526. オーリンのマリッジブルー
東の支部へは、すぐ。昼休みも終えて午後の演習中の東。2頭の龍が降りて、ダビが魔物の報告に行くと言うことで、ダビに、魔物の頭と皮を持たせ(※嫌そうだった)イーアンとオーリンは龍で待つ。
「北西までいらっしゃるのですか。お仕事は」
「いいよ。出来るから。ちょっと工房行きたい。出ないだろ、今日」
「出ようと思えば、用はあります。でもいらっしゃるなら、魔物の材料をお持ちになりますか」
「そうしよう。あのさ、さっきの結婚の話なんだけど」
イーアンはミンティンの背中から弓職人を見る。オーリンはあちこち端折って、空で何があったかを話した(※やっちゃったことは伏せる)。イーアン的には見当を付けたとおりだと思った。
「ってことだ。相手も龍の民なんだよ。気が合ったってのもあって。何て言うか。何日か上に泊まって」
「そういう関係になられたと」
「いや、だから。結婚の話が出てさ」
「することは済ませたわけですか」
オーリンは何も言わない。普段は気にしない話題だけど、何となく後ろめたい。イーアンはそんなもんだろうと思っているので『ふーん』と小さく頷いた。
その言い方に、何だか居心地悪いオーリンは『でも』と言いかけてすぐ。『では。ご結婚された方が相手の方のためにも良いでしょう』旅のことは他の方に相談します、とあっさり切られた。
「え。俺は?俺と一緒じゃないと。俺、だって手伝いなんだろ、君の」
「そうです。と思っていましたが。人生何があるか分かりません。無理して恋仲を裂く気にはなりませんので、どうぞご安心を。弓だけは作って頂くかもしれませんが、旅にはいらっしゃらないでも」
「ちょっ。ちょっと、待てよ。ダメだろ。そんなあっさり切ったら。龍になれないぞ、地上で」
「私は、オーリンとその方がお幸せになられる方が大切です。有難いことに、そう度々は無理にしても、男龍が私の補佐につこうと努力するお話しを頂いたばかりです。だからどうにかなるかも」
オーリン。愕然。男龍が出てきたのか、と言葉を失う。圧倒的な力の差。ファドゥは確かあの時、男龍は無理だろうと言っていたはず・・・・・
「男龍。気紛れって聞いたぞ。呼ぶだけで怒るとか、気分が乗らないとダメとか。そんな相手に頼めるのかよ」
「ビルガメスが。先日一緒にここまで来て下さいました、訓練に。彼は、私とミンティンで龍から人間、人間から龍に変われました。また来て練習すると思います。あの方は誠実です」
「ビルガメス~・・・・・ あの、最古の龍の子供で、生き残りだろ?」
そう、とイーアンは頷く。あの方は努力されて、と言うと、オーリンは口が開いたままイーアンを見つめる。『俺。龍の民が手伝いって伝説にあるのに』ぼやくように口にする。
「ですから。オーリンが結婚されるのなら、私はそうして頂きたいです。せっかく出逢いに恵まれたのに、私の手伝い役というだけで、旅に連れ出すような真似は出来ませんもの」
言うんじゃなかった。オーリンは戸惑い絶好調。一気に座を奪われた気がした。それも自分からその手を放しちまった。結婚相手の女の子、綺麗だし可愛いし相性良いし、あっちも相性良いけど。でも、でも。
「イーアン。工房で、もう一度ちゃんと話そう」
「どこで話しても変わりませんよ。あなたの幸せが」
「それ以上言うなよ。後でだ、後で。ほら、ダビも戻ってきた。おい、ダビ行くぞ」
ダビが戻ってきて、頭と皮は置いてきたとイーアンに伝えた。イーアンも了解して『あれがあると、どんなものか想像しやすい』と頷いた。ダビを乗せ、3人は支部へ向かった。
帰り道。オーリンは黙ったまま。工房で何て言えば、手伝い役を降ろされずに済むのかを考える。結婚するなんて言わなきゃ良かった。
元々。一ッ所に落ち着けない。工房で弓を作るのは好きだけど、誰かの指図は受けたくない。山で、自由に自分の好きに動けていたから、あの場所に家も持った。退屈することもあったけれど、イーアンの委託製作から、いろんなことが一気に変わった。こうして龍にもまた会えた。それがもう終わり・・・・・
「いや。ダメだ。そんなの」
ガルホブラフの背で、オーリンは首を振る。イーアンはちらっと見たが、特に気にしないでおいた。マリッジ・ブルーだろうと片付ける。
ダビは一仕事を終えて解放された気持ち。自分の騎士人生に、良い結果を残せたと満足な思いに浸りながら、空の小旅行を楽しんでいた。
北西支部に着いて、ダビが報告してくれるということで、イーアンはお客さん(※オーリン)を連れて工房へ行った。暖炉に火を入れて、お湯を沸かす。オーリンに座るように言い、イーアンは毛皮のベッドの上に座って鎧を外し始めた。
「なぁ。旅っていつ出るんだ」
「夏の終わりとか。はっきりしませんが、秋も近い頃とは聞いています」
「ハイザンジェルの春夏って早く過ぎるの。知ってるか」
「そうなのですか。知りませんでした。月日も数が違うのでしょうか」
「そうだな。あっという間だぞ。その前に男龍がここで訓練して、旅に完全、間に合うようになるかな」
イーアンは鎧を外して並べつつ、ビルガメスの様子を思い出す。意外と早そうなんだけどと思うが。お年がお年なので、無理もさせたくない。『そうですね。ビルガメスに負担を掛けたくはないですけれど』どうかしらと呟く。
「俺が行くよ。やっぱり。結婚は戻ってからでも出来るし」
「結構です。気にしないで」
オーリンは溜め息をついて、苛立ちを含む。イーアンの横に座って腕を掴み、自分を見るように言う。
「何でそんな冷たいんだよ。止めたり、相手のこと聞いたって良いだろ。はいおめでとう、って」
「オーリンが幸せなら良いではありませんか。なぜ私が止めるのです。お相手と深い仲になられたんでしょ?」
「う」
答えに詰まるオーリンに、首を傾げるイーアン。立ち上がって腕を解き(←ポイッて)お茶を淹れる。『オーリンが不安では。相手の方は心配されますよ。体を許したのに、突然放ったらかされても』ちらっと鳶色の瞳が自分に向けられて、オーリンは呻く。さっきからイーアンに『お前、ヤッたんだろ』と言われ続けている・・・・・
「どうぞ女性を幸せにされて下さい。お茶どうぞ」
出されたお茶を一口飲んで、オーリンは苦い気分。どうすりゃいいんだろ。これもう、降格決定だよなと、ひしひし感じる。
「では。魔物の材料を用意しましょう。どれを持って行きますか」
棚に近寄り、イーアンは弓用の材料を選び始めた。オーリンは側へ行き、背中からイーアンを抱き寄せる。『何か。捨てられた気分なんだけど』イーアンの肩に腕を回して顔を覗き込む。イーアンも見上げてちょっと困り顔(※行為は慣れたから何ともない)。
「言い方が宜しくありません。捨てていません」
「捨てられた。って感じだぞ。俺が女とヤッたからか?」
「何て言い方ですか。女性に失礼です。いけませんよ。それにそんな理由じゃないって言っています」
『私が気にするわけないでしょう、オーリンとそういう関係じゃないんだから』イーアンはがっちりそれを押さえて、貼り付かれたまま材料を棚から下ろす。寂しいオーリン。棚に伸ばした手を掴む。
「気にしてくれよ。ちょっとくらい」
「ですからね。理由がありませんでしょう。動きにくいので離れて下さい。材料要るのでしょう?」
全く、と首を振られるのも、オーリンはどんどん寂しくなる。『なぁ。どうすると君の手伝いでいられるんだ。ビルガメスが来たら、俺なんか用済みじゃないか』それは嫌だよと駄々を捏ねるオーリン。
背中に貼り付く弓職人の腕を持って、イーアンはよいしょと引き離す。
「しっかりなさい。結婚するのだから。ノリで結婚しても良いですけれど、結婚するならそれなりに人生を見つめなければ」
向かい合って、イーアンに注意を受け、オーリンは唸る。
「大体、何で粘るのですか。結婚の話まで出るような展開なんて滅多にないですよ。お手伝い役なんてしてる場合ではないです。捨てられたとか、おかしな捉え方してはいけません」
ふーっとオーリンは息を吐いて髪をかき上げる。『俺じゃなくて良いってことか』何だそれ、とぶーたれる。
「もう。いい加減になさい。結婚したら変わります。伝説は龍の民でしょうが、変更もあるでしょう。あなたが結婚するっていうから」
「言わなきゃ良かったのかよ。言わなきゃ捨てなかったのか?」
「オーリン!」
イーアンはちょっと怒る。何だこの人。自分で言っておいて、何を人のせいにし始めるのか。『話がずれています。何が言いたいの』向き合って睨みつけた。
「怒るなよ。君が素っ気無いからだろ。俺が手伝い役って誘っておいて」
はぁぁぁあ????? イーアン、キレた。『誘ったですって?私が素っ気無い?捨てるだとか、さっきから何言ってるの?』ムカーッときて、イーアンはオーリンの襟首を引っつかむ。
「バカ言ってるんじゃないわ。あなたが自分で相手見つけて、ヤルだけヤッて漕ぎ着けたんでしょ。私のせいにしないでよ。手伝い役を頼んだのは、その前の話。女の人に失礼だから、ちゃんと結婚しなさいよ。結婚前にして嫌がってんじゃないわよ」
襟首を引っつかまれて、真ん前に顔を寄せられ、イーアンに噛みつかれそうな勢いでぶちキレられて。オーリンは黄色い瞳を丸くする。
「あなたの代わり?知らないわよ、いたっていなくたって、私は意地でも龍になるわよ。ビルガメスが手伝ってくれるって話だからお願いしたけど。そんなことだって、私はあなたがどうとかで、動いたんじゃないのよ。そこに乗っかってきて、私のせいなんて。てめえの責任くらい、てめえで取れっ」
扉が開いた。ドルドレン、扉の前で襟首を捕まれる弓職人と、襟首を掴んで怒ってる愛妻を見て固まる。
「イ。イーアン。君は一体」
「ドルドレン」
どんっとオーリンを突き飛ばし、イーアンはドルドレンに寄る。ドルドレンも困惑しながら、二人を見て『報告は?会議じゃないけど、一応イーアンも』と愛妻の背中を撫でて宥める。イーアンはふーっと前髪を吹き飛ばし、仏頂面。
「厨房行って来ます。ヘイズに甘いものもらってきます」
ギロッと弓職人を睨んで、ふんっ!とそっぽ向いたイーアンは、甘いもので落ち着こうと決めて、厨房へ行ってしまった。
立ち去る愛妻の背中を見送り、ドルドレンは扉を閉めながら訊く。
「オーリン。ダビに。なんか、退治を手伝ってもらったと聞いているが。今のは。何した」
「う・・・総長にまで言うのか」
ドルドレンは一応話を聞く。やり取りの流れも聞く。聞いていて、愛妻が怒った理由も分かる。が、オーリンが何を粘ったのかも、何となく理解できた(※心の広い旦那)。
話し終わったオーリンは、椅子に座って頭を抱えている。それをじっと見て、何て声をかければ良いか悩むドルドレン。
「オーリンはどうしたいのだ。あっちもこっちもとはいかないだろう。相手のいることだし」
「俺は。手伝い役を降ろされたくない。結婚するって話の出た相手は好きだし、まー・・・その、そういう関係になったけど。でもすぐ結婚じゃないっていうか。しなくても、多分大丈夫だと思うし」
「相手の女性に約束したのか。いつ、とか。結婚する日を」
弓職人。総長を見て首を振る。『ノリ。いつでも良いって』そう言うとだんまり。総長も頭を掻いて考える。
「明日って言われたら、明日。だろう、それ」
総長の言葉に答えられないオーリンは目を見るだけ。寂しそうな情けない目を見て、ドルドレンは教える。
「イーアンはそういうこと。はっきりさせないと嫌がるぞ。白黒決別大好きだからな」
「分かってるよ。だから困ってるんだろ。言わなきゃ良かった」
「優先順位を決めろ。イーアンは必死だ。自分が龍になったり、龍の卵を孵す約束もあるし、旅で自分の役割を果たそうとして」
「卵?彼らの卵を孵すのか?」
「いろいろあったのだ。この数日。オーリンだけではない。イーアンも一杯一杯だ。毎日何かが起こる。予定を詰め込まれるようにな。オーリンの結婚と役目交代の話しまで、ゆっくり付き合う暇もない。自分一人のことではないものまで、背負う。そういう運命だろうが、にしても。彼女も大変なのだ」
オーリンは項垂れた。イーアンと一緒にもう一度空へ行って、龍の民のいる場所を案内したり、家族に会わせようと思っていた。結婚話の出た相手にはちょっと会わせられないけれど、女龍が自分の友達っていうのも、知らなかったにせよ嬉しいことだった。
でも。それどころじゃなくなっている。イーアンはとっくに男龍の手の内にいて、自分が浮かれている間に、瞬く間を飛びぬけたように先へ進んでいた。自分も。自分も、その速度と一緒にいたい。
「どうしたら良いのかな。俺は。俺も一緒に旅に付き合いたいよ」
「だとしたら。イーアンが怒らない範囲で、相手の女性と交渉して時期を決めるしかないだろう。同行すると決めれば、イーアンは確実に相手の事を聞くぞ。あの性格だから」
黙るオーリンに、総長は訊ねる。『襟首掴まれて怒られるなんて、ないぞ。オーリンくらいだ。それでも悩むのか?』灰色の瞳が同情するように覗き込んだ。
「え?何それ」
「だから。イーアンはオーリンを捨ててなんかいないのだ。イーアンにとって、俺が特別な存在のように、オーリンもまた違う居場所にいて特別なのだ。多分。あれは家族に怒る態度だ。分かるか?」
総長の言葉に、オーリンは俯いて額を掻く。分かるけど。もうちょっと、側にいても、と思うオーリン。もうちょっと近い距離が良い。それがどんな距離なのかは、まだよく分からないにしても。
二人はこの後も、イーアンが戻ってこないので話し続けた。結局30分くらいして、厨房で甘いものを食べて落ち着いたイーアンが(※愚痴ってきた)戻り、オーリンを見てからドルドレンの膝の上に座った。
「ヘイズに。甘いお菓子を作って頂きました。お手間かけてしまった」
「良いんでないの。イーアンがそれで落ち着いたなら」
ドルドレンが笑う。膝に乗せた愛妻を両腕で抱えて、オーリンと話したよと、ちょっと鳶色の瞳を見つめて言う。イーアンは咳払い。『お疲れ様でした』ぶすっとして答える。
「もう怒ってはいけない。オーリンも人生にないことが起こり続けて、追いつかないのだ。彼はこれからちゃんと考えて、またイーアンに伝えに来るだろう。そうだな?」
総長は弓職人に苦笑いで振る。ちょっと二人を見たオーリンは頭を掻いて頷き、『また。連絡するよ』そう言って机に出された材料を一まとめに腕に持って、工房を出た。イーアンを振り返って『またな』と挨拶した。
「はい。またね」
ムスッとしたイーアンのお返事は短い。ドルドレンが笑いながら、イーアンの頭にキスをした。そんな二人を切なそうに見て、オーリンは帰って行った。
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