524. ダビと東の山の魔物退治へ
「おはようございます」
「お。早起きか。まだ一泊なんだな、今日も泊まるのかと思ってたから」
「あっちですること。もう少しあって。でもあと一ヶ月あるかないかで、こちらに来ます」
ダビは、親父さんの工房上の部屋に泊まる。親父さんも1階で寝起きしているので、朝は洗面所かトイレで鉢合わせ。
「ここ、私住み込みで良いんですか?ホントに」
「良いよって。別に追い出すとかないから。家賃もないしさ。お前に給料まだ渡せないから、その分、こっちも衣食住見れるってのがあるだけ、気持ちが楽だよ」
大の男に給料渡さないで使おうってんだからさ・・・親父さんは笑う。ダビは、そんなこと気にしないでくれとお願いした。
『私が作れるもので売り上げが行くようになったら、その時お金発生するもんだと思ってます』だから、とダビが言うと、顔を洗った親父さんが洗面所を譲って、顔を拭きながら『ありがとうな』とダビの背中を叩いた。
「鏃。あれ今度、イオライセオダの剣工房会議の際に、持ってくよ。お前も来るか」
「あ、はい。私も同席したいです」
それが良いよ、と親父さんは嬉しそうに答えて台所へ消えた。ダビは自分の新しい始まりが着実に進んでいることを実感する。『だし、片付けること、それもな。終わらせないと』ふーっと鏡を見て息をつく。
「今日。イーアンに頼んで行こう。アーメルの腕使えなくした魔物。倒さなきゃ」
そしてダビは、髭を剃って髪を整え(※頭髪の危機を避ける)うん、と頷いて台所へ行った。
ボジェナとセルメが来て、親父さんとダビと一緒に朝食。ダビがいる日は、ボジェナたちは早く来る。朝食も、前夜に作り置きしたおかず付きで量が多い。お母さんも手伝うので、時々魚料理もある。
豊かな朝食を食べていると、扉を叩く音がして親父さんが顔を上げる。『早いな。イーアンかな』にしても早いよな、と時計を見ながら立ち上がって売り場へ向かった。
「イーアン。こんな早いの?いつももうちょっとしてからよね」 「ですね」
皆で気にしながら食べていると、声が。『あれ。タンクラッドさんじゃ』ダビが気が付く。ボジェナが頷いてそーっと扉の向こうを見ると『そうよ。タンクラッドさんね』何だろ、と覗き見中。セルメが娘を注意して席に戻す。
少しして親父さんが戻ってきて食事の続き。皆が見ているので、親父さんは笑った。
「タンクラッドだろ?何てことはないよ、イーアン来たかってだけだ」
怒らせたんだってさ~と笑う親父さんに、セルメもボジェナもアハハハ・・・ ダビは複雑。この人たちの開放感はおかしいよ、と思うことが多い。イーアンがタンクラッドさんとくっ付いているのアリになってる気がする。
「来たら教えろとか言うからさ。怒ってたら教えられる暇ないだろ、って言ったんだけど。粘っててダメ。タンクラッドは言いわけしたいみたいだな」
「イーアンを怒らせるって怖くて出来ないよ」
剣を振り翳している印象しかない、とセルメが言うとボジェナも大笑いして『イーアン強いもんね』と答える。ダビ複雑。
そうして朝食を終えて、皆でお茶を飲んでいると、お迎えイーアンの来訪。
「ダビ。イーアン来たぞ」
「はい。じゃ、またえっと。会議っていつです?」
親父さんは会議の日を教えて、夜だから泊まりで来いと言った。了解して、ダビはイーアンと一緒に工房を出る。
「何か。朝、タンクラッドさんがイーアン来たら教えろって、言ってたみたいですけど」
歩きながらダビは一応報告。親父さんは何も言わなかったが、知ってて言わないのも気が咎めたので伝える。
「タンクラッドが。そうですか、でも良いです。放っておきます」
ダビがじっと見ると、イーアンはちらっとダビを見返し『昨日ね』彼が支部に来て、ドルドレンに変な言い方であれこれ吹き込んだから、自分が怒った話をした。
「時々ね。ちょっと分からない行動に出ます。注意するとその時は理解しますが、また繰り返すので」
「放置。ですか」
そう、とイーアンは答えて、そのまま町の外へ出る。実は。夜も朝もタンクラッド通信はあった(※着信履歴がない世界で何より)。ちょっと腰袋が光ってる気がしたが、中の珠を見る気になれず、放っておいたイーアン。着信履歴があったら、きっと恐ろしい回数だと思った。
それよりね・・・昨日の話を龍に乗りながら、イーアンは話す。ダビも昨日の二人姉妹のことを親父さんたちに聞いた話をした。
「え。追剥」 「って、決まったわけじゃなくて。そういうことあったんですって。噂もあるし」
「真面目そうでしたよね」 「レビド、超田舎なんで。生活難しいから、そういうことするかもって」
そうなんだ~ そうなんですよ~ 龍に乗りながら世間話。『もしかすると。誰かレビド辺り巡回で行ったかも知れないですが、聞いてみました?』ダビの言葉に首を傾げるイーアンは、巡回のことを訊ねる。
「別に大したことじゃなくて。単に見回りですね。自警団の報告とかも、もらうんで。イオライ地域は、イオライセオダからまとめて申請とかもらうんですけど、それだと細かいこと分からないから。直に出向いて調べることもします」
ドルドレンに話したけれど、特に何も、とイーアンが言うと、ダビは自分が話してみると言ってくれた。こんな話をしていると、支部に到着。ダビは降りる前に『今日、出来れば東の魔物の退治に行きたい』と伝えて、イーアンは了解した。
二人で中に入り、ドルドレンのいる執務室へ行き、東に魔物退治に出て良いかを訊く。『東?』聞き返した総長に、ダビは事情を話す。『東の支部に確認取ってますけど、あれなら、今日また行きます』ダビが普通にお願いするので、総長もちょっと考えた。
「良いんじゃないですか?アミスさん・・・統括に手紙渡して、行かせてもらえば。一部地域ですよね」
ぽっちゃりさんが話を聞いていて、幾らか書類を箱から出して総長に見せる。『これじゃないですか?魔物の確認が取れてないですが、民間の確認申請が何度か上がっているの、東のケイガンです。ダビが行った工房の地域です』3~4枚の紙を見ながら、総長も頷いた。
「何頭かも確認出来ていないようだけど。イーアンと二人で行くのか?」
「龍じゃないと時間もかかるし。早くしたいんですよ。私が倒したいので」
ダビの気持ちは分かる総長。イーアンをちらっと見て、イーアンが微笑むのでとりあえず了承する。『アミスに一筆、書くか』ぽっちゃりさんが便箋を渡したので、ドルドレンはちょいちょいと『お願いね』の手紙を書く。
「大丈夫か、イーアン。龍で入れない山の中だったらどうする」
「オーリンにも訊いてみます。オーリンは、あの辺の山に詳しいでしょうから。そろそろ、弓の具合も伺わないといけませんし」
「オーリンも参加」
それは分からないけれど、とイーアンは肩をすくめる。ダビは総長から手紙を受け取って、イーアンに早く行こうと促した。『鎧着けましょ。あと、その上着。ちょっとボロいです。別のにすれば』昨日焼けた上着を見て言われたイーアンは睨む。
「痛い思いして戦った上に、気に入ってた上着ダメにして。何でさらに、ダビにボロ扱いされないといけないの」
ちっと舌打ちするイーアンに、ダビはちょっと一歩下がる。総長は、愛妻の機嫌が悪くなると困るので、ダビを注意した(※『こらっダビッ』分かりやすく)。
執務の騎士が急いで話を変え、ダビに昨日の魔物退治の話を報告するように言う。ナイスアシストに合わせて、総長は書類を机に出して回す。ダビが執務の騎士に報告する間、イーアンは先に鎧の準備をするようにと、ドルドレンが廊下に出した。
愛妻がぶつくさ言い、廊下を歩いて行ったのを確認し、ドルドレンはひやひやしながら扉を閉めた。ダビの報告を書いている執務の騎士たちは『うわ~』の言葉を連発中。
「何だ。何か困るのか」
昨日の女二人のことかと思ってドルドレンが情報を見ようとすると、ぽっちゃりさんは顔を上げて『いや、イーアン』と呟いた。ほっそりさんが紙に書き込みながら頭を振る。
「だって。ダビの見ていた数で4頭ですよ。イオライの、土から出てくる魔物。一人で4頭倒してます」
ほっそりさんの怯えたような言い方に、ダビは無表情に頷いて補足。
「最初、一頭だったんですよ。10mくらいの、そんな大きくないのが。それをイーアンが攻撃した直後、あと3頭出て、大きいやつ。それ全部一気にぶった切って。で、その時、体液が飛んで、イーアン、お腹怪我したんですけど」
「え。大丈夫だったのか。あれ、肉を溶かすだろう」
「そう。私もしまったと思って慌てました。そしたら激怒して龍で戻ってきて、怒涛の勢いで土すれすれに龍を飛ばして、ざくざく斬ってしまいました。で、完了」
「 ・・・・・怪我は」
「すっごい機嫌悪かったです。唾吐いて。ちきしょう、とか。服ダメにしやがって、とか。お腹、肉焼けてて、こんぐらいの範囲で。焼けた服千切って、その辺に捨ててました(※環境に悪い)」
で、治癒場か。ドルドレンは納得した。治って良かったけれど。さっと執務の騎士を見ると、皆が下を向いて言葉を無くしていた。
『龍いた・・・って。普通一人で4頭、怪我しても倒そうと思いませんよね』ぼそっとほっそりさんが呟く。総長は大きく頷いた。『そういうことだ』イーアンだから出来る、と・・・この際だから教え込んでおいた。この後、報告を終えたダビも、鎧を着けに執務室を出て行った。
――にしても、世界最強の妻よ。何という破壊力。部下たちは、あの魔物に鎧を溶かされ、顔や皮膚を焼かれた時、戦意喪失していたのに。腹を焼かれても、激怒して戻ってきて全滅とは。龍じゃなくても、人間で充分強い。さすが、龍族に太鼓判を押されただけある人。うふ~ 怖えぇ~ 激怒はまずい~
「総長。奥さんがイーアンって。今更ですけど、誰でも無事でいられる気がしないのに、総長は勇敢ですね」
身震いしたドルドレンに、ぽっちゃりさんが一言。執務の騎士に違う方向で尊敬された。うん、と頷いておいた。
そしてイーアンとダビが戻ってきて、行ってきますの挨拶をする。総長は二人を送り出して、無理するなと念を押す。二人は龍に乗って手を振り『夕方には戻ります』と答えて空に消えた。
東の支部に到着するまでの間。イーアンはダビに魔物の話を聞いていた。アーメルが襲われたのは、矢の材料を取りに行った山だったという。魔物は大きな獣のようで、手で叩かれた時に爪が背中から肩を切ったと。
到着した東の支部に二人で入り、アミスを探す。すぐにアミスが来て、イーアンの回復を喜んでくれた。『東で療養しても良かったのに』アミスは笑顔。ダビが何のことかと思っていると、アミスはイーアンが体調を崩していたことを教えた。
「ダビは修行中だったな。あれは、イオライ遠征の後かな。そうだねイーアン」
そうですと答えるイーアン。ダビは自分がいない間、イーアンは遠征や体調を崩すなどあったと知って、ちょっと心配が生まれる。『昨日も倒したけど。具合って完全良くなりました?』見てて分からない、と言うダビに、イーアンは大丈夫だと答えた。
「え。昨日も。そうか、イーアンはよく動くね。西の魔物も援護で出たのに。それで?今日は」
ダビに渡された総長からの手紙を開けながら、アミスは少し驚いていた。『ケイガンへ?二人で行く気か』さっとダビを見たアミス。ダビはじっと統括を見つめてから『私の騎士生活最後の仕事です』了解下さいと願った。
「数。知ってるか?広いケイガンのあちこちで目撃されているが、東の騎士が出ても見当たらない。昼も夜も出るようだが、民間の報告しかない。正体がよく分かっていないのに。あれだろ?サグラガン工房の職人の」
それは知っているようで、アミスも同情の眼差しを向ける。ダビも少し目を伏せて『はい』と呟く。『でも。もう時間がないから。探すだけ探そうと思って』ダビも行き当たりばったりとは分かってる。それを伝えると、アミスは了解した。
「一応。帰りにまた寄ってほしい。遭遇しても、しなくても。報告はここで」
「有難うございます。すみません、別の管轄なのに」
いいよとアミスは微笑む。それから二人と一緒に外へ行き、龍に乗ってケイガンへ行く姿を見送った。『本当にいるのかどうかも分からない相手を探すのか』アミスは独り言を落とした。
お読み頂き有難うございます。




