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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
53/2938

52. 少し仲良くなれた昼食の時間

 

 一行は山の斜面を進む。

 鳥の声が時折聞こえるくらい、他に自分たちが立てる音以外は聞こえない、静かな道のり。


 足元は腐葉土に変わった落ち葉がぐっしょりと水を吸っているため、馬の蹄が踏むと水が染み出る。馬車の車輪は方向を変える時に、濡れた落ち葉が絡むため、その時だけは少し停まったり絡まないように速度を落とした。


「夕べ、山はひどい大雨でした。何時間も降って」


 北の支部のフォイルが馬車の横について、車輪に落ち葉が絡まないように目を配りながら言う。フォイルが山を降りて、先ほどの森の道へ出たら雨は止んでいたそうだ。


「山は天気が不安定だからね」


 馬車に乗るギアッチが御者台から、フォイルに気の毒そうに声をかける。『寒かったでしょ』とギアッチが言うと、フォイルは首を横に振って『それどころではなくて、宿に着くまで忘れていました』と苦笑した。



 そうして馬車の速度を緩める以外は、一行の動きは特に止まることもなく、順調に山道をすすんだ。

 魔物が出てこないことが騎士たちの中では不思議にも思えたが、昨晩この山を通ったフォイルも山では魔物に遭遇していないということで、ここには少ないのかもしれないと受け止めることにした。


「いるとは思いますが。谷に集中しているのかもしれない。それに、山を降りた森にはいましたものね」


 フォイルが『いないに越したことはない』と心配そうに呟いたので、周囲も同意した。



 それまで考え込んだように黙っていた、濃い赤紫色の鎧をまとう騎士――シャンガマックが、馬を先頭に進めて、ウィアドの横に並んだ。ドルドレンが左についた部下をちらっと見る。黒く光る鋭い目を持つこの騎士は、無駄な用では動かない。視線を向けて、無言で用を促す。



「総長。イーアンに質問があります」 「あっち行け」



 シャンガマックは絶句し、イーアンが笑いそうになる。『ドルドレン・・・』『いいんだ、イーアン。彼らは寡黙だ』と瞬殺で自分を遠ざける上司の扱いに、少なからずショックを受けたシャンガマックだったが、気持ちを立て直してもう一度許可を取る。


「すぐ終わる話です。先ほど魔物と対峙した後、イーアンが魔物の側に寄った理由を知りたいのです」


 イーアンが自分の左に歩を進めた、精悍な騎士に振り向く。すぐにドルドレンの大きな手がイーアンの視界を遮る。イーアンは笑いながら『ちょっと、ドルドレン』とその手を押しのけた。黒髪の美丈夫は大げさに溜息をついて、ふてくされたようにそっぽを向いた。


 総長の駄々に目を丸くする(その場の全員同様)が、そこは突っ込まないで、貴重な質問時間を生かすことにしたシャンガマック。



「イーアンはまだ動きが止まっていない魔物に近づいて何かをした(・・・・・)。俺がもう一度見た時には、魔物は全く動かなくなっていたように思う。あの短い間に何をしたのか」


「はい。まだ生きている可能性があったので、神経を壊しました」



 その言葉を聞いて、ふてっていたドルドレンの反応が変わる。腕の内にいるイーアンに『また何かやったな?』とドルドレンが面白そうに灰色の瞳を細めて訊ねる。イーアンはドルドレンを見上げ、頷いた。



「神経を壊す?」


「シャンガマックさんとスウィーニーさんが切り裂いた魔物の腹部を見ると、魔物の内臓がきれいに左右に分かれていました。その奥には黒い筋が上下に走り、またそれは6本の足にも繋がっていました。背中を通る太い筋は、剣の傷が付いていましたが、切立たれてはいませんでした。

 その黒い部分が魔物を動かし続ける神経ではないかと思って、イオライからお土産に持ってきた魔物の体液をかけました。すると黒い部分と体は微動して、その後は動かなくなりました。だから運動をする神経を壊すことが出来たと思いました」



 シャンガマックは艶めく漆黒の瞳で、淡々と説明する女性に見入った。『あんまり見るな』と総長が嫌そうに言う。シャンガマックはハッとして瞬きし、笑顔のイーアンと総長を交互に見た。


「総長。この人は一体・・・」 「だから気にするな。詮索するな、と最初に言っただろう」


 イーアンは笑顔のまま、上司の冷たい言葉に戸惑うシャンガマックに、『あの魔物は虫みたいだったから、そのようにして扱ってみただけです。神経を焼いたので、もう動けないと思いますよ』と伝えた。



「はい、もう終わり。シャンガマック、下がれ。イーアン、水をもらえるだろうか」


 ふてくされが戻ったドルドレンは、部下を強制退場させてイーアンに水をねだった。イーアンがくっくっと笑いながら、言われたように水筒を荷袋から取り出す。『何があったかを知るのは大事ですよ』と水筒の栓を抜いて渡しながらイーアンが言う。ドルドレンは『イーアンは誰にでも甘すぎる』と首を横に振った。



 シャンガマックは、しばし呆然としている状態で道を進んでいた。イーアンに聞いた答えを考えていると、右横にいるアティクが『面白い話だったか』と表情を変えずに声をかけてきた。


「アティクも何か気がついていたのか」


 黒い髪を束ね、薄い眉、茶色い目を持ち、日焼けした肌に無精ひげのある彫りの深い顔立ち、部族の絵が一面に彫られた、赤と黒と白の鎧の男――パウロージ・アティク――は、ゆっくりと頷いて『何となく分かっていた』と答えた。シャンガマックは驚き、アティクに理由を訊いた。


「お前たちが魔物と戦っている最中、イーアンが横にいた。彼女はしばらく魔物を観察して『何かに似ている』と言い、そして『頭を落としても無理だ』と呟いた。

 俺はそれを聞いて、彼女が俺と同じ(・・)仮定をしたことを知った。あの魔物は、どこを斬り落としても動きは続くが、細かくばらすほうが脅威にはならないと、俺は思っていた。するとイーアンは『腹を割け』と叫んだ。彼女は大元をまず止めることを指示した」


「アティクよ。俺はイーアンに、倒した魔物の動きを止めるために何かしたのか、と質問した。すると彼女は『裂けた腹の奥に黒い神経があり、それにイオライの魔物の体液をかけて焼いて壊した』と答えた。また、あの魔物は虫みたいだ、とも」



 アティクは、先頭を行く青い馬に乗る二人を見つめながら、表情を変えずに静かに言った。


「なるほど」


 それだけ言うとアティクは僅かに顔を歪ませ、少し笑っているような顔をした。シャンガマックがその続きを待っていると、アティクは用は済んだとばかりに馬を離した。シャンガマックは再び一人の時間となり、与えられた情報に考え込むことになった。



 間もなく傾斜がなだらかに変わり、周囲の木の間隔もずっと広くなった。所々に黄色っぽい脆そうな岩が突出していて、奥のほうには岩が連続して小さな壁のようになっている場所も見える。馬車の側にいたフォイルは『もう山頂に入った』と皆に教えた。


「この山頂を20分ほど進むと、道は下り始めます。馬車がいるので、時間はかかっても蛇行しながらの方が安全でしょう。谷には、日があるうちにたどり着けると思います」


「分かった。では少し休もう。総長、昼を馬から下りて食べませんか」


 スウィーニーがフォイルの話を聞いた後、ドルドレンに昼の指示を仰ぐ。ドルドレンは了承し、濡れていない岩の多い場所を見て『あの木々の間の岩壁付近で休憩しよう』と指差した。



 山道は馬にも疲労を増やしたので、休憩は1時間取ることになり小さい焚き火で調理が始まった。イーアンはロゼールの手伝いをすると言い、焚き火の近くへいそいそと行ってしまった。ドルドレンは止めることもできないので、寂しいが我慢し、食事を楽しみに待つことに決めた。


 ドルドレンが一人になると、シャンガマックが近寄ってきて、またあれこれとイーアンの話をしてきたので、ドルドレンは鬱陶しそうに流し続けた。トゥートリクスまで来て、イーアンがいると魔物が出ない気がするとか適当なことを言い始めたので、ドルドレンは『若者の好奇心で、根拠のない噂を作らないように』と注意した。注意を守らなかったときの(おしおき)もきちんと伝えた。


 近くを通ったスウィーニーが珍しげな顔で3人の屯す場へ足を寄せ、『叔母さんがイーアンを気に入った様子で』と、帰りにまた寄れば叔母が喜ぶことをドルドレンに伝えると、ドルドレンは立ち上がって『好きにしろ』と片手を振り、面倒くさそうにその場を離れた。



「総長は本当にイーアンが大好きなんだな」 「大好きだけど、他の連中にイーアンの話をされるのは嫌なんだ」 「叔母さんが気に入った、っていうのは悪くないと思うけれどな」 「さっきイーアンに質問しただけで駄々捏ねていたくらいだから」 「あの人、あんな性格だったんだな」 「イーアンに何かあったらえらいことになりそうだ」 「彼女は戦闘に必要な能力は備わっているから今後も必須だ」 「彼女に傷でも付いたら魔物どころか、とばっちりで隊が全滅しかねないな」 


 口々に好きなことを言い続ける3人。ドルドレンは聞こえてはいるが全部無視して、無口なアティクの近くで待機することにした。アティクが黙って枝を削っているので、その手つきをただ黙って見ていた。


 そうこうしているうちに、食事ができたとイーアンが呼びに来た。


 ドルドレンが喜び勇んで『待っていた』とイーアンのいる焚き火に駆け寄り、昼食を見て立ち止まる。

 ロゼールが鍋を二つ並べて、皿と椀に料理をよそっていた。見慣れない料理にぽかんとした顔をしているドルドレンを見て、ロゼールが笑いかける。


「今日はイーアンが最初から全部作ってくれたんですよ」


 イーアンもニコニコしながら『ロゼールが、好きに作ってもらっていい、と言ってくれました』と話した。遠征食の初挑戦ですね、とロゼールが笑った。


 皿には根菜と塩漬け肉の料理が乗り、椀には淡い白茶色のとろっとした汁物が入っている。イーアンが説明するには、根菜と肉は蒸し焼きで、汁物はすり潰した木の実とブレズを肉の煮汁で溶いた、という。

いつもの食事をイーアンが手伝っただけと思っていたドルドレンは、イーアンが好きに料理したと知って笑顔になった。



「とても美味しそうな匂いがする」


 ドルドレンは目を大きく開いて嬉しそうに、料理の皿を持つイーアンを見た。『味見をしましたが、同じ材料じゃないみたいですよ』そう言ったロゼールは満面の笑みで味の保証をする。

 食事を受け取りに来た騎士たちが、普段と違う昼食に少し驚いている様子で、それぞれの配給を受け取り食べ始めた。



『岩の上に皿を置けるから、二つ料理を作れましたが』横に座ったイーアンがドルドレンに言う。食器二つを使う料理は、あまり遠征向きじゃないかもしれない・・・と考えていた。


「イーアン。とても美味しい。遠征でこれが食べれるなら俺はもっと頑張れる」


 濃厚な汁物を飲み干し、ドルドレンが肉を口に頬張りながら誉めた。ブレズがまさか汁物になるとは、といたく感心して、味わいが大変気に入った、と何度もイーアンに伝えた。


「少々問題なのは、俺以外もこの食事を食べることだ」


 イーアンは『またそういうことを』と笑って、ドルドレンの腕を軽く叩いた。ドルドレンもちょっと笑いながら『本当にそう思うんだから仕方ないだろう』とイーアンの鳶色の瞳に顔を近づけて微笑んだ。



「いちゃつかないでください」


 フォラヴが向かいで苦笑する。『食べにくくなります』と汁物を上品に飲むフォラヴに、『後ろでも向いて食べろ』とドルドレンは冷たく突き放した。――大体、なぜこいつらは俺とイーアンを囲むように座っているんだ? 見たくないなら離れていればいいじゃないか。岩はまだそこらにあるんだし。


 不満そうに眉を寄せるドルドレンだったが、フォラヴの次の言葉で理解した。


「今日の昼食をあなたが作ったとロゼールが教えてくれました。私は、是非食事を頂いている間に、直に感想とお礼を伝えたいと思いました。」


 丁寧なフォラヴは涼しい顔で『実に味わい深く、丁度良い塩加減と繊細な味です』と料理を誉めた。イーアンの顔がぱっと明るくなり、『良かったです。ありがとうございます』とフォラヴに頭を下げた。


「図々しいお願いと分かっておりますが、どうぞ近いうちにまた料理の腕を振るって下さると、私の戦いにもこれまでより雲泥の差が出ましょう」


 コロコロと鈴のような声で笑うフォラヴの言葉に、イーアンはニッコリ笑って『もったいないお言葉』と答えた。ドルドレンの眉間の刻みが深くなる。



「どこの国の料理かなぁ、と食べながら考えていましたが思いつかず。でもとにかく美味しかったですよ。イーアンは料理も出来るんですね、これは嬉しいや」


 ギアッチが空の皿と椀を重ねて近づいてきた。『食べたことがない料理って新鮮で良いですね』と満足げに笑う。イーアンはお礼を伝える。今初めてちゃんと見たギアッチは、40前後でふんわりした直毛の金髪で口の周りに髭を生やし、人懐こい茶色い目は賢そうに光り、学者のような雰囲気が漂う男だった。



「俺の故郷の料理に味が似ている。木の実と肉の味が混ざる、懐かしい香りだった。ブレズが入っていると聞いたが、それで腹が満たされているのかもな。また食べたい」


 側に来たシャンガマックが『飲み終わるのが惜しかった』と凛々しい顔をふとほころばせて微笑んだ。お礼を言うイーアンを抱き寄せたドルドレンが、片手で『しっしっ』と嫌そうにシャンガマックを追い払う。

 切れ長の黒い目を細めて冷たい上司に一瞥したが、シャンガマックは苦笑しながら『俺は安全な男だと思いますよ』と首を振り振り、食器を洗いに立ち去った。



「ドルドレン。いくらなんでも『しっしっ』は失礼でしょう」


「何を言ってるんだ。クローハルだけでも面倒くさいのに。ブラスケッドもイーアンと話したがるし」


「クローハルさんはドルドレンが好きなんでしょう。ブラスケッドさんは、好奇心で知識を楽しんでいるだけですよ」


「クローハルが俺を好きなどと、恐ろしいことを言わないでくれ。とにかくイーアンに危険な態度を取る者は増えてはいけない」


「そんなに気にしないでも。皆さん、親切なだけですから。私は受け入れてもらえて嬉しいです」


 これまで料理を手伝いたかったが、でしゃばっていると思われたらどうしようとか、味が気に入らないとか、余計なことをするなと思われたらと、そう思って出来なかった・・・とイーアンは打ち明ける。



「同じ材料で全く違う楽しみ方が出来る、そうした感覚を持つ人が来てくれて嬉しいです。お昼はとても美味しく頂きました。ご馳走様でした」


 ダビがイーアンの側に来て、頭を下げた。短く刈り込んだ金髪に丸っこい青い目と、真面目そうな印象を持つダビを見て、『この人が魔物に矢を射かけていた、武器を作る人だ』とイーアンは気付いた。

 ダビにお礼を言い、今度武器の構造を教えてもらいたいことも伝えた。ダビは、イーアンの隣に座る黒髪の仏頂面に、少し心配そうな目を向けたが『お時間がある時にどうぞ』と強張った笑顔で答えてくれた。



 それから他の騎士も昼食の礼を伝えに来た。

 トゥートリクスは『いつもの食事じゃなくて驚いた。美味しかった』と照れてお礼を言いに来た。若いからお礼を言うのは恥ずかしいのね、とイーアンは微笑んでお礼を返す。


 食器を戻しに近づいてきたアティクは、硬い表情のまま『自分の国の料理を思い出した。肉を魚に変えて作ったらもっと美味しくなる』と助言をくれた。


 北の支部のフォイルは『女の人がいると良いですね。やっぱり料理も違うものですね』としみじみ喜んでくれた。


 最後にスウィーニーが来たが、ドルドレンの不快指数が半端ではないと読み取ったのか、『料理をして頂いて心より感謝します。大変優しい味わいに食べ過ぎてしまいそうでした』と短く礼をして、イーアンの返事も待たずにそそくさ消えた。


 この後イーアンはロゼールの洗い物を手伝い、丁度1時間経つ頃に全てが片付いた。



「ダヴァート総長。今、食事をした岩の後というか、もう少し奥に川が流れています。その手前に馬車が通れる道がありますので、その道を使います」


 フォイルの指差す方向に顔を向けたドルドレンは頷く。



「では山を下りる。馬車隊、注意深く進め」


 ドルドレンの出発の合図で、一行は川を横に見ながら山を下り始めた。上から見下ろすと、かなり急な角度に見える斜面に張りつく道を。




お読み頂きありがとうございます。

イーアンが作ったお昼。ブレズの汁物は、言ってみればパンのポタージュです。それと、遠征でいつも食べる根菜と塩漬け肉の一皿。写真を添えてご紹介します~



挿絵(By みてみん)

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