたけれど、愛妻のような、太い線で象徴的な模様はいない。ミレイオのようでもない。馬車の家族にどこで入れたのか、聞いたことはなかった。
「ミレイオはもう、ずっと地上なのだろう?戻りたいとか、力を使わないと困る場面とか、そうしたこともないのだろうか」
「無さそうですね。あの方は臨機応変に生きれるような。そうそう、オーリンに怒ったこと。私に『怖かったか』と何度も確認したので、怖くないと私も都度、答えました。
嫌われると思ったそうです。顔つきも何も変わるようなので。でもそうした場面を出さなければ、いつものミレイオの状態ですから、普通に地上で生きていくに問題はありませんでしょう」
「イーアン。本当に怖くないの」
「驚くくらいかしら。どうしたのかなと思いました。だけど、私自身がほら。人間じゃない形になるので。人のことは言えません」
「え。そんなもんで良いの。そういう理解」
「だって。オーリンみたいに、気質がどうとか、その程度ならまだしも。
私、既に人の要素0ですよ。見た目、もう全然違うではありませんか。龍の状態で言い訳も出来ません。声は地鳴りだし。
こんな私が。目の色が変わって、肌に光る模様が出る人に『怖い』と言うの変でしょう。お前の方が怖いよって言われそう」
ドルドレンは、愛妻のこういう部分がスゴイと思う。懐が深いのとは違うのだろうが、異様な理解力の範囲である。そうなのか、ありなのか。ふーんと頷いておく。
「で。ミレイオが怒るとどうなるの。相手を吸いつくすとか操るのだろう?オーリンもそうなったのか」
「それは訊きました。オーリンを怒った時、あの方は何度か『家に帰れない体にする』と仰っていたのですが、それはオーリンの体の中が、壊れるように動かす予定だったそうです」
「予定。人の体の中が壊れるように」
「ねぇ。怖い力ですね、って私が言ってはいけない。そうなのです。彼の体内の機能を、彼自身が破壊するように仕向けるのです。ですので、傍目から見ていると勝手に死ぬの」
「勝手に死ぬ。支部で。イーアンの工房で。オーリンが、勝手に死ぬ」
「死なせたことがあるかどうかは、訊きませんでした。あるって言われても、別に仕方ありませんし。過去だから」
「いいの?過去だから。そうなの、イーアン」
「だって死んじゃったなら、もうどうにも出来ませんでしょう。過去ですよ。いろいろあるでしょう。
それはまぁ良いのです。ですけどオーリンがね。死なれても困りますから、やはり止めて正解でした」
ドルドレンはたまに思う。愛妻は肝っ玉が半端なく座っていると。
さすが世界最強の妻。度量が違う。俺が女絡みだったら、泣いたり苦しんだりするけれど。俺以外には、やたら度量が広い。人殺しでも『いろいろあるよ、しょうがない』で済ませるとは・・・・・
「ミレイオの力はそういうことのようです。ですが、他の地下の方たちはまた、違う意味で『操る』方法を持つようで、それは個人によって異なると言いました」
「そうか。他にも何か話していたのか?」
「ええっと。これはミレイオもはっきり思い出せないそうですが。ミレイオもタンクラッド同様、遺跡巡りが好きなのですね。それで見た遺跡の話から、どうも私たちの旅の仲間の一人に、地下の住民がいるのではと、話していました」
「知り合いとかかな」
「いいえ。遺跡で見ただけの印象。ヨライデの海の遺跡だったと。伝説が壁に彫刻された遺跡で、それには魔物の王と向かい合う人々の絵があり、そこに『地下の国の住民ではないか』と思える姿があったそうです。今回も同じ姿の方が同行するか、それは分からないので、何とも言えませんけれど」
ドルドレンとイーアンは、そこでお互いを見つめあったまま、少し黙った。時間をちょっと見る。時間は10時を過ぎている。
そろそろ眠ろうかということになり、ドルドレンは歯磨き。イーアンは料理の袋の後片付けをして、二人はベッドに入る。
本当に在った、地下の国の話を聞いたイーアンも、教えてもらったドルドレンも。何だか不思議な気持ちだった。『そこ。名前あるのかな』ベッドで腕を回すドルドレンが訊く。『あります。サブパメントゥと呼ばれているそうです』イーアンは伴侶に、ぴとっと、くっ付いて暖を取る。
「サブパメントゥ・・・地の内。地の中。何で馬車の言葉なのだ」
灰色の瞳が僅かな明かりに煌く。イーアンもその目を見つめ『馬車の言葉?』と驚いた。『イヌァエル・テレンも馬車の言葉だぞ。なぜだ』ドルドレンはイーアンを見つめながら、不思議を口にする。
いちゃっとし始めた矢先なので、これが引っかかって、この夜は不思議一杯の気持ちで眠ることになった。いちゃいちゃは明日になった。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に感謝します!とても励みになります!!有難うございます!!




