522. 親方と支部の夕方
イーアンは寝室で破れたシャツを脱ぐ。『これ気に入っていたのに』残念ですと呟く。それから盗賊ズボンに似合う上を探し、今日もう外行かないから、と思って、血の染み付き・袖なし第二のお気に入りワイルドシャツにした。
破いたシャツも丈を短くして、また着ようと決め、ベッドにかけておく。それから下に降りて、広間へ行った。
ワイルドイーアンが戻ってきて、親方はちょっと見つめる。肩から腕が出ている。じっくり見ると嫌がられそうなので、ちらちら見ることにした。早く夏になれ、と念じておく。
緊張の解けたシャンガマックは、着替えたイーアンの腕に気が付き『あ、腕輪』と顔を見た。イーアンも思い出し、腕輪の意味をシャンガマックに読んでもらおうと、親方に言う。
取り巻きの騎士たちもいる中だったが、イーアンも龍になったり何なりで、もう隠すこともないのかとタンクラッドは感じた。騎士たちも、次はなんだろうと面白そうに集まる。
親方は袖を捲って、イーアンとお揃いの腕輪をシャンガマックに見せる。二人の腕輪を見たシャンガマックは、ちらっと二人の顔に視線を向けた。『二人。一緒なんですね』ぼそっと呟く。親方、ニヤッと笑う。イーアンは黙っていた。
切なそうに腕輪を見る褐色の騎士。ちょっと眉根を寄せて顎に指をかけて、ぶつぶつ言ってから『この文を一度写します』そうタンクラッドに伝える。読めないことはないけれど、順番がありそうだとか。紙に写して、冠の文とも合わせることになり、紙とペンを持ってくると立ち上がった。
厨房へ行って紙とペンを借り、シャンガマックは書き始める。厨房から、手伝いを終えて出てきたロゼールが来て、イーアンを見つけてニコッと笑った。イーアンと目が合い、さっと手を振る。
「そうでした。ロゼール、丁度良いです。こっちへいらして下さい」
「ロゼール?」
親方も厨房のほうを見ると、明るい柔らかなオレンジ色の髪の、小柄な青年が近づいてきた。細くてチュニックとズボンが浮いている。顔も白い肌にそばかすがあり、にこやかな目は深い緑色。何とも子供のような青年に、親方は意外だった。
「イーアン。昨日は有難うございました。また乗せて下さい」
昨日、龍になった自分に乗せた、とイーアンが親方に説明。親方もちょっと笑って『俺も』と言うので、次回は誘うと約束。ロゼールは剣職人を知っていたが、間近で見ると・・・『へぇ。総長より格好良いですね(※上司に厳しい)』カッコイイや!と朗らかに笑う。
タンクラッドは意表を突かれたが、ハハハ、と笑って『お前は面白いヤツだな』と笑顔を向けた。そんな親方にファンは赤くなる。『俺も笑顔欲しい』人、急増中。
「ロゼールというのか。時間があるか?ちょっと俺の横に来い。話がしたい」
ファンは近くに寄る。なぜロゼールと皆が見つめる中、呼ばれたロゼールは何かと思って、親方の横へ座った。『何かありましたか』座っても背の高い親方を見上げる。
「お前。白い板を乗るんだってな」
「あ。はい。そうです。その、お皿ちゃんって言うんですけど。名前は。板じゃなくて(※お皿ちゃんの名誉のため)」
「ん?そうなのか。そのな、お皿ちゃん(※違和感あり)だが。あれは聖物で、お前がどうも相性が良い話を聞いたが、俺も調べないといけない。俺にも関係があるんだ」
ロゼールは驚く。お皿ちゃんはそんな凄い子だったのか。でも確かに、一面に絵が描いてあって年代モノとは思っていたが。
「調べたいが、手古摺りそうな内容だから。借りることは出来るか相談だ」
「はい。すみませんでした。俺も知らなかったから。今、部屋にあるから持ってきます」
ロゼールは急いで部屋へ行く。その背中を見てから、親方はイーアンを振り向き『彼は子供みたいだ』と笑った。イーアンも頷いて『あの方は、もう30前なんですって。見えませんね』彼の年を教える。
ロゼールは自分を姉のように思っている話をする。それから料理もよく一緒に作る、というと、親方はロゼールには好感を持ったようで『お前の弟って感じだな』と素直に受け入れてくれた。
間もなく、ロゼールが戻ってきた。シャンガマックも同じ頃に、紙に写し取ったので、後で冠の文も書くという話をした。
「これ。お皿ちゃんです。凄いんですよ。とても素晴らしい動きですよ」
お皿ちゃんはロゼールの手の中で、ちょっと動いて喜びを示す。その反応に親方驚く。『意識?あるのか』目を見開く剣職人に、ロゼールは笑って『お皿ちゃんは言葉を分かってるから』と教えた。乗って見せてもらえるか、と親方に言われ、嬉しいロゼールはイーアンを見る。イーアンも微笑んで頷いた。
「ん、じゃ。広間なんで、控えめに」
取り巻きの仲間も面白そうにちょっと離れる。『ロゼールは一番似合ってるかもな』と口々に言うのを聞き、タンクラッドも楽しみにする。ロゼールはお皿ちゃんを下に置き、その上に乗ってベルトを通す。
「お皿ちゃん。ここは屋内だから、少しゆっくり飛ぼう」
ロゼールの一声で、お皿ちゃんはぴゅっと浮く。親方面白そう。そしてニコッと笑ったロゼール『よし、行くぞ』の言葉と共に、広間の天井へ滑り出した。
ここからは、サーカステント状態だった。お皿ちゃんは、広間の空間を縦横無尽にひゅんひゅん飛び、逆さまになったり、横に向いたりして、笑顔のロゼールと飛ぶのを楽しんだ。
仲間もノリノリ。ひゅーひゅー指笛が鳴って、『ロゼール、格好良い~』の声援が沸く。笑うロゼールは上から勢いよく降りてきて、仲間の間をすり抜けて飛ぶ。お約束の、皆とタッチするアレもやる(※スパイダー○ンのアレ)。廊下まで飛んで、また戻ってきては逆さになって、ハイタッチ。
皆さん大喜び。ロゼールが、イーアンに立つように、両手をスタンダップの振り付けで示す。
笑うイーアンが立つと、腕を伸ばせと周りが言う。親方、ちょっと嫌な予感。腕を伸ばしたイーアンに、ロゼールは滑空してきて、さっと胴体を攫った。
ピーピー、指笛が鳴る。背中から抱いたイーアンと一緒に、ロゼールは宙を駆け回る。『龍には及ばないけど』頭の後ろで呟いたロゼールに、イーアンは『最高ですよ』と笑った。親方、仏頂面。
広間が騒がしくて、仕事を切り上げ、執務室から来たドルドレンも、この光景に不満100%の仏頂面。『何だ、あれは』俺の奥さんはサービスが良過ぎるんだっ!! 広間に入るなり怒ってる総長。
「降りなさい、イーアン!」
ロゼールが総長に気が付き『あ。来ちゃった』と呟く。イーアンは笑って『大丈夫ですよ』ロゼールを振り向いて言う。
「ドルドレン。龍のお礼ですよ。怒ってはいけません、シワが」
「シワじゃないだろう、イーアン!降りなさい」
怒る総長が真ん中へ来て、きーきー言う。ロゼールが観念して降りてくる。降ろしてもらったイーアンはお礼を言って『また乗せて下さい』とお願いした。
「何なの。一体なんでロゼールは広間の中で」
「タンクラッドが来ています。彼がお皿ちゃんの動きを見たいと」
タンクラッド?今更気が付いたドルドレンは、見回す。いた。人の陣地で、椅子に座って堂々と背凭れに仰け反り、長い足を組んでるエラそうな剣職人。
「よう」
軽く手を上げられて、総長も据わった目で『おう』と答える。すぐに、シャンガマックが後ろに立っているのが目に入る。『もしかして剣か』イーアンに訊くと、彼女はうんと頷く。
「それと。お皿ちゃんの解読と。西の魔物の鋏も切り分けて頂くために、来て下さいました」
イーアン説明。ロゼールは、お皿ちゃんに『ちょっとジョズリンさんに預けるよ。またね』と声をかける。お皿ちゃんは寂しかった。タンクラッドの手に渡り、しょんぼりするお皿ちゃん(※見た目は分からない)。
「何となく。元気がなくなった気がするが」
タンクラッドは気が付いたようで、お皿ちゃんを裏返したり、表に向けて調べる。元気のない要素はないが、そんな気がする。帰ったら乗ってみるかと小脇に抱えて、椅子を立った。
「ということだ。総長、あまり怒るな。じゃ、次の用だな。イーアン」
鋏を切るんだったなと、イーアンに言いながら場所を訊く。ドルドレンに『ちょっと行ってきます』と微笑み、イーアンも案内に動いた。
残されたドルドレンは見つめるのみ。フォラヴが来て『彼の僅かな。叶わぬ想い』静かに、突き刺す含みを持たせた言葉を、側で囁いた。ジロッと見る灰色の瞳に、涼しい眼差しを返し『あなたは夫でしょ』そう言って離れた。
イーアンは少し暗くなってきた外へ出て、しまったと気づく。上着もないのに、袖なし。親方はすぐに上着を脱ぎ、イーアンにかけた。
『外だったな。倉庫は』ニコッと笑って背中を押す。『タンクラッドは寒くないですか』シャツの上から剣を背負い直す親方に訊ねると『これくらいは何とも』と答えが返ってきた。
親方の上着は大きいので、引きずってしまいそう。ちょっとたくし上げて、ぎゅっと前で押さえた。イーアンは夕暮れの倉庫へ、親方を案内し、その中にある魔物の鋏を見せた。
「ここで切るのは危ないな。運ぶか。どれくらい切る?」
「ええっと。そうですね。ではタンクラッドの運ぶ分だけ。溶かしても良いように」
試しにそれくらいと決まり、タンクラッドは大きな鋏を4つ出してきた。支部の裏庭に運び、そこで剣を抜く。『イーアン。俺の背中にいろ』剣を振ると、どこまで切れるか分からないと注意し、イーアンを寄せる。背中に隠し、タンクラッドは大きな鋏に向けて剣をびゅっと振った。
金色の剣に僅かな夕暮れの光が跳ね、一線の金色の光が鋏の中を滑った。もう一度タンクラッドは、切る場所を決めて剣を降ろす。光は再び、剣身以上の距離に放たれて消えた。
タンクラッドが剣を戻す時、イーアンが横に動いて様子を見る。鞘に剣を戻したタンクラッドも、鋏がどう切れたのか調べる。
ちょっと触って、ぐらっと動いた鋏は4分割されていた。『これがここまで切れているとなると』親方は嬉しそうではなく、困った様子で目を上げる。『イーアン。総長を呼んでくれ』タンクラッドの言葉と共に、鋏の向こう側の壁が崩れた。
イーアンが急いで呼びに行って、戻って来た時に連れてきた総長は、壁が壊れているの見て悩む。剣職人も頭に手を置いて壁を見つめ、黙っていた。
「壁。切ったのか」 「鋏を切ったんだ」
あーあ、とこぼしながら、総長は壁に近寄って破損具合を見る。すっぱり切れてる・・・幅にして4~5m。瓦礫となった崩れた壁が裏庭の外に倒れているが、魔物が入ったら面倒と悩む。
それをイーアンに言うと、イーアンは分からなさそうに首を傾げた。『魔物。ここから侵入って?』総長とイーアンの会話で、タンクラッドもそれを懸念したので(※弁償する気はない)『問題だろう』と言う。
「魔物は来ても入りません。大丈夫です」
「分からないだろう。イーアンだってここから魔物に入られて、戦ったじゃないか」
言いながらドルドレンは、自分の失態を思い出して苦しんでいた。そんな総長を見てから、親方も『魔物が入れる大きさだ』と呟く。
「大丈夫です。今はアオファがいます」
「いないじゃないか。空に連れて行ったんだから」
「呼べば来ますもの」
そうなの?ドルドレン、奥さんに質問。奥さんは、うんと頷く。『ビルガメスが戻るまでです。あの仔が必要だったのは。呼べば来てくれるでしょう。それでまた眠ります』だから、平気。イーアンは問題ないと言う。
「だそうだ。まー。壁はいずれ壊す気でいたから、弁償しなくても良いけれど」
「弁償するとは思っていなかったから、それは別に良い(上から目線)。魔物が入らないなら良かった」
親方の強気にドルドレンは咳払いし、『じゃ。これは皆に伝えるから。イーアンはアオファを呼んで』と頼む。イーアンは冠を取りに行った。
「悪かったな。壁」
「魔物が入らなければ、まぁ。どうせ家を建てようと思っていた場所だ。手間が省けた」
「家?」
ドルドレン、夕暮れに微笑む。余裕の笑み。『そうだ。俺とイーアンの新居』この辺に建てようと考えていて、と指差す。タンクラッドは無視。
「話、聞いてるか?家だよ、家。俺たちの」
「家ならもう、イオライセオダにある」
「お前な。俺とイーアンの家だって言ってるだろう。お前の家じゃないのだ」
「彼女は通うぞ。お前に家があろうが何だろうが。俺の家で、彼女が知らないのは風呂だけだ」
「っぐ!ぐぅっ・・・」
「俺の寝室も何度か入ってるし。ベッドに寝たこともある。今日も彼女はベッドにいたんだ」
「んなっ んなんんだと??!! そんなわけあるかっ」
「まー。しょっちゅうじゃないが。でもイーアンの髪がな。くるっとしてるだろ?あれが枕に落ちてると、帰った後も嬉しいよな」
「ぐはっ」
親方、壁を見ながら腕を組んでフフンと笑う。『うちに仕込中の食材も作ってある。料理するための』彼女の家みたいなもんだな、と続けた。ドルドレン蒼白。早く、早く家をっ 我が家を建てねばっ
苦しむドルドレンが言い返そうと口を開いた時。イーアンが戻ってきて、離れた場所で冠を被り、笛を吹いた。二人の男が何を話していたかは、全く知らないイーアンは空を見つめる。
「来ました。アオファです」
空はふわっと白く明るくなり、大きなアオファが上から降りてきた。『アオファ。ここで眠ってくれますか』イーアンが叫ぶと、多頭龍はゆっくり裏庭の外に降りてしゃがむ。イーアンは側へ行って、寄せられた頭を撫でた。
「お前を呼んで、ごめんなさいね。上の方が楽なのかしら。すまないですけれど、ここを守って下さい」
撫でるイーアンの言葉を了解するように、幾つもの首が揺れ、その後すぐ折り重なる。アオファは眠り始めた。
イーアンは二人の男を振り返って『もう大丈夫です』と微笑んだ。ドルドレンがすたすたと歩み寄り、ガバッと抱き締める。
「イーアン。タンクラッドのベッドに寝たのか」
「何ですって?そんなことしません」
タンクラッドが笑いながら近づいてきて『ケガした時と、倒れた時だな』そう教える。イーアンは伴侶に抱き締められながら『ああ。それはお世話になりました』と答えた。
「そうなの。でも今日もベッドにいたって」
イーアンは溜め息をつく。伴侶の腕の中から親方を見て『何て言い方を』ちょっと軽蔑したように言う。親方、やり過ぎちゃった、と気が付く。
「私はダビとイオライセオダに向かう間に、魔物を退治しました。民間人が側にいましたから。その時、負傷したのですが、タンクラッドがすぐに治癒場へ同行して下さいました。
ですから、怪我は治りました。その後、彼の家で剣を仕上げましたので、彼は椅子より低いベッドに腰掛けるように言いました。以上です」
ドルドレン。愛妻を見つめる。もうほぼ夜の暗さの中、自分を見つめる瞳の光に何度か瞬きした。
『ごめん』謝るドルドレンは、イーアンの額にキスした。『疑ってはいない。単に自信がなくなってる』ごめんともう一度謝った。
イーアンはニコッと笑ってから、伴侶の腕を抜けて、後ろに立つ親方に近寄る。『鋏。まとめましょう』じっと見ると、親方は目を逸らした。
そこからイーアンは何も言わずに、夜の裏庭に袋を持ってきて、分割した鋏をポイポイ入れ、ミンティンを呼んで銜えてもらった。それはあまりにもてきぱきとして、あっという間に帰り支度が済んだ。
「忘れ物はないですか。お皿ちゃんを持ちましたか。ではまた連絡します。今日は有難うございました」
イーアンは親方の真ん前に立って、そう一気に告げる。そして上着を脱いで、その手に持たせた。『上着をお借りして申し訳ありませんでした』お気をつけて、と言うと、ドルドレンと腕を組んで振り向かずに戻って行った。
親方は寂しい。ミンティンに乗り、イオライセオダに向かう。怒らせたな~・・・反省しながら、ぼそぼそと思いの丈を青い龍に聞かせ続けた。
龍は、愚痴っぽい人は嫌いだけど、親方がイーアンを好んでいるのは知っているので、『思いの丈』に付き合ってやり、話が終わるまではゆっくり飛んでやった。
お読み頂き有難うございます。




