529. ミレイオVSオーリン
北西支部のお昼時間。二人の職人を囲んでお食事。
イーアンは邪魔になるので、ちょっと離れた場所に座った。皆さんが、タンクラッドにもミレイオにも、話を聞いている。
自分たちが使わせてもらう武器と防具が、どのようなものなのか。それを目の前で実証してくれた職人に、皆さんは聞きたいことがたくさんあるのだ。
ロゼールがミレイオに話しかけているのを見て、イーアンは、彼にミレイオの盾は合うかもと思った。食事をしていると、ダビを見つけたので、ダビにザッカリアの剣の鞘を作りたいと伝え、木型の用意をお願いした。
「後で、この賑わいがお開きになったら、剣を借りて寸法取ります」
「宜しくお願いします。私も午後は矢筒の続きと、鞘用の準備します」
はい、と頷いたダビに挨拶し、イーアンは再びお食事。伴侶は。側に居らず、盾のことでミレイオの近くにいた。盾の金額の相談をするということで、彼らと食事中。時々こっちを見てニコッと笑ってくれる。
一人で食事は久しぶりかなと、イーアンは食べる。
実際。イーアンが一人だと、誰かしらが側へ行こうとするが。この日は何となく、それを見ても他の騎士たちは、彼女をそっとしておいた。たまには一人でいたいだろうなとした配慮で。
そんなことでのんびり食事を終えたイーアンは、そっと食器を片付けて、工房へ先に入る。タンクラッドとミレイオは帰る前に、きっとここへ来てくれるだろうと分かっているので、工房へ入って火を熾した。
ダビの注文の矢筒を縫いながら、イーアンは自分の着ている上着をちらっと見る。嬉しい。ミレイオはセンスが良い。奇抜でも何でも、センスが良いとカッコイイ。
気に入ったので、少し部屋が暖まっても、上着を着たまま作業をした。
縫い進めて、ベルト通しの部分まで来た時。腰袋が熱くなった。温かいような、熱いような。蓋を開けると『オーリン・・・』なぜオーリンの珠だけ熱を持つのかと思うが、光っているので取り出した。
『イーアン?』
『他の誰も出ないでしょう。私が持っているんだから』
『冷たいよ。言い方が。どんどん突き放されてる感じだぜ。どうにかなんないの』
『何がですか。突き放してもいないし、冷たくもないし。どうにもなりません。何の御用です』
『今から行っても良い?』
『ダメ』
『な。なんだよ、即答かよ。どうしてだよ』
『縫い物をしています。私が作業すると、喋らなくなるからです』
『俺もそうだけど。でも、ちょっとくらい良いだろ。俺だって昨日魔物退治付き合ったんだし』
『あなたって人は。恩着せがましい。私はあなたに最初、来なくて良いと言いましたよ』
『イーアン。冷たくするなって。話がしたいんだよ。顔見てさ。もう怒らせないよ』
『 ・・・・・・どうでしょうね。この調子ですと怒りそうですけれど』
『なぁ。ホントに。頼むから。ねっ、行って良いだろ?行くよ、な。もう出るから』
『内容をきちんと考えてからお出で下さい。埒が明かない話は要りません』
来ると言い張るので、イーアンも面倒臭くなって、最後に伝えてそのまま珠を置いた。しつこい。しつこくて『分かってよ』攻撃するやつ、嫌い。分かるかバカ、と言いたくなる。お前が分かれ、と思う。
「オーリンは結婚を焦ったのでしょうね。だからって人に止めてもらうなんておかしな話です。誰かに言われたからやめる、って。人のせいです」
そういう男も嫌い、とイーアンはぶつぶつ言いながら、ベルト通しの周囲に穴を開け、内側に円盤の穴板をはめ込み、突錐で縫い穴を貫通させる。
それを済ませてから、糸を通して縫いつけ、縁も漉いた革を巻いて縫い付ける。ベルトの切り出しを済ませて、バックルを入れてリベットで押さえたところで。
窓が叩かれる。窓を見ると、窓の外でオーリンが片手をちょっと上げた。『こちらから来ましたの』何で、と言いつつイーアンは開けないわけにも行かないので、窓を開ける。オーリンがひょいと入ってきてニコッと笑った。
「裏庭口から入ったら、人多いだろ。だからさ」
「早いですね。20分も経ちましたか?」
「ええっと。連絡してる時、こっち向かってたから」
仕方なさそうに見上げる鳶色の瞳に、オーリンはえへっと笑う。『何作ってるんだ。矢筒?』机の上にある仕上がり待ちの作品を見て、話を変えるオーリン。
「はい。ダビの注文です。矢筒が欲しいそうで」
イーアンはオーリンに座るように手で示し、お茶を淹れ始める。
頭を掻きながら、ちょっとイーアンを見つめるオーリン。上着、やたらカッコイイ。あんな上着持ってたのかと思う。
白い羽毛も格好良かったけど。何でこんな差がある服持ってるんだろう。黒い革に鋲打ち。ベルトもゴツイ。ちょっと大きそうな上着は、使いこなれた感が漂う。イーアンの古傷のある顔と、くるくるした黒い髪に似合う・・・・・
そう。オーリンの心境は。ちょっと見なかった間に(※半日)好きだった彼女が、自分の知らない魅力を携えてしまった、あの、自分の手を滑り抜けた距離感に包まれている。じーっと見つめる眼差しに、どうにかまた復縁の思い(※付き合ってもいないはず)を籠める。
「その服。良く似合ってるな。すごい良い感じだよ」
「これですか。有難うございます。ミレイオから頂きました」
「ミレイオ?」
イーアンはお茶をオーリンに押して『あ。お会いしていませんでしたか』と気がついた。『分かんないな。会ってても、挨拶してなければ覚えてないよ』オーリンの答えに、イーアンは、ミレイオは盾を作る職人だと教える。
「その人が、それを。随分変わった上着だよな、そういう趣味なのか」
「とても感覚の優れた方です。職人ですが、芸術家と言った方が正しいと私はいつも思います」
ふーん・・・オーリンは面白くない。知らない所で、男が多いなと思うと。まぁ、俺も女の話をしないといけないから、とりあえず土俵に上がらせてもらうかと気持ちを変える。
「うん、あのさ。俺、今度空に上がった時。彼女と話してくるんだけど。やっぱり一緒に旅に出ようと思うんだよ」
「彼女とお話ししてから、結果を伝えに来た方が正確です」
「イーアン。俺の気持ちも分かってよ。俺は一緒に行きたいんだよ。結婚の話も出たけど」
イーアンはオーリンの側の椅子に来て座る。少し悲しそうに見てから、一度溜息。
「旅にこだわられる理由は何ですか。私は女性の立場で話しています。あなたの相手の方が傷つくだろうと思うので。
お手伝いの方は、旅路は私たちとご一緒ではありません。あなたに手伝いを頼む時に呼ぶのです、恐らく。
だけどその時は、戦う時でしょう。結婚したいと思う女性の・・・その相手を、戦いに呼び出すほど、私は残酷なことは出来ません」
「うん・・・・・ 分かるよ。分かる。だから。そういうのも、ちゃんと彼女に話して。それで旅に同行出来る自分でいたい。そう思うんだよ」
イーアンは同行したい理由をもう一度訊いた。なぜ、そんなにこだわるのか。オーリンは黄色い目を向けて、少し黙ってから口を開く。
「一緒にいたいから。君と動くと、俺の人生は面白くなる。この先もそうだ、って分かるんだ。だから、俺は自分が手伝い役でいたいと思う」
悩むイーアン。顔に手を当てた方の肘をもう片手で支えながら、うーむと唸る。これは気性なんだろうなとは理解出来るものの。果たして。相手の見つかった人を引っ張り出すのはどうなのか。
「イーアン」
扉がノックと同時に開く。振り向くとミレイオとタンクラッドが入ってきた。『オーリンじゃないか』タンクラッドがちょっと笑う。オーリン、顔中ピアスのぎんぎらぎん刺青パンクに目を丸くする。
「誰?」
「この方がミレイオ。ミレイオ、彼は弓職人のオーリンです」
「あらそう。イーアンの友達?何か似てる匂いするわよ」
私臭います?慌てて手を鼻に当てるイーアンに、ミレイオが笑って抱き寄せる。頬にキスをして『違うわよ、何してんの』とイーアンが顔に当てた手を、ちょっと握って止める。イーアンもハハッと笑った。
「え、何今の。何で?」
オーリンの腰が浮く。目の前でミレイオに、頬キスをされたイーアンの普通さに驚いている。タンクラッドも目が据わっているが、ちょっと弓職人を見て頷く。『ミレイオは、ありだそうだ』ぶすっとして言う。
「何も驚くことじゃないわよ。私は無害だもの」
ミレイオは毛皮のベッドに腰を下ろして、イーアンを捕まえたまま、横に座らせる。そして抱き寄せて(※イーアン座布団)ねー、と笑顔を向けた。イーアンもニコッと笑って、うんと頷く。
呆然とするオーリン。何だ、この男。男だと思うけど。オカマ?オカマならイーアンは何されても平気なのか?
『もうそろそろ帰ろうと思って。どうする?うち来る?』座布団に訊くオカマ。座布団(※イーアン)は作りかけのものがあると答えるが、オカマは抱え込んだ座布団に頬を乗せてナデナデしながら『うちで作れば?』と誘う。
「ミレイオのところの工具と違う。イーアンは午後は動かない」
タンクラッドが頭を振って止める。ミレイオは無視して、座布団イーアンをもうちょっと抱え込み直して『おいで。食事一緒に食べよ。ヨライデの料理知ってる?』とメシで誘いかける。メシ誘惑に弱いイーアンは反応。
「だって。あんた、いなくなっちゃうんだもの。お昼一緒に食べれなかったでしょ。うちで食べようよ」
「どうしましょ~」
「悩むな、イーアン。すぐそうやって食べ物に釣られて」
初ヨライデ料理の誘惑に、うーんうーん悩むイーアン。タンクラッドが困り顔で注意する。
『ねぇ。肉好き?魚好き?油漬けと生みたいのあるのよ。美味しいんだから』イーアンの顎を指で上げて、ミレイオは微笑む。肉と魚と生と油と(※誘惑に全てが混ざる)イーアンは本気で悩む。
「行きたい・・・・・ 」
タンクラッドが『おい』の止めを入れるが、ミレイオは笑顔でよしっと拳を握る。座布団を両腕でぎゅうぎゅうに抱き締めて『一緒に食べようね』と頬ずりしている。座布団はメシの想像でほだされる。
オーリン。自分が全く蚊帳の外にいることに、苦しい。『なぁ。おい、俺の話しどうするんだよ』盛り上がってるのか何だか分からないノリに、口を挟んで存在を意識させた。
「ん?何か話しの途中だったの?ごめん」
「いいえ。ミレイオ、謝らないで下さい。彼のお話しは終わりました」
「終わってないだろ、俺の役目を降ろさないでくれって言ってるのに。返事がまだだぞ」
イーアン、面倒。タンクラッドは少しオーリンを観察。ミレイオもオーリンを観察してから、イーアンに質問。
「この人。あんたに頼み事してるわけね。で、あんたの態度を見ると、あんたの中で解決しない理由でもあるのかな」
「そんなところだ。オーリンは、旅に出るイーアンの、手伝い役の龍の民だが、近頃事情が変わったようでな」
オーリンは剣職人を見る。『何であんたが知ってるんだよ』さっとイーアンを見ると、イーアンは『話しましたから』と普通に答えた。
「俺が辞めるみたいな話するなよ。昨日の今日でタンクラッドが知ってるって、どれだけ俺を突き放すんだよ」
声を荒げるオーリンに、ミレイオがぐっと眉を寄せる。『ちょっとあんた』座布団を胸に隠して、オーリンを睨む。
「怒鳴ることないでしょ。何があったか知らないけど。この子に攻撃するだけの正当な理由あるの?あるならイーアンはちゃんと答えるわよ。この子が答えに詰まってるって、あんたが間違ってるから、黙ってるんじゃないの?」
「煩いな。突然、入ってきて知らないくせに口出すなよ」
タンクラッドがさっとイーアンを見る。イーアンもミレイオの腕の中から、タンクラッドを見る。タンクラッドは急いで、イーアンに手でこっちへ来いと合図する。
イーアンを抱いていた腕を解いて、ミレイオが立ち上がる。大急ぎで親方は、イーアンの腕を引っ張って下がる。イーアンも素直に親方に隠れる。
「お前。誰にモノ言ってんだよ」
「ああ?何だよ。口出すなって言っただけだろ。知りもしないくせに」
「だから。おめぇは誰にそんなふざけたこと言えてんだってんだよ。こらガキ」
ミレイオはオーリンに寄る。タンクラッド、扉側でイーアンを隠す。オーリンは目つきの違うオカマに首を傾げる。『ガキだと?いきなり来て、人の用事に首突っ込むんじゃねえよ』黄色い目で睨みつけた。
ミレイオは唇を舐めて、オーリンの襟を掴んだ。ムカッときたオーリンが『おい。お前何様なんだよ。離せよ』その手首を掴むと、ミレイオが襟を引き寄せる。
「おめぇが。どちら様だぁ?威勢がイイだけのクソガキに、イーアンが答えることもねぇぞ。これ以上イーアンに付きまとうと、家帰れねぇけどそうするか?」
「何だっての。いい年してケンカかよ?何なんだよ。俺はイーアンに」
「嫌がってんじゃねぇか。んなもんも分かんねぇ、クソガキに付きまとわれたら可哀相なんだよ。俺のイーアンだ、ガキがうろつくような女じゃねえ。とっとと帰れよ」
オーリンは唾を飲む。何だこのオカマの迫力。背は同じくらいなのに、何でこのオカマ、間合いがないんだ。俺のイーアン?いや、ふざけやがって。
「やめろ、やめとけ。オーリン。ミレイオは勝てない」
後ろから剣職人が止める。首を振ってイーアンを隠している。困惑するオーリン。タンクラッドが『勝てない』って。そんな男に見えないのに。視線をオカマに戻すと、オカマの目の色が、ぎゅーっと縮んで膨らみ、変わった。『え?』弓職人は目を丸くする。目の色が、左右違ったのに。入れ替わった?白目が増えたように、色の付いた部分が縮む。
「もう一回だけ。言ってやるぞ。家に帰れねぇ体になりたきゃ、そう言え。イヤなら帰れ」
ミレイオの声がぐっと低くなる。『ガキ。答えろ、俺のイーアンだ。近づくならこの場で始末する』襟首を掴んだミレイオの手が青く光る。オーリンは驚いて仰け反るが、手は恐ろしい力で自分の服を掴んでいる。
「よせ、ミレイオ。オーリン、謝れっ」
イーアンも何が起こっているのか分からない。ミレイオの背中しか見えないが、オーリンが怯え始めたのは分かる。タンクラッドが頭上で大声を出したので、さっと親方を見上げた。親方は二人を見て首を振る。
「ミレイオっ!よせ、ダメだ」
「タンクラッド。お前は誰にそう言えるんだ」
イーアンも耳を疑う。ミレイオの声が違う気がした。親方の腕を抜けて、ミレイオに駆け寄って背中に触れた。『ミレイオ』振り向いたミレイオの顔が、『誰?』いつもの顔ではなく。顔に真っ青な隈が浮かぶ、目の色の白い男が自分を見ていた。
「イーアン」
「ミレイオ。ミレイオ、どうしましたか。怒らないで」
イーアンが急いでそう言うと、ミレイオの目がいつもの色に戻る。顔の青白く光った隈も消えた。オーリンを掴んでいた手は緩み、代わりにイーアンを抱き寄せた。『ごめん。怖かった?』両腕に包むようにしてイーアンを抱き、黒い髪の頭に頬を乗せるミレイオ。
「いいえ。でもとても怒っていらしたから。怒るようなことをさせて申し訳ないです」
「優しい子ね。あんたが謝っちゃダメよ。いいの、やめよう。ちょっとこのままでいるから」
そう言うと、ミレイオはイーアンを抱き締めたまま少しの間、落ち着こうとしているように黙った。イーアンも背中に手を回してゆっくり擦る。
「もうちょっとで。私の矢筒も終えます。鞘は明日以降に作りますから、今日はもう。ミレイオのおうちにご一緒しても宜しい?」
気を遣うイーアンに、目を瞑ったままのミレイオはフフッと笑う。小さく頷いて『そうね。そうしましょ』と優しく答えた。
タンクラッドも、静かに息を吐き出す。緊張した。オーリンを見ると、弓職人はミレイオとイーアンを見て立ち尽くしていた。
タンクラッドはオーリンを手招きし、作業机を回ってこっちへ来るように指示する。オーリンがその指示に従って側へ行くと、そのまま廊下へ連れ出された。
「タンクラッド。ミレイオが。彼は人間じゃない」
「お前が言うな。お前も龍の民だろ。ミレイオは違うんだよ、質が。怒らせるな」
「誰なんだ。おかしいだろ、目の色が変わったんだぞ。手も顔も変な光と模様が出て」
「落ち着け。ミレイオを詮索するな。イーアンを可愛がってる。イーアンに何かするヤツはただで済まない。イーアンが止めれば止まるんだから、お前は今日は帰れ」
「俺だって、手伝い役のことが」
タンクラッドはオーリンの両肩を掴む。『聞こえただろう。今日は、帰れ。俺はそう言ったんだ。ミレイオは話して分かる相手だが、誇り高い。一度怒らせると長引く。今日はイーアンにお前は近づけない。戻れ』分かったか、と鳶色の瞳が真剣に自分に向けられる。
オーリンは腑に落ちないまま頷き、帰ることにした。タンクラッドに裏庭口まで送られて、そこから龍を呼んで戻った。
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